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Sinfonia.44 ■ 宣言
睥睨し合う二人。
光と闇の力のぶつかり合いは激化の一途を辿り、両者の精神力を容赦なく貪り合うように削り合っていた。
上下する肩、片膝をついたまま睨みつける勇太と、そんな勇太に対し、腰を曲げるように立っている霧絵。
互いに消耗は激しく、すでに力は限界に近いまでに落ちている。
「……しぶといわね、工藤勇太」
「そりゃこっちのセリフだよ。そろそろこっちだって限界だっての……」
まだまだ余裕だ、とでも言えれば良かったのかもしれないが、勇太は生憎そういった強がりを口にして誇張するような柄ではないらしく、霧絵は僅かに毒気が抜かれたように目を丸くすると、やがて小さく笑った。
「……例えばアナタみたいに生きられていたのなら、どれだけ私は救われたのかしらね」
「え――?」
「工藤勇太、そろそろ決着をつけましょう」
勇太の問いに答えずに霧絵が身体を起こし、両手を広げてみせた。
――次でお互いに死力を尽くした一撃をぶつけ合い、決着がつく。
心のどこかで悟っていた勇太も、霧絵の呟いた一言がしっかりとは聴こえていなかったものの気持ちを切り替え、立ち上がった。
「……俺は、あんたに負ける訳にはいかない。
この世界を消させるような真似を見過ごす訳にはいかない。
俺の大事な人達を、あんたの都合だけで消させたりはしない!」
勇太の身体が強烈な光を放ち、薄暗い部屋の中を烈光が満たした。
神気が最後に力を振り絞ろうとする勇太の想いに呼応したかのように溢れ、その眩さが力の強さを物語るかのようであった。
「……私も、負ける訳にはいかないわ。
何人もの犠牲を払ってでも成就させなくちゃいけない!
ここで負けてしまう訳には、いかないのよッ!」
対する霧絵の足元には、勇太の光を上から黒く塗り潰すような闇が生まれ、靄を伴うかのような怨念が次々に浮かび上がり、霧絵の身体の周りを縦横無尽に動き始めた。
白と黒、光と闇がそれぞれを牽制し合うかのようにぶつかう合う中で、霧絵は眩しそうに目を細めながら、勇太には見えないように口角をあげてみせた。
「さぁ、来なさいッ!
その力もまとめて消し去ってやるわ!」
「おおおぉぉぉ――――ッ!」
手を翳して放たれた、勇太が以前から使っていた不可視の攻撃――念の槍に神気が相乗するといった形の光の刃が、霧絵に向かって肉薄する。
霧絵が生み出した闇が霧散するかのように周囲に溶け、消え去っていく最中で、霧絵はそれでも手を翳し、同じく怨嗟と共に具現化した怨霊とその負の力の集合体とも言えるような黒い霧を広げ、勇太の攻撃を迎え撃つ。
――――光が弾け、互いに相克し合う力が音を立てて拮抗し合う。
光と闇がお互いの周囲へと広がり、押し合うような形で押し合う二人の力が互いを喰らわんと一際力を増した。
そんな中、霧絵は先程と同様に口角をあげた。
――この時を、待っていたわ。
霧絵は心の中で誰に告げるでもなく、そう呟いたのであった。
幼い頃より宿命に駆られ、今日という日を――自分を担ぎあげた者達の夢の集大成を目前にまで迫ったのだ。
多くの仲間達が自分に信念を託し、この世を去った。
多くの者達を自分達の目的のためだけに傷つけ、殺してきた。
もはや後戻りなど、出来るはずもなかったのだ。
だが、もしも――――全力をぶつけてもなお、超えられない力が自分に向いてくれたなら。
その時を、霧絵はずっと待っていたのだ。
「……ファング、アナタの言う通りだったわ。
私は心のどこかで、この時をずっと……――――」
いつだって自分のことを気遣っていてくれた。
幼い自分に仕えるという道を選んでくれた無骨な男。
そして最期を、自らの手で引き渡してしまった相手。
自分はなんて自分勝手なのだろうか、と霧絵は自己嫌悪に苛まれたくなるようだった。
もしもファングが忠告シてくれた通り、止まることが出来たなら。
或いはその時、ファングは――自分の親のような、兄のようなあの男ならば、きっと許してくれたことだろう。
でも、それさえ詮無きことだ。
自分が止まれるはずはなかったのだ。
世界を呪う者達。
異能という力によって蔑まれ、社会から爪弾きに遭った者達。
不幸を起こし、世界を呪った者達。
進みすぎた。
歩みを止めるには、あまりに遅すぎたのだ。
不意に力と力のぶつかり合いが弱まり、勇太の身体から神気の槍の制御が外れた。
昏い闇を撃ち抜いた光の槍は一閃、霧絵へと向かって闇を切り裂き、貫いていく。
――――全てが、一瞬の出来事だった。
唖然としながらもちらりと勇太の目に映ったのは、目を閉じてその力を受け入れようとする霧絵の姿だった。
「――避けろッ!」
放出した力の大きさと、その強大さに勇太は叫ぶ。
――どうして、受け入れようとしてるんだ!
