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Episode.41-B ■ 憂の頼み事
「――ふむん。能力をどうにか残して欲しい、ねぇ」
憂の研究室で、百合の全身検査を終えて一段落した時だった。
百合から突然、自身の身体を残してもなお異能をどうにか残すことは出来ないかという話を持ちかけられ、憂は顎に手を当てて思考を巡らせた。
「無理だろうとは理解してますわ。でも、もし可能ならどうにかお願い出来ないかと……」
「それは何故?」
真摯な様子で頼み込む百合に対して、憂は改めてその意図を尋ね、人差し指を立てて見せた。
「実際問題、冥月ちゃんはあまりそれをして欲しいとは思ってないと思うよ。出来ることなら百合ちゃんには平和に生きて欲しいとか、そういうことを考えていると思うし、私もそれには賛成してるな〜。
ましてや、そういう冥月ちゃんの気持ちを理解しているであろうはずの百合ちゃんが、それでも私にそういうお願いをしてくるのはどうして、なのかな?」
憂の言葉に百合は少しだけ視線を落とし、俯いた。
百合とて理解しているのだ。
実際、冥月が自分を危険から遠ざけようとしているのも。
しかし、だ。
それでも百合は、それで良しとは思えなかった。
「お姉様の力になるには、どうしてもこの能力が必要だからですわ。身体を蝕むせいで今は何も出来ませんけど、それでも私はお姉様の力になりたいんですの。それに、もし能力の一切を失うことになっても、この気持ちだけは変わりませんわ。身体一つであっても、お姉様を一人で戦わせるのがいいとは思えませんもの」
素直に気持ちを吐露してみせる。
例え能力がなくなっても、もともとそれはなかったものだ。
当然身体一つであっても幼少期からの英才教育によって身についた技術は消えない。
しかしそれでは、冥月とて簡単にこなせる能力でしかなくなってしまう。
敬愛する冥月の役に立ちたい。
ただそれだけが、百合の願いだった。
「……んんーっ、なるほどねぇ。まぁそういうことだろうとは思ったけどねぇ」
「どうにか出来ませんの?」
「出来ないことはない、と思うよ。百合ちゃんの身体にはすでに異能を発生させるだけの変化を起こしている訳だし、問題は毒とも呼べるそれを排出して、それが発生しないようにすることだから。でもそうなると、どれだけの期間を有するのかは分からないかなぁ」
ニヤリと笑ってみせる憂の表情を読み取り、百合は小さくため息を吐いた。
「IO2に協力するなら考える、といったところですの?」
「まぁ、そういうことだよ。どうしたって能力者ならIO2にとっても管理しなきゃいけない存在だし、冥月ちゃんを縛る枷にもなるだろうし、私としては利害条件は一致していると言えるかもね?
冥月ちゃんはキミを家族として見ている。そんなキミが〈私直属の部下〉として配属してくれるなら考えられないこともないよ?」
「……つまり、デメリットと呼べるのはアナタへの協力、ということですの?」
「ご明察。そういうことになるね」
相変わらず、人を喰ったような性格をしている憂であったが、しかし彼女にとってみればこれは美味しい展開であると言えた。
IO2とは言っても、やはり利権や立場といったものが関わってくる。
いかに憂が技術開発部門として他の追随を許さない成績を収めているかとは言え、全てが赦されているという訳ではないのだ。
今回の内通者の存在など、その最たる例であると言えるだろう。
だからこそ、憂は欲している。
冥月というIO2を以てすら御しきれない存在と、その妹分であり可愛がられている百合という存在を。
特に利権問題には興味はないが、そういうカードを手にしておきたいのは憂の本音であった。
そうして利益を頭の中で換算している――その最中だった。
突如として、憂の研究室内にアラートが鳴り響いた。
◆
「――という訳で大変なんだよ、冥月ちゃんっ!」
「どういう訳だか説明もされてないぞ。とりあえず落ち着け」
まったくもって意味の分からない突然の呼び出しに応じた冥月が、珍しく慌てている様子を見せた憂へと冷静に告げた。
冥月に言われて二度ばかり深呼吸をしてみせた憂が、手元のタブレット端末に虫のような映像を出して、憂へと手渡した。
「これは?」
「IO2のビル内を飛んで回る、私が造った超小型偵察機――ビーくん。
基本的にはビルの中、つまりは決まった空間しか行き来しないようにプログラムしてあるんだけど、どういう訳か不検知地域に迷い込んで、ビルの外に大脱出しちゃったみたいなんだよねぇ……」
「残念だったな」
