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<東京怪談・PCゲームノベル>


アマモリに棲むアマモリの話
 暗闇の中を青霧・カナエ(あおぎり・かなえ)はゆっくりと進んでいく。
 茫洋とした彼の様子はいつもと変わりは無い。
 しかしながら今行っている事は、少しだけイレギュラーな内容かもしれない。

 今日彼が命じられていた仕事は、いつもとさほどかわりは無かったはずだった。少なくとも、ここにたどり着くまでは。
 所属している研究施設の上司が探していた本が見つかった、という一報が入ったのが半日ほど前。
 そして、上司から「俺は今手が離せないから」と引き取ってくるよう頼まれたのが数時間前。
 代理で行くにしても色々書類が必要だとゴタゴタしたのが一時間ほど前だったか。
 それでも、ただ出かけて本を受け取るだけ。いつもとかわりない研究員補助の仕事の一部には間違い無かったはずだった。
 だが訪れた古書店は全力で水没していた。
 厳密に言うならば、恐らく3階建てくらいと思しき建物の上階から噴水の如く水が流れ出していたのだ。
 偶に勢いが緩くなったかと思えば、唐突に鉄砲水の如くどぱーと噴出したりと妙に不安定なあたりを見るにただの水道管事故でもなさそうだ。
(「急ぐ必要がありそうですね……」)
 内心小さくごちてカナエはビルへと立ち入ったわけだが――ここからがイレギュラーのはじまりだった。

 古書店店主と名乗った男は物腰こそ柔らかかったものの、カナエを見るや半ば強引に依頼を押しつけてきた。
 そんなわけで、ただ本を取りに行っただけだった筈のカナエは事件に巻き込まれ、アマモリを探さなければならなくなったわけだ。
 店主――仁科・雪久(にしな・ゆきひさ)が言うにはアマモリは金色のアマガエルの姿をしているという。
 少なくともこの流れ続ける水の源流へとたどり着けば恐らくそこにアマモリは居るはずだ。
 明かりもない、本の詰まったダンボールが行く手を阻み、ひたすらにたださらさらと水の流れる音だけが響く空間を、彼は黙々と進み続ける。
 ふと、カナエの視界を僅かな光が過ぎる。
 即座に一部の隙無く身構えたが、それは次第に数を増やし上方から降り注ぎ始めた。
 今までのただの水とは違う、光の雨とでも呼べそうなもの。薄く輝く雨筋を描き、既に床に広がっていた水面へと落ち、波紋を発生させる。
 金色の光を帯びた波紋は次第に薄まるも、すぐ次の雫が新たな波紋を発生させ幻想的な風景を作り出していた。
 更に、雨粒が落ちる度に、どこか金属を思わせる不思議な響きが広がっていく。その雨音どうしが反響し更に複雑な音色を醸しだし、まるで音楽のようだ。
 しかしながらそんな光の雨は時に弱まり、そして時に強まり。先ほどビルの外から見た鉄砲水と同じような不安定さで降り注ぎ、彼の長めの前髪を、纏った衣服を濡らす。
 歩む内に、雨と雨の織りなす音色の向こうに、ケロケロと鳴く小さな声が聞こえた。
 声の方へと極力音を立てないよう近寄ると金色に輝く一匹の蛙が、一冊の古書の開いたページに座り込んでいる。
(「……いや、これは……」)
 カナエは暫し息を潜め様子を見守る。
 金色の蛙は時折本の上をぴょんぴょんと跳ねると、突如たち止まってケロケロと歌う。
「えっと、こう……かな?」
 彼の声色に併せるように雨音が音色を変え音楽の如く響き渡る。
「よし、上手くいっ……」
 嬉しそうにカエルがごちた途端、雨音は凄まじい音の乱打へと変化した。今まで緩やかだった雨が集中豪雨と化したのだ。
「上手くいかないな……これじゃ、オレ……」
(「やはり、何らかの本を読んで術を試してみたみたいですね……」)
 そして術の成果がこの輝く雨、なのだろう。
 だがどちらにせよ不安定なままなのは間違い無い。カナエはおもむろにアマモリの前へと姿を現す。
「いったい、どうしたっていうんですか?」
「アンタは……?」
「僕は、この建物の大洪水を止めなければならない者です」
 言葉に応えてから、彼はアマモリの身に起こった事を訊ねる事にした。

