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クリスマスをもう一度
1.
冬の空気は冷たく澄んでいる。空を見上げれば今にも雪が降りそうな雲が厚く空を覆っている。
寒っ。
コートにかじかむ手を突っ込んで、街を歩き出した。
通りは赤と緑にデコレーションされて、どこからともなくクリスマスソングが聞こえる。
そんな季節か。
クリスマスソングに耳を傾けると、どことなく聞き覚えのある声だ。どうやら街頭の大型ビジョンに映し出されているコンサートの映像からのようだ。
『SHIZUKU・12月24日スペシャルライブ 追加チケット発売決定!』
あぁ、そうか。SHIZUKUの声だったのか。どうりで聞き覚えがあると思った。
舞台を所狭しと跳ね回るSHIZUKUの姿に足を止め、コンサートの様子を見つめる。懐かしい気持ちが心によぎった。
「お兄ちゃん!」
どんっ! と唐突に背後に誰かがぶつかってきた。
「!?」
思わず身構えて振り返ったが、視界には誰も‥‥あ、いた。
小さな背丈のおさげ少女、ランドセルを背負いながらもなぜか袴姿の‥‥って!?
「ルーちゃん?!」
「お久しぶりなのよ♪ ゆう‥‥今はフェイトお兄ちゃんだったかしら?」
ふふっと笑う少女の名はルージュ・紅蓮(ぐれん)。小学生である。
「ちょ、ちょっと待って。なんで今の名前を?」
「‥‥ルージュ、何のことだかわかんなぁい♪」
いやいやいやいや、今思いっきり俺の名前言ったよね? 『フェイト』って。
「それよりも、あのお姉ちゃんとお知り合いなの?」
ルージュが指差すのは先ほどまでフェイトが見ていた大型ビジョンに映し出されたSHIZUKUの姿。
「あー‥‥まぁ、高校の時の友達‥‥かな」
言葉を濁すフェイトに、ルージュがにやりとした。
「友達? 恋人じゃないの? なんだか『遠距離恋愛で別れちゃったけど、まだ未練があるんだよね』って顔してたのよ」
「なっ!? な、なにっ! なにをっ!?」
動揺のあまり声が震えて上手く文章にならないフェイトに、ルージュはいたずらっぽく笑う。
「ルージュ、恋愛のことはよくわかんないのよ♪ それよりも、この間の約束がまだなのよ? いつ約束を果たしてくれるのかしら?」
この間の‥‥?
少し考えて、まだ日本からアメリカへ飛び立つ前に交わした約束を思い出す。
「もしかしてスウィーツ食べに行くってヤツ?」
こくんと頷くルージュに、フェイトは時間を確認してから「じゃあ、今行こうか」と切り出した。就業時間中だが、休憩ぐらいはいいだろう。
フェイトが快諾したときのルージュの顔が、パァッと明るくなったのが実に印象的だった。
2.
『この間の約束』とルージュは言ったが、その約束は5年前のものだ。
そもそも、ルージュは5年前のフェイトの記憶そのままで‥‥5年もあれば普通は小学生でも中学生になってたりするはずなんだが‥‥どうなっているんだろう?
「ここよ! この間からチェックしてたのよ♪」
ルージュに連れられてきたのは、ちょっと表通りから一本入った小洒落たカフェだった。
クリスマスカラーに彩られ、何よりも女の子の長蛇の列ができている。
「ここ? ‥‥いっぱい並んでるけど‥‥」
「大丈夫なのよ♪ 予約しておいたから」
いつ? どこで? 誰が?
フェイトの頭の中を『?』が大量に飛び交うが、そんなことは気にせずにルージュはずんずんと列を追い越して店に入ってしまう。慌ててその後を追うと既にルージュが店員と会話していた。
「予約した『工藤』なのよ♪」
「お待ちしておりました、ご予約2名様の工藤様ですね。こちらへどうぞ」
‥‥!?
「今『工藤』って!?」
「偽名なのよ。‥‥偶然よ? 偶然なのよ?」
だって今2名様って言ったじゃん? 工藤様って言ったじゃん? ていうか、俺の本当の名前知ってるよね?
「ぐ・う・ぜ・ん♪」
楽しそうに笑いながらルージュなご機嫌で店員の後について席に着く。更なる『?』の渦に巻き込まれながら、フェイトも席に着く。
ビュッフェスタイルのケーキ屋さん。定額制ではあったが、スペシャルメニューは別料金と書いてある。
外の行列も女の子ばかりだったが、店内はさらに女の子ばかりだった。
「お、俺‥‥場違いじゃない?」
黒ずくめのスーツ姿のフェイトをやたらと女の子たちは振り返る。フェイトを見ると同時に、ルージュの姿を確認すると怪訝な顔をするのだ。
「そんなことないのよ? スウィーツを男の子が好きでも悪くなんか全然ないわ」
「いや、でも、なんかあらぬ疑いまでかけられているような気が‥‥」
そう言い終わる前に、ルージュはひときわ感極まって嬉しそうに満面の笑顔で大声で言った。
「お兄ちゃん! このお店、すっごく来たかったの! お兄ちゃんありがとう!」
えっ? えっ!?
