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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.40-B ■ 百合の葛藤







 冥月が朝早くから憂に呼ばれ、IO2の仕事で出かけてくると聞かされた百合は、ただ一人で憂の研究所前の廊下を歩いた先にある自販機と喫煙室の前にある休憩所で、重いため息を漏らした。

「……また、役に立てないなんて」

 いつもの強気な態度とは裏腹に膝を抱えて椅子に座り込んだ百合は、顔を膝に埋めるようにしながら呟く。
 昔から憧れ、尊敬してきた姉の存在。そんな彼女を一時は恨み、それが間違いだと気付かされて以来、百合は冥月と共に時を過ごしている。今となっては自分の身体に無理やり埋め込んだ異能が身体を蝕み、そのために冥月の足枷となってしまっている感が否めないのだ。

 この数日、百合は冥月と長く時を過ごせずにいる。
 そのせいで心細い気持ちも相俟って、今の百合は少々弱気になっていると言えた。

「あれ、百合さん?」

 ふと自分の名を呼ばれ、百合は声の主へと顔を上げて視線を向けた。そこに立っていたのは黒髪の少しおっとりとした雰囲気を放つ女性、葉月だ。ひょんなことから共に行動するようになったIO2職員である。
 短く「おはようですわ」とだけ告げた百合の臍の曲げっぷりに気付いた葉月は、思わず苦笑する。

 冥月が憂に頼まれ、とあるミッションに参加するという話は葉月の耳にも入っていた。
 あれ程まで冥月に心酔している百合のことだ。百合自身がここに置いて行かれているという現状に不満があるのだろうと察するのは容易いとも言えた。

「何か飲みます? 紅茶とか、コーヒーとか」

「結構ですわ」

「遠慮しないでください。紅茶にしますね」

 若干押しの強い態度で葉月は自販機に歩み寄り、自分用のコーヒーと紅茶を買って百合とは椅子を一個空けるような形で座り込み、間に飲み物を並べた。百合とて飲む気はないと言いたいところかもしれないが、目の前に置かれてしまっては無下にしてしまうのも何だか後ろめたい。
 仕方ないと言わんばかりに抱えて膝を解いて、百合は紅茶を受け取った。

「冥月さん、凄いですよね。やっぱり百合さんの言う通りです」

「何ですの、急に」

「だって、今日あの人が向かってるミッションって、ウチからじゃどう攻めればいいのか解らないって嘆いてた案件ですよ? それを冥月さん、一人で十分だって言って現地まで送ってもらったみたいですし、これに成功したら冥月さんの凄さが皆に伝わっちゃいますね」

「……当たり前ですわ。IO2に出来ないことだって、お姉様にかかれば朝飯前というもの。今更お姉様の凄さを理解しようなんて、むしろ遅すぎるぐらいですわ」

 ツンとした態度で紅茶を手に取り、「いただきますわね」と一言付け加えて口を寄せる百合の姿に、葉月はまるで自分に妹が出来たかのような気分で小さく微笑んだ。
 口調はなかなか独特なものであり、態度は一見すると悪く見える百合ではあるが、その実素直な少女なのだ。昨日の態度を見ていれば、葉月にもそれは容易に理解出来る。

「……それに比べて、私なんて。お姉様の足を引っ張ってしまっていますわ……」

「百合さん……」

「昔からあの方は凄かったんですの。いつだって私が追いつけない場所にいて、いつも涼しい顔をしてとんでもないことをしてみせる。その度に憧れ、近づこうとすればするほど、その差がハッキリと見えてしまう。誰も寄せ付けないお姉様は、孤高で……孤独ですわ」

 過去を知るからこそ、百合は冥月を孤独であると知っている。
 いつだって誰よりも強く、表情には出さなかったが誰よりも性根は優しい。水面のように穏やかな心を持っていたのは、百合が誰よりも知っていた。

 組織にいた頃から、冥月は自分の行いをいつだって自問自答しているような、そんな節が見えたのだ。ただの殺人人形として育たされることに疑問を感じ、時には反抗すらしてみせる。実力があっての増長ではなく、冥月自身の信念がそれを是とするかを問う。

