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<東京怪談ノベル(シングル)>


―悪魔の卵 〜消えた種の行方〜・1―

 車窓から後方に流れ、消えて行く景色を眺めながら、白鳥瑞科は先刻受けたばかりの指示を頭の中で反芻していた。
(押収した筈の、細菌兵器開発に関する資料や原料が全て消えた、ですって……!?)
 彼女はその連絡を、外出先である某警察署にて耳にした。丁度、囚われている例の製薬会社商品開発部主任との面会を行っている最中に、携帯電話のアラームが鳴ったのだ。
(あの時、彼は『証拠品は全て押収された』と言っていたし、電話の内容にも驚いていた……嘘を言っているようには見えませんでしたわね)
 車は高速道路を出て一般道へと入る。入手した情報によれば、押収品を運んでいた車は樹海の中で行方を晦ませたらしい。しかし道路はキチンと整備されているし、事故に遭ったにしては車の部品ひとつすら落ちてはいない。
「ここまでで樹海は終わりですがね……もう一度引き返しますか?」
「お願いしますわ……何か見落としがあったかも知れません」
 後部を少し道路脇にはみ出させ、器用に車体を反転させる運転手。元は敵であったエージェントの生き残りであるが、敵側の情報を持った貴重な人物でもあるので、先の大捕り物の後もこうして捜査に協力して貰っているのだ。
「お偉方は全て消され、残っているのはあの主任だけ……末端の研究員は皆釈放されましたからね」
「彼だって、お役人たちが消え始めた段階で避難させていなければ、今頃この世に居ませんでしたわ」
 会話をしながらも、合わせて4つの瞳はしっかりと周りの情報を余さず捉えていた。が、手掛かりになりそうなものは何一つ残されてはいない。
「確かに、この道を通りましたのね?」
「間違いないですよ、運搬を担当した警備会社の配車チャートも調べましたが、情報と合致してました」
 車一台、丸ごと消えてしまった……確かに周囲は車どころか飛行機すら隠せてしまいそうな規模の樹海ではある。だが、道を外れて木々の間に入ったのであれば、地面にその痕跡が残る筈。だが、どんなに探しても轍どころか人の足跡すら残されてはいない。
「空でも飛んだんですかね?」
「なら、もっと目立っている筈ですわ……この周囲は静止衛星からも監視されているのですよ」
「ですよねぇ?」
 やがて二人は車を降り、直に路面を歩いて捜索を始めた。そして樹海の入り口から出口までを二往復、くまなく探し回ったが手掛かりになる物は何一つ発見できなかった。
「日が暮れます……流石に真夜中の樹海を、生身でほっつき歩くほど心臓強くないですぜ、俺は」
「わたくしも、そのような冒険主義は持ち合わせておりませんの。仕方がありません、今日のところは引き揚げましょう」
 肩を落として、車へと戻って行く二人。暗視ゴーグルやライトは完備しているが、こういう場所を夜中に歩き回るリスクは高い。魑魅魍魎の類だけでなく、野生動物さえも驚異の対象となるのだ。が、二人は間もなく、更なる驚愕を味わう事になる。

