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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔殺し(2)
 瑞科の剣技は、ただただ美しい。戦場でしか見れぬ事が、惜しくなるくらいに。
 その豊満な肢体を駆使し、彼女は優雅に舞いながら相手へと斬り込んでいく。
「クフフ、いいわ! 最高よ、あなた!」
 対峙する相手は、悪魔と契約し異形の力を手に入れた少女。少女は自らが攻撃を受けているというのに、瑞科の強さに歓喜するように不気味な笑い声をあげた。
(……狂っていますわね)
 もはや人としての心が残っていない少女を、救う方法はただ一つ。瑞科の手により、安らかな眠りにつかせる事だけだ。
 瑞科は覚悟を決め、剣を握る力を強めた。風のような速さで彼女は戦場を駆け、少女へと鮮やかな攻撃を加えていく。
 少女も、黙ってやられているだけではない。彼女は、空へ向かい手をかざした。
 その瞬間、雨の様に聖女に向かい降り注ぐ、闇。闇。闇。
 少女の魂の色を表すかのような、漆黒の魔術弾が瑞科へと襲いかかる。
 しかし、聖女は瞬時に電撃を展開。降り荒ぶ魔術の嵐に向かい、それを放った。
 少女の魔術と瑞科の電撃が正面からぶつかり合う凄まじい轟音が、公園内を支配する。瑞科の強力な電撃に耐え切れず、魔術はその光に呑まれ塵と化した。
 少女は怯まずに第二撃を放出。続け様の猛撃。しかれども、瑞科が動じる事はない。魔術の軌道を読み、軽やかに彼女はそれを避ける。穢れた魔術の塊は、聖女に触れる事すら叶わずに地へと溶けた。
 反撃とばかりに、瑞科が疾駆。息を飲んでしまいそうな程の美しき仕草で戦場を駆け、相手との間合いを詰める。そして、しなやかな動きで少女の体に蹴りを叩き込んだ。
 スリットから扇情的な太腿が覗く。強烈な一撃。色っぽい足に絡み取られるように回し蹴りをくらわされ、少女の体が吹き飛んだ。
 悪魔の少女の口から、苦悶の声があがる。しかし、次いで少女の喉から搾り出されたのはやはり、笑声であった。
「やはりあなたは素晴らしいわ! その力、私によこしなさい!」
 少女の瞳は欲望に支配され、もはや瑞科の事しか見えていないようであった。正常な判断が出来ない彼女の攻撃を、瑞科が避けれぬはずもない。
 ――カツン。ロングブーツが地を叩く。瑞科の体が宙へと舞い、スリットから惜しげもなく魅惑的な太腿が晒された。跳躍した彼女は、華麗に一回転をしながら少女の背後へと着地。少女の体を後ろから片手で羽交い絞めにすると、首元へと剣の切っ先を突きつけた。
「チェックメイト、ですわね」
「ぐっ……!」
 少女の口から、悔しげな声がもれる。勝負はあった……かのように思われた。
 しかし、この絶体絶命の状況であろうとも少女が浮かべたのは、笑顔であった。
「まだよ……! このくだらない世界を滅ぼすまで、終わらせない! 絶対に! 絶対によっ!」
「何故貴女様はそこまでして……。どうして、悪魔と契約をなさる程世界を憎んでいるのです?」
 瑞科の問いかけに、少女の瞳が一瞬だけ揺れた。けれども、すぐにその目はまた狂気の色を宿していく。
「私が……悪魔だからよ。悪魔の子、不幸を呼ぶ子なの。みんな、そう言って私の事を避け続けた。だから、私は本当に悪魔になってやったの! それだけよ!」
「……そうでしたの。貴女は……辛かったんですわね」
 少女の目が、ハッと見開かれる。
 それは、戦場にはあまりにも場違いな、優しい声。瑞科の澄んだ声が、少女の心に沁み渡る。
 この時、初めて少女は後悔をした。もし、もう少し早く瑞科に出会っていたら、自分は救われたのではないか。
 悪魔に縋るより前に、この天使のような女性に縋る事が出来ていたら。自分の魂は、きっと汚れる事はなかったのだろう。
「けれど……もう、遅い。私は、私はもう後戻り出来ない! だから、あなたをここで倒し、世界を私のものにする! たとえ何を犠牲にしても!」
「……っ! お待ちなさいっ!」
 少女が何をしようとしているのか気付いた瑞科が、制止の声をあげる。しかし、その声は少女に届く事はなかった。少女は、魔術を放つ。――自分自身へと向かって。
 その衝撃に巻き込まれないように、瑞科は咄嗟に後ろへと跳ぶ。自らの魔術をくらった少女は、その場へと音をたてて倒れ伏した。
 公園内に、沈黙がおりる。今回の標的であった少女は、もう、動かない。
(任務達成。呆気ない終わりでしたわね……)
 物足りない。それでいて、物悲しい。寂しい戦いであった。
 けれど、これで少女の心は救われただろう。もう苦しむ事はない。
 彼女を救えた安堵と、任務を達成した昂揚感に瑞科は瞳を閉じる。
(けれど、これで終わりではありませんわ。彼女と契約をしたという悪魔を見つけねばなりません)
 恐らく、また自分に悪魔討伐の任務は与えられる事だろう。その任務も、必ずや成功に導いてみせる。この少女のためにも。
 決意を新たに、瑞科は教会へと戻ろうと踵を返そうとし……足を止めた。
「……何者でして?」
 何かの気配に気付いた瑞科は、少女のほうを振り返る。そして、冷静に武器を構え直した。
 倒れていた少女の口から、影のようなものが這い出てくる。だんだんとそれは、人のような形を作っていった。
 その正体は、悪魔。少女が契約した悪魔は、彼女の中で眠っていたのだ。
 生命力を集め、魔神を復活させる。その話は、あながち嘘というわけでもなかったのだろう。集められた生命力は、ずっと彼女の内に眠っていた彼奴が喰らっていたのだ。
 そして、少女自身の生命力をも喰らい、今ここに悪魔は復活を果たす。
「なるほど。自らを犠牲にしてまで悪魔を復活させ……わたくしを倒す気なのですわね。分かりましたわ」
 少女の遺志を察し、瑞科は笑みを浮かべた。ならばこちらも、全力で迎え撃つまでだ。
 相手を倒す。シンプルながら強固な意志が、聖女の青色の瞳に灯される。
「さぁ、懺悔なさい。わたくしが、この手で粛清してさしあげますわ。この事件の黒幕……全ての元凶である、貴方を!」
 瑞科が睨み据える先で、少女の命を食らった影はまるで笑みを浮かべるかのように揺れていた。