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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


多分色々本末転倒

 その日。

 …久し振りに東京に帰って来たら、つい昨日も会ったばかりのようにあっさり依頼をされた…と言うか当然のように依頼に巻き込まれた。

 いつも通り、と言うかそうでもない、と言うかまぁどちらでもいい事なんだが、その依頼の主は――常日頃からここエレベーター無しの四階建てビル二階を事務所に営んでいる「斡旋業」を趣味と公言して憚らないラン・ファーなる傍若無人な謎の人物(?)。…いや、人物的には謎でも何でも良いんだけど。…結局俺にしてみればお馴染みの顔だし。…いつもお仕事貰ってるし。同時に何だかよくわからない事に巻き込まれる事もあるけど。…あと俺より二、三センチ背が高いのが気になるってのもあるけど。年の頃は多分俺と大差無し…いや多分少し下。性別女性。でも知らない人が見れば男にも見えると言うかそんなこんなで要するに――背丈の方も結構あるのがどうしても気にはなる。
 まぁそれはそれとして。このランちゃんが振って来る話はだいたい面白い事になる気がするから依頼が来る事自体は俺としては特に文句は無かったりする。まぁ、同時に色々な意味でとんでもない事に発展する場合も多いんだけど――ほら、ランさんてば俺よりちょっと背が高いし。…いや、それは「とんでもない事になる」理由とは直接関係無いけど。多分。うん。…でも気になるんだよ。仕方無いじゃん。え? なんか同じ話繰り返してないかって? まま、そんな事は気にしなくても。それだけ気になってるって事でテキトーに納得して流してもらえると。うん。

 で、今回の依頼内容は。

 曰く、何か知らんがこのランの持っているとある所有物を奪おうとしている輩が居るとかで、そんな情報をどんな伝手でか当のランさんが事前に入手したらしいんだけど――今日俺がここに顔を出すなり、面白そうだから迎え撃て! とかなんかいきなり振って来た、と言う事の次第。
 勿論、顔を出して早々いきなりそんな事を言われても訳がわからない――何だかんだでその後に何とか事の成り行きを聞き出しは――聞き出せはした。…ある意味、ただ普通にその辺の事柄を聞き出すだけでも一苦労だったりするんだけど――まぁ、ランちゃんとは長い付き合いにもなるし、この相手とのそんな会話もそれなりに慣れた。今現在はコツは掴めている。…多分。…いや、ちょっと自信無いとも言うけど。うん。でもまぁいつもこれでお仕事何とかなってるし。大丈夫だろう。…大丈夫な筈。多分。

 …うん、いや、まぁ、そりゃあ確かに俺は「この手」の話、得意は得意なんだけどね。そういう依頼なら俺に白羽の矢が立つのもわかるし。…いや、勿論、迎え撃てったって真正面から用心棒宜しく腕っ節の方で侵入者さんを迎え撃つのは絶対無理だし勘弁だけど、このエレベーター無しの四階建てビル自体を「侵入者を迎え撃つ為の罠だらけの要塞」にする事ならば別の話。むしろそっちならば朝飯前の得意分野である。…但し金銭面で余裕があればと注釈は付くんだけど。当然、罠を用意するにも「先立つもの」が必要になる訳なので。…罠と言うと意外とお値段張りますし。うん。

 そして今回の場合。

 …なんと、依頼主のラン様がその辺全部受け持ってくれるとの事で。最低限の必要経費どころか罠代に糸目は付けないと来た――なんと太っ腹なのか。いや実際の体型として別にラン君の腹は出てないんだけど。むしろ細身だし。…そう。腹の話をするより問題は背丈の方。ニ、三センチ俺より背が高いのがどうしても気になるくらいで。いや、だから本当にね。並ぶとちょーっとだけあの澄ました顔を見上げる感じになるのがね。うん。
 まぁとにかく、依頼遂行に当たり、罠代その他必要経費は気にする必要無しと来た。

 …となればここは俺、清水コータ様の腕の見せ所。ふふふふふ、と思わずほくそ笑んでしまうのは仕方無い。…だって気になってた仕掛けとか結構あるし。でもお値段張るから簡単に手が出せなかったものとか、使いどころが無くてお蔵入りになってたものとか意外と頭の中には知識としてストックされてるし。それらが堂々と使えるとなれば! …ここは使わない手は無いっしょ。ふふふふふ。

 さぁて、どうしてやろうかねー?