「いや、それがこの子、このまま放置しておいて良い代物じゃないんだよ〜。ちょっと訳あってIO2内にこれの回収を頼めないし、でも普通の人じゃ捕獲出来るような運動能力なんてあるはずもないし……。何より、プログラムされてる人以外が攻撃すると、自動迎撃システムで攻撃しちゃうだろうし……」
「迎撃? 毒針でも仕込んであるんじゃないだろうな」
「そんな物騒な真似してないよ! ただちょっと早い速度で超硬度を誇るこの子が突進して、人の身体に穴開けちゃうぐらいで!」
「毒針よりも厄介に聴こえるが……」
「あぁぁっ、何でそんなに悠長に聞いてられるのかな! これが見つかったりしたら私的には超問題――……ナンテコトハナイヨ?」
明らかに何かを言い過ぎたようなハッとした表情で言葉を止めた憂が、チラチラと冥月を見ながら自分の失言を言い繕うように機械的に続けた。
そんな憂の様子に、呆れたように「はぁ」と溜息を吐いた冥月が口を開いた。
「つまり、身内に知られたら困る。が、早急に片付けないとマズいことになるということか?」
「なーっ、なななな、なんのことかなぁ!?」
頭が回る彼女らしからぬ、いかにもといった反応だ。
これにはさすがに冥月も呆れたように頭を掻いた。これで誤魔化しているつもりなのだろうか、と。先程から憂に対して影を使うまでもなく、冷や汗をかいては動揺しきっているという点については見間違える訳もないのだ。
対する憂も、この状況で冥月に知られる訳にはいかなかった。
内通者の存在があると踏んでいる憂としては、今IO2に下手な真似をされて冥月と敵対するのはまったくもって利益がない。むしろ損しかないのだから。
冥月がとうにそれを理解しているなど、憂が知る由もなかったとも言えるが、それはさて置き。
「……まぁ詮索は止めてやろう。手伝うのは構わないが、機能は? どうせ無駄に高機能なんだろう」
「無駄にって言わないでっ! えっと、各種センサー、ステルス光学迷彩、ジャミング機能。あとはさっき言ったみたいに弾丸特攻!」
「無駄だな……」
「無駄って言い方は憂ちゃん好きじゃないよ……! せめてオーバースペックとか……」
「あのなぁ。ともあれ、この間の施設破壊の一件と言い、私の能力を試しているつもりなのかもしれないが、知られる危険を承知で手伝っている意味、分かっているんだろうな」
「危険って、私は別に冥月ちゃんと敵対するつもりはないよー?」
「お前じゃない、そっちの上層部に、だ」
「あ、なるなる」
冥月の言わんとする内容を理解したのか、憂が苦笑する。
IO2――つまりは対異能者のスペシャリスト達と冥月の関係は今、非常に不安定な立ち位置に置かれている。
憂と武彦のおかげで今のところは表立って敵対するような事態には陥っていないが、冥月自身にとってもIO2と直接的な協力関係を築いているとは言える状況ではない。
そんな中で能力の上限を探られるような真似をされるのは、切り札を晒すようなものだ。
そもそも冥月にとっての異能というものは、ある意味では限界がない力だ。
百合が葉月に対して言った通り、能力をいかに使って局面に対処するのか、そうした冷静な判断力などがあれば、上限というものは存在していない。
最たる例が、先日の施設破壊の際に見せた能力であるとも言えるだろう。
「――まぁいい。私は武彦や百合を守れれば文句を言うつもりはない」
――――裏を返せば、それ以外を害してでも彼らを守ってみせるという宣言だ。
相変わらずの態度に憂が苦笑する中、冥月は握り締めた手を差し出した。
拳骨を突き出すような形となった冥月の態度に困惑した憂に、手を出せと言われて憂がその手の中に何かを握られているのだと理解して、手を差し出す。
するとそこには、今しがた話していた件の機械が、すでに残骸となって握られていたのか、憂いの手にパーツもろとも手渡される。
「これで任務終了だな。報酬には色をつけてもらうぞ?」
ニヤリと笑ってみせる冥月に、まさかすでに処分されていたなどとは思いもしなかった憂は、本日何度目かの引き攣った苦笑を浮かべることになるのであった。
to be continued...
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いつもご依頼有難うございます、白神です。
新年明けましておめでとうございます。
さてさて、今回はAパートからBパートに食い込む形となりましたが、
百合と憂の会話はBパートに持ってこさせてもらいました。
葉月の能力なども明らかとなった形ですね。
かなり応用の効かない異能なのかもしれませんが。笑
ともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後共宜しくお願い申し上げます。
白神 怜司
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