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<東京怪談ノベル(シングル)>


―彼女のお仕事・2―

 白昼のオフィス街、周囲にはスーツに身を包んだビジネスマン達が往来している。そんな中、彼女……白鳥瑞科は数箇所に展開する黒点を見付けていた。それは高い技能を身に付けた裏社会のプロフェッショナル達であったが、その典型的過ぎるスタイルが逆に目を引き、まさに夜明けの烏状態を作り上げていたのである。
(取るに足らない相手ではあるのですが……流石に街中で戦闘行為に出る訳には参りませんわね)
 倒す事は容易い、だが人目につく訳にはいかない。相手を目立たぬ場所に誘導する事も可能だが、それは一対一の場合。今、相手は見えるだけでも5人。視界の外にまだ潜んでいるかも知れない。それに、相手に先手を取られた場合は場所を選べない。その場で料理するしか手は無いのである。
(まさか、このような場所で大立ち回りをするような愚は、しないと思いたいですが……)
 そう考えている時に、一人の男が瑞科に声を掛けて来た。
「お嬢様、お車の用意が整いました」
(成る程、そう来ましたか……此処は乗せられてしまいましょう、街中で戦うリスクは避けられそうですわ)
 口の傍を軽く上げ、笑みを作ってにこやかに答える。まさに余裕、相手のテリトリーに引き込まれても生還できる自信が彼女にはあったのだ。
「あら、ご苦労様。じゃあ参りましょうか」
 案の定、目の前に横付けされた車には既に黒服の男が乗っており、見ると先程まで点在していた黒服たちも消えている。
(汗をかいてしまっては、体が冷えてしまいますわ……軽いウォームアップのつもりでお相手致しましょう)
 車に乗せられ、両脇を固められても彼女は全く動じなかった。むしろ密閉されたこの空間の中であれば、何が起こっても人目に触れる事は無い。ただ、運転手にだけは手を出さないように……いや、運転手を降伏させて普通に目的地に到着させる必要はあったが、後部座席での手腕を目にすれば、普通の神経の持ち主であれば抵抗しようなどと云う気は起こさないだろう。

***

「よし、来たようだな」
「車から引き摺り下ろしたら、取り囲んで2〜3発喰らわせろ。出来れば顔に傷は付けるなよ、お偉方がお楽しみになるそうだ」
 近付いてくる車を眺めながら、男達が薄ら笑いを浮かべている。そこに居るのは4名、車中に運転手を含め3名。合計7名だ。これだけの人数で取り囲めば、如何に勇敢な女戦士と云えども抵抗は出来まい……と云うのが、彼らの目論見であった。が……
「なっ!?」
「ば、バカな!」
 開いたドアからは気絶した男が倒れ出て、残った運転手も既に戦意を喪失している。車中で何があったのか、それは窺い知る事は出来ないが……気絶している男は前歯を全て折られ、鼻も変形している。恐らくは裏拳によって一撃で気絶させられたのだろう。いや、一撃で気を失えた事に、寧ろ彼は感謝すべきだったのだ。
「バカが、先走って悪戯しようとでもしたのか……囲め! 四方から掛かれば……」
「止せ、やめろ! お前らの力では無理だ!」
 唯一、無傷で生き残っていた黒服……此処まで車を運転させられた男が制止を掛ける。が、遅かったようだ。
 先ず正面の男の鳩尾に肘打ちを喰らわせ、その姿勢から左足を軸にして左の男に回し蹴り。と、つんのめって来た正面の男を肩車の恰好で背後の男に投げ付け、二人纏めて足刀蹴りで吹き飛ばす。残る一人はどうとでもなる。正面に向き直り、左右の拳でコンボ攻撃。この男が一番可哀想なやられ方だったかも知れない。
 時間にして5秒あったかどうか……兎に角、男4人がかりで仕掛けても、秒殺で片付けられてしまうのだ。運転手の男の判断は、極めて賢明であったと言えるだろう。
「わたくし、殿方がお相手でも負けない自信が御座いますの……今からこの方たちが追って来られないようにしますから、その間待っていて頂けますこと? わたくしをあなた方の雇い主の所まで、案内して欲しいので」
「はっ、はひ!!」
 完全に戦意を喪失した黒服は、もはや瑞科の言うなりだった。そう、彼は瑞科の打撃に『電撃』が込められている事を、既に車中で見て知っていたので、4人の黒服が一斉に掛かろうとした際に慌てて制止したのだ。相手が悪すぎる、下手をすれば殺されるぞ、と。