 …ちょうど良いところにちょうど良い輩が来た。

 それは「私の所有物を奪おうなどと不届きな事を考えている輩をどうしてやろうか思案していた」その時。事務所に入って来た見慣れた人物の顔を見て、この私、ラン・ファーがまず思ったのはそんな感想。そして当の「ちょうど良いところに来たちょうど良い輩」の名前はと言うと自称清水コータなる風来坊。…いや、今日は折角だからこのコータの事は父と呼んでやる事にしようか。何かそんな気分だ。そうだ、ちょうど良いところに来た褒美にそう呼ぶ事にしよう。…この私の父などとはなかなかに贅沢な話だと思うかどうか。これまたちょうど頃合いの嫌がらせにもならないか。いや、嫌がらせで贅沢をさせてどうするのか。…まぁ全然構わんが。
 そもそも父コータにとっての贅沢と言えば、ちょっとプリンでも渡しておけば事足りる。…渡さんが。そう、奴にやるプリンがあるなら私が自分で食うに決まっているだろう! 奴の所有しているプリンであっても勿論食う! ここの冷蔵庫に入っているのならば当然私の物だ!

 …さておき。まぁ何にしろ、この父コータは私の子分で手先が器用。そして実際にちょっとした特殊技能――所謂シーフ的技術を持ち合わせている男になる。RPGゲームの中でも無い今の世の中でシーフとか色々とアレな気もするが、まぁ便利は便利であるのだろう。
 実際、その技術自体も傍で見ていると面白い。鍵開けとか凝り出すと奥が深そうでもあるし機会があれば私も是非手掛けてみたいものだ。ともあれ、私の所有物を狙う輩が居るとの情報を得た時点で、迎え撃つならこいつに罠でも仕掛けさせれば色々と面白い事になりそうな気がする――事務所に入って来た父コータのその顔を見た時点で、私は当然のようにそう閃いた。

 考えてみればこの父コータとは会う事自体久々だった気がしないでも無いが、まぁその辺の事はどうでも良い話である。どうせまた何処ぞへ商品調達の名の下にあちこちをふらふらと旅していたのだろう――いつもの事である。即ち、改めて気にするようなものでも無い。今する事は――今させたい事は結局変わる事は無い。
 依頼を振って、事情も呑み込んだ――多分――時点でこの父コータは一人黙して思案している――何やら己の頭をフル回転させているのは傍で見ていてわかる。そのくらい使えそうな仕掛けの心当たりはあるのだろう。善哉善哉。…おお、勿論頭をフル回転させていると言っても物理的に独楽のようにぐるぐる回っている訳では無いぞ。それはさすがに人の首では無理だからな。身体ごと回せばありだろうが――ほら、フィギュアスケートやらであるだろう。いや、あれは体ごと回っているのだからよくよく考えれば頭だけ回っている訳では無いな。
 まぁいい。それよりこの父コータの反応はなかなかに期待が出来そうだ。きっと、「エレベーター無しの四階建てビル」と言うこの私の城に鉄壁な罠を張り巡らしてくれよう。となると、まず私の所有物の方の心配はあるまい。

 と、なれば――――――ふふふふふ。私の方でも存分に楽しんでやろうでは無いか!



