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<東京怪談・PCゲームノベル>


馴染んだ味は、



 日本のあちこちで初雪のニュースが聞こえる頃だった。東京では積雪は珍しいものではあるが、しんしんと冷え込む空気が肌に痛い程だ。白く染まる息を吐きながら歩いていた晶はふと、住宅街の一角で足を止める。
(こんな所に神社か)
 新規造成されたのであろう住宅街の真ん中でそこだけが、古い東京の面影を残しているのだろう。昼下がりの曇天の冬空の下、しんと静まり返った境内は静謐に、冷たい空気を湛えていた。少し立ち寄ろうか――軽い気持ちでそんなことを思い足を踏み出そうとした時だった。

「――お節も自分で作るの?」
「いえ、さすがに全部自分では無理ですよ。お正月は秋野のおじ様達…藤の両親も帰ってきますから、殆どおば様のお手伝いです」
「でも凄いなぁ。うちは出来合いよ、ね、ヴィル?」
「そうだね…そもそも、あれはどういった意味のある風習なんだい?」
「あれはね――」

 賑やかな声の合間に赤ん坊がぐずる声が混じり、「あら晶、どうしたの? 寒いかな」「お腹が空いたのかもしれないね」等とふた親が気遣う声も聞こえてくる。反射的に近くの茂みに身を隠し、隠してから青年――晶は首を傾げた。
(いや隠れる必要無かったよな今)
 とはいえ今更出て行くのも気が引ける。どうしたものかと思案するうち、少年少女に先導された男女と赤ん坊は、鳥居の下まで来ていた。

「ひーめーちゃん!」
 あっそびーましょーと続きそうな、はしゃぐ子供のような調子で呼ばれて鳥居の向うに現れるのは藤色の和装の女だ。空中に僅かに浮かぶ姿といい、尋常の存在ではないのは一目で分かる。――尤も、この場にはそもそもその姿が見えている人間は二人しかいない。
「だ、だ」
 何故か母親に抱かれた赤ん坊は、眼を丸くして手を振り回し始めた。
<煩いわね藤…あら。赤ん坊の客とは珍しい>
「晶? どうかしたのか?」
 父親が思案げに首を傾げ、赤ん坊の視線を辿る。その先に、彼――ヴィルヘルムの目には何も見えないが、「何か」は感じ取ることが出来た。恐らく、「何か」がそこに居るのだ。赤子の鋭敏さは時として、見えぬものまで見て取るのかもしれない。
 霊的なものとも別種の、冬場にはそぐわない陽光と花やいだ気配を感じて、彼は軽く目礼をする。
「藤君、そこに神様がいらしてるの?」
 赤ん坊を抱き直しながら母親――弥生が問うと、藤、と呼ばれた少年はくるりと振り返って頷いた。
「弥生ちゃんはこの間、さくらには会ってるっけ。今はさくらじゃなくて、もう一方のが出て来てるよ」
「ああ…話題に出てたよね。確か味にうるさいとか」
「…神様なのに?」
 思わず、と言った風に問いを返したのはヴィルヘルムである。彼の傍に居た少女が、その問いに淡々と応じた。
「うちの祭神は元は人間ですので。かなり俗っぽいところが残っているんです」
<…言うようになったわね、うちの巫女は>
「普段から鍛えられておりますので。姫様、それで、こちらの方達、お通ししてもよろしいですか。さくら様に奉納もあります」
<まぁ。良い心がけね>
 ふわりと笑う気配があって、それから鳥居の上で足を揺らしていた姫神は扇子でもって足元を示す。次いで彼女が放つ声は、恐らく彼女本人が意図してそうしたのだろう。ヴィルヘルムと弥生の耳にも確かに届いた。
<よろしくてよ。お通りなさい、魔術師と異国の妖の裔。確か、招かれれば通れるのでしょう?>
「その弱点までは継承していないですけれどね。お招きいただけるのなら、有難く」
「わ、吃驚した…。鳥居の上?」
 ぱちくりと弥生が瞬き、ヴィルヘルムは苦笑する。見上げた先、二人の目にも映るようにしたのだろう。艶やかな晴れ着を纏った場違いな姿が、寒空で素足を揺らしていた。――その顔に焦点を合わせようとすると不思議とぼやけてしまうのだが、楽しげなのであろうことは気配で伝わってくる。