霧絵の突然の行動に目を剥いた勇太は、心の中で叫んだ。
このままでは霧絵は、間違いなく死ぬ。
自分が人を殺したくないだとか、そういった忌避感よりまず先に勇太に浮かんだ想いは、間違いなく人が死ぬという危機に対するものであった。
「うおおぉぉぉッ!」
強引に自分の力を上乗せさせて神気の槍の矛先を逸らそうと試みる。
なんとか僅かに逸れてこそくれたが――しかし当たらない位置にまでは動いてはくれなかった。
次の瞬間、霧絵の身体を覆っていた闇は完全に晴れ。
そして光がその場を貫き、烈光が再び部屋の一面を真っ白に染め上げた。
光の中で、霧絵は襲ってくるであろう衝撃が来なかったことに気付き、ゆっくりと瞼を押し上げた。
「……どうして、アナタがここに……?」
眼前に佇む大きなシルエットを見上げて、霧絵は震える声で問いかけた。
目の前に立っていたのは、巨大な獅子。
烈光の白を背景に立っていたそれは、二本足で佇んだままその背で霧絵を庇うように立ったまま、霧絵の前で両手を十字に重ねていた。
「言っただろう、盟主よ。
俺はお前を裏切らん。
もしもお前が死ぬことなく止まれるのであれば、俺が迷う道理などあるまい」
「……どう、して……っ」
「なぁに。
間違いだらけであった俺の人生だ。
だが、どうやら最期の最後であの少年に賭けた俺は、どうやら賭けに勝ったようだな。
あの一瞬で逸らしてくれなければ、今頃俺もお前と共に命を落としたであろうが、な」
「……は、はは。やっぱ死んでなかったのかよ、ファングのおっさん」
霧絵が死を受け入れ、覚悟したその瞬間。
あの時、戦いの中で霧絵によって殺されたと思われていたファングが突然姿を現し、霧絵の前へと躍り出たのだ。
神気という力の、弊害だろう。
他者を助けたいという心や、そうした清らかな力に反応して威力が軽減したのか。
そうしたギミックが勇太には到底理解出来なかったが、ともあれ力を使い果たしたこと。
それに加えて、霧絵が死なずに済んだというこの結果を前に、勇太は思わずへたり込むようにその場に腰を下ろした。
これは一つの奇蹟だった。
もしも武彦があと数分でも、この場所の結界を保っていたヒミコを打ち倒していなければ。
勇太が一瞬の判断で光の槍の軌道を逸らしていなかったら。
霧絵があの時、ファングの死を確認して生きていることに気付き、止めを刺していたならば。
起こるはずのなかった救出劇だろう。
「……ファング、どうして……邪魔をしたの……」
「俺もお前も、ただ死んで全てを清算出来るような立場ではないだろう」
「でも……、でも私はッ!
もう誰にも赦されてはいけないのよ! 全てを背負って、死んで行くしかないのよ!
どうして死なせてくれなかったのよ!」
「勘違いするな、霧絵。
ここまで力を貸してくれた者達とて、お前が死ぬことを望んだりはしない」
「――ッ」
「もう、終わりにするんだ。
あの少年の勝ちだ、霧絵」
聴いた者の体内に直接響きそうな程の野太い声で、ファングは告げる。
同時に、頬を涙で濡らしていた霧絵がその場に崩れかけ、ファングによって抱きとめられた。
「……さい……、ごめん、なさい……っ。
私……私は……ッ」
――どれだけ自分は勝手なのだと、罵られても良い。
それでも、もう。
歩みを止めてしまっても良いだろうか。
霧絵の頬を伝って、積年の後悔が涙となってぼろぼろと溢れていた。
それは懺悔だったのか、あるいはファングに対する謝罪だったのか。
その時の勇太には分かるはずもなく。
そして永遠に、勇太にはその真意が分からないままとなってしまうのであった。
扉の向こう側。
百合が消えたその先から、突如として――強大な力が膨れ上がったのであった。
to be continued...
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