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魔法チョコレート工場でお手伝い。
アンティークショップ・レン。
…ここにある品物は全てが曰くあり。店主の碧摩蓮が、何処かよくわからない場所からよくわからない伝手を辿ってよくわからない物を買って来ては取り扱っている骨董店。勿論、「よくわからない」と言っても蓮当人はそれらの物が何なのかを知っている。そうでなければ店など営める筈も無い。
即ち、蓮にとっては「よくわからない」伝手なら山とある。
そして今回そんな「よくわからない」伝手の一つから、ちょっとした依頼が持ち掛けられた。
曰く、魔力を扱える人材が至急欲しいとの事。
何処からの依頼かと言えば、とある特殊な工場の工場長から。魔力を触媒として用いる事で魔法チョコを作り、それを使った様々な菓子や玩具を作っている工場からの依頼なのだと言う。今回持ち掛けて来た依頼については魔力さえあれば――人材当人の魔力を真っ当に扱えさえすればそれでよし、魔法チョコや菓子や玩具の細かい出来は工場の機械にお任せ。それで事足りるのだけれど誰か心当たりは居ないか。
そんな風に話を持ち掛けられ、蓮は、そうだねぇ、と暫し思案する。適任者――比較的すぐに頭に浮かんだのは、美術品や装飾品好きで、呪術を用いて同族の弟子を鑑賞物にして愛でるのが趣味と言ってもいい――とある異世界の竜族。…必要なのが魔力だけとなれば、その同族の弟子も含めて良いか。
つまりは、シリューナ・リュクテイアとファルス・ティレイラの二人である。
蓮は、彼女らに白羽の矢を立ててみた。
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現地工場。
蓮に依頼された結果、何かの罠か悪戯か等を疑うよりも、まず好奇心の方が勝つ。魔法チョコなどと言った不思議なものを取り扱った商品となると、いったいどんなものがあるのか師弟共々色々と興味深く思えるもので。シリューナはその仕組みを、ティレイラなどは――チョコなどと聞けば味の方にも俄然興味が湧く。そんなこんなで、シリューナとティレイラは魔法チョコ作りとやらを手伝う為に軽い気持ちでここに来たのだが――何をするよりも先に、まずはその設備に圧倒された。
ざっと案内された工場内の様子は、何をどうするのかわからないような――複雑怪奇な大型の魔法道具がたくさん設置されている。それら道具が部分部分で精密かつ絶妙に連動して稼働しており、製造ラインに沿って流れ作業で様々な製品が次々と出来上がって行くのが見て取れた。形としては動物だったり物だったりと様々あるが――どれもぬいぐるみのようなファンシーな見た目の、可愛さに重点を置いている物が多い。
「わあ、すごい」
「…本当ね」
「こっちのクマさんとかウサギさんとかも可愛いし…あ、あっちもまた違うのがある! えっとあの…あっちの方見て来てもいいですか??」
お姉さま! と、元気にティレイラ。まず先にそう訊いて聞いてしまってから、慌てて案内役の作業員さんの方にも許可を取り付け、見たいと思った製造ラインの方へとすぐに駆けて行く。駆けて行った先でも、きらきらと目を輝かせて、じー。暫くそうしていたかと思ったら、また別の製品が流れて行く方へと興味の赴くまま移動しては見物している。
程々にしておきなさいね、と一応シリューナに釘を刺されはするが、ティレイラの方としてはやや上の空。はーい、と素直に返事だけはするが、己の好奇心を満たす方がどうしても先。こんな大掛かりな――そして可愛くて美味しそうなものが次々作られて行く工場などとあっては、ティレイラとしては興味津々なのだろう。
他方、シリューナの方もやや違う意味で興味津々でもある。彼女がまず気に留めたのは、作られて行く製品よりもそのずらりと並んだ魔法道具や機械の方。ギミックの目的等何をどうするのか自体はよくわからなくはあるのだが、少なくとも魔力の流れが重要なエネルギーとして魔法道具や機械の中をどう走って何処に伝達されているか、それでその伝達先――中の動力源が動いて、機械の様々な箇所が製品を作る為に繊細に稼働している事等は魔法を使う者としてはすぐにわかる。
無骨で何処か御伽噺めいた道具や機械群ではあるが、その見た目に反し、どれも魔力の利用の仕方がとても精密な代物と言えた。
――――――本当に凄いわね。魔力をこんな風に使うなんて。
心底感心しながら、手近な魔法道具を眺めているシリューナ。趣味であるオブジェ鑑賞…とはやや方向が違う事にもなるが、それでもある意味で魅了されている事にはなる。…例えば、己の魔法を研鑽する役にも立つかと考えて。
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一通りの工場見学の後、今度こそ元々頼まれていたお手伝いに入る。
シリューナが工場長から依頼されたのは、出来上がった製品の品質チェック。品質チェックには繊細な魔力を籠めて作動する、扱いには細心の注意が必要な魔法道具を使う為――魔力の扱いに長けているシリューナが任せられるのは適材適所とも言える。