 味噌に鰹節、煮干し、具材にはじゃがいもとタマネギ、それから豆腐。用意された材料を台所に広げて調理している間も、鳥居の上にいた姫神――ふじひめと名乗った女神は、当然のように辺りを漂っていた。
<何を奉納してくれるのかしら>
「お味噌汁です」
<味噌汁>
 着物からして派手好きと見え、加えて言えばここまでの態度で我儘そうであることは薄々察しがついていたもので、弥生は一瞬、ひやりとして慌てて付け加える。元々約束の品であるとはいえ、些か地味に過ぎるかもしれない。
「あ、いえ。さくらさん――もうお一人の神様に約束しちゃったんです。いずれお味噌汁を奉納に来る、って。でも晶のお世話もあるし、なかなか時間が取れなくってこんな時期に…」
<悪くないんじゃなくって? 兄様(あにさま)を呼んでくるわ。それまでに準備なさい>
 が、弥生の心配は杞憂に終わったようだ。ふじひめは軽く頷いただけで、ふっと姿を消してしまった。一方的な物言いがいかにも「神様」らしい尊大さで、横で見ていたヴィルヘルムは思わず笑みを浮かべてしまう。
「弥生が『神様と会って一緒に食事をした』と言っていたのは、今の方ではなく、もうお一方なんですね。どんな方なんですか?」
「そうだなー、えっと。…ヴィルさんちょっと似てるかも」
 問われた先で、藤がうーんと考え考え、そんなことを答えた。今は台所で包丁を握る弥生に代わり、彼が赤子の晶を抱き上げている。その赤子に視線を合わせてにこにこ頬を緩めながら、
「おっとりしてるっていうか、ふんわりしてるっていうか、そういう感じ?」
「そう見えますか?」
「見た感じはそーでもないけど、喋ってみるとそんな感じ。で、実際のトコはどーなの、弥生ちゃん」
「訊かれても困るけど、私にとっては自慢の旦那様よ?」
 間髪いれない台所からのそんな返事に、ひゅう、と冷やかす様に口笛を鳴らし、藤は視線を台所へと移す。神社の母屋であり、藤と桜花が暮らしている小さな一軒家のリビングである。外からは日本家屋に見えるのだが、居間周りは洋風に改築されていて、台所はカウンター式になっておりリビングから様子は覗き見ることができるのだ。
「もうすぐ出来そ?」
「そうね。ご飯はタイマー予約してあるからそろそろ炊けるし。藤、食器を出しておいて」
「はーい!」
 手慣れた様子で棚から食器を取り出して藤が桜花へ手渡し、桜花が白米と味噌汁を盛り付けていく。お味噌汁は殆ど弥生の作ったものだが、二人のやり取りをしばらく眺め、たまらずと言った風に彼女は口元を緩めた。ソファに座って赤子を抱き上げあやしていたヴィルヘルムが「ん?」と物問たげにその表情に首を傾げたことに気付いて、近付いてこそりと耳打ちをする。
「――きっと毎日ああしてやり取りしているんだろうな、と思って。微笑ましいなぁ」
「成程。…ごめんね、私は毎日はやり取りできないから」
「あら、別にいいのよ。むしろ今日はありがと、一緒に来てくれて」
 ――「神様と約束をしたからお味噌汁を作りに行きたい」なんて、普通の旦那様なら聞いて一先ず眉根を寄せて考え込むところだろうが、ヴィルヘルムは朝食のトーストを置いてにっこり微笑んで「何だか楽しそうな話だね、一緒に行ってもいいかな」と返してくれたのだから、持つべきものは理解ある夫であると弥生は改めて痛感しているところである。
 そんな風に二人で内緒話をしていると、仲間外れにされたとでも思ったのだろうか。赤ん坊がぐずり始めて、慌てて弥生はヴィルヘルムが抱き上げている赤ん坊へ目線を落とした。
「勿論、おチビちゃんにも、感謝してるわよ?」
「ばー」
 母の言葉の意味など解っているのかいないのか。ただ自分に興味を示されたことに満足したのだろうか、赤ん坊は弥生の顔を小さな手でぺちぺちと何度か叩くと、満足げにヴィルヘルムの腕の中でごそごそと身体を動かし、ふたたび大人しく父親に抱かれる体勢に戻る。ほっと息をついて――一度泣き始めると、赤ん坊というのはなかなかの難敵になるのだ――弥生は顔を上げた。丁度おりよく、食卓の上には人数分の食器が並んでいる。
「あ、そうだ。桜花ちゃん。ケーキ買ってきたんだけど、食後にどうかな。神様達、ケーキは好きかしら」
「そんな、お気遣い頂いてしまって――あら。これ、姫の好きなお店だわ。姫が喜ぶわね」
 手渡された袋に書かれた店名のロゴに、桜花が目を瞬かせるのと同時だった。居間にふわりと、花の気配と香りが満ちる。
<兄様を起こしてきたわよ>
<おはよう、ふたりとも……あれ、お客さん? って、あ、前に会ったよね、その節はありがとー>
 現れたのは先の、藤色の和装の女神と、本日は藍色に僅かに花を散らした柄の女物の着物を羽織った男神だ。薄紅色の長い髪を揺らし、狐面をつけて顔を隠した彼はこくりと頑是ない子供のような所作で首を傾いでから、弥生を見とめてふわりと笑ったようだった。辺りの空気がそれだけで緩む。
 ――が、唐突に現れた二柱の登場は、些か赤子には刺激が強かったらしい。
「う、じゅー…うぐ」
 ぐずる声にまずヴィルヘルムが、珍しく少し慌てた様子で赤子を抱き直し、弥生も鞄からお気に入りのおもちゃを引っ張り出そうとしたが間に合わない。

