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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.23 ■ 消失の少女







 非殺傷型の銃弾は、昨今のアメリカ国内での警察官による容疑者銃殺事件などを鑑みた政府側で何度も持ち上がった特殊弾倉だ。
 しかしこれがアメリカ国内で普及されない理由は、ひとえに一撃での無力化があまりにも難しく、警察官側のリスクが高まってしまうせいである。

 しかしIO2――それも一級以上のエージェントならば、この銃弾の利便性は高い。

 能力発動が瞬間的に可能なタイプと、時間を要するタイプ。
 この非殺傷型というのは、後者が時間を稼ぐために用いられることが多く、フェイトもまた銃殺という選択を好まないために愛用する銃弾である。

 とは言え、その威力は言わずもがな。
 防弾チョッキの上から銃弾を受けて肋骨が折れる、という事態は珍しくなく、フェイトの使う特殊弾倉もまたそういった破壊力程度は持ち合わせている。

 だが――事ここに至って、少女相手に銃口を向けるというのは倫理的に迷ってしまうフェイトと、自我を失っているのか容赦なくフェイトを狙うアリアとでは、明らかに心理的負担がフェイトにかけられていると言えた。

「――ッ」

 キーン、と耳鳴りするような僅かな音を感じ取り、フェイトは後方に飛んだ。
 ほぼ同時にフェイトが立っていたコンクリートで固められた屋上部分の床は消え去り、消失する。

《フェイト、攻撃しないとアナタがやられるわ! 戦いなさい!》

 エルアナの叫びはもっともではあったが、フェイトにそれは戸惑われる。
 しかしこのままでは状況は悪化の一途を辿るばかりであった。

 ――――《空間転移》。

 かつて幾度と無く戦いの中で使ってきた一瞬の転移。
 文字通りに残滓も予備動作もなくそれをやってみせるフェイトは、アリアの後方上空に転移し、銃口をアリアの後頭部へと向け――再びの耳鳴り音に身体を捻った。
 コートの袖口についた余った布が、途端に消失していく。

「振り向きもしないのにこれって……おっとッ」

 再び鳴り出す不快な音に、フェイトは《空間転移》を以て回避に移り、屋上へと戻った。

 はっきりと言ってしまえば、アリアの攻撃は謎が多い。
 一瞬にしてゼロ距離へと肉薄しようにも、異能を使われては危険が過ぎる。
 そんな不安があるために近づけずにいた。

「エルアナ、どうすればいいと思う?」

《そうは言われても、物体を消失させるなんて異能は聞いたことないわ。
 そもそも、私には何でアナタが避けられているのかも分からないのよ》

「何でって、奇妙な耳鳴りみたいな音がして――またきたっ」

 後方に飛びながら、埒が明かないと判断したフェイトは銃を構える。
 狙うのは手と足。骨に影響が出ないように、その中心部から外れた部分だ。

 乾いた銃声が連続で鳴り響き、回転する銃弾が両手と左足に向かって飛んでいく。

 ――――刹那、耳鳴り音が聴こえた。

 アリアの能力は不明ではある。
 この音があるということは、銃弾もまた消されてしまうだろう。
 そう考えていたフェイトであったが――その予想は外れた。

 左手と足を狙った銃弾は消されたようではあったが、しかし右手を狙った銃弾だけは能力の干渉から外れたのか、アリアのだらりと垂れた手に当たり、ぐらりとアリアの身体が傾いだ。

《――当たった!?》

 しかしアリアは自らの手の痛みに顔を歪めすらしないまま、
 フェイトを睨みつけ、能力を発動させた。
 フェイトは何かを考え込むように表情を真剣なものにしたまま後方へと飛び、
 サングラスの側部についたボタンを押した。

 つい先程まで使っていた、サーモグラフィーモード。
 熱感知式の映像へと切り替えながら、フェイトは一発の銃弾をアリアの腹部目掛けて放つ。

 サーモグラフィーモードで見つめたフェイトの視界には、
 銃弾として火薬の爆発によって放たれ、熱を帯びた銃弾が僅かに映し出される。

《……フェイト、もしかして……――》

 その映像はエルアナのもとへと送られていたようで、
 イヤホンから聴こえてきたエルアナは吃驚に満ちた声を漏らした。

《――あの子の能力を見破ったの?》

 エルアナの声に、フェイトは口角をあげた。

「俺の予想通りなら――――」





 ◆ ◆ ◆






《俺の予想通りなら、もうアリアの能力は――俺には効かない》

 スピーカーから聴こえてきた声に、エルアナも。
 その隣で戦況を横目に見つめていた凜もまた、目を瞠り、耳を疑った。

 戦闘開始から僅か数分。
 不可視の攻撃と数合いの攻防を経ただけだと言うにも関わらず、
 フェイトはアリアの能力の正体と、その絡繰りを見破ったのだと言うのだ。

 この言葉に驚かないはずがなかった。

 次の瞬間、フェイトは銃をホルスターに収めてみせると、ゆっくりとアリアに向かって歩いていく。
 無防備なまま歩み寄るその姿にぎょっとしたエルアナであったが――どういう訳かアリアはフェイトを見つめたまま何もしようとはしないようだ。