 その距離を誰よりも感じていたのが、百合なのだ。
 だから憎しみになった。背中を追うばかりでは足りないと考え、そして力を求めた。

 結果として今では足枷となってしまっているのだから、笑えない。
 百合は自嘲気味にそこまで考えて、言葉を区切る。

「孤独、ですか。だったら早く百合さんは身体を治して、強くなって傍にいてあげなきゃダメですね」

「え?」

 葉月の言葉に百合はきょとんとした様子で葉月へと振り返った。

「冥月さんが孤独なら、一緒にいられるぐらい強くならなきゃいけないんですよね。だったら早く身体を治して、強くなれるように訓練しましょ? 私も強くなりたいです。百合さんだってそれは一緒なんですから、お互い手伝いあうって感じでどうですか?」

 悪意のない笑みで葉月は笑った。
 冥月にはまだまだ自分では届かない。それぐらい、あの手合わせの時に十分に気付いている。自分の能力が怖くて扱えない葉月と、自分では冥月の隣が相応しくないのかもしれないと考えてしまっている百合は、確かに一人では苦しいかもしれないが、同じ目標――冥月の背を追うという点ではしっかりと共通しているのだ。

「……な、何でアンタなんかと一緒に鍛える必要があるんですの!」

「ふふっ、だって冥月さん言ってましたよ? 一緒にやれって。断っちゃっていいんですか?」

「ぐ、ぬぬぬ……。な、なかなか強かですわね……! フン、言っておきますけど、こんなものすぐに回復してみせますわ。その時は十二分に戦ってあげますから、覚悟しておきなさい」

「それは楽しみです。その時は、一緒に頑張りましょうね」

「……そう、ですわね」

 一緒に、という言葉の温かさが百合の心には沁みるようだった。
 しかしはたして、能力もなくなってしまう自分が一緒に戦うことなど出来るのだろうかと、百合の中には卑屈めいた想いが去来していた。

 ふとそこで、喫煙所の扉が開いた。
 どうやら武彦が目の前の喫煙所にいたようで、二人の会話を聞いていたらしく、小さく「よう」とだけ告げると、葉月が慌てて立ち上がって挨拶する。元ではあるがディテクターという立場は彼女にとってもかなり大きな存在のようだが、武彦はそれを手で制して、自販機に歩み寄りコーヒーを買った。

「なぁ、百合」

「何ですの」

「無茶はするなよ」

 突然武彦が告げた言葉が一体どういう意味なのかと小首を傾げる一方で、武彦はそのままコーヒーを手に持ったまま百合と葉月に向かい合うような位置に腰掛けた。

「お前が望むのは、冥月が喜ぶことだろ。無茶をしてお前にもしも何かがあったら、アイツは何よりも悲しむ。それは今回、こうしてIO2なんて敵地であってもお前を治すために連れて来ているってだけでも想像はつくだろう」

 冥月を語るなと言いたいところであったが、百合は武彦の言葉を素直に受け止めていた。

 そもそも自分がこんな状態でなければ、ここには来る必要なんてなかったのだ。
 敵地であると頭では理解していたものの、そもそも冥月や自分が過ごしてきた環境を考えれば、見捨ててしまうのが妥当であり、最善だ。
 なのに冥月はそれをせずに、自分を連れて来ている。

 つまり自分は足枷に――とそこまで再び考えようとしたところで、武彦のデコピンが百合を襲った。

「なっ、何するんですの!」

「お前こそ、何をしようとしてるんだ。冥月の足を引っ張ってるなんて考えようってんなら、冥月がそれを知ったら間違いなく悲しむのはアイツだぞ」

「……え?」

「アイツはお前を本当の家族として見てるんだよ。だから助けたい。隣で戦力として戦って欲しいとか、それだけのためにお前を必要としてる訳じゃねぇだろうが。いつまでも昔のお前の価値観でアイツを縛るなよ。見くびるな、百合。冥月は足手まといとか、そんな感情で大切なものを見限ったりはしねぇ」

