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<東京怪談ノベル(シングル)>


ファースト・ミッション

 みなもは雑居ビルの古いエレベーターの前に居た。
 上階に行くためのボタンを押して、籠が降りてくるのを黙って待っている。
 行き先は、ビル内にある一つのネットカフェだ。
 チン、と鉄の扉の向こうから音が聞こえた。
 少し遅れて扉が開いた後、みなもは身体をそこに滑らせて上階へと進んだ。
 何故、また来てしまったのか。

 ――みなもちゃんは、呼ばれたからここにいるのよ。

 ネットカフェの店長の言葉がみなもの脳裏に残っている。
 その真意を確かめたかったのかどうかは解らない。
 それでも彼女は、この場に来てしまった。
「……もしかして、これもお父さんの陰謀かな……なんて、違うか。きっと、面白がってるだけだよね」
 ひと通りの思考を巡らせた後、みなもはそんな独り言を漏らして小さく笑った。
 するとその後にエレベーターが目的の階に到着して、重い扉がやはり遅れて開く。
 視界に収まりきる距離にある【ネットカフェubiquitous】の看板。
 以前は古風な行灯式のそれであったが、今はチョークやマーカーに対応しているブラックボード型に姿を変えていた。店名の下に店長の手描きらしいクリスマスツリーが描きこまれている。
 それを見ながら、みなもは自動ドアの前に立った。
「いらっしゃ……あら、みなもちゃんじゃない!」
「こんにちは、お久しぶりです」
 ドアが開いた直後、店内から聞こえてきた声。
 相変わらずの明るい声音が、みなもの姿を捕えた直後にもっと明るいそれになる。
 オネエ口調は相変わらずの、このネットカフェの店長であるクインツァイトが満面の笑みを浮かべて立っていた。
 みなもが一歩進んで頭を下げると、彼……もとい彼女が駆け寄り「よく来てくれたわね〜」と言いながら店内へと促してくれた。
「また会えて嬉しいわ。じゃあ今日は約束通りに、ダイブサーバーの説明でもしようかしら」
「はい、お願いします」
 クインツァイトはみなもをパソコンの前に座らせて、そう言った。
 そして次に彼女の目の前に置かれたものは、一本の先の無いケーブルだ。
「これは……テレビの裏とかに差し込むやつですか?」
「見た目的にはそうね。でもコレはね、ちょっとウチでは特別なのよ。ダイブサーバーに降りるためのアイテムなの」
 みなもが不思議そうに問うと、クインツァイトは得意げな表情で答えた。
 そして、彼女の目の前でケーブルを皮膚に押し当てて見せる。
「こうやって、脳に近いところに押し付けるだけなのよ。簡単でしょ」
「これだけで、その……ダイブサーバーに行けるんですか?」
「そうよ。だけどみなもちゃんは今日が初めてだから……そうね、初心者用の簡単なミッションをやってみましょうか」
 クインツァイトはそう言いながら、みなもの前のパソコンを起動してとある画面を表示させた。
 ユビキタスオンライン【ダイブサーバー】と書かれている。
「うーん、ゲストログインのままでいいかしら。今回は本当に降りて体感するだけにしましょ。アタシは店を空ける訳にはいかないから行けないけど、向こうには『娘』がいるわ。その子から詳しいことは聞いてちょうだい」
「は、はい」
「じゃあ、行ってみて。さっきのアタシみたいにケーブル押し当てるだけでいいから」
 みなもはそう言われて、目の前のケーブルを恐る恐る手に取った。
 そして何となくでこめかみにそれを当てて、数秒。
「……ッ」
 ビクリ、と肩が震えた。
 全身に電流が走ったような感覚を得た後、みなもの身体は電脳世界へと降りていく。
 ふわりと宙に浮いたままでいるような、不思議な体感であった。
「――ようこそ、ユビキタスの世界へ」
「!」
 背後から小さな声が聞こえた。
 みなもが振り返ると、そこには小さな少女が丁寧にお辞儀をしている。
「え、えっと……貴女が、クインさんの言っていた娘さん……ですか?」
「はい、ミカゲと申します、みなも様」
 少女は人形のような容姿をしていた。
 水色の長い髪と、黒のロリータ服。
 瞳の色はみなもと少し似ているだろうか。
「お体に不調はありませんか?」
「え、あ、はい……今のところは、大丈夫です」
「では、この世界の事をお教えいたします。……と言いましても、世界構築は一般向けのゲームとさほど変わりはありません。みなも様は西洋風と近未来風、どちらを選択なさいますか?」
「じゃあ……近未来風を」
 ミカゲと名乗った少女が両手を横にあげて、その手のひらの上に2つのビジョンを生み出した。
 この世界には二通りあるらしく、自由に選択が可能のようだ。
 みなもが選んだ世界は近未来。東京に似せた世界構築の舞台である。
「それぞれに職業などもありますが、基本的には能力者様の本来のお力を発揮して頂ければと思います。みなも様は『水』……人魚の末裔なのですね。それでは、水に関する最初のミッションを行っていきましょう」
「ミカゲさんは……何でも知っているのですね」
「ダイブをされた方のみですが、一通りのデータが送られてくるシステムになっていますので」
 ミカゲがみなもの答えに対して言葉を発している間に、周囲の光景が変わった。
 ビルが立ち並ぶ景色から、森林公園のようなものになる。
 公園の奥には、大きな池があった。
「あそこに潜るんですか?」
 みなもは直感でそう言った。
 するとミカゲが小さく頷き「その通りです」と応える。
「みなも様にはこの池の底にある『人魚の涙』というアイテムを回収して頂きます。水属性の方の能力値を一時的にアップすることが出来る補助アイテムです」
「底が見えません……」
「大丈夫です、今回は敵も出ません。ただ、行って帰ってくるというだけです。……簡単なようですが、みなも様のような方ではないと、クリア出来ないミッションです」
「あ、そうか……潜るんですよね。よし、やってみます」
 池の様子を窺い難色を示したみなもに、ミカゲはそんな言葉を投げかけた。
 丁寧でありつつも感情を抑えたような声音で喋るので機械のようだとも感じていたが、そうではないらしい。
「私が全面的にバックアップを行いますが、ご無理はなさらずに」
「わかりました」
 そんな会話を交わした後、みなもは姿を人魚へと変えて池の中へとその身を沈めた。