***

「っかしーなー、確かに此処に停車させて……」
「誰かに、盗まれたのでは?」
「要人送迎用の特別仕様車ですぜ? トーシロに盗まれるようなヤワなモンじゃありませんよ」
 ……二人が此処まで乗って来た車も、忽然と姿を消したのだ。停車の際に左側の車輪だけを路肩に落とし、後続車や対向車線側の邪魔にならぬよう配慮しながら停車させていたその車の在った場所には、路肩に侵入した際の轍だけが残っていた。旋回や後退をして車を持ち去ったなら、そこに新たな轍が出来る筈だが、それも無い。
「空から吊り上げた……筈ないですよね。ヘリも飛行機も、飛んで来た様子は無かったし」
「その、存在そのものが消え去った……と云う事になるのでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい! ブツを積んだ車が盗まれるならともかく、何も載ってない車まで何で消えるんです!?」
「……わたくし達を、此処に足止めする為……」
 ゴクリ、と男が生唾を飲み込む。そんな、何の為に……と狼狽えながら。
「今迄に、数多くの魑魅魍魎を葬り、生身の人間とも戦って来ましたわ……しかし、わたくしに傷を付けられた者は一人として存在しない……安心なさって、迎えの者を呼べば済む事です」
「き、消えちまった車の事は?」
「……忘れましょう」
 瑞科がポーチの中から携帯電話を取り出し、教会本部へアクセスを試みる。が、無機質な電子音が聞こえるだけで、何も応答しなかった。
「圏外、っスかね?」
「目の前にアンテナが立っていますわ……この距離で繋がらない事は有り得ません」
 そう、現に画面上でもしっかりと電波の送受信は行われているがしっかり表示されていた。では何故? と、二人は頭を捻る。と、そうこうしている間に太陽は地平線の影に沈み、つるべ落としの夕闇が周囲の空を染め始めた。
「マジでヤバいっスよ、夜の森なんて野生動物の巣窟ッスから!」
「本命以外にも、外敵が増えるって訳ですのね……ライトだと虫が寄って来てしまいますから、暗視ゴーグルで対処しましょう」
「動物避けには、光出した方が良いって言いません?」
「……虫の方が嫌ですの」
 倒せないから、ではない。生理的に嫌いらしい。寧ろ熊が出ても、彼女に掛かれば秒殺で追い払ってくれるだろう。
「俺らのリーダーを、全く寄せ付けずに倒しちゃったスからね」
「あら、彼はわたくしに手を触れられた、只一人の殿方ですのよ?」
 触れた、と云うか攻撃を避けて空中に舞ったところを捕まえられただけなのだが……それでも彼女にとっては忘れ得ぬ汚点であるらしい。笑顔ではあるが目が笑っていないのだ。
 因みに今、瑞科は特殊繊維で出来たボディに密着するタイトな修道服にケープ、足許は編上げブーツに白のハイニーソ、白の長手袋に皮グローブと云う居出立ちであった。対して男は相変わらずの黒スーツ、どう見ても絵的に瑞科の方が寒そうに見える。
「日暮れになると冷えますよ、寒く無いっスか?」
「こう見えて、この繊維は耐熱・耐寒に優れていますの。心配は御無用ですわ」
 いよいよ視界が利かなくなって来たので、二人は暗視ゴーグルを装着して樹海からの脱出を図った。何しろ交差点など無い一本道、迷う筈がない。そして森さえ出てしまえば、後は直ぐに街に出られる……筈であった。が、しかし……
「おかしいですわ……さっきまで高速道路方面に歩いていた筈なのに、今は樹海の奥に向かって歩いていますわ」
「そ、そんなバカな!」
 しかし、瑞科の指摘は正しかった。何時の間にか方向感覚を狂わされていたのだ。
(明らかに、何者かの妨害を受けている……人為的な物ではない、これは幻術……!?)
 魑魅魍魎の類を、数多く倒して来たという瑞科の言は嘘ではない。そして、その体験から『化かされている』時の感覚を体が覚えているのだ。そう、この感覚は……
「そこッ!」
「!!」
 何も無い場所に、掌底からの電撃を浴びせる瑞科。その様を見て、男は『何処を狙って……』と思っていた、が!
「……良くぞ見破った……」
「甘く見られては困りますわね、この程度の幻でわたくしを惑わせるとでも?」
 肩部に電撃を喰らった、頭に角を生やした子鬼が姿を現す。と、今まで見えていた道路が消え、辺りは鬱蒼とした森に変化したではないか!
「一杯食わされましたわね……」
 周囲をすっかり子鬼の集団に囲まれてしまった二人。果たして活路はあるのだろうか?

<了>