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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命を紡ぐ女王と希望を掲げる姫君

 〜 母よ、苦しみを子に分け与えよ 〜
 〜 子よ、母のさだめを受け入れよ 〜
 〜 汝ら、運命の歯車の中で光を見つけ出せ 〜

1.
「こんなにたくさんだと、見つからないかしらね」
 東京、神田の古本街で古い音楽の専門書を探しに来た響(ひびき)カスミは、専門書の山の前で溜息をつく。
 かび臭い古本の匂いが鼻孔をくすぐり、思わずくしゃみをしたくなる。目当ての専門書ではない掘り出し物を見つけたりもするが、まずは目的を果たさねば‥‥。
 ‥‥とはいえ、やはり古本というのは整理されているものではなく、探すのは至難の業。半日かけて探してみたが、目当てのものは見つからない。
「別の方法の方がいいかしら‥‥」
 心が折れかけ、少しだけ休憩に‥‥と別のカテゴリーの棚に移動する。昔の絵本や、外国の本。たくさんの古本が新たな持ち主を待っている。
 その中で、カスミの琴線に触れた本があった。羊皮紙の装丁、中は鍵を開けなければ読めないようだ。
「これ、鍵はあるのかしら?」
「ありますよ」
 店員はそう言って小さな鍵を取り出す。アンティークの可愛らしい鍵、カスミは心惹かれてそれを思わず買った。
 目的のものは結局見つけられなかったが、しょうがないだろう。また探せばいい。
 それよりも、この本が手に入れられたことに心がウキウキしていた。もしかしたら誰かの日記なのかもしれない。昔の少女の日記。同居人のイアルと読んでみよう。
 足取り軽くイアル・ミラールと共に住むマンションに帰宅する。まだ、イアルは帰っていないようだ。
 ‥‥少しだけ先に読んでしまおう。
 カスミは身支度もほどほどに、椅子に座って本の鍵を開ける。
 しかし、それはただの本ではなかった。
 カスミが開けた本は、魔本。
 魔法でできた本の世界は、読む者をその世界に取り込みあたかもその世界で生きているかのように体験させることができる。
 けれど、本来それは古本屋が管理できるような代物ではない。アンティークショップ・レンのように怪しいものを専門に扱うことのできる店が扱うべきものなのだ。
 そんな魔本に、カスミは吸い込まれた。欠陥がなければよいのだが‥‥。


2.
「ふ‥‥ああああああ〜!!!」
 身を切り裂くような痛みが、身体を突き抜ける。カスミは思わず歯を食いしばり、ギュッと何かに掴まった。激しい痛みは産声と共に急激に引いていった。
「女王様! 可愛らしい女の子でございます」
「‥‥そう、そうなの、女の子なのね」
 世継ぎの王女を生み落し、カスミは安堵の涙を落とす。
 ‥‥なんで私、出産しているの?
 さっきまで本を読んでいたはずのカスミは軽いパニックに陥った。
「女王様、これで我々は希望の光を手に入れたのですね」
 希望の光? な、何のことなの!?
 パニックに拍車をかけるカスミにメイドたちは歌う様に状況を説明している。
 女王カスミの治める小国は、常に隣国からの脅威にさらされていた。強い世継ぎを!
 民はそれを求め、女王カスミはそれに応えるべく小さな命を生み落した。
 守るべきは民。女王はいなくなっても、次の女王さえいれば国は保たれる。みんなそう思っていた。
 ‥‥けれど、それは儚い幻想だった。
「女王様! お逃げください! 敵の手が‥‥!!」
 女王が子を生み落し弱っているという情報を掴んだ隣国は、その隙をついた。
 気が付くと、城下から火の手が上がっている。
 な、何!? なんなのよ!?
 混乱する城内。女王カスミは焦りながらも、苦渋の決断を下す。
「この子を‥‥頼むわ。わ、私が囮になります。だから‥‥あなたは逃げて」
 傍にいたメイドに女王カスミは娘を託す。そして、メイドたちを逃がした後で、自らは別の抜け道を使い城からの脱出を試みる。なぜかそうしなければならない気がしたのだ。
 このまま行ったらいいのかしら? でも、これどこに繋がっているの!?
 裸足のままで駆けだした女王カスミ。しかし、産後の体力は思いのほか消耗しており、上手く動くことができない。もつれる足を必死に動かしながら、何とか抜け道を抜けると‥‥女王カスミはその身を捕らわれた。
 隣国である帝国は、悪い噂が絶えなかった。逆らった民は石にされ、白旗を上げた敵ですら容赦なく首を落とした。
 そんな帝国を統べる帝王の前に、女王カスミは帝国兵によって引き合わされた。
「ふむ、噂に違わぬ美貌の持ち主だ」
 女王カスミの全身をなめまわすように見ると、帝王は笑う。そして、言った。
「我が妃になれば、おまえの国はおまえによって救われるであろう」
 その身を帝王に差し出せ。国と引き換えに、帝王の妻になれ。帝王は絶対の命令として、女王カスミにそう言ったのだ。
 拒否することは叶わぬ命令だった。
 けれど‥‥。
「それは‥‥できないわ」
 女王カスミはその気高き誇りを持って、それを拒否した。そうしなければならない気がした。
 思わぬ返事に帝王は恐怖の命令を下した。
「!」
 身を絞るようなおぞましい感覚が女王カスミを襲う。飲み込まれるような、引きちぎられるような苦しみ。
 なんで‥‥なんでこんなことに‥‥!?
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 叫びはいつまでも消えることなく、帝国の宮殿に響き渡っていた‥‥。