***

「……先鋒が、全滅しましたな」
「彼らとて戦闘のプロとして養成された者たち、決して弱い相手では無かった筈。あの女、侮れませんぞ」
「何、心配は御無用。如何に格闘戦に優れていようと、完璧な防御と重武装を施した者には敵わぬ筈」
 パチン! と一人の男が指を鳴らすと、奥の扉から黒服のエージェント達より一回り大柄な男が顔を出した。外観は先の男達と同じ黒スーツだが、シャツの中にはチタン合金製の鎧を着込んであり、防御面は万全であった。
「君には、この部屋の前に立ち塞がって私たちを守って貰う。私たちは研究員を呼び、計画の実行段階に移る……異論は?」
「……部下の不始末はキチンと責任を持って片付けさせて貰う」
 どうやら彼は、先刻打ちのめされた黒服たちを統べる隊長クラスのエージェントであるらしい。ギリッと歯を食い縛り、必死に興奮を抑えているようだ。

***

「ご苦労様でした。貴方も、もう少しまともな雇い主の元で働いた方が、宜しいのではなくて? 腕は決して悪くないのだから」
「このご時世ですからね、稼げりゃ御の字。雇い主を選べる贅沢なんざぁ、在りはしませんって……このエレベーターを27階まで登って左、突き当たって右に見えるドアの向こうに、俺達の雇い主が居ますから。じゃ、お気を付けて!」
 生き残りの黒服は実に賢い男だった。これが、変に義理堅い堅物であったら、案内が済んだ段階で先の連中と同じ運命を辿っていただろう。が、彼は最後に瑞科に味方する事で、それを回避していたのだ。
(27階まで昇り、左……そして右、でしたわね。さぁ、ドアの向こうに何が待っていらっしゃるかしら?)
 エレベーターなど、逃げ場のない箱状の物に乗って、ドアを正面にして立つ愚か者はいない。扉が開いた瞬間にマシンガンの一斉射を受ければ、どんな武術の達人も一瞬で消し飛んでしまうからだ。瑞科は操作パネルを背にし、正面の鑑に自分の姿が映るようにして立っていた。そして27階に到着した、その瞬間……
「……ッ!!」
 予想通り、鏡に映った瑞科は粉微塵に吹き飛んでいた。まぁ、そこに鏡があろうと無かろうと、撃った側にしてみれば関係なかったのであろうが。
 第二射を跳躍で躱し、コートを脱ぎ捨ててそれを目晦ましに利用する。そして背後に回ると、そのままの姿勢で後ろ回し蹴り! 無論、電撃の込められた特別製である。が、流石にチタン合金製の装甲は貫けないようだ。
「ふん。折角の色っぽい脚が台無しだぜ。俺は下着は淡い色が好みでな」
「!! ……好い動体視力をしてますのね、あの速度でスカートの中を覗ける殿方は今まで居ませんでしたわ」
「減らず口もそこまでだな……少し気絶して貰うぞ、なるべく傷を付けずに捕えろと言われてるんで……なッ!?」
「猪突猛進……此処まで予想通りとは。愚直も良いところですわね」
 ……如何な鎧を纏っても、防護されていない顔面を狙われれば意味が無い。哀れ、強敵かと思われた屈強な戦士も、一瞬で倒されてしまった。
「下着の見物料ですわ……」
 さて、残るは扉の向こうで待つ面々のみだが……果たして?

<了>