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<東京怪談ノベル(シングル)>


―悪魔の卵 〜消えた種の行方〜・3―

 男は、サクサクと足許の木の葉を踏み鳴らしながら近付いて来る。口元に、不気味な笑みを湛えながら。
「ま、まさか、あれが……?」
「ふ、普通の人間に見えますが……でも、禍々しい気を感じます……」
 パチン! と、男が指を鳴らす。目深に被った帽子に隠され、素顔は見えない。
「おわっ!」
 刹那、黒服の咥えていたタバコが『ボン!』と勢い良く破裂した。
「なッ、何しやがんだ!」
「キミがあそこで火など焚かなければ……タネがバレる事無く、キミ達をやり過ごしてこの大荷物を運び出す事が出来たものを……そうすれば、キミ達は命だけは助かったんだよ」
 暗闇に目が慣れて、漸くボンヤリとその姿が見えて来る。男は身なりの良い、上等なスーツに身を包んだ紳士であった。唯一人間と違うのは、その口許から生える一対の牙の存在であった。
「人間、なのですか?」
「……そう、私は人間……だったのだよ。ほんの一月ほど前まではね」
「……!?」
 人間『だった』……? と、その言い回しに違和感を覚えた瑞科は、思い切ってその姿をライトで照らしてみた。すると……
「青い肌、赤い瞳……そして、牙……悪魔!?」
「当たらずとも、遠からじ……私は人間の体に、ブロウデーモンの細胞を移植されたキメラの実験体なのだよ!」
「!!」
 暫し、静寂が場を支配した。
「……私は、キミ達が制圧した製薬会社の社員の一人だった……ある日、臨床実験の検体に選ばれたと社命を受けた私は、ラベルも付いていない試験管から吸い上げた液体を、体内に注入されたのだ……」
 そこから先は、お決まりのコースだった。実験は成功、凄まじい魔力を持つが知能はケモノ並みと言われるブロウデーモンに人間の知能を持たせる事に成功し、研究者たちは狂喜した。その時彼らは言っていた、中和剤を打てばブロウデーモンの細胞は消え、元の人間に戻れると。だが、そのような薬は最初から存在しなかった……それを聞かされた彼が激怒し、その力を復讐に利用するようになったと考えても不思議ではあるまい。
「……ベタネタだが……ま、泥がマッチョメンになって襲って来るんだ、人間が悪魔と合成してたって……不思議じゃねぇよな」
「それはお気の毒だと思います! しかし、開発が遅れているだけで中和剤はきっと……」
「ありえん!!」
 一喝。そして周囲は再び静寂に包まれる。
「あの実験で、私は独り特異な存在となった……だが、私と同じ存在の者を増やせば!」
「あ、安直な……」
「黙れ!!」
 ドン! と、黒服の足許の地面がゴッソリ抉られ、白煙を上げている。そう、彼こそが細菌兵器開発の指揮を執り、裏で暗躍していた黒幕だったのである。その薬が完成すれば、空気感染で人間にブロウデーモンの細胞を埋め込む事が出来る。彼はそれを狙い、嘗て自分を顎で扱い、悪魔に仕立て上げたスタッフとそれを束ねる役員を操り、薬の製作に取り掛からせようとしていたのだ。それを瑞科たちに妨害され、一旦計画は無に帰しかけたが、資料と原料を一箇所に纏めて管理していたのが災いした。それらを積んだトラックは役員たちを口封じの為に消した後で回収され、此処に隠されていたのである。
「……お気持ちは分かります……が、その行いは許す訳に参りません!」
「許さぬと云うのなら……どうすると云うのかな?」
「成敗いたします!」
 青白い炎に、真紅のオーラが激突する! その、まばゆいばかりの光の中で、何千、何万回の攻防があったのか……それは分からない。いや、肉体同士のぶつかり合いは無かったのかも知れない。激しい闘気と邪念、それがせめぎ合っている……それだけは確かであったのだろうが。
「ケケケケケ……」
「うっせ、邪魔すんな」
「クケェッ!」
 ……黒服も、落ち着けばかなりの実力派戦士なのだ。主が留守となったパペットマンなど彼の敵では無かった。出足払い一閃、倒れた所を踵で踏みつける。武器など無くとも、この程度の芸当はできるのだ。
 やがて、煙の中に二つの影を見付ける事が出来た。シルエットで、どちらが瑞科なのかは直ぐに判別する事が出来た。
「……生きてるのか?」
 黒服が呟く。その声に返答は無かったが、代わりにカクンと膝を折り、瑞科はその場にへたり込んだ。
(負け……!?)
 彼が、そう思った刹那。
「カハッ!」
 倒れたのは、紳士の方であった。それを見ると、黒服は自分の肩に体を預ける瑞科を抱き起こし、大声で名を叫んだ。
「み、瑞科さん!? 瑞科さん!!」
「……大声を……出さないでくださいませ……今、凄く疲れていて……」
「……へ?」
 思わぬ答えに、素っ頓狂な声を上げて驚く黒服。その背後から、絞り出すような声が耳に届いた。
「……な……ぜ、トドメを……刺さなかっ……」
「……まだ、希望はあるのでしょう? なら、諦めてはダメです……」
「どちらに……しろ、私は咎人……裁かれる……運命に……」
「それは、わたくしの仕事ではありませんわ……」
 見ると、黒服にもたれ掛かる瑞科は、全くの無傷であった。悪魔が至近距離から魔術の応酬を浴びせても、それを全て電撃の反射でいなしていたのだ。そして全ての攻撃を真っ直ぐに反射し、紳士は自分の攻撃を自分で浴び、傷付いていたのである。
「アンタ、ホントに人間か?」
「……後で、お仕置きです……」
 はいはい、と苦笑いを浮かべつつ、瑞科を車に乗せた後……黒服によって紳士は四肢を拘束され、協会からの迎えを待つ事になるのだった。

