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<東京怪談ノベル(シングル)>


美しき石像

 ぼんやりとした灯りの灯る地下迷宮。吹く風は湿り気を帯びて冷たく、少し黴臭い。
 目の前に立ちはだかる壁は天井まで届き、行く先の道はどこへ続いているのか全くと言っていいほど分からなかった。
 薄暗く、ひんやりとしたこの地下迷宮に集められた人々をぐるりと見回し、クスリと口元に笑みを浮かべているのは石神・アリス。
 真っ黒でストレートの髪を流し、金色の瞳を輝かせているアリスは目の前にいる人間達を見つめてふっと目を眇める。
「ふふふ……。良い石像が出来そう」
 ぽつりと呟いた言葉は、誰の耳にも届いてはいない。
 コツ……と靴音を響かせ、アリスは彼らの前にゆっくりとした動作で歩み出た。
「お集まりの皆さん。ようこそ、地下迷宮へ。あなた方はこれからこの地下迷宮に挑戦してもらいます」
 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべて微笑んだアリスを、集まった人々は恐怖に固まった顔で見つめてきた。
 少女、双子の姉弟、そして男の娘……。
 勝気な瞳を向けてくる少女は、とても勇敢そうで、今自分が置かれている状況に怯えるどころか挑戦的な表情を浮かべている。
 双子の姉弟は、互いに寄り添いあって手を握り、怯えたような眼差しを向けている。
 そして四人目の男の娘は落ち着かない様子で、先ほどからキョロキョロと辺りを見回していた。
「迷宮に挑戦するにあたり、ルールが一つ。ただやみくもに出口を目指すだけでは面白くありません。ですのでこのわたくしが鬼となって、あなた方が出発をした10分後に追いかけていきます。つまり、鬼ごっこというわけです」
 アリスは楽しげに笑いながらルールを説明すると、集められた四人はその場に凍り付いてしまった。
 つまり、アリスから逃げながら出口を目指さなければならない。もし見つかったらどうなるのか……。
 その場にいた全員がごくりと喉を鳴らす。
「では、早速始めます。皆さん、頑張ってゴールを目指して下さいね」
 アリスは手にしていた笛を口に加えるとすぅっと息を吸い込み、力いっぱい吹き鳴らした。
 耳を劈くような笛の音に背中を押され、四人は大慌てで迷宮の中へと駆け込んでいく。
 そんな彼らを見送りながら、アリスは腕を組んで目を細めてほくそえんだ。
「さぁ。楽しいゲームの始まりよ」


                  *****


 息を切らしながら迷宮の中を適当に走りこんでいた少女は、狭い路地の真ん中で足を止めて膝に両手を置き、乱れた呼吸を整えていた。
「鬼ごっこ形式だなんて、聞いてない……」
 額から流れる汗を拭い肩で大きく息をつきながらもキョロキョロと辺りを見回した。
「ちょっと適当に走り過ぎたかな……」
 我ながら何も考えずに飛び込みすぎたと、内心後悔する。だが、こうなった以上最後まで攻略しなければ意味が無い。
 少女は気合を入れると右に延びる道へと足を踏み出した。
 自分の足音だけが響く空間を歩きながら、少女は注意深く辺りを気にかけていた。
 いつアリスが追いついてくるか分からない恐怖はある。絶対に見つからない保障はどこにもないのだ。
 少女が探り探り歩いていると、ふいに視界が開け、少し広い空間へと出てきた。
「……あ」
 広場の中央へと視線を向けた少女は短く声を上げる。そしてその場から駆け出した。
「これは……!」
 駆け寄った先には彼女の知り合いがいた。しかもその知り合いは何かに怯えたような表情で石化してしまっている。
 少女は愕然とした様子でその場に立ち尽くしていると、ふいにポンと肩に何かが触れる。
「ひっ……!」
 怯えた声を上げて咄嗟に振り返ると、そこには肩に手を置いて顔を覗き込んでくるアリスの姿があった。
「みぃつけた」
 クスクスと笑いながら、アリスは金色の瞳で少女を見つめると、少女は金縛りにあったようにその場から動けなくなる。やがて、硬直した足元が鉛のように重たくなりパキパキと音を立てながら灰色に染まり始めた。
「ま、まさか、あなたがこんなこと……」
 腰の付近まで上がってくる重たさは尋常ではない。
 少女は初めて恐怖に染まった顔を浮かべ、同時に這い上がる灰色の石はすっぽりと少女を包み込み動かなくなった。