他方、ティレイラの方は魔力的にはそれなりに馬力はあるのだが、繊細な扱いをするのはやや心許無い為、違った作業を任される事になる。ティレイラが任されたのは動物や物など様々な可愛らしい形に整えられた生地に魔力を籠め、ベルトコンベアに乗せて流す作業。流された先の機械でそれら生地は籠められた魔力を触媒に美味しい魔法チョコへと変化し、製品が作られて行くと言う仕組みになる。可愛らしい造形のものを直接取り扱える作業の為、ティレイラの方でもこれは嬉しいし楽しい。そして能力的にもこれならば充分役に立てそうである。本人のモチベーションも上がっているところだろうし、これもまた適材適所。
二人はそんな作業を割り当てられ、それぞれ別行動で普段とはちょっと違ったお仕事に勤しむ事になる。
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…そして、暫くして。
割り当てられた仕事にもそろそろ慣れて来た頃、ティレイラは妙に「待ち時間」が長い事にふと気が付いた。何の待ち時間かと言えば製品用の生地が手許に届くまでの待ち時間。作業工程上、ティレイラのしている仕事は生地が手許にまで届かないと何も出来ない。生地の運搬は専属の魔法生物の手によって定期的に行われており、本来ならば今もとっくにティレイラの手許に生地が届いていていいタイミングである。
気付いた時点で、あれ? と不思議に思い小首を傾げるティレイラ。そもそも、流れ作業で行われている仕事になるのに「待ち時間だ」と思える程に待たされている時点で、ちょっとおかしい。
ティレイラは少し考え、きょろきょろと辺りを見渡す。生地運搬専属の魔法生物はどうしたんだろう――何となく捜してみると、こちらに来る途中の通路で、何故か同じ場所をぐるぐると回っているのを見付けた。自分の尻尾を追い掛けてその場で回転している犬のようなその動き。どうも様子がおかしい。思いながら近寄り、その魔法生物の様子を確かめる。
…確かめるが。
声を掛けても回転する動きを止めようとしても、まともに反応せずにそのまんま。何やら調子が悪いらしい――となると。
直接生地を取りに行くべきか。ティレイラはそう考え、工場内の天井を見上げる。…自分一人飛び上がって大丈夫な空間はあるか。犇めいている魔法道具や機械の並び。生地を運ぶ魔法生物の行き来していた方向。それらを鑑み、ティレイラは取り敢えず己の竜族としての翼を生やす事にした。空を飛ぶ為――手っ取り早く機械を飛び越え生地を取りに行こうと考えて。
そして、紫色の翼を背に生やしたところで、実行。…確かあっち。そう思った方向へと飛んで行くと、見覚えのある可愛らしい形の生地が――何やら魔法道具から吐き出されて、山になってしまっているのを見付けた。…本来ならば魔法生物に順次運ばれるのでここまで溜まってしまう事は無いのだろう。その生地の山を見た時点で、わ、急がなくっちゃ、とティレイラは奮起する。ひとまず生地を持てるだけ持って自分の作業場所へと戻ると、魔力を籠める作業を再開。それでまた再び製造ラインが流れ始める。ベルトコンベアの先、魔力の籠められた製品生地が到着した時点で真っ当に動き出す次の工程の機械群を見て、ティレイラもほっとする。
そして再び、生地が無くなりそうになる度に、自分で取りに行く事を繰り返した。
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で。
…暫くの間は魔法生物の不調…以上の問題は無く、作業は順調に進められる。ティレイラもティレイラで自分で製品生地を取りに行くのにもそろそろ慣れて来た。…慣れて来ると作業効率も考えられるようになる。例えば今の場合、生地を自ら取りに行く時間を更にショートカット出来ないだろうか――そんな事がティレイラの頭に浮かんでいた。
そして改めて天井を――上方を見る。魔法道具や機械の隙間、空間の空き具合。一飛びで行くのはそれだけでショートカットにはなっているが、あれだけ空間があるなら、もう少し低く飛んでも大丈夫かもしれない。
ティレイラはそう思い、次に生地を取りに行く時に試しに実行してみる。浅い軌道で飛ぶ方がそれは勿論時間短縮になる。…それが可能なら、そうした方が効率が良い。そしてティレイラは思った通りに無事生地が魔法道具から吐き出されている場所に到達。よし、大丈夫だ。と頷き、生地を抱えて元の作業場所に戻る為に飛び上がった。
…今ここまで来てみた時と同様、浅い軌道の飛び方で。
既に今の時点で一度成功している為、戻るのも問題無いだろうとティレイラは判断。…抱えている生地については特に考慮していなかった。即ち、行きと戻りで自分の――持っている物を含めた大きさや重さの変化については全く気にしていなかった。
そして。
行き同様の感覚で飛翔して作業場所に戻ろうとしたその時。
…何かに引っ掛かった気がした。した時点で、バランスが――体勢が崩れる。抱えていた生地が落ちる。生地をバラ撒いてしまう――慌ててそれら生地を咄嗟に確保しようとしてまた更にバランスが崩れて――今度は飛翔の為に扇ぐ翼の方が疎かになった。わわわと慌てながらも立て直せない――ティレイラは、生地をバラ撒きながらそのまま落っこちてしまう。