***

「で? あのオッサン、どうなったって?」
「中和剤の開発が、順調に進んでいるそうですわ。第一、ブロウデーモンの細胞と云っても、不完全に培養されたもの。一時的に凄まじい力を持つ事にはなりましたけど、いずれ人間の細胞が打ち勝ち、結局は力を失い……」
「まーた、お定まりの結末か」
「良いじゃありませんか、平凡な結末が一番いいのですよ」
 そんなモンかねぇ……と、いつの間にか教会に馴染んだ黒服が、庭箒を肩に担ぎながら空を仰ぐ。その胸には、金のロザリオが輝いていた。
「あー、ところで瑞科さん?」
「? なんですの?」
「あのセクシーなコスチュームは、次いつ見られ……な、何でもないであります!!」
 煉獄も一瞬で凍てつくような、ブリザードの如き視線を浴びて、すっかり硬直したまま箒を構える『元』黒服。その動きは、さながら錆びついたロボット人形のようであった。
 そんな彼の姿を見ながら、クスッと笑みを浮かべる瑞科。
(悪魔とのハーフも、わたくしをくだす事は出来なかった……いつの日か、わたくしを跪かせる事の出来る殿方が、現われるのでしょうか……?)
 誰にともなく、一人呟いてみる。そして慌てて周囲を見渡し、誰も聞いていなかった事を確かめ、ホッと胸を撫で下ろす。
(な、何を呟いて、一人で照れてるんだろう……訊いちゃダメ……なんだろうな、うん)
 人は、失敗をバネにして成長する生き物である……誰が言ったか、そんな言葉が彼の脳裏を掠めていた。

***

「判決! ……被告に、極刑を申し渡す!!」

(ああ、やはり……あの時討たれても、時を待っても……同じだったか……)
 実験体となった紳士は、人間の姿を取り戻す事は出来た。だが……以後、人間としての人生を続ける事は儘ならなかった。
 しかし彼は、これでキチンとあの人たちに謝れるんだな……と、心のどこかで安堵していたという。

<了>