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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゆく年くる年

「う〜……さっむ」
 朝から冷え込みの強い暮れの休み。
 セレシュは分厚いどてらと、セーターなどの暖かな衣服を何重にも着込み、コタツで背中を丸め込ませて温まっていた。
 悪魔もまた同様にコタツで温まっているものの彼女ほどがっちりと着込んだ様子もなく、むしろ着膨れしてしまっているセレシュを冷めた目で見ている。
「セレシュ。それ、いくらなんでも着すぎだから」
「ごっつう寒いねん! あんたこそ、ようそんな薄着で平気やな」
 思わず突っ込みを入れると、セレシュはギロリと鋭い睨みをきかせて悪魔を見た。
 目の前には熱々のホットジンジャーティーがポットごと置かれ、大き目のカップの中身は常に満たっている。
「私はこれで十分なの。コタツもあるしお茶もあるし。それに暖房だってちゃんと点けてるでしょ。って言うか、ほんと手袋とかやりすぎ」
「末端冷え性なんよ! うちはいつでも手足は冷え冷えやねん」
 そう言いながらジンジャーティーのカップを大事そうに両手で抱え、一口口に含む。
 体の中からじんわりと暖かさが広がり、思わず恍惚とした顔を浮かべてホッと感無量のため息がこぼれる。
「はぁ〜。やっぱり寒い日はこれが一番やなぁ」
「……オジサンみたい」
 思わず口元を歪めて思わず笑うと、セレシュはむっと口を尖らせるも反論はあまりしてこない。
 先ほどから流れているテレビ番組は、年末らしいお笑い番組や音楽番組などの特集が流れ続けていて、二人はぼんやりとそれを見つめていた。
 今日は一年の終わりの日。大晦日の夜である。
「そう言えば、年越し蕎麦買うて来たっけ?」
「うん。昨日買ってきたわ。御節の準備もバッチリよ」
「さすがやな〜。あんたがおってくれたら、うち何もせぇへんでかまへんかも」
 ニヤリと笑うセレシュに、今度は悪魔がむっと口を尖らせる。
「あのねぇ。何でもかんでも出来ると思ったら大間違いだからね。セレシュの方がよっぽど出来る女なんだから」
「はいはい。じゃあそう言う事にしといたろ」
 セレシュは何気なく壁にかけられた時計に目を向けると、もうじき23時30分になろうとしていた。
 その時間を確認してからのそりとコタツから出て立ち上がると、悪魔が顔を上げる。
「そろそろ年越し蕎麦作っとこうかな」
 背中を丸め込ませたままキッチンへそろそろと歩いていくセレシュに、悪魔は声をかける。
「手伝おうか?」
「ん〜、ええよ。蕎麦茹でて、あっためた惣菜のてんぷら乗せたら終わりやし」
 年末くらいは手抜きの物で良いと、乾麺の蕎麦に惣菜で材料を揃えておいた。
 鍋に水を汲んで火を点けて沸いてくるのを待っている間、セレシュはほっと息を吐く。
 夏場は凄く嫌悪するキッチンも、この時期だけは火の側に立っているのが好きになる。別に部屋が寒いわけでもなくちゃんと暖房も点けているのだが、こうして火の前に立つとホッとするのだった。
 グラグラと煮えてくるお湯の暖かな湯気を感じながら蕎麦を入れてかき回しつつ、セレシュは悪魔に声をかけた。
「初詣、着物着てく?」
「それもいいけど、大変だから普通の服で良いんじゃない? それに着物だとそんな風に着膨れ出来ないから、寒がりのセレシュには向かないと思うけど?」
「それもそうやなぁ……」
 朝起きてからの、あの寒さを思うと着物で参拝するにはあまりに寒いだろうと、セレシュは思考を巡らせて唸った。
 外は雪こそ降ってはいないが、底冷えの寒さであることに間違いは無い。
 セレシュは茹で上がった面を器に盛りいれててんぷらを乗せ、小皿に漬物と薬味を添えてコタツへと戻ってくる。
「はい、おまっとさん。あっつあつにしといたで」
「ありがと」
「もうそろそろやな」
 箸を手に取りながら時計を見ると、もうじき年が明ける時間が迫っていた。
 セレシュは蕎麦にありつこうとしている悪魔をチラリとみやると、ふっと微笑む。
「今年はホンマ、あんたにはお世話になったな」
「うん?」
 悪魔は目を瞬きながら箸の手を止めてセレシュを見つめてくる。そしてすぐに微笑み返しながら頷いた。
「私も、セレシュにはお世話になったよ」
 クスクスと笑いあう二人。そうしている間にもテレビからカウントダウンが始まり、そして除夜の鐘が遠くから聞こえてきた。
「あけましておめでとう! 今年もよろしゅう頼んます!」
「こちらこそ宜しく!」
 暖かな蕎麦を食べながら、二人は新たな一年に心もほっこりと温まった。


 翌朝。セレシュと悪魔は近所の神社にやってきていた。
 普段はまばらなこの神社も、この日ばかりは沢山の人で溢れ返りなかなか参拝が出来ない状況だった。
「この日だけは大盛況やな、この神社」
「そうだね〜。意外と厄除けとかで有名な神社だから、多方面から色んな人が参拝に来るせいだよね」
 ギュウギュウと賽銭箱までの道を人にもまれながら順番を待っていたセレシュは思わず笑ってしまう。
「ものすっごい寒いはずやのに、こんだけ人に揉まれとったら全然寒ぅないなぁ」
 まさに押し競まんじゅう状態で、自然と人の体温に触れ合う形になる。
 それを見越していたセレシュは昨晩よりも薄着で参拝にやってきていたのだった。
「私、ちょっと暑いかも」
 悪魔は整えて来たはずの髪がぐちゃぐちゃになり、ゲンナリした様子で歩いている。
 ようやく順番が周ってきたセレシュと悪魔は、賽銭箱にお金を投げ入れ今年一年の無病息災を願った。
 自宅へと帰ってきたのは、昼前。二人はキッチンに並んで立ち、数日前から仕込んでいた御節とお雑煮の準備に取り掛かる。
 コタツの上にはギュウギュウに詰まった三段重。そして色々な具材が入った暖かなお雑煮が並べられた。
「さ、食べよう」
「年末年始は食べっぱなしだから、太っちゃうね」
 小皿に食べる物を取り分けながら悪魔が言うと、セレシュも同じように取り分けつつ苦笑いを浮かべる。
「せやな〜。食べる割にそんなに動かんしな」
 お正月過ぎたらダイエットに励もう。
 そんな話をしながら、二人は新たな一年を迎えたのだった。