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<東京怪談ノベル(シングル)>


断罪の鉄槌 狂気の残光-1

スクリーンに映し出される情報に琴美は眉をしかめた。
はっきり言って、気持ちのいい情報ではない。
映像が切り替わるたびに琴美から発せられる殺気が鋭さを増していき、PC担当の情報分析官が半泣きの態を見せ始めると、上司は片手を上げて制した。
それを合図に暗室状態だった室内がふっと明るくなり、居合わせた隊員たちの緊張が一気に緩んでいくのが伝わる。

「状況は今見た通りだ。相手は少数精鋭の組織だが、頭の切れる連中がいるらしく、大企業に位置する製薬会社を内部から浸食し、操るほどの財力と組織力を持ち合わせている」

音もなく天井に吸い込まれていくスクリーンの前に立った上司は腕を腕を組み、居並ぶ隊員たちに問うた。
詰将棋のごとく、堅実且つ確実に攻め込んでくる組織相手にどう対応すべきかを。
意味もなく、数で仕掛けるのは得策ではないことは誰もが気づき、対応策についてすぐに意見が上がった。

「表から圧力をかけて、いぶり出すのはどうだ?」
「それだと時間がかかるし、敵にばれてしまってお終いだ。殲滅するのは難しいぞ」
「なら、こちらも少数精鋭で攻め込むのはどうだ?これならうまく……」
「相手に切れ者がいる。少数といってもチームで攻めるのは危険かも」
「そいつを出し抜くなら、もっと奇抜な」

いくつか建設的な意見が上がるが、結局のところ、一人の―特務統合機動課最強の隊員・水嶋琴美に視線が集中する。
まぁ、当然だよな、と上司は思うが、顔には出さず、配布された情報を一心不乱に見つめる琴美を見た。

「全員の意見を統合、分析……の必要もないな。任務内容は製薬会社に寄生した組織殲滅。作戦内容は少数ではなく単騎精鋭による攻撃で首脳部を叩き、炙り出したところを待機していた精鋭部隊で壊滅」

この任務を命じられた時から、すでに決定事項であった作戦だったが、毎回待機しているだけのメンバーの意気を上げる意味でもブリーフィングを開いたが意味があったかどうかは謎だな、と思いつつ、上司はようやく顔を上げた琴美を見た。

「厄介な任務だが、水嶋……お前に作戦の全てを託す」

いつものことだが、全幅の信頼を置いて任せられる隊員は、この特務統合機動課において、ただ一人―水嶋琴美おいていなかった。
居並ぶ隊員たちも同意見で、絶対的な信頼の眼差しが琴美に集中する。
その眼差しを受けても、決して威張らず、静かな決意を固めた瞳で琴美はにこやかに敬礼をした。

「了解しました。水嶋琴美、只今を持ちまして任務に就きます。お任せを」

敬礼を解き、軽やかに踵を鳴らして、琴美がブリーフィングルームから立ち去る。
彼女の行動は素早くかつ適切。
特務で、もはや当たり前となっている行動を誰も咎めず、黙ってその背を見送り、それを合図に各自が自身の行動を開始した。


「水嶋琴美?」
「自衛隊特務統合機動課のトップエージェント。壊滅させた組織は数知れず、自衛隊最強の異名を持つ女だそうだ」

へぇ、と短い感嘆の声を上げ、額にかかった前髪をうっとうしそうに掻き揚げながら、興味深げに男は報告する部下を見る。
能面のように、一ミリも表情を変えずに手にしたレポートをめくりあげつつ、眼下の分厚い特殊強化プラスチックの窓の向こうで繰り広げられている凶悪かつ残忍な光景を一瞥する。
椅子に座らされ、頭部には電極、両手両足をベルトで拘束された若者たちが絶叫を上げ、暴れ狂う。
その様を見苦しく思ったのか、部下は冷やかにレポートを男に押し付けると、インカムでこともなげに命じた。

