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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・9―

「ラミア、かい?」
「そう、ラミアよ。但し、見た目で中身を判断すると火傷するから、気を付けてね!」
 そう言ってウィザードとドラゴンナイトを先行させ、自らが壁となって追っ手を阻もうとするみなも。だがドラゴンナイトは今一つ、援軍としては頼りないなと云う感じを払拭できずにいた。彼女を知っていると思しきウィザードが『何故こんな、危険な戦場に戻って来たんだ』と、みなもに対して叱咤の声を上げているからだ。
「大丈夫、心配しないで……戦いは直ぐに終わるわ、今あたしの友達が、プログラマーさん達に状況を説明しに行ってるの」
「と、友達って!?」
「それは後で……さあ! 分からず屋はどんどん掛かって来なさい! 思いっきり引っ叩いてあげるからね!」
 通常のゲームモードでは、ウィザード同様に幻獣クラスでありながら神獣クラスを手玉に取れる実力者の彼女だ。ポッと出の烏合の衆が束になって掛かっても、相手になろう筈がない。現にみなもは相手の攻撃を躱すまでも無く、ガードする腕で弾き飛ばしながら、文字通り攻撃してくる対象を『引っ叩いて』いるのだ。無論それは、相手がログアウト可能な状況かどうかが分からない為、手加減をする必要があったからなのだが、それにしても圧倒的である。
「……彼女と知り合いか?」
「あ、えーと、うん……まぁね」
 ドラゴンナイトの問いに、ウィザードは赤面して俯き、言葉を濁すように返答した。その態度を見て『ははぁ』と思った彼は、ウィザードに『将来、尻に敷かれるぞ』とだけ答え、あとは冷やかすでも茶化すでもなく、兎に角みなもの善意を無駄にすまいと安全地帯への退避を急いだ。
 そして20分ほど経過した頃、みなもの予言通りに、ポツポツとログアウトしていく者が現れ始めた。恐らくそれはトラブルの当初からシステム内に閉じ込められ、疲弊しきったユーザー達であろう。
「……プログラムの修正が、上手く行ったみたいね。これで貴方達も、ログアウト出来る筈よ」
「本当だ、ログアウトボタンが点灯してる!」
「そうとなれば……俺はお先に失礼するぜ、アンタらの邪魔をするつもりは毛頭ないんでね」
 そう言い残し、ドラゴンナイトはスッと姿を消した。残された二人は、此処でログアウトしたら、もう二度と会えなくなるのではないかと云う不安に駆られ、暫しその場に立ち尽くした。が、きっとまた会える、このゲームにログインすればまた会える! と意を決し、二人同時にログアウトする事に決めた……しかし彼らは既にヴァーチャル空間の中とは言え、互いに好意を持つ間柄となっていた為、僅かな間でも離れるのが辛くなっていたのだ。そこでウィザードが、みなもの耳元である数字の羅列を呟き、覚えたか? と確認して来た。みなもがそれを暗誦し、完全に記憶されたと確信した彼は『それ、俺の連絡先だから』と言ってニッコリと微笑んだ。
「……電話、していいの?」
「その為に教えたのさ。こうして連絡取っとけば、ログインするタイミングがすれ違う事も無いだろ?」
 尤も、それだけが目的ではないのだろうが……兎に角、彼はそれ以上は語らなかった。そして互いに体を寄せ合い、抱擁した格好のままで二人はログアウトして行った。

***

「……有難う、ちゃんと伝えてくれたのね」
「ま、あのままじゃ私も住みにくいからね。元々私を作り出したのはあの人たち、画面に顔を出しても驚かなかったわ。尤も、不正アクセスの犯人の逃走を妨害してたのが私だって言ったら、それには驚いてたけど」
 ゲーム画面を覗き込みながら、みなもが『帽子の彼女』に礼を言っていた所であった。お蔭で皆助かった、あのまま幽閉されていたら精神崩壊を起こして実時間にして一晩で廃人になっていた所だった、と付け加えて。
「……ふぅん、『皆』ね……ま、そう云う事にしときましょうか」
「なっ、なによぉ! ……イジワル」
 ぷぅっ! と頬を膨らませて、プイと顔を背けるみなも。だが、彼女は暫しその場に立ち尽くした後、またねと帽子の彼女に挨拶し、携帯電話を取り出した。そして、先程覚えた数列をプッシュボタンに入力していく。
 ――暫しの空白、そして電子音。その電話番号が実在する事を、その音声は物語っていた。
 やがて、その電子音がプツッと切れて、若い男……と云うか、聞き慣れたあの声が受話器から聞こえて来た。
「……信じてくれたんだね」
「貴方が嘘を吐くなんて、思えないもの」
 短いやり取りであったが、その内容は非常に濃密な物であった。そして二人の会話はログイン中の思い出話から、今回の事例の核心へとシフトしていく。
「じゃあ、君の言っていた『友達』ってのは……あの、アーケード版では『鏡面世界』を介してしか会えなかった、あの案内役の魔女……?」
「うん。でも、何故かあたしは鏡面世界の外でも彼女にアクセスできるの。その辺のカラクリは良く分からないけれど……とにかく、彼女がバグだと思われていた部分がハッカーの仕掛けた人為的な物だという事を証明してくれたの」
「そのハッカーって、やっぱ開発関係者なのかな?」
「だと思う、自分の事を『造物主』って言ってたし」
 ふぅん……と、受話器の向こうで唸る彼。何故、彼がそのような奇行に及び、此処まで築き上げてきたゲーム世界の人気を地に貶めるような事を仕出かしたのか、そこが気になっているらしい。
「あ、メールだ……おっ、システムのトラブルがあった件と、それの解決に成功した件が同時に公表されたよ」
「良かった、これで安心して『オープンβ』にログイン出来るんだね?」
「だな。サバイバルモードも問題なく動作する事を確認したようだし、位置情報記録システムも完成したらしい。一世代前の、単なる格ゲーだった『魔界の楽園』から一回り成長した、よりリアルなアドベンチャーが体感できるわけだ」
 しかも俺達は、一般のユーザーと違って『乗り移り』が出来るから、ヴァーチャル環境でサバイバルしながらデートできるね、そう付け加えて、ウィザードを操作する彼は嬉々として語った。
 しかし、まだ全ての問題が解決した訳では無かった。そう、ハッカーの確保がまだなのである。彼が野放しになっている以上、何時また同じようなトラブルの種を植え付けて来るか分からない。それをみなもが心配そうに語ると、彼は『大丈夫だろう』と返答して来た。
「だって、考えて御覧よ。既にIPアドレスから端末番号も割れて、その時間帯にログインしていた作業者が誰なのかをログで探せば、賊の正体は直ぐに分かる。そうなれば彼のIDは抹消され、二度とプログラムに侵入できないよう防壁を張られる筈さ」
「そっか、プログラマーさん達もパスコードを入力してサーバーにログインしてお仕事してるんだもんね」
 そういう事……と、彼は更に説明を加えた。パスワードが抹消されてしまえばログインは出来ない、不正介入しようとしても疑似エントリーを展開した時点で『異物』と見做され、斥侯される。それに、あれだけの騒ぎを起こした張本人が、無罪放免となる筈もないと最後にダメ押しをして、もなもを安心させた。
「それで……今度はいつ会えるの?」
「え? あ、あのね? その……」
「……いつログインできる? って話なんだが」
 事件も収拾し、リアルな連絡先もゲットした二人。彼らの恋愛模様がこれからどうなるか、それは定かでは無かった。

<了>