 暗い迷宮の中を胸の前でぎゅっと手を結んだまま歩いていた男の娘は、慎重な足取りで前へと進んでいた。
「どこが出口かなんて、全く分からないよぉ……」
 不安に胸が押し潰されそうになっているのか、一人でそんなことを呟きながら歩いている。
 ただ抜けるだけじゃなく、鬼に追われる恐怖からついつい独り言が増えてしまう。
「なんでこんなのに参加しなくちゃならないのかな……。早く帰りたい」
 今にも泣き出しそうに瞳を揺らした時だった。目の前の暗がりから音もなく現れたアリスに、男の娘はビクリと体を震わせて一歩その場から退く。
「みぃつけた」
「や、やだっ!」
 男の娘はくるりと踵を返すと、もと来た道を一目散に駆けていく。
 アリスはそんな彼の後を追いかけて走り出し、あっという間に間合いを詰めてその肩に手を置いた。
 咄嗟に振り返った男の娘と視線がかち合い、恐怖に歪んだ顔が凍りつく。
「や、やめろ! 放せっ!」
 それまで可愛らしい言葉で話していた男の娘は、突然男らしい声を上げて抵抗を始めた。だが、やはり足元から這い登る鉛のような重たさにどうすることもできずにいた。
 アリスはそんな彼を見つめ、目を瞬いてキョトンとしながら小首を傾げた。
「あら。女の子だと思ったら男の娘だったんですね。知らなかった」
「た、助けてくれ!」
 アリスは人差し指を顎に当て、クスッと笑みを浮かべると彼の言葉など耳に入らない様子だった。
「まぁでも、これもいいかもね」
 そう呟いた瞬間、男の娘は恐怖を感じつつも勇ましい顔つきのまま石化したのだった。


 暗い通路を歩き回るのは、双子の姉弟の一人だった。
「お、お姉ちゃぁん……。どこ行ったの……?」
 弟は途中で姉とはぐれ、ビクビクとした様子で姉を探し回っていた。
「怖いよぉ……寒いよぉ……」
 弟は瞳に涙を一杯溜めて、それでも足を止めずにゆっくりと壁に体を押し当てながら歩いている。やがて、通路の先に見慣れた姿を捉え、弟の顔がパッと明るさを取り戻す。
 弟はようやく捜し求めた姉を見つけ、一目散にそちらに向かって声を張り上げ駆け寄った。だが、そこにいたのは姉であって姉ではない物だった。
「お姉ちゃん? お姉ちゃんっ!」
 一歩足を後ろに引き、大きく仰け反った状態で石化されていた姉の姿に、弟は泣きじゃくりながらしがみつく。
「起きてよ! やだよ!」
 大粒の涙をこぼしながらぎゅっと姉に抱きついた瞬間、弟は視界の先にアリスの姿を見つける。そして自分も同じように石にされていく重さを感じていた。
 今更姉から離れる事も出来ない弟はきつく瞳を閉じ、重くなる体を感じながら姉を強く抱きしめたのだった。
「これで完成。なかなかの出来だわ」
 アリスは双子の姉弟の石像を見つめ、目を細めて満足そうに微笑んだ。


 アリスは迷宮で石化したばかりの石像を、地上で行われるオークション会場へと運び込んだ。
 双子は二人でワンセット。男の娘と少女の三体を競売にかける。
「まずはこの少女の石像。スタートは500からです」
「1000!」
「1500!」
 徐々につりあがっていく金額に、アリスは一人満足そうに物陰から見つめていた。