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<東京怪談ノベル(シングル)>


断罪の鉄槌 狂気の残光-2

都市部から車で2時間以上離れた森の中に、場違いなほど近代的なコンクリート製の建物があった。
四方を3メートルの高い壁に囲まれ、そこかしこに監視カメラが点在しているのが見える。
情報によれば、とある製薬会社が大金を投じて作られた新薬開発を目的とした研究所で、企業スパイ対策などから、普段から警備は厳重になっている。
よって、複数の警備員たちが見回りをしていても、不審に思われない。
元々人目から隠されるように作られている研究所なので、地元の人間が訪れることもない。
だが、ごくたまに、ここから数分行ったところにある別荘地の人間が迷い込むことがあったが、やんわりと追い返されることが多い。
以上が情報部からの報告だが、気になる点はないか、と琴美は思いながら、ファイルを助手席に置く。
研究所を見下ろせる崖にフェラーリを停め、琴美は小さく笑みをこぼした。

数メートル以上はあろう巨大なメインモニターに映し出されるのは、代わり映えのない森林の風景―だが、研究所を取り仕切る副官の表情はひどく厳しい。
周囲に控える部下たちも一様に緊張しきった面持ちで、慌ただしく監視システムのモニタリングを続ける監視スタッフたちの報告を待つ。
数秒ごとに切り替わる監視映像に変化は見られない。
時折、野生動物―主に熊や鹿、小動物が映り込んでいる程度だ。

「特に変化、異常は見られないですね」

緊張の糸を立ち入ったのは、監視スタッフの主任。
確信に満ちた断言に他の部下たちの緊張も一気に解ける。
気が抜けたように監視PCの前で脱力し、メインモニターを睨み続けている副官を仰ぎみて、主任は顔面を蒼白にした。

「お前の目は節穴か?」

冷酷な副官の声に、ヒッと短い悲鳴を上げ、腰を抜かす主任。
他の部下たちも青ざめた顔で一歩下がる。
シンと静まり返った監視ルームに副官の足音だけが響き渡り―主任のPCモニターを乱暴に掴んで見せた。

「ふふふふふふふ副官?!」
「この部分を拡大して見ろ。わずかだが、人工物―ブーツで踏みつぶした痕跡がある」
「ま、まさか」

信じがたいとばかりに、主任以下監視スタッフ全員は指摘された映像をズーム拡大処理を行い―絶句した。
鹿の足跡に重なるように、大きさにして3センチ程度しかない、ブーツのつま先がしっかりと残っていたのだ。
慌てふためく最中、最後ま周辺を監視していたスタッフが声を上げ、同時にメインモニターに映像を映す。

「見つけました!監視カメラが映るか映らないかの、まさにギリギリのラインを見極めた位置にありました」
「さすがは特務のトップか……そこまでのラインを見極めるとは、ね」

ギリときつく唇を噛み、副官は射殺せるのではないかと思うほどの殺気に満ちた目で委縮しきったスタッフたちを睨みつける。
モニターに映し出されたのは、監視カメラから数十メートル―辛うじて崖の上に何かがあるかを映していた。
発見したスタッフはズームの他に映像解析を加え、そこに漆黒のフェラーリを鮮明にモニターに表した。
だが、そこに人の姿は発見することはできない。
導き出される答えはただ一つ。すでに敷地内への侵入を許した、という事実だ。

「壁内までは許す。コンディションイエローで全て対応せよ……第8、第9部隊を投入を許可する。研究所内には一歩たりとも入れるな」
「了解!!」

苛立ちを見せることなく、副官は踵を返しながら、強い口調で命じると、呪縛から解き放たれたように部下たちはこけつまどろみながら、我先と監視ルームから飛び出していく。
残された監視スタッフたちは全身から冷や汗をながし、へたり込む。
唯一、侵入者の痕跡を発見した者以外、全て抹消される。
それがここでの絶対のルール。今までもミスを犯した者たちがそうやって消されていったのをよく知っていた。
己が身にこれから起こることを思い、誰もが絶望の未来を描くしかなかった。

絶望し、一歩も動けないまま呆然とするスタッフたちをバイザーの映像で確認した琴美は小さく息を吐き出す。
予想以上に氷の鉄則が浸透している。いや、それ以上に恐ろしいのは、一ミリも表情を動かすことなく、冷然と命令を下す副官。
情報通りだ。
国内有数の大企業である製薬会社の所長を顎で使い、完全支配を行う副官。
組織の首領が片腕と頼む男がこれほどまでに恐ろしく、凶悪だとは予想外だ。
しかし、と琴美は笑みを浮かべる。

