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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・6―

(見慣れた……と云うか、見飽きた感じすらする……無理ないかな、同じ景色ばかりを2か月も見ているんだから)
 みなもをはじめ、数名のユーザーをそのキャラと共にシステムが呑み込んでしまってから、はや65日が経過していた。リアルで体験していたら気の遠くなるような冒険旅行である。だが、実際にはこれは一晩の、彼女たちが寝入った後に起こった後の出来事なのである。とは言え、キャラにその心を乗り移らせ、実際に体感している2か月余りの時の流れは、最早リアル体験と言い切っても可笑しくない程のインパクトを、呑み込まれたユーザーたちに与えていた。
「あ、おかえ……! ど、どうしたの!? その傷!」
「うん、仕留めた獲物をドラゴンナイトに横取りされそうになってね」
 左上腕から出血しているその姿は、その争いがどれほど過酷であったかを如実に物語っていた。曰く、ウィザードは『困った時はお互い様』を主張し、獲物を分け合う事を提案したらしい。だが相手はその意見を聞き入れず、問答無用で刃を向けて来たと云うのだ。
「皆、かなり疲れ切ってるよ。ボロボロで、汚れきって。こんな鳥一羽を巡って、命懸けの乱闘を仕掛けて……」
「余裕、ないんだね……尤も、それはあたし達も同じだけれど……」
 木の幹を鉢状に彫って拵えた瓶から水を掬い、傷口を洗浄してから止血に掛かる。その措置を受ける間、彼は痛みに耐えながらジッとしている。完全にKOしても構わないなら、このようなダメージを受ける前に倒せてしまう相手ではあったが、ログアウトが出来ない今の状態でそれを行う事は、即ち相手の命を取る事にもなりかねない。だから手加減をするのだが、そうなると反撃の機会を与えてしまう。元々フィジカル面に難ありの彼としては、長期戦に持ち込まれるとそれだけ不利になるのだ。
「こんな傷を負うぐらいなら、獲物を放棄しても良かったのに」
「そうもいかない、こっちにとっても5日ぶりの獲物だったんだ。だから平和的に分け合おうと言ったのに」
「……向こうも、同じように集団を成しているのかもね」
 恐らく彼は、自分一人が腹を減らすだけで済むならば、このようなリスクを負ってまで獲物を確保しようとはしない筈だ。つまり、自分の存在があるから彼は無理をする……そう考えると、みなもはいたたまれない気持ちになって来るのだが、それを彼に悟られては更に負担を掛ける事になってしまう。だからその胸の内を口には出さず、黙々と傷口のケアを行うのだった。
 その夜は久方ぶりに口にしたタンパク源に舌鼓を打ち、採取した果実で作ったジュースで喉を潤した。こうして自分達は糧を得て、生き長らえる事が出来たが、負けたドラゴンナイトはどうなったのだろう……それも気になった。最初のうちは互いに警戒して姿を見せなかった他のプレイヤー達も、余裕を失くすとともに徐々に表に出るようになり、鉢合せをする機会も増えた。
「今、他のプレイヤーを倒してスキルを上げても、空しいだけだよね」
「うん、だから『その目的で』攻めて来る奴はいないと思う。けど『生きるための手段』となったら、どうなるか……」
 焚火を前にし、星空を眺めながら、ウィザードも不安を感じている事を吐露していた。表情には出さないが、彼もかなり疲弊しているのだろう。しかし彼はニッコリと笑い、『何時までも続く事じゃないだろうから』とポジティヴな発言をしてみなもを元気付けた。だが彼女は、その言動すらも重荷に感じている自分に嫌悪感を覚え始めていたのだった。

***

「お魚、美味しくないけど……無いよりはマシだと思って、ガマンしてね」
「塩も作ったし、調理すれば案外いけるかもよ……ゴメン、俺が狩りに出られなくなったばかりに」
 そう、ウィザードは昨日のダメージが思いのほか深刻で、遂に発熱するに至ってしまったのだ。備蓄の糧食はまだあるが、これとて2日もあれば食べ尽くしてしまうだろう。依って、常に糧を求めに出る事が必須となって来ていたのだ。
 幸い、みなもにとって魚を獲る事は苦ではない。それに森の中で獣を探すよりも、海に潜れば必ず手に入る魚を相手にする方がリスクが無く、楽である。さらに、彼女としても『自分で動いた方が』幾分か気が晴れる。彼に頼りきりになっている食料の調達を自分も行うようにする事で、負い目を打ち払おうとする気持ちも……無いでは無いかも知れなかった。
 海中は相変わらず殺風景で、眼前を泳ぐ魚群が目に入るだけ。これを捕え、持ち帰る事は造作もない事だ。だが、今となっては大事な仕事である。
(本当に、美味しくないんだよね……)
 食べて食べられない事は無い、しかし決して美味とは言えない。そんな食料を持ち帰るのが精々なのかと、彼女はウィザードに対して申し訳ない気持ちで胸が満たされて行くのを感じていた。ふと見ると、遥か遠方でも同じように魚を捕える者が居るのが確認できた。が、互いのテリトリーを犯している様子もない。因みに種族は不明だが向こうは完全な人型だった。頻繁に酸素を求めて水面に出て行くのが分かる。
(もし、この網の中身を見られたら、昨日の彼のように……)
 そう考えると、みなもは急に恐ろしくなった。網の中が満杯になっている事を確認すると、彼女は急いで水面に上がり、捕えた魚を引き摺るようにして帰途を急いだ。

「凄い、こんなに沢山!」
「でも、美味しくないんだよ……何かゴメンね」
 何で謝るの? と不思議そうな顔を一瞬見せた後、彼はみなもに『これを開けるか?』と訊いて来た。みなもは『造作もない』と答えると、戦闘用の爪を今度は出刃包丁に見立てて魚を次々に処理していく。そうして下処理をされた魚にウィザードが少々多めの塩を振り、日陰に設えたネットの上に並べて行く。
「そっか、干物ね!」
「そう! 魚で成功したら、今度はウサギや鳥でもやってみようと思ってるんだ」
 ああ、彼のこのバイタリティ溢れる行動には感心するばかりだ……と、みなもは益々自分の無力さを嘆いた。俯き、溜息を洩らした後、思わず見せてしまった涙に、ウィザードはギョッとした。
「ど、どうしたの!? 何処か傷めたの!?」
「違う……貴方の逞しさと、自分の無力さを比べたら……何だか……」
 その台詞を聞いて、暫し放心していたウィザードだったが、やがて彼は寂しそうな笑顔を見せながら、みなもに向けて呟いた。
「それを気に病んでいたのか……俺は逆に、君のフィジカルの強さが羨ましくて、何時も『もっと鍛えなくちゃ』と思っていたんだよ。でも……そうか、互いに無い物を求める気持ち、これが大きくなると嫉妬やコンプレックスになるんだよな」
 みなもを慰めるでもなく、突き放すでも無く。彼は空を仰ぎながら、淡々と語った。
「その傷だって、あたしに食べ物を……という気持ちが無かったら、もしかしたら回避できたかも知れない。そう思うと、胸が苦しくなって……」
 ここまで語った時、みなもは今までに体験した事の無い感触を頬に受け、驚いて硬化してしまった。ふと見ると、真っ赤に染まった頬を晒しながら、ポリポリと後ろ頭を掻いている彼の姿があった。
「互いを守ろうっていう気持ちがあるから、頑張れるんじゃ……ないかな?」
「……そう……かもね」

 数日後。みなもの捕えた魚で作られた干物を美味しく食べながら談笑する、二人の姿があったという。

<了>