「黙らせろ」

冷たく放たれた一言。この一言が哀れな若者たちの運命を決定づけた。全身を白衣で覆った研究員たちが銀のトレイを持って現れると、それまで暴れ狂っていた若者たちが恐怖の悲鳴を上げて、必死に救いを求める。
だが、研究員たちは何の感情も抱かず、トレイに乗せられた注射器を手に取り、並べられたアンプルから薬品を吸い取った。
助けてくれ、という悲痛な若者の声など無視して、研究員たちは機械的に薬を打つ。
途端に全身を大きくしならせ、数回痙攣を起こした後、注射された順に若者たちは白目をむき、気を失っていく。
あまりの残酷さに男は大きく顔をしかめ、鉄面皮の部下を睨みつけた。

「やりすぎるな。貴重なサンプルだぞ?」
「分かっております。ですか、彼らは大したデータを出せなかった欠陥品です。多少なりとも成果を上げてもらわなければ、これまでの実験費用が無駄になります」

一言の元に切って捨てる部下の目に人らしい情などない。
結果が全て、基準以上のデータが取れなければ、価値はない。
実に優秀だが、非情冷徹冷酷……ありとあらゆる非人間的な感情を表す言葉が当てはまる鉄面皮の部下は男―組織の首領が頼みとし、右腕である副官だ。
だからこそ安心して仕事を任せられたのだが、その冷徹さがあだとなり、研究所の管理を任せられている所長が危機感を覚えてしまったほどの実権を握っていることが知れてしまった。
活動に支障が出るのでは、と懸念され、視察の名目で様子を見に来たわけだが……結果は一目瞭然。
これでは所長もやりづらいだろうが、余計な口を挟む気はなかった。

「ま、ここはお前の好きにしろ。ただ、件のエージェントには警戒しておけ」
「了解しております、ボス。ご安心を」

怜悧な眼差しで微笑する副官に首領は一瞬、背筋に冷たいものが滑り落ちるのを感じながらも全てを任せた。
もう後には引けない。いや、引くつもりはない。
どれほどの実力を持っていようが、自衛隊特務の最強エージェントなどに止められてたまるかという思いが突き動かす。
善か悪かは関係ない。己がプライドをかけた戦いが始まっていたのだ。

緩んでいた半袖丈の着物の帯を締め直し、肘まであるグローブを嵌める。
インナーに漆黒のスパッツを履き、その上からミニのプリーツスカートを着て、編上げのロングブーツで身を固め込むと、軽くつま先を鳴らして、琴美は軽やかな―自信に満ちた足取りでロッカールームを出た。
高らかに鳴らされるブーツの音が小気味よく響くと、すれ違う隊員たちも自然と背筋が伸び、敬礼をして、琴美を送り出す。
LEDライトの光が照らす地下通路を通り抜け、たどり着いた先にはターンテーブル式の駐車場に収められた一台のフェラーリ。
数名の技師が最後の調整をしていたが、そのうちの一人が近づいてくる琴美に気づき、敬礼を送る。
それにつられるように他の技師たちも自然と車体から離れ、敬礼すると、琴美は小さな苦笑を口元に浮かべた。

「作業を続けてくださって構いませんのに」
「いえ、最終調整は終わっております、水嶋隊員」

困った表情をする琴美に最年長の技師はにやりと自信たっぷりに微笑みながら、運転席のドアを開けた。
革張りの運転シートの周囲はきっちりと整備を完了させたギアやハンドルに特殊な装置が目につく。
さすがは職人、と感心しつつ、琴美は一礼して、シートに身を沈め、ドアを閉めた。
それを合図に技師たちはターンテーブルから離れると、こめかみにまで引き上げたインカムを引き下げる。

「全てのスペックを最高クラスにまで引き上げてありますので、少々癖があるかもしれませんが充分でしょう。思う存分、暴れてきてください」
「感謝いたしますわ、皆さま……水嶋琴美、出撃させていただきます」

車内に響く技師の声に琴美は満足げに微笑みながら、表情を引き締め、ハンドルをきつく握る。
グンッと全身にかかる重力。音もなく上昇していくターンテーブルがゆっくりと回転し、大きく開かれたゲートが目の前に広がる。
タイヤを拘束していた金具が外され、ゆっくりと前進を開始する車体。
琴美は緩やかにアクセルを踏み、夜の街へと飛び込んでいった。