コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・7―

 みなも達が閉じ込められているデータエリアの外……『魔物の楽園』プログラムの内部で、謎のハッカーと、キャラクターの人格が熾烈な戦いを繰り広げていた。
「何が目的なのよ!?」
『それを明かすバカは居ないでしょ……ところで、君にチョロチョロされると思考が散って邪魔なんだけどなぁ』
「邪魔してんのよっ!」
 自らを『造物主』と名乗る、プログラムへの侵入者が微かな苛立ちを露わにする。相手はたかがプログラムの生み出した人工的な意識の集合体、つまりは電子データが独り歩きして人格に酷似した現象を生み出している物体に過ぎない。それが先刻から彼の企みを阻んでいるのだ。苛立ちを覚えるなと云う方が無理な話であろう。
『君のような疑似人格が、何故生まれたのかは後で調べるとして……取り敢えず消えて貰おうかな?』
「あら、消せるもんなら消してみなさいよ。貴方みたいなB級プログラマーに消されるような私では無くてよ?」
『……本当に煩いね、君は。いいから消えなよ、目障りなんだよ』
「い・や!」
 不毛な争いが続く。その間にも、バグを内包したままのサブルーチンはデータエリアへのアクセスを試みる。ガードは施してあるが、それとてパスコードを解析されたら簡単に突破されてしまう。そして、そのパスコードを解析しようと先刻からアクセスしているのがこのハッカーであり、それを妨害しているのが人工知能である『帽子の彼女』なのであった。
『ふん……どんなに鍵を掛けようと、所詮は人間が作り出したモノだ。同じ人間である僕に、破れない筈はない』
「……さっきから壁に体当たりしてる、あのサブルーチンを造ったのもアンタね?」
『何を今更……当たり前だろう? それに、アレを開発陣はバグと称しているようだが、人為的にプログラムされた物はバグとは呼ばないんだよ』
 薄ら笑いを浮かべながら、ハッカーがキーボードを叩く。既に侵入はバレている為、追跡から逃げ回っているのだ。
「逃がさないよ……そしてあの毒プログラムも早々に退治して貰わないとね!」
 そう、あのプログラムの所在が明らかになった為、開発チームは急いでアクセスポートにロックを掛けた。それが裏目に出た結果が『ユーザーの幽閉』に繋がっているのだが、開発陣は未だその事実を知らない。
(そうか、特定のユーザーを強制ログインさせたのも、あのプログラムの仕業って訳ね。でも動作途中でロックされてしまってデータにアクセスできなくなったから、無限ループに陥ってあのザマなんだ)
 その推測は的を射ていた。そしてハッカーの目的はそのサブルーチンの撤去と証拠の隠滅であろう。だが、無限ループに陥った当該プログラムは停止させる事が難しく、ハッカーも手を焼いていたという訳だ。そうでなければ、このような状況下で犯行現場に長居する理由など無い筈だ。
『クソっ……追い付かれた! IPアドレスから端末の位置も割り出されるだろう……ここまでか! だが、あのサブルーチンを停止させる為には、無限ループを解くしかない。そしてその為には……クッ、長居は無用か!』
 その台詞を残して、ハッカーは消えた。正体がバレたので、今度は物理的に逃走を開始したのだろう。
(無限ループを解除する方法は、大体見当が付いてる……動作中にデータアクセスが出来なくなったから、ループ終了キーが取得できなくなったのが原因なのよね。なら、一度ガードを解除して、強引にプログラムを停止させるしか無いのだけど……)
 手段は分かっている、だがそれを実行する際に伴うリスクの大きさを、彼女は危惧していたのだ。何とか、ガードを外さずに無限ループから脱出できれば良いのだが……それが出来るかどうかは、プログラマーたちの手腕に掛かっていた。

***

「……あれ?」
「? どうかした?」
「うん、今ね? 雲間から強い光が差した気がしたの」
「馬鹿な……俺も見てたけど、そんな強い光は見えなかったよ?」
 そんな筈は……と、もう一度目を凝らして空を見上げるみなもを、ウィザードが眺めている。二人は一枚の厚めに編んだ布に包まりながら互いの体温で暖を取っていたので、丁度同じ方向を見ていた事になる。だから、みなもの視界に入った物は彼の目にも映る筈である。だが、今たしかに、みなもは強い光を目の当たりにし、ウィザードはそれを見なかったと証言しているのだ。
「そう言えば、君はいつもどんな端末からログインして来ているんだ?」
「あ、あたし? えーと、パソコンとか持ってないから、ネットに接続できるタイプのゲーム機からログインしてるよ?」
「そうか……ログインしている媒体の差なのかも知れないね。同じヴァーチャル空間を体感している筈だけど、微妙に違う部分があるのかも知れない。俺はパソコンからログインしているから、視界に差が出たのかも知れない」
 何を言って……と、思わず首を傾げるみなもだったが、彼の指摘は実は的を射ていたのだ。つまり、同じ空間に捕えられ、同じ物を見ている筈ではあるが、ゲームを楽しむ媒体の性能差によって画面解像度や反応速度も変わって来る。そして更に、パソコンには標準でインストールされているプラグインがゲーム機レベルでは存在しないと云ったケースも儘ある。そうした場合、ソフトウェアの方でその機能を補う作りにして、同じ環境を疑似的に造り出しているのが今の状況なのだ。
「もしかしたら、開発チームが動き出したのかも知れない。そして偶々、君の環境に対応した部分にデバッグが加えられたのかも知れないよ」
「……!! じゃあ、ここから出られる可能性が出て来たって事!? あ、でも、それじゃあ……」
「あ、う……ログアウトしたって、フィールドマップで待ち合わせすれば、また会えるじゃないか」
「そうだけど……あたし、今のままでも……」
 言い掛けて、ハッと口を噤むみなも。と、その時! みなもの体がその場から消えたり、また現われたりと云った状態を見せるようになったではないか!
「い、今、一瞬だけど……自分の部屋が見えた気が……」
「ログアウトし掛かっているんだ、デバッグが成功したんだよ!」
「でも、貴方は……?」
「単なる誤差だと思う、いずれ同じ事が俺にも起こる筈だ。だから心配しないで……」
 ……そこまでを聞いた時、みなもはフッと意識を失った。そして再び目を開けた時、彼女は自分のベッドで、キチンとパジャマを着て……そう、ゲーム機の電源を切って寝入った時の、あの状態に戻っていたのだ。
「帰って……来たの?」
 携帯電話のカレンダーで日付と時間を確認する。と、そこには間違いなく、あの晩の日付が表示されていたのだ。
(……!! 彼は!? 彼も帰れたんだよね!?)
 みなもは、慌ててゲーム機の電源を入れて『魔界の楽園』にログインしてみた。パスコードは入力せず、外部操作モードで。そしてマップを移動し、自分たちが居たと思しき森の中を散策してみた。すると……彼はまだそこに居た。一人、みなもの残した布に包まりながら、空を見上げて……
(な、何で!? どうしてあたしだけが、元に戻れたの!?)
「さっき、彼が言っていたでしょう……ログイン環境の差よ」
 唐突にフィールドマップが消え、画面が暗転した。そしてふっと、何も無い空間に人影が浮かび上がった。そこには、見慣れた姿の……黒いローブに帽子を被った、彼女が立っていた……

<了>