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<東京怪談ノベル(シングル)>


―石造りの少女―

(あぁ、疲れた……今日も一日、良く働きましたぁ!)
 そんな自己満足に浸りながら、ティレイラはフワフワと空を飛びながら帰途に就いていた。今日の分の配達はいま届けた荷物で終わり、明日はまた明日の分の仕事を探してお得意様を回るのだ。まるで飛び込みの営業マンのようなスタイルだが、これが意外に効率の良い稼ぎに繋がるのは、ティレイラの真面目な仕事ぶりが評価されている事の賜物であろう。
 そんなティレイラの耳に……いや、頭脳にと言った方が正解であろう。直接届く謎の声。彼女は気味の悪さを覚えながらも、その声の源を探して飛び回っていた……と云うより、耳を塞いでも無駄であったし、どんなに遠ざかっても自分を呼びつける声が弱まる事は無かったので、探さざるを得なかったのであるが。
『この灯りを、誰か代わりに支えていて……私には行きたいところがあるの、だけどこの灯りを支えなくてはならないから行けないの。誰か代わって……お願い』
 灯りを支える? ランプでも持たされているのだろうか……? と、それらしき姿を上空から探し回るティレイラ。しかし、そのような姿の者は誰も居ない。そして、声の主はどう考えても少女のものだ。あまり大きな物を持たされているとは考え難かった。
『私は旧い街並みの一角で、灯りを支えているの……人通りの少ない、古い道……目の前に小さな広場があるの』
 旧い街並み、人は少ない……そして小さな広場がある……この手掛かりから、ティレイラは『あっ』と閃いた。この近くで、そのような景色を有する通りと云えば、あそこしかないと確信できる場所が確かにあったのだ。
「旧市街の街道が交わる場所に、小さな噴水広場があるわ。寂れた街だから、今は人通りも少ない……多分あそこで間違いない」
 行ってやる義理は無い、しかし行かなければこの声は止む事なく頭の中に響き続けるだろう。だから行くしかないのだ。

***

「……誰も居ない」
 その場に着いたティレイラが、まず口に出したのがその言葉だった。此処で間違いないと思ったのだが、もしかして別の場所なのだろうか? 等と思考を巡らせていると……
『来てくれたのね! お願い、この灯りを持つ役を、少しの間代わって欲しいの』
 確かに声は聞こえる。しかも予測は的を射て、その『灯りを持った』少女の視界内に自分は居るらしい。
「何処? 何処に居るの? 私には貴方の姿が見えないの、教えて! 貴方は何処の誰なの!?」
 その呼び声に、謎の少女はこう答えた。
『貴女の右斜め前を見て、10歩あるいて……そこに、街灯を掲げた石像があるでしょう?』
「ま、まさか……その石像が、貴女なの!?」
 その通りよ、と云う答えが返って来る。ティレイラはその言の通り、右を向いて10歩前進した。すると……確かに『居た』。石で出来た、古い彫刻の少女が。
 彫刻は建物に埋め込まれるような……いや、最初から建物の一部として装飾されたものだろう。豪奢な造りの建物を飾るようにして、壁面の一部を象るような形でそこに存在していた。丁度、街灯の基部を肩で支えるような恰好をした、半身だけを乗り出したレリーフとして。
 見ると、その『少女』の他にも、同じような姿のレリーフが路地を照らす街灯の基部に点々としている。恐らくはこの建物を造る際、芸術性を高める目的で設えられた物だろう。街灯自体はそのレリーフの支えが無くとも自立できる強度を持っていたが、敢えて『灯りを支える』少女の像を並べてあるのだ。これは明らかに、建築家の趣味で後付けされた物に違いない。
「貴女だけに、魂が宿ったの?」
『そうみたい。他の皆は喋ったりしない。だから寂しいの、私だけが心を持ってしまって……』
「貴女の声は、他の人には聞こえないの?」
『私はずっと呼び続けていたわ。貴女が初めてよ、私の呼び掛けに応えてくれたのは』
 それを聞いて、ティレイラは同情すると同時に、『何で私に』とも思っていた。然もありなん、この少女が皆に対して呼び掛けを行った声が、なぜ私にだけ聞こえるのか……何か因縁があるのでは、としか思えなかったから。
 そして数刻の後、彼女の不安は現実のものとなって具現化した。そう、何時の間にか石像の彼女と自分の立ち位置が逆になり、目の前に居る少女の顔が、腕が人間の肌色となり、脚まで生えて来ていたのだ。対してティレイラ自身は、街灯の基部を肩に担ぐような格好で、次第に建物の壁面に吸い込まれて行くではないか。
「ま、またこのパターン……冗談じゃないわ、これで何度目なのよ!!」
 ピシピシと石化しながらも、必死に抵抗を試みるティレイラ。だが眼前の少女は薄笑いを浮かべ、此方を伺いながら手を振っている。もう手遅れと云う事を、その動作は物語っていたのだ。
(こ、声も出なく……せ、せめて、変な格好で固まったりしないように……!)
 ティレイラ、最後の抵抗。固まるならば、せめて美麗に……と云う、乙女心の表れであった。神も、その願いを踏み躙るほど無慈悲ではなかったらしく、壁から上半身だけを乗り出すような恰好ながら、左手は街灯の上部に向けられ肘を軽く曲げた形で、残る右手は支柱を抱くような形でそれぞれ固まり、頸部は真っ直ぐ前ではなく、斜め左にある噴水広場の方を見るような角度で固定され、目線は自ずとそちらを向くようになった。
「ゴメンねぇ、でも私はずっと待ってたんだよ。魂を持ってから数十年もの間、毎日毎日同じ景色を眺めながらね……お菓子の差し入れぐらいは持ってきてあげるから、ね!」
(ちょ……ま、待ってよぉ! せめて一言あってから行動に出たって遅くないでしょお!?)
 哀れ、抵抗どころか退避する思考を巡らす間もないまま、ティレイラは街角のレリーフに変えられてしまったのだ。

***

「あれ? ここの石像、こんな恰好だったっけ?」
「顔も変わってるし、見ろよ。翼が生えてるよ」
「妙だなぁ、この像だけが変わるなんて。誰か壊して逃げたんじゃないか?」
 数少ない通行人が、この僅かな変化に気付いて動揺している。毎日そこを通って街に出る者などは、確か翼なんか無かったし、顔は通りの方を向いていて、両腕で街灯を抱えるような恰好だった筈だと首を傾げる程だった。
(うぅ……疲れはしないし寒さも感じないけど、こんな姿を皆に見られるのは嫌だよぅ……)
 表情を変える事すら儘ならない石像となったティレイラは、なぜ自分はいつもこうして、何かに固められて晒し者になるのか、それを考えながら自らの運命を呪っていた。
(この間は飴で固められて、脱出するのに5日は掛かった。その前は鍾乳石に埋められ、その前は雪に埋められて……その都度助けて貰えはしたけど、今度も助かる保証なんてない……もう嫌っ!)
 思考までは停止しない、所謂生殺し状態。意識はあるが、動けない。自分をこのような姿に変えた石の少女は、出て行ったきり戻らない。絶望的である。が……
「あれ? この石像の顔、どっかで見た事があるぞ?」
 群衆の一人が、ティレイラの事を覚えていたらしい。やがて『思い出した、配達屋の女の子だ!』と彼が叫ぶと、今度は『何でこの子が石像になってるんだ?』という疑問が浮かんで来る。至極当然の流れだった。
 ……だが、そこまでである。硬化して身動き一つ出来ないティレイラは、ひたすら助けが来るのを待ち続けるしかないのであった。

<了>