 どーれーにーしーよーうーかーなーっと。

 選択肢が多いと逆にやたらと迷う事もある。…いや、迷ってるこの時間が楽しいとも言うんだけど。ふふふふふ。…いや、いつまでもこうやって罠選びに興じてる訳にも行かないんだけどね。罠設置前に侵入者とやらが来ちゃったら色々本末転倒だし。

 うーん。やっぱり金の掛かる罠って言うと赤外線センサーとか電撃とか超音波とかその手のハイテク使ってる奴だよね。さすがにどう頑張っても俺じゃ一から手製では作れない代物だし。それと単純に大道具的な奴も意外とお値段張るからこういう時の狙い目か。しこしこ手作りするのじゃなくて、どーんと買って来ちゃった方がお手軽だし頑丈だしで使い回しも利くしお役立ち♪ …って使い回す当てがあるんだろうかとふと立ち止まって考える。…そうだ、後でこっそり回収して何かの折に使おうか。…いつもラン殿に食われてるプリンの意趣返しに。俺より二、三センチ背が高いのも気に食わないし。いやホントにね。何度も言うけどどーしても凄く気になるんだよね。うん。

 …まぁそれはそれとして。あんまり迷っててもしょうがないから、これとこれとこれ、っと適当に見繕ってー、あ、罠のサイズも気にしないとね。設置場所に適切に設置出来なかったら本末転倒だし。
 えーと。仕掛け甲斐があるのはまず扉やら窓やらの、表から直接入って来れる「入り口に出来る」場所。そこから波状攻撃で作動するように奥に向かって連続で幾つか設置。こことこことここ…侵入者にしてみれば多分だいたいこの時点で嫌になって引き返すと思うけど…駄目押しは必要だよね? って訳で、各階どころか四階ランの私室――部屋の中にももっと色々仕掛けて良いよね? 何ならランちゃん巻き込んじゃうかもしれないような場所でも全然構わないよね? って言うかむしろ一度くらい罠に巻き込まれればいいのにね? 俺より二、三センチ背が高いんだから。…折角の機会だし、そのくらいの意趣返し的な役得あって良いと思う。うん。

 そんな訳で、俺はランさんにも罠の設置場所を言わないままで、こっそりとエレベーター無しの四階建てビルに籠城。…いや、それ以前に今現在なんでランの姿が見えないんだろう。今このビル内を素人が下手にうろうろしたら設置した罠に掛かり兼ねないんだけど――いや、別にランちゃんの方で掛かりたいなら掛かれば良いんだけど。むしろ歓迎。
 でも、当の依頼主が不在となるとそれはそれで落ち着かない。…居たら居たで違う意味で落ち着かないんだけど――って事はどっちでも大差無いのか。…いや、変な方向に思考が麻痺してないか俺。「落ち着かない」の内訳が前者と後者で随分違う事になるんじゃなかろうか。前者は依頼的な意味で――目を離すと何を仕出かすかわからないから依頼遂行に支障が出ないかと心配になる意味で落ち着かない訳で、そして後者は当人の性質的な意味で――目の前で頓狂な言動に出られた場合に、こちらはどう理解しどう反応すべきかを適宜考えなければならないと言う心の負担が増える為に落ち着かない訳で。
 …ん? 結局どっちも「ランくんが何するかわからない」から落ち着かないって事になるよね? となると別の意味でも無いか。…て言うかこんな事考え込んでる時点で、ある意味、俺ってば既にパニクってる事になるかもしれないよね? だって今の状況、ランは別の安全な場所で待機しているか――勿論事前に打ち合わせとかした上で打ち合わせた場所に、と言う意味で――、もしくは俺に付いて回って成り行きでこのビルの最奥で一緒に籠城するかのどっちかが普通の対応になると思うんだけど。そしてランちゃんの性格上――面白くなりそうな事を放ったらかしにする事はまず有り得ないから、この二択なら「俺と一緒に籠城」と言う行動の方を選択するとは思う。…実際、何処か別の場所で待機してるとかの打ち合わせはしてないし。

 が、今現在この場に居ない事は確か。
 なら、ラン君は普通の対応はしていない、と言う事になる。…まぁ、想定内と言えばそれもそうなのだが。殊、ラン嬢に普通の対応を望む方が間違っていると俺も俺で日々実感している。

