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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.40-A ■ IO2のお仕事








 ぼんやりと思い出す先日の記憶に冥月の足取りは心なしか軽やかに弾む。
 武彦との間で交わされた過去の記憶。そして、これから先の展望といった二人の進むべき未来が見えたのだ。それに気分が浮かれるのも無理はないというものである。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。
 公私の混同を良しとはしない冥月は表情を引き締めつつIO2の廊下を歩いていた。憂に呼び出され、朝一番で自らにあてがわれた滞在用の部屋から憂の研究室へとやって来ていた。

「ぐっもーにん、冥月ちゃん!」

 しゅたっと音が立ちそうな勢いで手を上げ、朝からいつものテンションを維持した憂の挨拶に冥月は思わず嘆息した。

「朝から元気だな」

「ふふん、私から元気な愛嬌を取っちゃったら、嫌味なぐらい天才な部分しか残らなくなっちゃうからね! そうなっちゃったらみんなからの嫉妬が――」

「――何の用だ?」

「ひどいっ!? 最後まで聞いてもくれないの!?」

 面倒臭いと言わんばかりに憂の言葉を遮った冥月であったが、憂のテンションはその程度の冷遇で落ち着くはずもなく、キャスターのついた椅子を滑らせたまま冥月の近くへと近づき、近くの机に座るようにと促した。
 てっきり百合の案件で呼ばれたのかと思っていた冥月も踵を返して立ち去ることは出来ず、とりあえず話を聞く形となって椅子へと座り込む。すると憂は再び軽快な動きで椅子ごと床を滑って冥月と向かい合うような位置でピタリと動きを止めた。

「ずばり冥月ちゃん、ちょっとアルバイトしてくれないかな?」

「アルバイト?」

 早速本題を切り出した憂がトンと机の隅に指を当てると、真っ黒な机の上に映像が浮かび上がり、同時に周囲にその詳細が映し出されていく。
 そこに映し出されたのは山間部の窪みに位置するような施設であった。「凹」の字によく似た窪みの部分に施設が造られ、その周囲は盛り上がった小高い崖に覆われるような形となっているようだ。

「ちょっと面倒な案件でね? 是非とも冥月ちゃんにこの施設を破壊して欲しいんだ」

「施設の破壊?」

 冥月は訝しむような様子で尋ね返した。
 そもそも単純な施設ならばわざわざ冥月を使わずとも破壊するぐらい、IO2ならば不可能ではないはずだ。にも関わらずそれを冥月に頼む理由が分からない。
 そうした冥月の疑問を言外に受け取った憂は、気付かれたことにむしろ満足気に頷いてみせた。

「冥月ちゃんが思ってる通り、ここはちょっと特殊な環境でね。異能によって保護されているせいで一般人や並の能力者じゃ近づけないんだよねぇ」

「近づけない?」

「そう。能力対策をしていない人間が近づいたら、どういう訳か命を落とすレベルで衰弱しちゃうんだよねぇ。って訳で指を咥えて見てることしか出来ないんだ」

「それぐらいIO2ならいくらでもやりようがあると思うが。そもそもシルバールークとやらにだって火器はついているはずだ」

「あはは、それがそういう訳にもいかないんだよねぇ。ほら、周囲は木々がある訳で火を放つのもリスキーだしね。それに加えて、今回はちょっと予算面で上から文句を言われてるんだよねー。当然空輸なんて出来ないし、マスコミや政府を黙らせるにもお金がかかり過ぎちゃうからねぇ」

 ケチくさいねぇ、と付け加えて苦笑を浮かべる憂に、冥月は納得しつつもどうにも腑に落ちない様子で憂を睥睨した。

「……何か隠してるんじゃないのか?」

「ふふ、それはどうだろうねぇ。私は研究者だから、色々と副次的な要素は当然求めているのは否定しないよ。まぁそれが冥月ちゃんにとって不利益になることはない、とだけ断言しておいてあげるよ」

「……存外、狸だな」

「あんなにお腹出てませんー。それで、どうかな?」

 多少の腹の探り合い程度でぼろを出してくれる程、憂は普段の調子のような軽さは持たないようだ。笑ってこそいるものの、それに対して裏表がないような簡単な性格はしていないようだと、改めて冥月は憂の性格をそう評価していた。

「メリットは?」

「まぁ簡単に言えば報酬は当然出させてもらうよ。なんなら素敵な新兵器だって貸しちゃうし」

「あんなモノを使っておいて素敵な新兵器と言われてもな。いらん」

「ぶーぶー。ま、それはいずれ使ってもらうとしても、受けてくれた方が色々と捗っちゃうのは確かだねぇ」

 含むような言い回しをしてみせる憂に、冥月は「ふむ」と一つ呟き、思考を巡らせていく。

 メリットという点では報酬があるのであれば、当然引き受けるべきだと言えるだろう。
 そもそも現在の冥月は自由に動いていられる訳でもない。百合の検査や治療を優先している以上、IO2との関係に対して多少なりともプラスになり得るのであれば受けるのも吝かではないのだ。
 加えて、昨日の今日で武彦と顔を合わせるのが少々辛いというのも事実である。

「……依頼は施設の破壊だとして、条件は?」

「特にないかなぁ。ただ、さっきも言った通りなるべくなら火は使わないで欲しいかな。騒ぎになると厄介だし、でも完璧に破壊して欲しいのは事実。一応言っておくけど、中に人の気配はないみたいだし、遠慮なく破壊してくれていいよ」

