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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔殺し(1)
 ロングコートを羽織った端正な顔立ちの女が、夜道を歩いている。吹く風は冷たく、彼女の色っぽい唇からこぼれ落ちる吐息は白色に染まっていた。
 季節はすっかり冬だ。そろそろ、ジングルベルが街中に流れ始める頃である。
 けれど、彼女は明るい喧騒が待っているであろう大通りには向かわずに、人けのない裏通りへと入って行った。
 暗い道も、彼女が通るだけで雰囲気が華々しいものへと変わる。それほどまでに、輝かしい魅力を持つ絶世の美女。
 名は、白鳥・瑞科。
 数々の任務を傷一つ負う事なくこなしてきた、「教会」の武装審問官。
 優雅な足取りで、彼女は今宵も任務を果たすために歩みを進めていた。
 裏通りを抜け、瑞科は寂れた公園へと辿り着く。人っ子一人いないその場所で、何かを探すかのように彼女のサファイアのような青色の瞳が揺れた。
 その時、不意に瑞科の耳に届いたのは、音。風を切る音。
 自らに向かい、魔術の込められた石が飛んでくる事に彼女は気付いた。
 けれども、瑞科は動じない。突然の襲撃者の攻撃を、華麗な剣捌きで見事に凌いでみせる。
「凄い! やっぱり、あなたは美しいわ。ますます貴女の生命力が欲しくなってきた」
 襲撃者が、場違いな程に明るい歓声をあげ手を叩いた。拍手の音が、静かな公園内に響き渡る。
「そちらからご挨拶してきてくださるだなんて、探す手間が省けましたわ。……やはり、貴女でしたのね」
 瑞科は相手の姿を確認すると、羽織っていたロングコートを投げ捨てる。
 その下に身につけていたのは、戦闘用のシスター服だった。彼女の魅惑的なボディラインを浮き立たせるようにピッタリと張り付いた、最先端の素材で出来た特別なものだ。
 腰元まで深く入ったスリットから覗くのは、ニーソックスが食い込んだ太腿。見る者を虜にする美脚は、編上げのロングブーツに包まれている。
 コルセットは瑞科の豊かな胸を強調し、ケープは心の清らかさを表しているかのように汚れ一つない純白だ。
 腕にはめられているのは、革製の装飾のついた手首までのグローブ。その下に、二の腕までの白い布製の装飾のあるロンググローブがつけられていた。
 隠し持っていたヴェールをつければ、瑞科の戦闘のための準備は完了する。美しき戦闘シスターの姿が、そこにはあった。
「すでに戦闘服を着ていただなんて……私が奇襲を仕掛けてくる事が、分かっていたというわけね」
 襲撃者は、楽しげにケラケラと笑う。期待以上のオモチャを見つけた、と、その瞳は爛々と輝いていた。
 まだ少女と言ってもいいであろう、年若い襲撃者の姿に瑞科は見覚えがあった。ただし、会ったのはたったの一度きりであったけれど。
「何故、貴女様は悪魔達に協力をしていたんですの?」  
 悪魔達が魔神の復活の儀式をしていた場。何人もの少女が生贄として、そこには囚われていた。その中で、一人だけ磔にされておらず魔法陣の上へと横たわっていた少女。今瑞科の目の前にいるのは、あの少女だった。
 おかしいと思っていたのだ。悪魔達を倒し人質を救出しようとした時、いつの間にか倒れていた少女の姿はまるで最初から存在しなかったかのように忽然と消えていたのだから。
 悪魔達に勝機がない事を悟った彼女は、彼らを見捨て一人逃げ出したのだろう。そしてまた、美しい女達をさらい生命力を吸い取るという行為を繰り返していた。一見普通の少女に見えるが、やっている事はまさに悪魔の所業だ。
「悪魔達に協力してたわけじゃないわ。私が、あいつらを利用していたのよ。魔神様の復活、だのなんだの騒いでいたから、ちょっと言いくるめてやっただけ」
「何のために生命力を集めているんですの? 人間である貴女様が、他人の生命力を集める理由が御座いまして?」
「確かに私は人間だった。……『だった』、よ。あくまでも昔の話。私は悪魔と契約し、力を手に入れたの。もちろん、あいつらみたいな低俗な悪魔じゃなくて、もっと高尚な相手とよ」
 少女の喉から、堪えきれぬ笑声が溢れる。
「美女の生命力を吸えば吸う程、私の力は強くなる。あいつらがさらってきてくれた美女の生命力……全てを吸いきれなかったのは残念だけど、けれど十分力は強まったわ」
 少女は瑞科の方を愉快げに見やる。まるで、獲物を見るかのような瞳。極上の食事を前に、堪えきれないとでも言いたげな瞳だった。
「あとは、あなたの生命力をいただけば完璧よ。それこそ魔神をも超えた力を手にし、世界は私が制するものになるってわけよ!」
 キャハハ、と声をあげ少女は笑う。彼女の瞳は白目まで漆黒に染まっており、明らかな狂気を宿していた。
「哀れですわね……」
 瑞科は痛ましげに瞼を閉じ、首を左右へと振る。しかし次に目を開いた時、彼女の青色の瞳には確かな闘志が宿っていた。
 少女はもはや、人としての心を持っていない。悪魔に魂を売ってしまったのだ。
 ならば、迷う事はない。この少女は、人類に仇なす異形。
 教会の――敵だ。