 暫くの間、カナエは聞き手に回った。
 アマモリの身に起こったことを、ただ、じっと。
 アマモリが一通り語り終え、沈黙が戻って暫し。カナエは慎重に口火を切る。
「……それで。森に住む者達は、ふだんはどんな者達ですか。あなたに悪意を持って、嫌がらせの言葉をかけたりすると思いますか?」
 辛い事や苦しい事があっって激情に駆られてしまった時、人に話せば落ち着くことだってある。
 語り終えたアマモリの頭は、もう冷えているはずだ。カナエにだってそれは察せられる。
「森のみんなは……」
 金色のカエルは虚空を仰ぐようにして語り出す。
「カタツムリのばあちゃんは、のんびりしててさ。小言も多かったけど、甘やかしてくれた事もあったよ」
 ぽつぽつと、アマモリは思い出を語る。
 優しい思い出も、厳しい思い出も沢山あったと。
「ではもう一つお尋ねします。森の者達があなたにかけた言葉は、あなたを侮蔑するものでしたか? 落ち着いて思い出してください」
 茫々とした彼だが、自身の感情は表に出さなくとも、人の感情を想いはかる事は出来る。
「森の動物達も後悔しているはずです。何より今、とても困っている」
 カナエは淡々と、感情を交える事なく今森が陥っている現状を語る。
 今、どれだけ彼らが乾いているか。
 枯れ果てた湖を、ひび割れた大地を、しおれた葉を、そして、日の暑さにやけていく持ちの者達を。
 途端にアマモリは小さな身体でぴょんと飛び上がる。恐らくそんな事は考えてもみなかったのだろう。
 感情を交えないがゆえにその言葉は真実味を持って迫ってきたのだ。
「そんな、じゃあ早く……」
 早く帰らなければ、と言いかけたアマモリだったが直ぐに彼は肩を落とした。
「でも、オレじゃなにも出来ないよ。この本の雨の術式だってやってみたけど……」
 言葉からはっきりと判る焦り。
「オレじゃあ力不足なんだ。みんなに必要なのはオレじゃなくて、アマモリの力。だから、雨を上手く操れないオレじゃ何も出来ない……!」
 カナエの掌にも満たない小さなカエルは酷く悲しそうに訴える。
「何故みんなが必要としているのがあなたじゃないと言い切れるんですか? 彼らはあなたを傷つけてしまった事をあんなに後悔しているというのに」
「……え?」
「迂闊な物言いだったと彼らは反省していたようです。そしてあなたに謝りたいと。それでもまだ森に戻りたくないですか?」
 魔道書の上で押し黙ったままのアマモリにカナエは淡々と告げる。
「背伸びする必要はありません。今、出来る事をやってください」
 ひょい、とカナエは魔道書を取り上げる。
「こんなものに頼らずとも、貴方のやり方で雨を降らせてください」
 カナエの問いかけに、ケロ、と小さくアマモリが鳴く。
 両手で小さな小さな金色のカエルをすくい上げるとカナエは真っ暗な階段を降りて古書店の一階を目指すのだった。

 それから暫く。
 古書肆淡雪に溢れていた水はぴたりと止まった。
 カナエが連れていったアマモリと、雪久が説得したと思しき森の生き物達は無事に仲直りし、雨森には雨が戻ってきたという。
「念のため確かめてみるかい?」
 雪久が絵本を広げてそう語るが、カナエはただそれを表情の薄い顔で眺めた。元通りと思しき、金色のカエルが居る絵本。アマモリに雨がもたらされる、それだけのお話。
 しかし……。
「彼らも君に出会えて嬉しかったんじゃないかな」
 雪久は唐突にそんな事を言いだした。
「……嬉しい、ですか?」
「だって、ほら。この最後のぺージ」
 雪久が開き直した絵本には、可愛らしい絵柄で雨森の生き物たちとアマモリが描かれている。
 アマモリの登場シーンには元通り金色のカエルが戻ってきており、物語は進んでいく。
 ここまでならば、元々の絵本の通りなのだが、アマモリが歌い、森に雨が降るシーン。そこに一人の人物が描かれていたのだ。
 黒のジャケットにベスト、黒のズボンと全身をほぼ黒で固めた少年の姿。長めの前髪のせいで目元を含め表情ははっきりとは判らないが、ほのかに笑みを浮かべているかのようにもみえる。
 絵柄こそ可愛らしいものではあるものの、誰であるかは見間違いようが無かった。
『やってきた旅人により助けられたアマモリは、雨森の生き物たちと一緒に雨を降らせました。ですが、お礼を言う間もなく、彼はいつのまにか雨森から居なくなってしまいました。
 いつか、彼は遊びに来てくれるかな? とアマモリは考えます。
 その時は胸を張って立派なアマモリになれたと言えるように、雨の森を守れるようになったと言えるように、逃げる事なく頑張っていきたい。そうアマモリは誓います』
 雪久は絵本を朗読する。
『かならず旅人に、あの時手伝ってくれてありがとうと伝える為に――』
 最後の一文が読み上げられた瞬間、カナエの青く光る眼が心なしか大きく見開かれた。
 ぱたん、と雪久は本を閉じ問いかける。
「カナエさんはまたアマモリに会いに行くかい?」
「さあ、どうでしょう」
 茫々と、興味が為さそうにそれでも一応反応はする。そんなカナエを見て雪久はちょっとだけふふっと笑った。
「……と、そうだ。カナエさんは本を受け取りに来たんだよね。ちょっと待ってて」
 確かこのへんに、等と言いつつ雪久はごそごそと近辺を探る。
(「本がこの騒ぎで水没していなければ良いのですが……」)
 ほんのり浮かんだ不安を振り払い、直立不動で待っていると店主は周囲を見渡した末カナエへと視線を戻す。
「……あれ? カナエさん、いつからそれ持っていたんだい?」
 カナエが上司から言付かっていた本は、よりにもよってというべきか。彼がアマモリから取り上げたものだった。

 カナエは紙袋を抱えると古書肆淡雪を出る。
 紙袋の中には例の本と、そして「君の足止めをしちゃったし、取り急ぎのお詫びで申し訳ないんだけれど」と雪久がしたためた手紙が入っている。
 これらを研究施設に届ければイレギュラーすぎる本日の業務はこれで終わり――なのだが。
 別れ際、雪久は「後日、君の上司にもお詫びに伺わせて貰うよ」と述べていた。
 もしかしたらまた微妙に調子の狂うイレギュラーな日が発生したりする、かもしれない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8406 / 青霧・カナエ (あおぎり・かなえ) / 男性 / 16歳 / 研究員補助

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ライターの小倉澄知です。
 シリアスかつ感情控えめなカナエさんと、マイペースな雪久でどんな事態になるだろうかと考えた結果、こんな内容となりました。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。