 画面に時折ノイズが混ざるモニター越しの映像を見つめたまま、
 エルアナは唖然としていた。

 その映像を見つめている内に、フェイトはアリアに歩み寄り、額に手を当てた。

 ――《意識潜入》。

 一瞬で彼女の意識にジャミングを発動させ、そのまま意識を刈り取る能力。
 フェイトはアリアを極力傷つけるまいと。
 不可視の能力者に対してこれ以上、お互いに傷つかぬようにと。
 あっさりと幕を下ろしてみせた。

「……そういうこと……? フェイト、もしかしてアリアちゃんの能力は――!」

《――うん。『超音波』だと思う》

「やっぱり……ッ!」

 二人の会話について行けなかったのか、凜が小首を傾げた。

「あの、どういうことですか?」

「……フェイトが言っていた〈耳鳴り〉はつまり、
 モスキート音に近い反応だったんじゃないかしら」

「モスキート音って確か、高周波振動のことですよね?」

「その通りよ」

 モスキート音で有名なものと言えば、年齢によって聴こえる音や聴こえない音があるなどということから、昨今では携帯電話の着信音などに利用されているものだろう。
 予備知識として知っていた凜は、しかし更に疑問を深めることとなった。

「超高周波が、物体を消すなんて真似が出来るんですか?」

「ほぼ不可能に近いわ。
 だけど、異能という特殊な力によって常識の枠を超えれば。
 分子崩壊を引き起こした上に乖離させることが出来る可能性もある」

「そ、そんな真似が出来るなんて……」

「えぇ、本来なら在り得ないものよ。
 異能という超常の力によって増幅されたものであれば、常識は通用しない。
 それよりもフェイト、どうして気付いたの?」

 エルアナの言う通り、本来ならば在り得ない力だ。

 異能には科学的に説明出来るものもあれば、そうではないものもある。
 特に凜の神気や、百合やフェイトが使う空間の転移といったものは、間違いなく後者に当てはまる。

 だからこそ、アリアの能力もまた超常。
 単純に、対象を消失させるという反則的な能力であると考える方が、いっそ一般的な感覚とも言えた。

 だが、フェイトはそんなアリアの能力のギミックを見破ってみせた。

《おかしいと思ったのは、さっきの3発撃った銃弾を御しきれなかった時なんだ》

 フェイトは語る。






 ◆ ◆ ◆






 最初にフェイトが違和感を覚えたのは、耳鳴りだ。
 不可視の能力であるならば音が聴こえるはずなどなく、
 なのにそれを感じ取れたのは、聞き覚えのないあの音のおかげだ。

 だが、だからと言ってアリアの能力を見破るには至れなかった。

 反撃と牽制の意味を込めて放った三連撃ち。
 それによって糸口を掴めたのは事実だった。

 あの時、フェイトは銃弾もまた消失するだろうと踏んでいたが、
 どういう訳か一発だけは消失出来ずにアリアに直撃した。

 能力の範囲が狭いのかとも思われたが、単純にそうとは言い切れない。
 だからフェイトは、一つの仮説を立てた。

 それが、アリアの能力に〈何らかの条件〉があるのではないか、というものだ。

 だからこそ、一発の銃弾で最後にそれを確認した。
 ――――そしてアリアの能力のギミックを完全に見破ったのだ。

「《超音波》によって物体に干渉し、振動を起こして崩壊させる。
 そんな能力だからこそ、ライフリングされた銃弾のような、風という音の波を通しにくいものには干渉しにくいんじゃないかってね」

 火薬が爆発した推進力によって回転する銃弾は、風を斬り裂くように回転する。
 音をぶつける、という意味ではアリアにとって、これ程扱いにくい相手はいないだろう。
 何せ相手に届かないのだから。

「だからさっき、俺は念動力を使って周囲に真空を作ってアリアの能力を俺に届かないように遮った」

 真空は、音を――空気の振動を伝えることが出来ない。
 アリアの能力はそうしてあっさりとフェイトによって無力化されたのだ。

 ――――もしもアリアが、こんな人形のような戦い方をしなければ。

 間違いなくフェイトは窮地に追いやられていたであろう。
 地面を消失させる。触れて振動を伝える。
 いくらでもやりようがあったのだから。

 人形のように操られたアリアだからこそ。
 フェイトはあっさりとそれを打ち破れたのだ。

「……ルーシェ……ッ!」

 思い出すのは、あの男の顔だった。

 腕の中で眠った白い少女を見つめて。
 もしも昔の自分が辿っていたかもしれない未来を重ねて。
 フェイトは怒りを込めて、その名を呟いた。











 to be continued...