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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔殺し(3)
 暗い公園内に巨大な影が蠢いている。這いよる悪魔の気配に、瑞科は身構えた。
 迫りくるは、闇。悪魔がその体全体を使い、瑞科へと襲い掛かろうとする。
 けれど、たとえ夜よりも深い闇であろうとも、しなやかに動く瑞科を捕える事は難しい。その背に天使の羽でも携えているのではと錯覚してしまう程に、彼女は優雅に宙を舞った。瑞科は相手の攻撃を避けるとほぼ同時に、悪魔へと斬りかかる。
 悲鳴をあげるかのように、悪魔の形の影が震える。そのような隙を見せられて、まさか瑞科が何もしないわけもない。鮮やかな追撃を、彼女は更に悪魔へと加えていく。
「こんなものでして? まだ、先程の少女のほうが、わたくしに勝ちたいという強い意志がありましたわ! 貴方様では、少し力不足でしてよ!」
 挑発するように、瑞科は妖艶な笑みを浮かべた。怒りをあらわに、悪魔は彼女へと再び襲い掛かる。
 けれどやはり、瑞科に触れる事は叶わない。瑞科はそのスレンダーながらも女性らしい豊満な体を、再び宙へと躍らせる。軽やかに戦場を舞う彼女の動きは、もはや目で追う事すら不可能であり悪魔はたじろいだ。
「どこを見ていまして? わたくしはこちらでしてよ」
 聖女が持つに相応しい、美しい剣の刃が光る。何とかその声に反応した悪魔は、剣に向かい自身の腕を振るった。
 瞬間、音をたてて瑞科の愛用の剣が地へと落ちる。剣を叩き落とす事に成功した悪魔は、歓喜するように揺れた。
 しかし、それは全て聡明な瑞科の狙い通りだ。手放した剣は、悪魔の注意を逸らす囮に過ぎない。
「これで、おしまいですわ」
 剣に気を取られていた隙だらけの悪魔に向かい、彼女はグローブに包まれた拳を叩き込んだ。
 触れた箇所から、溢れだす光。至近距離で電撃を使われ、悪魔は声にならない悲鳴をあげる。
 そして、ふらふらとその場で何度か揺れ動いた後、悪魔の姿は霧のように掻き消えて行った。
(終わりましたわね……)
 公園内に、久方ぶりの平穏が訪れる。今度こそ、瑞科の今宵の任務は終わりを告げた。
 未だ倒れ伏している少女を、聖女は見下ろす。瞼を閉じ、手を組み、瑞科は彼女のために……祈りを捧げる。
「どうか安らかに、お眠りなさい。アーメン」
 少女の苦しみの日々は終わった。悪魔はもう、いないのだ。
 倒れ伏している少女は、まるで聖女のその声に応えるかのように穏やかな微笑みを浮かべていた。

 ◆

 キラキラと、無数のイルミネーションの光が街には溢れている。ジングルベルの心地の良い音色が、瑞科の耳を楽しませた。
 行き着けのブティックで買い物を済ませ道を歩く彼女の姿は、まるで映画のワンシーンのようであり道行く人々の視線をさらう。
 声をかけてくる男達を慣れた素振りでかわしつつ、瑞科は夕食をとるためにお気に入りのレストランへと足を進めていた。
 ふと、前を歩く見覚えのある少女の後ろ姿に、瑞科は立ち止まる。
 先日、悪魔にさらわれそうになっているところを瑞科が助けた少女だ。瑞科の事を、聖女様と呼んだ少女。
 あの時はひどく怯えて震えていた少女だが、今は笑っている。平和な日常を謳歌している。
 怪我もなく元気そうな彼女の姿に、瑞科の瞳が優しげに細められた。
(きっと、わたくしはこれからも戦い続けるのでしょうね)
 瑞科は戦う。救い続ける。彼女にしか倒せない敵を倒し、彼女にしか助けられない者達を助ける。
 清らかに、どこまでも美しく。それでいて、強く。彼女は今後も戦場を駆け続けるのだ。
 ――まさに、聖女の如く。
「あら?」
 瑞科の元に、誰かからの通信が入った。繋げてみると、待ち望んでいた声が耳に届き、聖女は見る者を一目で魅了する程美麗な笑みを浮かべる。
「ええ、ナイスタイミングですわ。神父様」
 通信の向こうにいる相手に、瑞科は明朗な声で答えた。
「ちょうど、体を動かしたいと思っていたところでしたの」
 通信の内容は無論、次の任務についてだ。
 まだ見ぬ任務へと思いを馳せ、瑞科は凛々しく美しい笑みを深めた。