「これ以上、思い通りにはさせませんわ」

監視カメラの死角を優雅に歩いてきただけだが、見つかった以上は隠れる必要はない。
顔の上半分を覆っていたバイザーを投げ捨て、琴美は一気に林の中を駆けだした。
わずかに遅れて、対侵入者用の迎撃レーザーが照射されるが、それよりも速く動く琴美を捕えることはできず、空しく空を貫いていく。
降り積もった落ち葉をわざと巻き上げ、レーザーが拡散される。
カメラで琴美をようやく発見し、自動迎撃システムを起動させるが、全て無駄に終わった。
発見されてから、5分後。琴美は立ちはだかる高い壁を軽々と飛び越え、研究所への侵入を成功した。
が、着地した瞬間、激しい弾幕の嵐が降り注ぐ。
研究所の手前で待ち構えていた5〜6名の、全身黒ずくめの戦闘服を纏った男たちが手にしたマシンガンを着地し、一瞬無防備となった琴美に向かって乱射したのだ。
用意した数千にも及ぶ銃弾を撃ちつくし、そこに漂う硝煙に男たちは標的の撃墜を確信して、ほくそ笑んだ―のは、つかの間のこと。
それまで何も感じなかった背後に圧倒的な存在感と殺気を感じたと同時に視界が反転し、ブラックアウトする。

「呆気ないですわね」

こともなげに髪を掻き揚げ、琴美は地に倒れた男たちを冷やかに見下ろす。
あの程度の銃撃など恐れることもない。
撃ち込まれる銃弾をいちいちかわすのも面倒で、軽々と地面を蹴り、高く飛び上がる。
半円の軌道を描いて、その背後に回り込むと油断しきった男たちの首筋に手刀を落とす。
隙だらけの相手に岩をも砕く一撃を入れれば、結果は見えている。
敵である琴美の力を甘く見たのもいいところだ。
優雅に身を翻し、琴美はそびえ立つ研究所に歩き出そうとし―前触れもなく、特大級のバズーカ砲をぶち込まれた。
大きく地はえぐられ、穿たれたクレーター。
一度や二度ではない。断続的に2発、3発と撃ち込まれていく。
だが、そこに人の痕跡はなく、バズーカの砲手たちは忌々しげに舌を打ち、素早く次弾を装填に取り掛かる。
その間にライフル銃やショットガン、大ぶりのサバイバルナイフを手にした兵士たちが血に飢えた獣のように襲うが、それらの攻撃全てを余裕の動きでかわした琴美はようやく歯ごたえを感じ、艶やかに微笑み―太腿のベルトに仕込んだクナイを両手に構えた。
得物を手にした琴美に砲手たちは本能的に危険を感じ、装填を完了した者たちから味方の損害も考えずに打ち方を開始するが、標的には当たらない。
おまけに無軌道な攻撃によって味方の兵士たちが次々と吹き飛ばされ、倒れていく。
成果なしで損害は甚大。
それはそうだ。個々の戦闘力は優れていても、組織力に圧倒的に劣っているのだ。
優れた―ではなく、最強の称号を持つ琴美にとって、そんな連中は赤子の手をひねるにも等しかった。

「どんなに優れた兵であっても、優れた指揮官がいなくては烏合の衆でしかありませんわね」

疾風のごとき速さで激しい砲弾と銃撃、接近してきた兵士の白刃をかわしつつ、両の手に握ったクナイを振り落す。
音もなく繰り出された斬撃が半円を描き、兵士たちの胴を薙ぎ払う。
面白いように数十メートル先に吹っ飛ばされていく男たち。それをやってのけているのが、一人の豊満な肉体を持った女だという事実がにわかに信じられなかった。

「くそっ!!所内への侵入は絶対に許すなっ!!俺たちが」
「あら、どういう意味ですの?」

数分間の戦闘で白兵戦の兵士が壊滅させられた光景に、残っていた砲手の一人が青ざめた表情で凍り付いてしまった仲間を叱咤した瞬間、楽しげな琴美の声が間近に聞こえ、慌ててバズーカの銃口をそちらに向けるが、間に合わなかった。
腹部に走る灼熱を思わせる激痛。
次の瞬間、跳ね上げられたクナイの刃がバズーカの銃口を切り落とす様が目に焼き付いた。
それが最後。
柔らかな微笑みを残して、琴美は悠々と飛び去った瞬間、切り裂かれたバズーカが橙色の光を放ち―目がくらむほどの閃光を放って大爆発を起こし、残っていた砲手たちを吹っ飛ばした。

「第8、第9部隊全滅っ!!」
「ばばばばばばば、化け物だぁっ!!」
「あんな奴っ、誰も勝てやしないって」
「撤退準備を」

悲鳴のような監視兵の叫びに静まり返っていた監視ルームは一転して、大恐慌に陥った。
一般兵よりも強化された二つの部隊が呆気なく壊滅した光景を目の当たりにしたのだから、当然と言えば当然である。
メインモニターには、燃え盛る炎を背負い、優雅に立つ琴美の姿が映り、一層恐怖を煽っていく。
情けない部下たちを副官は鋭く一瞥し、腰を抜かさんばかりの側近の襟首を掴みあげた。

「情けない真似をしてるな、愚か者。さっさと始末をつけてこい」
「し、始末?」

何の感情も感じられない声で命じる副官に側近はおうむ返しに答えるのが精いっぱいだった。
忌々しく思いつつも、そうだ、と大きくうなづくと、副官はあっさりと命じた。

「全強化兵部隊をぶつける。その間に実験体とデータを全て消去しろ」