 なので、はて今ランさんは何処で何をしているのやら、と各所に設置した監視カメラのモニタ――これも依頼遂行の為に調達した――を何となく確認。ランの姿を捜すだけ捜す――と。

 …何故か一階喫茶店に居た。



 エレベーター無しの四階建てビル屋内一階喫茶店、取り敢えず周辺の見た目に変化は無い。

 その時点で、ふむ、と思案する。…さすが父コータ。侵入者にすぐそれとわかるような罠は張っておらんようだ…が、作動しないとなるとそれもそれでつまらん。折角仕掛けたのだ。どうせならば全部作動させるべきだろう。そうでもしなければ罠がかわいそうじゃないか。例え侵入者がその罠に掛からずとも。…そんな使命感に駆られて私は自らここまで出向いている。さて、ならばまずはどうするか。…何なら罠が作動しそうな事をわざとしてみようか。何だかんだでどんな罠を仕掛けたのかも聞いておらんし。…わざと聞かなかったとも言うが。ほら、話の上で聞くより、実際自分で確かめた方がより面白かろう。と言うより、仕掛けた当人からその辺の話を聞いてしまってはテストのカンニングでもしているようで何だかずるいではないか。面白みも半減するし。
 …と、そんな訳で、私もどんな罠が何処に仕掛けられているのかは知らない。知らないが――興味津々でもある。奴が金に糸目を付けず罠を張り巡らせたらどうなるか。今回の件ではむしろそっちの方こそが気になっている。…いや勿論、奪われては困る「私の秘密の所有物」の方が無事であってこそ、ではあるが。あくまでそちらが優先と言うか大前提。その上で、遊ぶ余地があればなお良し、と言ったところ。

 …つらつらとそんな事を考えていたところで。
 不意に妙な音がした。

 何事かとその音がした方へと急ぎ出向いてみれば――喫茶店のバックヤードにある窓の縁をおもむろに跨いだ状態で、妙な格好で固まっていると言うか硬直していると思しき見覚えの無い人物の姿が。多分侵入者。が、私が姿を見せてもその侵入者の様子に変化は無い。私に気付いた様子も無い。どうしたのかと近寄ってみる。すぐ側まで来て遠慮無くじーっと観察。それでも侵入者は動かない。…ふと気付いて、いつもの扇子で侵入者が跨いでいる窓枠をちょいと叩いてみた。びり、と瞬間火花が散る。その時点で何となく察しが付いた。多分、電流が流してある。

 ほお、感電して固まっていると言う事か。思い、感心して侵入者のその姿を改めてまじまじ。勿論、ヤバげなのは一目瞭然なので触りはしない。感電中のその様子を暫く眺めてから、扇子の先を侵入者の襟首に引っ掛けてそのまま身体を持ち上げ、部屋の中へぽいっと放り出す――侵入者の身体を床に転がしてみる。その時点で何かがカチリと鳴った気がしたが、まぁ気にする事でも無かろう。
 実際、そこまでやって漸く、うう、と侵入者から呻き声と言う新たな反応が出た。…ふむ。やっと動き出したか。こんなところで諦められては次の罠が見れないのでな。もう少し頑張って欲しいのだがどうか。結構本気でそう説得してみるが――この侵入者の耳にきちんと聞こえているかはいまいちはっきりしない。…人の話はきちんと聞かねば嫌われるぞ?
 と、切々と説いているそこで、侵入者はいきなり吐き気でも催したように唐突に嗚咽をし始めた。何だ何を吐くんだ。どうした――と疑問に思っていたら、私の方でも何やら軽い頭痛がして来た気がした。はて何事かと思う――タイミングや状況からして侵入者の吐き気と同じ原因のような気がしてならない。先程の「カチリ」がスイッチか何かだったのだろうか。となるとこれも父コータの張った罠なのかもしれない。だが何だ。何の罠なのか。そこがわからない――気持ちが悪くなったり頭痛がする罠。…音か? 音なのか――? 思った時点で、取り敢えず私は自慢の喉を披露する事にした。