 ――耳をつんざくような赤子の鳴き声が、響き渡った。



<…えと、その、ごめんね? そうだよね、赤ちゃんは私達が見えちゃうからね、吃驚したよね>
<……これだから、人の子は…!>
 数分後、居間にぐったりとした人間4人と、二柱の神様達は、一人満足げにきゃっきゃと声を立てて笑う赤子を囲んで大きく息をついていた。
「あ、赤ちゃんの泣き声って、凄いのね…」
「俺も吃驚した…あんまり近くで聞くこと無いもんな…」
 まだ年若い二人の方は終始おろおろしていたため、ソファからは幾らか離れた位置で胸をなでおろし、恐る恐ると言った様子で赤ん坊の晶を覗き込んでいる。弥生は苦笑し、ヴィルヘルムをちらりと見た。さすがと言うべきか、こちらはあまり表情は変わっていない。常の穏やかさを湛えたままで、内心、弥生は感心する。
「新米ママの私より貫録あるよね、ヴィル…」
「? そうかな。赤ん坊は泣き声でしか物を訴えられないから、致し方ないよ」
「そ、そうよね。うん。分かってはいるの」
 頭で理解できることとそれを行動や態度に表せるのは全く別の次元の問題であるらしい。そう思いつつも弥生は次いで、二柱の神様達へと目線を移す。相変わらず顔が見えないが、相手が神様なのでそういうものなのだろう、くらいに弥生は納得することにしていた。(後々藤に尋ねた所、『神様の顔が見えるのは、神様と対等な相手だけだよ?』とけろりと返されたのでこの認識に間違いは無かったようだ)
 神様達にダメ出しをするのは気が引けるものの、母としては言わねばなるまい。腰に手を当て、堂々と。
「御二方とも、気を付けてくださいね。うちの晶が吃驚しちゃうじゃないですか」
<…わ、悪かったわよ>
 指摘に、拗ねたようにふじひめの方はそっぽを向き、さくらはしゅんとしょげ返る。尻尾が生えていたら垂れていたんじゃないだろうか、というくらいの様子であった。
<ごめんね、弥生さん。赤ちゃんなんて久々に見たから嬉しくってつい。反省してます>
「それならいいです」
 にこり、と笑みを返して、それから弥生は食卓を示す。ここへ来た本来の目的を果たさなければ。
「お約束していたお味噌汁の奉納です。ケーキも持ってきたので、良かったら御二方とも、どうぞ」
 食卓に並んでいるのは人間4人分、赤ん坊用の離乳食の入った小さな器、それから、奉納用の神様達の食器。それもちゃんと2つ分。
 まるで大家族の食卓みたいね、と常日頃は三人家族のため、小さな食卓を囲んでいる弥生はふとそんなことを考え、それから、
(…あ、ご飯、おにぎりにして持って帰ってあげようかな。さっき桜花ちゃんに、美味しいおかかのふりかけの作り方教わったし)
 思い起こしたのは、4人目の家族、と呼んでも差し支えない存在である青年のことだった。ヴィルヘルムも同様だったのだろうか、お箸を手に取ってから弥生と目を合わせて、ぽつりと呟く。
「彼も呼んであげれば良かったかな?」
「いいんじゃない? 誰に似たのか、随分と遠慮するタイプみたいだもの」
「誰に似たんだろうね」
「少なくとも私じゃないと思わない?」
 そうかなぁ、私でもないと思うけれど。不思議そうに呟くヴィルヘルムの表情に、脳裏に浮かんだ青年の表情が重なる。ほら、似てるじゃない、と内心だけで感想は留めて、弥生も箸を手に取った。
「――いただきます」
<いただきまぁす>
