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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・8―

「どうして!? 何で私だけが、元に戻れたの!?」
「落ち着いて! いま説明するから」
 すっかり興奮状態に陥ったみなもを、帽子の彼女が嗜める。しかし、みなもは居ても立っても居られぬと云った風で、疑問に対する回答を待っていた。
「開発チームがデッバグの可能な部分だけを修正してパッチを当てたの。それはプラグインの不要なゲーム機レベルのユーザーには有効だったけど、プラグインが必要な媒体のユーザーはまだ出られないみたいね」
「パッチて何?」
 あぁ、そこから説明が必要なのか……と、帽子の女は苦笑いを浮かべる。だが彼女にとって、コンピュータ用語の解説はお手のもの。素人にみなもにも分かる言葉で、彼女に説明を施した。
「じゃあ、つまり……その『プラグイン』が干渉する部分は未だ誤動作が続いてて、それを修正し終わらないと彼はデータエリアから出られないと、そういう訳なのね!?」
 その言に、帽子の女は無言で頷いた。しかし、それはデバッグ終了まで彼や、他のユーザーの多くも閉じ込められたままとなってしまう。それを、みなもが黙って認める筈は無かった。
「開発陣に問い合わせましょう! 誤動作でプログラム内に閉じ込められているユーザーが何人もいるという事を!」
「そうね……もっと早く、簡単に事が済めばこんな大事にはならなかったのでしょうけど、そうも言ってられないよね」
 相変わらず、その素顔は帽子の影に隠れて見えないが……彼女もまた、この状況を憂いているようであった。そうでなければ、斯様な台詞は出て来ないだろう。
 そしてみなもは、開発チームに宛ててメールを出した。些か非常識な事ではあるが、実際に起こっている純然たる事実の報告であるとして。更に、自分もゲーム内で二ヶ月あまりを過ごした被害者である事を末尾に添えて。

***

 開発チームからの返答は直ぐに来た。彼らも徹夜による突貫作業で状況の把握に努めているらしい。だがそれは、バグの存在は認められるが、データエリアの保護を解いてしまえば、恐らくもっと沢山のユーザーが犠牲になるだろうという懸念を添えた、消極的な姿勢を露わにしたものであった。
「そんな……そんな悠長な事は言ってられないでしょう!! 彼は未だ、あの中で……いや、あたしが出て来てから、システム内で何日が経過しているか、分かったものじゃないわ!」
「だから、落ち着いて! バグの影響は伝えたんだから、少なくともユーザー解放に向けた措置は取られる筈だよ」
「だって! 彼は食料も水も、ギリギリの線で命を繋いでいるんだよ? あたしが居なくなって、益々生活は苦しくなっているかも知れないじゃない!」
 すっかり冷静さを欠いたみなもが、涙ながらに訴える。その気持ちは分からぬではないが、開発チームとて指を咥えて見ている訳では無いのだという事をやんわりと告げ、帽子の女は困惑しつつも双方の言い分を立てる為に知恵を絞った。
「分かった……問題になってる悪玉プログラムが、何処のポートからアクセスしようとしているかは分かっているから、それを教えてあげると良いわ」
 これを何故知っているか、その回答を求められたら答えられないぞ……と云うリスクを承知で、帽子の女はみなもに策を授けた。これさえ開発チームが把握すれば、そのポートだけをロックして残りを開放し、閉じ込められたユーザーをログアウトさせてからデバッグに着手できる筈。いや、悪玉プログラムの機能は既に分かっている為、無限ループを解除してソースを解析すれば、デバッグ……いや、その『故意に仕組まれた』プログラムの除去もスムーズに進むだろう。
 だが、システム的にはそれでOKでも、それを仕組んだハッカーの追跡は引き続き行わなくてはならない。尤も、そこから先はサイバーポリスのお仕事ではあるのだが。
 ともあれ、みなもは帽子の女から仕入れた情報の全てをメールに書き添え、改めて開発陣にアクセスした。

***

「チッ……みんな見境無くなってやがるぜ、とうとう食い合いを始めやがった!」
 その頃、システム内に取り残されたキャラ達は、突如消えた仲間や獲物が『助かった』のだという事に気付き、暴動をお起こしていた。それは見るに堪えない、見苦しい同胞同士の潰し合いだった。
「やめるんだ! そんな事をしたってどうにもならないだろう、俺達にもきっと順番は回って来るんだ!」
「無駄だ、半端に助かった奴が出た所為で、理性を失ってる。ストレスも限界だろうしな」
 ウィザードの話が通じたのは、以前獲物の取り合いになって一度刃を交えた事のあるドラゴンナイトだった。彼もあの後反省し、モラルを高く持つようになったらしい。
「アンタ、幻獣クラスにしてはハイレベルだね。神獣レベルとも渡り合えるんじゃないのか?」
「あぁ、俺はこのクラスのままで格上をなぎ倒すのが楽しいクチでね……来たよ!」
 倒してはいけないので、ライフポイントがゼロになる寸前で攻撃を止める。それでもゲーム内では『戦闘不能フラグ』が立ち、そのキャラは戦闘対象から一時的に除外される仕組みになっていた。俗に言う『捕獲して仲間にする』為の機構である。そうやって捕獲されたキャラに『仲間になるか戦闘を継続するか』の選択権を、勝者は与える事が出来るのだ。無論、そこで『NO』を選べば敗者もまた逃げる事が出来る。しかし選択を保留しておけば戦闘からは回避できるので、ウィザードたちはそれを利用して『寸止め』で保護したキャラを安全地帯に逃がし、暴徒化したキャラ達の鎮圧を進めていたのだ。
「……何人ぐらい、居ると思う?」
「分からない。って云うか前より増えてないか!?」
 それは、開発陣がシステムポートを開放し、閉じ込められたキャラ達を開放する為に取った措置が裏目に出た結果だった。つまり、脱出できるようにはなったが、その代わりゲートは解放されているので一般キャラ達が続々とログインして来てしまったのである。が、その事実にいち早く気付いたウィザードは……
「……入ってきた奴が居るって事はだ、出られるんじゃないか?」
「いや、ダメだ。相変わらずログアウトボタンは灰色のままだ」
 これはプログラマーのミスであった。I/Oポート解放時に、アウト側のポートを開放してイン側のポートを閉じたままにしておくべき処置で、逆の設定をしたまま気付かずに作業を進めていたのだ。依って、今まで何故かログインできずに首を捻っていたユーザーが、待ってましたとばかりに参戦して来てしまったのである。無論、彼らはそれが地獄への片道切符である事を未だ知らない。
「取り敢えず、此処は……」
「あぁ、逃げるが勝ちだな!!」
 急造タッグを組んだ二人は、ドラゴンナイトが前方の視界確保を担当し、ウィザードが後方からの追撃を遮断する格好となって一目散に戦闘エリアから脱出した。と言っても、マップ全体が戦場のようなものなので、何処へ逃げても安全は保障されないのだが。
「……駄目だ、防ぎ切れねぇ!」
「終わり、か……?」
「諦めちゃダメ!!」
 ボロボロになりながら逃げ回る彼らを支援する格好で、まばゆいばかりの閃光を放ちながら防護幕を展開するキャラが居た!
「……何で、戻って来ちゃったの……」
「貴方に死なれたら、悲しいから!」
 そう……そこに立っていたのは、完全にリフレッシュして再ログインして来たみなもだった。

<了>