と思って慌てて周りを見ると、納得顔の女の子たちがフェイトと目が合った瞬間バツが悪そうに顔を背けた。
「こんな感じで大丈夫だと思うのよ♪ さ、ケーキ食べましょう♪」
にっこりと笑ってケーキ皿を手にウキウキと席を立ったルージュを見ながら、フェイトは思う。
‥‥やっぱりよくわからない子だ‥‥と。
3.
皿いっぱいのケーキをいともあっさり平らげて、ルージュは2杯、3杯とおかわりをする。
フェイトのおごりだから‥‥なのか、それとも普段からこうなのか。恐ろしいほどに遠慮なく食べる。もちろんスペシャルメニューも。
5年越しの約束をようやく果たせたことにホッとしつつも、思わぬ大ダメージを受けそうな財布の中身が気になる。
‥‥決めた。自分の分のスペシャルケーキは諦めよう。
コーヒーを飲みつつ、ビュッフェからとってきたケーキを食べる。甘くて美味しい。なんだか久しぶりにまったりとした気分だ。
「もしかして‥‥SHIZUKUお姉ちゃんと来たいなぁ‥‥なんてこと考えてたりするのかしら?」
「ぶふっ!?」
突拍子もないルージュからの質問に、思わずむせてしまった。
「な、何言ってんだよ! ベ、べべ別にそんなこと考えてないって!」
どもってますが、何か?
ニヤニヤと笑うルージュにフェイトはおしぼりでちょっとだけ飛び散ったコーヒーを拭きとった。
「フェイトお兄ちゃんは相変わらず顔に出やすいのね。あ、悪いって言ってるんじゃないのよ? いいことだと思うのよ」
‥‥こ、こんな小さな子にまで悟られてどうするんだ、俺‥‥。
フェイトは努めて冷静になるように、再びコーヒーを口に運ぶ。
だが‥‥。
「で、再会して何か進展はあったのかしら? まさか、告白すらしてないなんて言わないわよね?」
「ぶふーーーっ!!」
吹いた。2回目は盛大に吹いた。
「大丈夫? お兄ちゃん」
ルージュが手元にあったおしぼりを渡してくれた。それを受け取ると、フェイトは顔にかかったコーヒーをしっかりと拭いた。
「あ、あのね? 俺とSHIZUKUはそんなんじゃないんだって。こ、告白とかそういうんじゃないんだって。友達なんだ。俺とSHIZUKUは友達なんだよ」
詰まりながらもそう言うと、今度はコーヒーではなく水を口にした。
3回目の予想外のツッコミがあるかもしれない。
しかしフェイトの予想は外れ、ルージュは黙ってしまった。
フェイトも大人げなく言い返してしまったことに、少し気まずさを感じて黙ってしまう。
‥‥実際、SHIZUKUとは旧知の仲、古くからの友人という意識でいる。そう、あくまでも『意識してそう思っている』のだ。
無自覚ではない。恋とか愛とか、そういうものだと薄々わかっている。
けれど、それを認めてしまうのはダメだと思った。自分の今の立場やSHIZUKUの今の立場を考えれば表に出すべきではないのだと。
俺の為。SHIZUKUの為。それが一番なのだと。
4.
「‥‥ルージュ、よくわかんないけど。フェイトお兄ちゃんは人間なんだから、時間は有限なのよ」
ルージュがリンゴジュースを飲みながら、そう呟いた。
「え?」
今‥‥変な発言しなかった?
聞き返す前に、ルージュはさらに言葉を続ける。
「ルージュの好きなゲームは、リセットすれば最初からできるし、間違えば戻ってやり直すこともできるけど‥‥お兄ちゃんはそうじゃないのよ。2人の時間はどんどん過ぎていくし、リセットはできないのよ」
最後のケーキの欠片をぽいっと口に放り込んで、ルージュはジュースでそれを流し込む。
「言いたいことはわかるよ。だけどね、大人になるとさ色んなしがらみが‥‥」
フェイトがそう言うと、ルージュはつかつかとフェイトの皿を持って大きなスペシャルケーキをひとつフェイトの前に差し出した。
そして‥‥。
「考えに考えた末、結論が出てるのにまだ考えるの? 結論に納得してないんでしょ。ならとっとと行動するべきじゃないの? ゲームオーバーになってからじゃ遅いのよ。‥‥まぁ、ルージュにはよくわかんないけど♪」
ルージュはフェイトの口にケーキを無理やり突っ込んで、そう一笑に伏す。
目を白黒させながら、口に入れられてしまったケーキを何とか水と気合で胃に落とす。
ケーキに殺されるかと思った。
けれど、それ以上に納得してしまった。
自分で出した答えなのに、俺はまだ別の答えを探していた。
「ルーちゃん」
そうフェイトが顔をあげると‥‥そこにルージュの姿はなかった。
かわりに1杯のエスプレッソコーヒー。ラテアートで『ごちそうさま』と書かれていた。
「‥‥エスプレッソは苦いな」
苦笑しながら、フェイトはそれをゆっくりと飲んだ。
外に出ると、冬の風が室内で温かくなったフェイトの体から体温を奪った。
フェイトはスマホを取り出す。
指先がアドレス帳を開いて、SHIZUKUの名を探し出す。
‥‥もう一度だけ、メールをしてみようか。
あのクリスマスのように、もう一度だけ勇気を出して。
『クリスマス、なんか予定ある?』
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