<いただいているわよ。あら、うちのと味噌も出汁も違うのね。たまには違う家庭の味も悪くは無いわ>
「姫。折角奉納いただいたんですから、挨拶くらいは」
「桜花ちゃん硬いこと言わないの。あ、お味噌汁じゃがいも入ってるー! 桜花ちゃん入れないよねあんまり」
「じゃがいもは他にも使い道が多いから…。でもこういうの、悪くないですね」
 今度やってみよう。桜花が小さく呟く横で、ヴィルヘルムが感心したようにうなずく。
「味噌汁は家庭によって味が違う、とはよく聞きますが、矢張りそんなに違うものですか」
 興味本位なのだろう。藤と桜花への問いかけに、二人は一度目を見合わせて、
「そうね、随分違うと思います。お出汁の取り方や、味噌の味も地域によって違いますし…」
「具材も色々だもんね。うちはあんまりじゃがいも入れないけど、ヴィルさん家はふつーに入れるの?」
「弥生はよく入れていますよ。あとはタマネギとか。意外と合うものですよね」
 元は欧州系のヴィルヘルムにとっては海藻は食べなれないのではないか――と弥生が思案してワカメを避けた結果である。まぁ最近は、ヴィルヘルムが左程好き嫌いをするタイプでもないことが分かってきたので、普通にワカメのお味噌汁も作ってはいる。
 そんなやり取りの中で真っ先に箸をおいたのは、食卓の端の方でしっかり席について白米まで味わっていた神様達であった。そもそも彼らは「腹を満たす」ために食べるのではなく、奉納を受け取るだけなので、「食べる」というのはポーズだけだ。然程時間のかかるものではないらしい。
<ご馳走様。悪くなくってよ>
<ご馳走様! 冬場は元気がなくなるんだけど、お陰ですっかり元気になったよ>
 二人が手を合わせ、それぞれに弥生に礼を述べる。いつの間にやら、ケーキもしっかりと皿から消えていた。
<あそこの店のモンブランは美味しいわねぇ。桜花、今度お前、買ってきなさい>
「…高校生のお小遣いを何だと思っておいでですか、姫は」
 呆れた様子で嘆息する桜花を横目に、ふわふわと浮かんだふじひめは、弥生とヴィルヘルム、それに晶の傍までやってくる。今度は静かに近付いたおかげか、あるいはここにいる「神様」という存在になれたのだろうか、赤ん坊はひらひらと揺れるふじひめの着物の裾に手を伸ばした程度で泣きだしはしなかった。
<どうせだからもう少し付き合いなさい、あなた達>
「えーとー…ヴィル、大丈夫?」
「今日は弥生に付き合う気で来ているから、大丈夫だよ」
「ありがと。…何か御用ですか、神様?」
 扇子と長い髪で顔を隠したふじひめは、しかしその下で笑ったようだ。微かな笑い声に応えるように、机の上に飾られていた小さな花が首をもたげ、活力を取り戻すのが見える。
<そうね、少しゲームでも。神というのは遊び好きなのよ。折角奉納で兄様がお元気になられたんだもの、相手をして頂戴>
「ゲーム…ですか? どういった?」
<うーん、そうねぇ。藤、お前、何かアイディアはある?>
「何で俺に振るんだよーもう。知らないよ! 買ってきたボドゲは全部遊びつくしちゃったじゃないか! しりとりでもすれば!?」
 藤の些かならずやけっぱちな叫びに、あ、面白そう、とさくらがうっかり呟いたもので、
<兄様が乗り気ならそれでいいわね。しりとりよ。付き合いなさい>
「絵的に地味だよ姫ちゃん!」
<そうね、ただのしりとりでは詰まらないわねぇ。…こうしましょうか>