――――――それも、機械の上、製品が流れる製造ライン上に。
作業をする場所ではなく、作業を「される」側の場所。
瞬間的に状況が理解出来ない。
ただ、わからないながらも自分が失敗したと言う事だけははっきり自覚している。そして同時に、嫌な予感だけはひしひしとする。
こういう時は、まず何かがやばい事になるとティレイラは経験則的に知っている。自分の失敗で何か、事が悪い方に動く事は結構多い。
思っている間にも、自分は製造ラインに流されている。機械がアームを繰り出したかと思うと、ティレイラのその身は何やら球体のカプセルらしきものに殆ど自動的に取り込まれてしまった。落下してからその状況になるまで、ほんの二、三秒。えええちょっと待って!? と焦るティレイラ。確かこの状況は――さっき見学で見た。
と、思い返す間も無く、自分を閉じ込める球体カプセルの中に容赦無く茶色いチョコレートらしき液体が満たされて行く。その段で、魔法チョコの製造工程でこんなのがあった――つまりこれは魔法チョコを作っている最中で――と頭の何処かで思い出すが、正直それどころでは無くもうあたふたしてしまう。
息が出来ない。いや、魔法のチョコレートである時点でそんな事は無いのかもしれないがそうじゃなくて動けないと言うかとにかくやばいとだけ実感として思う。茶色い液体の中で必死にもがくが、もがくのも――手足を動かすのも重くなって来る。…固まって来ている。動きが鈍くなっているのも自覚する。殆どチョコの中で溺れながら、ティレイラはどうしようどうしようと慌てふためく。けれど、美味しそうな甘い匂いが鼻腔に充満し、反射的に陶然となってしまったところで――慌てふためいていたティレイラの意識はゆっくりと包み込まれるようにして途切れてしまう。
後に残るのは、球体カプセルの中に収められたチョコレートの塊ひとつ。
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それから更に後の事。
卒無く一日の作業を終えたシリューナは、ティレイラがまだ戻って来ていない事に気が付いた。任された作業内容からして、魔法チョコ製造の準備より品質チェックの方が後に終わりそうなもの。つまりはティレイラの方がシリューナより先に身柄を解放されていそうなものだが――軽く疑問に思い工場長にもティレイラはどうしたのか訊いてみるが、工場長も工場長で言われて初めてティレイラの不在に気が付いたと言う様子。
結果、シリューナは取り敢えず、ティレイラが任されている作業場まで行ってみる事になる。と、そこにはティレイラの姿は無く――変ね? と暫し黙考。しているところでぐるぐるその場で回転中の不調らしい魔法生物を発見し、その魔法生物が、製造ラインの作業補助を務めているものだとも気が付いた。そしてそれらの状況も鑑みて、シリューナは周囲の様子を改めて見渡してみる。
…ティレイラがやりそうな事を考えた。
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生地が不自然に散らばっているのが目印になった、とも言えるかもしれない。シリューナは魔法チョコ製造ラインの一角、機械の脇にまだ魔法チョコになっていない生地が幾つかと、やけに大きなチョコ玉が転がっているのを見付けた。
捜しているのはティレイラではあるが、このチョコ玉は…もしや。
思い、シリューナは手順に従ってチョコ玉を割る。品質チェック時にやり方は覚えて知っているので手間取る事は無かったが――案の定。
チョコ玉の中には、チョコ化して固まっているティレイラの姿。竜族の翼を生やした半人半竜の姿で、溺れてもがいているような――それでいて何故か美味しいものでも食べて幸せになった時のような表情を見せてもいる。…こんな状況でもチョコレートへの食欲が優先したのかしら、とシリューナは溜息。
結局、ティレイラは相変わらずな失敗をしてしまったらしい。この姿を見た時点で理解した。まったく、仕方無いわねと思うと同時に、期待を裏切らない相変わらずな可愛い姿でもあるので――堪能したいと食指が動いてしまいもする。チョコレートなので感触を愉しむのは少々難しくはあるが、造形美の方は充分に目の保養。それに――
――指を伸ばして触れれば、チョコレートである以上、こちらの体温で少し溶けてしまうから。
シリューナは触れた事で指に付いてしまったそのチョコレートをぺろり。ほんの少しながら味見する。あら美味しい。と感嘆しつつ、このティレイラを元に戻す方法を工場長に相談しないと、とも思う。
思うが、それはもう少し後にして。
――――――折角の、ティレで出来たチョコレートの塊なんだから。
こうなってしまったのなら、もう少しくらい愉しませて貰ってもいいわよね、ティレ?
【了】
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