 歌っていたら何やら頭痛が消えた。普通なら酸欠とかで悪化しそうな気がしないでも無いが、音が原因か? と疑ったのは当たりだったよう。ふふふ、さすが私。罠の見極めも冴えている。侵入者もついでに回復し元気になった。ふはははは、父コータよ、破れたり! この私に音で抗しようとは片腹痛いわ!
 さて、お次はどんな罠が出てくるか。楽しみにしつつ侵入者を引き連れ先へと進む――いや、進もうとしたところで、またも侵入者が感電して硬直していた。扉の縁。…どうやらここにも電流が流してあったらしい――私は引っ掛からなかったのだが。…何故そう易々と掛かりまくるのか。
 ふむ、どうやら扉と言う扉、窓と言う窓の枠に容赦無く電流が流してあるようだな。攻略するには気を付けねばならんぞ――忠告しつつ私はまた扇子の先で侵入者を救出し、今度こそ先へと進む。…その時点で侵入者の顔は何やら真っ青、酷く帰りたがっている様子にも見えたが――わざわざ侵入しておきながらもう帰るとは根性が無さ過ぎるぞと発破を掛けておく。…そして、まだまだ父コータの罠もたくさん用意されているだろうし、作動させなければ勿体無いではないかとごく当たり前の事を伝えておく。…そうしたら侵入者は何やら怯えてさえいたようだったのだが…何を怯えているのか私には理解出来ない。今、何か怯えるような話があっただろうか?

 軽く疑問に思いつつ、私は意気揚々と足を進める――進めようとしたところで、今度は何やら唐突に赤い霧が発生――したかと思うと何かに刺されたように目や鼻や喉が異様に痛くなって来た。当然、私は、ぐわあああ、と転げ回って絶叫しつつ、ここは私に任せてお前は先に行け! と侵入者に言って――単に機会があれば言ってみたかっただけだ――先へと進ませる。
 と、気が進まないようながらも侵入者は意外と素直に進んでくれた。…私の発破が効いたのかもしれない。うむ。素直なのは良い事だ。…今もなお目や鼻や喉が筆舌に尽くし難く痛い事は痛いが、まぁ水で顔でも洗えば幾らかは改善するだろう。これは恐らく唐辛子スプレーか何かかもしれない――いつの間にか父コータの設置した罠が作動していたようだ。今、何かのギミックに引っ掛かったような気はしなかったのだが。さて。

 私の言った通りに先に行く侵入者。が、ほんの数歩も行かない内に、今度はそちらもそちらでまた別の謎の霧が噴き付けられていた。かと思えばその霧は粘度の高い液体と化し、何やら侵入者の身にべったりと付着している――しかもその液体からとんでもない悪臭が発されている。
 …これまた何かの罠が作動していたようだ。ううむ、幾分唐辛子スプレーの効果が内輪になったかと思いきや、それでもまた鼻が曲がりそうな事態になっているではないか――思う間にも、その時点で侵入者は見るからに戦意喪失。…悪臭を放つ液体べったりで立ち尽くしたその状態で、何やら身も世も恥も外聞も無く途方に暮れたようにして泣き出してまでいた。そしてもうやだ帰ると駄々っ子のように騒ぎ出し――そんな甘っちょろい反応をされてしまっては私としては非常に不本意なのだが。
 そう、何を言っているのだ。わざわざ侵入しておきながらこの程度で諦めるのか!? 私は駄々を捏ねる侵入者をまだまだ励まし続ける。…くう、ここまでするか父コータ。それでも私は負けんぞ。無論この侵入者もまだまだ負けぬ! そうだな侵入者! この程度で負けるようならそもそも私の所有物を狙うなどと言う無謀な事は考えるまい。まだまだ先へ進むと言う覚悟があって然るべき。
 さぁ冒険はこれからだ! そして私は少々洗顔に行って来る。その間に逃げたら承知せんぞ、お前は一人でも次から次へと繰り出される罠に挑み続けるのだ! さぁ行け! 勇者よ! このエレベーター無しの四階建てビルと言う罠が張り巡らされたダンジョンを攻略するのだ!



