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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔隠し(4)
 しかし、悪魔が放った魔術が瑞科へと届く事はなかった。
 暗い地下の広間に、一筋の光を灯すかのような鮮やかな一閃が走る。瑞科が薙いだ剣により、魔術は綺麗に霧散していた。
『バカなっ、魔術を斬っただと……!?』
「あら、お喋りしてる暇は御座いませんわよ?」
 他の悪魔の攻撃を華麗なステップで避けながら、瑞科はその美脚を、拳を振るう。
 そのスレンダーな体の、いったいどこにそんな力が秘められているのか。彼女の格闘術は実に見事なものだった。軽やかに舞い、的確に相手の急所を突いて行く。
 悪魔達は互いに目配せをし、タイミングを合わせ瑞科へと一斉に飛びかかった。しかし、その真珠のような美しき肌に触れる事は叶わず、彼らは彼女の剣技に敗れる。音もなく振るわれた刃が、何体もの悪魔の命の芽を刈り取った。
 悪魔が、自らの羽を鋭利な凶器へと変え矢の如く放つ。しかしその攻撃も、瑞科は剣で軽々と弾いてみせた。
 それどころか、彼女は失踪事件の被害者達に向かいそうになった流れ弾も、一つも逃す事なく全て叩き落としている。
 まさに圧倒的である瑞科の力。悪魔達の攻撃は瑞科には届かないというのに、瑞科は確実に悪魔の数を減らしていっていた。
 彼女の攻撃手段は、剣や格闘術や電撃だけではない。聖女の手により、放たれるは重力弾。その狙いは精密で、一ミリのズレすらも許さない。悪魔達の体に、次々と風穴をあけていく。
 強くも美しい彼女の戦い方をまじまじと見せられ、悪魔達の顔からは笑みがいつの間にか消えていた。
 瑞科には、勝てない。悪魔達の本能が、そう告げている。けれど今更、退くわけにもいかない。
『くそっ……お前達、もう一度総攻撃を仕掛けるぞ!』
 地下室に、悪魔の大声が響き渡った。その声には、明らかな焦りの色が見え始めている。
「お喋りしてる暇は御座いませんと言ったでしょう。――それに、貴方様はいったい、どなたとお話をなさっていらっしゃいますの?」
『何をたわけた事を……っまさか!?』
 周囲を見渡し、悪魔は愕然とした。仲間の姿が、どこにも見当たらなかった。
『あれ程の数を、この短時間で、貴様は全て倒したというのか……?』
「逆に聞きたいくらいですわよ。たったあれだけの数で、わたくしを本当に倒せるものと思っていましたの?」
 見くびられたものですわね、と瑞科は続ける。そして聖女は、剣を構えた。
 その剣は、迷う事なくまっすぐに悪魔へと振り下ろされる。
 それは、とどめの一撃。
 今宵の戦いに幕を下ろすための、最後の一振り。
「安らかにお眠りなさい。アーメン」
 こうして、広間には静寂が訪れる。今宵この場にいた全ての悪魔は、たった一人の聖女により裁かれ永き眠りへとついたのだ。

 ◆

 任務から帰還した瑞科は、報告を終えた後まっすぐに地下の訓練場へと向かった。観客がいないのが不思議なくらいに鮮やかな剣技で、彼女は訓練用の人形を次々に斬り刻んでいく。
 死戦を終えた後だというのに、彼女の顔に疲労の色は見えない。それどころか、いい準備運動になったとでも言うかのように、いつもよりも訓練の調子は良いようであった。
「相変わらずお見事ですね。思わず見惚れてしまいます」
 聞き慣れた声に、瑞科は振り返る。彼女の艶やかな茶色の髪が揺れ、ふわりと甘いシャンプーの匂いが辺りに香った。
 振り返った先に立っていたのは、先程任務の報告をした相手である神父だ。教会の司祭であり、「教会」の司令。瑞科が慕っている上司。
「あらあら、神父様ったらご冗談がお上手ですわね」
「とんでもない、本当の事です。ですが、任務の後ですから、どうかご無理はなさらないでくださいね」
 神父の心配の言葉にお礼を返しつつも、瑞科は今回の任務の事を思い出し呆れるように肩を竦めてみせた。
「今回の相手は低級の悪魔達ばかりでしたもの。肩慣らしにもなりませんでしたわ。訓練でもしなければ、体が鈍ってしまいますわよ」
 神父は優しげに目を細め、微笑む。瑞科の強さは神父も知っている。彼女と同等に渡り合える相手など、滅多にいないという事実も。
 だからこそ、危険な任務の時でも安心して彼女の事を送り出せるのだ。瑞科がいる限り、「教会」の未来は明るいであろう。
「捕まっていた少女達の治療にあたっていた者達から、先程連絡がありましたよ。少女達は全員、命に別状はないそうです」
「そうですか。それは何よりですわ!」
「見事な働きでした、シスター白鳥。やはり貴女に任せて正解でしたね」
 瑞科は、明るく華やかな笑みを浮かべた。心優しい聖女は、ずっと少女達の安否が気になっていたのだ。
 しかし、不意に瑞科の表情が陰る。しばし思案した後、彼女は凛とした声で言葉を紡ぎ始めた。
「神父様、けれどわたくし、少し引っかかってる事があるんですの」
「引っかかってる事、ですか?」
「ええ……この事件、まだ完全には解決していないとわたくしは思いますわ」
 神父が何故そう思ったのか彼女に理由を尋ねようとした時、不意に神父宛に通信が入った。「教会」に所属している仲間からの、緊急連絡だ。神父は慣れた手つきで通信を繋ぎ、落ち着いた様子で相手と言葉を交わし合う。
 通信を終えた彼は、しばらく何かを考えるように押し黙っていた。そして、真剣な声音で瑞科へと告げる。
「どうやら貴女の予測は当たっていたようです、シスター白鳥。汝に新しい任務を与えます」
 次いで神父の口から出た言葉は、瑞科の予想の通りのものであった。
「失踪事件が、また起こりました。どうやらこの事件の首謀者は、まだどこかで生存しているようです。その首謀者を見つけ……討伐をお願いいたします」
 故に彼女は、微笑みを浮かべ戸惑う事もなく頷く。
「了解いたしましたわ、神父様」
 教義に反するものには、神罰を。
 美しき聖女は正義を胸に掲げ、再び戦場へとその肢体を躍らせるのだ。