 真っ直ぐ睥睨してみせる武彦の視線は、真剣そのものであると言えた。その気迫に思わず百合がたじろいで見せると、武彦は一つため息を吐いた。

「だいたいな、憂のヤツならお前の治療に失敗するなんてのはほぼ有り得ない。アイツは出来ないことを出来るとは言わないし、アイツに出来ないことなんて俺は知らない。アイツが治すって言ったんだから、まずお前は治る。そもそも治療ミスでお前が危険な状態になんてなったら、冥月は間違いなくIO2を破壊するぞ。笑えねぇよ」

 武彦の言葉に葉月もまた顔を強張らせた。冥月の力は間違いなく強大であり、今回憂の仕事を引き受けたのは、ある意味ではデモンストレーションなのかもしれないと武彦は踏んでいる。

 恩を売るために、とは言うが、その裏では「敵に回ればこうするぞ」という示威行為であるとも言えるだろう。当然、憂はそれを理解した上で冥月を動かし、周囲を納得させる理由に仕立てあげるだろう。
 それに加えて、武彦が密かに憂から言われている相談がある。

 ――――恐らく、このIO2には虚無の境界の内通者がいる。

 憂はそう踏んだ上で、そいつに対しても冥月が味方にいるというアピールをしたのだ。
 だからこそ、IO2では難しいとされる施設の破壊を冥月に投げたのだろう。

「……まぁ、お前は冥月にとって紛れも無く、かけがえのない家族だ。足を引っ張るとか足枷になるとか、下手なこと言って怒らせるような真似するんじゃねぇぞ」

「……お姉様のこと、知った風に言わないでくださいまし」

「お前こそ、過去の冥月ばかりを全てみたいに盲信するのはやめろよな。アイツもお前も、今は組織の人間じゃねぇだろうが」

 それだけ告げて、武彦はコーヒーの空になったカップを捨ててその場を立ち去るのであった。

 武彦が知らない時間を百合は知り、百合の知らない時間を武彦は知っている。
 お互いに知っている部分と知らない部分について、二人は初めてまともに意見を交わしたと言えるだろう。

「……昔のお姉様と、今のお姉様」

「百合さん?」

 葉月が百合の顔を覗き込むように尋ねるが、百合は両手で自分の顔をパンと叩いて立ち上がった。

「どうせまだ時間はあるんですもの。葉月さん、今から少し付き合ってくださいませ」

「えっと……?」

「特訓ですわ。あの眼鏡探偵は偉そうに言ってましたけど、やはりお姉様に歩み寄るにはそれなりの力が必要ですの。それに葉月、アナタの異能についても教えてもらいますわよ。異能を操るだけの力を得るには、わたくしも力になれるはずですわ」

「私の、異能ですか……?」

 立ち上がった百合の言葉に、今度は葉月が視線を落とした。

「葉月さん。異能は自分の力ですわ。それが欲しくて身を滅ぼしかけた私と違って、先天的に持っているアナタならば使いこなすだけの器が備わっているのです。宝の持ち腐れのままにしたくないなら、向き合うべきですわ」

「でも……」

「わたくしが強くなるのに、アナタも一緒に強くなるんではないのですか?」

 その言葉にはっとした様子で、葉月は百合の顔を見上げた。
 先程までの弱気な態度とは一転して、百合の表情は明らかに吹っ切れた様子で葉月を真っ直ぐ見つめ、さっき自分で言った言葉を仕返しとばかりに微笑んでいるではないか。
 まるで逆転してしまった立場にどこかおかしい気分で、葉月はふっと表情の影を取り払うように笑って、立ち上がった。

「お願いします、百合さん」

「えぇ、こちらこそ」











to be continued,,,



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いつもご依頼ありがとうございます、白神です。
お届けが遅れてしまい、申し訳ありません。

今回は葉月の能力に対してあまり触れることは出来ませんでしたが、
次回辺りで大きく出せればと思います。

超電磁砲的な能力は多少のタイムラグこそあれど、
かなり強力過ぎる一撃になりそうですね。笑

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い申し上げます。
良いお年を!



白神 怜司