 …。

 …えーと、なんでランさんそんなところに居るのかな。わざわざ侵入者のとこ行ってるのかな。…それも折角電流の罠に掛かって感電してる侵入者助けてるし。
 つーかなんでランちゃんてば電流の罠に掛からないのかな。縁に触らないだけか。さすが運が良いな。…勘が良いのかな。よしそこで触れ! …ちっ。掛からなかったか――って言っても今侵入者を救いがてら放り投げた時点でちょうど次の罠のスイッチ入ってるね。発生すると気持ち悪くさせたり頭痛くさせたりする効果がある可聴音域外の超音波…今度こそランも巻き込めたかなぁ…ってなんでランちゃんてばいきなり歌い出すんだ!? もう罠が読まれたのか!? なんだあのドヤ顔!? くそうやっぱり読まれてんな…!

 でもその先も当然罠だらけなんだけどランってば全然気にする気がねーのね。…いや、まぁそこの廊下に連続で仕掛けたのは赤外線センサーで作動するようにしてある奴だから引っ掛かっても気付かないだろうとは思うけど。でもあれだけ空間があれば何かありそうだって思わないもんかね…ってよーしよしよしよし掛かった掛かった! やった! うお、あのランが涙流して転げ回ってる! 最高ッ!

 …って。いや、「ここは私に任せてお前は先に行け」って何。…そもそも俺今なんでここで罠仕掛けてたんだっけ? ランちゃんの依頼でだよね? なのになんで侵入者の味方やってんのかな? 本末転倒じゃん。奪われちゃ困る「とある所有物」の方はどうしたんだっつの。むしろランさんてば嬉々として罠に挑んでるし――ってダンジョン探索のRPGゲームか何かと思ってないかあれ。当分取れない悪臭の方被っちゃってやる気喪失してる侵入者に向けた煽り文句がどうにもそんな気が。で、自分は洗顔? …させるか。ひょっとするとそー来るかもって思ってそっから一番近くの水場にだって別の罠は張ってある…ふふふ、さぁてお手並拝見と行こうか。
 んで、侵入者の方は…それでも一応、ランくんに言われたからか奥に進む事は進むのね。なんか侵入者なのに律儀だなー。…。…ってあーあ、そこ作動させちゃった? て事はもうダメだなこれ。あの侵入者はここでリタイアっと。よーし。みっしょんこんぷりーと。

 …となると、あとはランだけ。

 唐辛子スプレー食らっても全然へこたれてないのは逆にちょっと凄い気もするけど、事ここに至ればそんな事を感心している場合じゃない。ここはあのランにぎゃふんと言わせてやりたい! …いや、ランに限らず「ぎゃふん」なんて実際耳にした事無いけど。…なんで「ぎゃふんと言わせる」なんて言い回しがあるのやら。何なんだろうね、これ。ふと気になっちゃうといつまでも頭に残ったりするけどあんまり意味は無い。

 まぁいいや、とにかくモニターモニター。今度はランさんロックオン。

 …何かどーにも目的が変わって来てる気もするけど、折角だからこのままやろう。仕掛けた罠が勿体無いし、結局こうなってる以上は依頼主の意向にもなるんだろうし。他にもまだ同じような侵入者が来るかもしれないし、来ないかもしれないし。取り敢えず「とある所有物」目当ての連中が懲りてくれれば事前に振って来られてた依頼の方は完遂になる筈。

 そして残るは、ランとのガチンコ勝負のみ!

 …ってまぁ、うん、多分色々本末転倒なのはわかってるんだけどね。

【了】