 水面上から見た時は濁っているようにも思えたが、中は澄んだ水そのものであった。
 水深の関係でそう見えていただけのようだ。
(結構深い……池というよりは、湖みたい……)
 流れるような綺麗な泳ぎを見せつつ、みなもは心でそう呟いた。
 きちんと感じ取れる水の気配。
 ここが電脳世界であることを忘れてしまうほどの感覚だ。
 そうして泳ぎ進めていると、視界の中に一つの泡が生まれるのを見た。
「!」
 みなもはそれを見逃さずに、そちらへと進んでみる。
 綺麗な泡であった。
 進むたびにそれはポコポコと数を成して、まるで彼女を導いているかのようであった。
(あ、あれかな……?)
 しばらく進むと、水底らしきものとそこには不釣り合いな台座が出現した。
 石で出来たそれの上には、青色の丸い玉が置かれている。
 歪みが一つもない美しい球体は、みなもの心も一瞬で奪うほどであった。
(取っても、大丈夫なんだよね……? 池のヌシとかそう言うの、出てきたりしませんように)
 彼女はそんなことを願いつつ、腕を伸ばした。
 すると球体はみなもの手にすんなりと収まり、淡い光を放つ。綺麗なオーラであった。
 それを見て不安な心が和らいでいくのがわかる。
 ミカゲが言ったとおりに、敵は一切出現しないようだ。
 みなもは球体を大事に手のひらの中に仕舞って、浮上を始めた。少しスリルがあっても良いかとも思えたが、今回はこれで良しとすべきなのだろう。
 そして数分後、彼女は水面へと戻る。
「お見事です、みなも様」
 ミカゲがそんなことを言いながら、パチパチと小さな拍手をして出迎えてくれた。
 表情こそあまり変化のない少女だが、以外とお茶目な面もあるのかもしれないと、みなもは心でそう思う。
 そして球体を彼女に差し出すと、ミカゲは徐ろにクラシックな宝箱を取り出してみせた。
 どこから出たのかは謎だ。
「こちらはみなも様専用の宝箱となります。回収したアイテムはこちらに入れて保管なさってください」
「あれ、貰えてしまうんですか?」
「はい、その為のミッションですから」
 ぱかりと蓋を開けて、ミカゲはそう言う。
 中には何も入ってはいない。みなもがこれからこの世界で回収していくであろうアイテムを仕舞う箱だ。
 そしてその中に、みなもはそっと球体を置いた。
「ミッションコンプリートです」
 ミカゲが傍で小さく微笑んでそう告げた。
 みなもはそれを受けとめ、同じようにして微笑む。
 ふふ、と笑みを同調させた二人は何だか少しだけ心が近づいたような気持ちにもなったのだった。

「おかえりなさい、みなもちゃん。どうだった?」
「クインさん、ただいまです。楽しかったです、とても」
 現実世界に戻ると、クインツァイトがそう言いながら温かいお茶を用意していてくれた。
 みなもはそれを両手で受け取り、返事をする。甘い香りのするミルクティーであった。
「いつでもまた、いらっしゃいな」
「はい」
 クインツァイトの表情は満足そうだった。
 こちら側から様子を窺っていたのかもしれない。
 みなもはそう感じつつ、笑顔を作る。
 手元のミルクティーがゆらりと揺れて、優しい湯気が立ち昇る。
 彼女はそれを見ながら、目を細めてそっとカップに口をつけるのだった。