 ――神社の境内でくしゅん、とくしゃみをして、晶は顔を上げた。空は晴れているものの、予報では夜には雪が降ると言っていた。
(参拝したらさっさと帰ろう…)
 神社に現れ、参拝するより先に母屋らしき建物へと入って行った二人と赤ん坊の姿がどうにも気になり境内をうろついていた晶であったが、この季節の屋外でじっとしていると凍えるように寒いのだ。いずれ今日という日の話は二人から聞けば良いだけのことだと思い直し、ポケットから引っ張り出した五円玉を賽銭箱へ投げ入れた、その時だった。
「あ、丁度いい所に…アキラ君!」
「え、あ、…え?」
「やぁ、アキラ、丁度いいところに」
 あっという間に両脇を両親――「この時代の」という注釈が加わるのだが――に挟まれ、晶は目を白黒させるしかない。更にはその背後から迫ってくる気配。
<…何やら毛色の違う客がうろうろしているとは思っていたけれど、そう。お前達の縁者だったのね>
 納得したような女の声色は空気を震わせず、直接、晶の脳内にも響いた。恐る恐る振り返れば、空中で足を組んだ和装の女が、扇子で顔を隠しながら、しかし確かに晶を睥睨している。
<で、回答は? 負けた者は罰ゲームだけれど、覚悟はよくって?>
「大丈夫、ばっちり! 晶君、ちょっと付き合ってね!」
「すまないね、晶。後で埋め合わせはするから」
「ええと、俺、今全然状況が把握できないんだけど…」
 呆然とする晶を余所に、彼の腕をしっかりと掴んだ弥生は楽しげに、宙に浮く女へ宣言する。
「『おおきいほうのあきら』で、『ら』だよ、神様!」
「……あの?」
 ヴィルヘルムの方へと助けを求める視線を向けると、良く似た目元が困ったように頷いた。
「あちらの『神様』と、ゲームをしていてね」
「…かみさま?」
「ふじひめさんと仰るそうだよ」
「え、あ、はい、あの、よろしく…?」
「しりとりをしていたんだが、『それだけでは詰まらないから、必ずその単語の実物を持ってくること』という制限がついてね…」
 ――大真面目なヴィルヘルムの表情に、色々と言いたいことはあったが晶は呑み込むことにした。なおも弥生に腕を掴まれ逃げられないまま、目の前では状況の把握が追いつかない晶を置いてけぼりにして、「神様」とやらと、二人の少年少女が話し合いを始めている。
<…ら、ら、ら…困ったわね。兄様、何か思いつくものがあって?>
<ライオンは駄目だよねぇ…あ、ライオンのヌイグルミがあったよね。桜花の部屋に>
<それにしましょう。桜花、借りるわよ>
「ちょ、何で私の部屋のことをさくら様がご存知なんですかー!!」
 ばたばたと境内から去っていく二人と二柱を見送り、弥生がよし、と拳を握る。
「次は『み』みたいね、ヴィル! 私達も探しましょう!」
「み、か。私達はこの町のことや家の中を知らないから不利だと、申告した方がいいかな」
「そうねー、何かハンデくれるかもしれないし。あ、晶君、ありがと。またね!」
「晶、助かった。寒いから気を付けて」
 ひらりと手を振り軽やかに去っていく弥生、その後をヴィルヘルムがついて、二人も何やら楽しげに話しあいながら去っていく。取り残された格好になった晶は、一度嘆息して、コートのポケットに手を突っ込んだ。
「……。うん、帰るか…」
 頷いて、踵を返す。ふと思い出したのは、頼まれていた買い物の事だった。
(味噌汁の具ってじゃがいもとタマネギで良かったよな)
 夕飯の材料を依頼されていたのだが、何でか自然と思い浮かんだのはそんなことで。
(――なんか懐かしいなぁ)
 弥生に頼めば恐らく喜んで夕餉に誘ってくれるだろうが、そうもいくまい。ただ後で、味噌何使ってたんだっけ、くらいのことは尋ねてみよう、そう決めた。