「無人の施設、か。IO2が積極的に工作を仕掛けるなら――」

「――ご明察。ここは虚無の境界によって建てられたと考えているよ」

 その名を聞いて、冥月はぴくりと眉を動かした。
 かつての対峙、百合を利用するというやり方。それらを含めても冥月にとっては十分過ぎる敵組織だ。この依頼に対して否やはない。

「交渉成立、かな?」

「いいだろう、受けよう」

「にっひひ、そう言ってもらえて助かったよ」

 冥月の返答に満足気な表情で憂が答え、施設の説明を始めた。

 憂が指定した破壊目標は無人の敵施設だ。
 どうやらこの施設は虚無の境界が関与しているらしく、その建設目的は不明。一応有り得ると考えられているのは、武器の製造か或いは何らかの研究施設であろう、という情報だそうだ。詳細を得られないのは先程憂が言った通り、接近が極めて難しい点にある。
 およそ半径にして1キロ圏内で能力そのものの無効化が確認されているため、下手に近づけないために内部詳細は確認出来ていないのだと憂は付け加えた。





 ◆





 目の前に広がる鬱蒼とした木々を見下ろしながら、冥月は眼下に当たる施設を見下ろした。およそ施設から2キロ程離れた、小高い崖の上だ。

「……あれか」

 衛星写真からは視認出来ないように建物の外観などは迷彩色に彩られた、少し大きめな建物。外観だけ見れば、なるほど研究施設に近いと言えるだろう。

《冥月ちゃん、聞こえる? やれそうかな?》

 イヤホンから聴こえてきた憂の言葉に、冥月は短く「少し待て」とだけ答えると、影に意識を送り込んだ。
 幸いにも木々が生い茂っているおかげで、冥月にとっては能力を扱うのが容易い環境であると言えた。影を潜って意識を飛ばした冥月が、およそ1キロ圏内に入ろうとしたその瞬間、パチンと何かに弾かれるような感覚に冥月はぴくりと眉を動かした。

「結界とでも言うべきかもしれないな。なかなか面白い能力をしている」

《そうなんだよねぇ。おかげで下手に近づけないし、ちょっと厄介なんだよー》

「……近付けないなら、近付かなければいい。始める」

 それだけ告げると、冥月は近くにあった頭部大程度の大きさをした石を持ち上げると、それを目の前で足元に落とし、影の中へと飲み込ませた。
 そのまま腕を組むと、自分が背にしていた巨木の幹に身体を預け、冥月はじっと動きを止めた。



 一方で、IO2のミッション用の司令室からその様子を見ていた憂は、動かなくなった冥月の反応にしばし沈黙を貫きながらも、愉しげに頬を歪ませていた。

「……動きませんね」

 冥月の様子を見ていた一人の男性が、訝しむように憂に声をかける。その反応は至極当然だと言えた。他の職員も黒冥月の実力を目の当たりに出来る機会だと考えていたのだ。

「あまり甘く見ない方がいいと思うよ?」

「え?」

 愉快そうに告げる一言に、一同の視線が憂へと集中した。

「冥月ちゃんは困難な状況だからって諦めたりするような、そういう一般的な人間とは違うよ。間違いなく何かを仕掛けるはず。ううん、もしかしたらもう始まってるかもしれない」

「ですが、影宮博士。彼女の能力は近接戦闘に特化した、いわゆる暗殺者のそれではないのですか? 近づけない施設を銃火器も爆弾も持たずにどう破壊すると?」

「それは分からないけどねぇ。ただ、このミッションに成功したら、あの子は遠距離でも攻撃することが出来るってことになるよね。私はね、あの黒冥月ちゃんを近接戦闘だけで対処していればいい程度の能力者だと思えない」

 憂の言葉と共に、誰もが息を呑んでモニターへと視線を戻した。
 ――――その時だった。

 突然、モニター越しに見えていた施設の近くから轟音を上げて一筋の光が施設へと向かい、施設を食い破るように突き刺さり――爆発した。地面が抉れて全てを破壊するような衝撃が施設を中心に広がり、映像を映すために離れた位置で空を旋回していたヘリコプターにも衝撃が届いたのか、映像が乱れた。

 舞い上がる砂塵に誰もが言葉を失う中、監視班から連絡を受けた一人の女性が思わず立ち上がり、憂へと顔を向けた。

「……た、対象施設、完全に、ロストしました……」

「へ……?」

「え、映像出します」

 女性が目の前の装置を起動して映像を映し出す。
 そこには先程まであったはずの施設などなく、クレーターが作り上げられていた。周囲の木々すらも衝撃によって跡形もなく消し去ってしまったのか、「凹」の中央部がさらに深く穿たれたかのような光景が広がっていた。

《――終わったぞ、憂》

 誰もが声を失う中で、冥月の涼やかな声が鳴り響く。

「冥月ちゃん!? い、いま、今のは何!? 一体何したの!?」

《さてな。自分で考えてみたらどうだ? 〈天災〉科学者なんだろう?》

 明らかに声には挑発めいた言外の意味が含まれているようであったが、憂はそれに気付く余裕すらなく、思わず椅子にへたり込んだ。

「……は、はは……。いやぁ、まいっちゃうね、これ。冥月ちゃん、遠距離でもあんなのアリなんだ……」

 その場にいる誰もの心境を代弁するように、冥月は呆然としながらも呟いた。

 黒冥月の評価は間違いなく危険度が上昇することになるのだが、それはもはや覆せない現実であった。どう転んでも味方に引き込み続けるしかないだろう。
 そんな意識を再認させられた憂とIO2職員達であった。











to be continued...