3.
「カスミ? 帰っているの?」
 マンションの明かりがついていたので、イアルはそう話しかけながら部屋に入った。こうこうと明かりのついた部屋には誰もいなかった。
「どこにいるの、カスミ?」
 風呂にもトイレにもカスミの気配はなく、イアルはふと机の上の読みかけの本を見つけた。
 不思議な感覚がした。魔力の気配。まさか‥‥?
 パラパラとめくる。女王カスミの物語。
「カスミ!?」
 閉じ込められている! イアルはそう直感した。
 そして、イアルもその世界へと身を投じた。

「イアル様‥‥女王様の石像はいまだ、帝国の広場に‥‥このような屈辱をいつまで我々は甘んじねばならないのですか!」
 ハッと気が付くと、イアルはたくさんの民に囲まれていた。
 小さな部屋にぎゅうぎゅうに詰められた部屋。イアルはその人たちの前に立っていた。
「我が国が帝国の支配下に置かれ、早20年。イアル様が大人になられるこの日を我々は今まで待っていたのです! どうかご決断を! 反撃の狼煙をお上げください!」
 最後に読んだ『女王カスミの物語』。どうやら、イアルは女王カスミの娘のようだ。
「姫様」
 1人の女性がイアルに跪いた。
「女王様よりイアル様を託され、今までお守りしてまいりました。お願いです。女王様を‥‥どうかお助けください」
 痛いほどに女王を助けてくれと懇願され、イアルは立ち上がる。もちろん、イアル自身もカスミを助けたいと願っている。
「行きましょう、王国を我らの手に取り戻すのです!」
 王女イアルは反旗を翻す。母を、祖国を取り戻すために。
 帝国に圧制を強いられた国は、ひどく弱り切っていた。民は飢え、兵は逃げ、土は痩せた。
 帝国に牙を剥く者は容赦なく殺され、活気もなく、国は滅びの一途をたどっているように見えた。
 けれど、王女イアルの存在が民に最後の誇りを胸に秘めさせた。いつか輝く希望。その日を信じて。
 王女イアルは民の為、帝国へと乗り込んだ。
 帝国も、一枚岩ではなかった。圧政に苦しんでいるのは占領された国々だけではなかったのだ。それゆえ、王女イアルは帝国の人々にとっても希望の光となった。
 帝王の座する宮殿へ、誰もがイアルを無条件に導いた。この苦しみを終わらせてくれる希望の光を信じたのだ。
「女王カスミを返せ!」
 王女イアルの声に、帝王は振り返り武器を手にしようとした。けれど、その手に武器は握られなかった。側近すらも帝王の圧政に苦しんでいたのだ。
「あなたの時代は終わったの」
 20年の圧政は、王女イアルの功績により呆気ない幕切れとなった。
「王女イアル万歳!」
 帝国に、イアルの名が轟き響いた‥‥。


4.
 帝国の宮殿。その宮殿の中庭には広場がある。
 帝国の支配の象徴としてその広場に飾られた石像があった。
 苔むして、誰の目にも止まらなくなってしまった石像。しかし、その姿は美しく気品があった。
「カスミ‥‥見つけた」
 王女イアルはその石像を見つけて、微笑んだ。
 その石像を滝の下に持っていき、綺麗に苔を落とし始める。
 最初は手でこすっていたが、布でこすった方が効率がよいようだった。
 イアルは全身が濡れるのも構わずに、カスミの石像を洗い始める。
 石像はイアルが体をこするたびに震えた。
 特に細かい部分を洗うと嬉しそうにがたがたと身震いするのだ。
「ダメよ、カスミ。まず綺麗にしなければ、石化を解くことはできないわ」
 わきの下や、足の付け根、ふっくらとした胸を丁寧に洗い上げる。口をつけても安全なほどに、綺麗にする。
 肌の柔らかな部分は時に丁寧に。細かい皺がある部分にも苔が残らぬように。
 身じろぎするように震える石像は、まるでイヤイヤをしているようだ。
「大丈夫。わたしが綺麗にしてあげるから」
 からみつくように体を合わせ、冷たい水のなかで温かな体を寄せるイアルは情熱的にカスミの体を隅々まで綺麗にしたのだった。

 女王カスミはその後、石化を解かれて民の信頼の元に再び国を治める立場となった。
 その娘、王女イアルは母の傍で国の繁栄のために母と協力して幸せに暮らしたという‥‥。

「こういった魔本は本来クリアーするかゲームオーバーになると外に出れるんだけどね。ちょっと管理が悪かったんだろうねぇ。この本はゲームオーバーになると閉じ込められたままゲーム内時間が過ぎる暴走をしちまってたのさ」
 後日、無事に本から脱出したイアルがアンティークショップ・レンに持ち込むと、オーナーはそう笑った。
 魔本を読んだオーナーはイアルがカスミを洗った時、石像のカスミの意識がある事を知ったが伝えるまでもないと判断した。
「気持ちよかったんなら、それでいいんじゃないかね」