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某月某日 明日は晴れると良い
コネクション
それはある日、午前中からフェイトが草間興信所へと足を向けた時の事であった。
「こないだは小太郎のヤツに引っ掻き回されて、まともに挨拶どころか顔を合わせることも出来なかったしなぁ」
そんな事を呟きつつ、やってきたのは雑居ビル。興信所が入っているビルの入り口であった。
しかし、今になって少し不安になる。
フェイトは自分が工藤勇太である事を隠している。それは武彦にも教えていない。
彼の正体を知っている人間は極僅か。小太郎もそのうちの一人であるが、彼には口止めをしている。
こんな状況のまま、草間興信所に挨拶をしに行って、なにか意味があるのだろうか。
「いや、エージェントとして活動するのにも、興信所と面通ししておくのは有益な事だ。これも仕事を有利に回すためだと思えば……」
そうやって自分を納得させつつ、フェイトは雑居ビルの階段を一段登る。
――と、同時にすぐ上にある興信所のドアが開いた。
「お、勇太じゃん」
「……また、なんてタイミングで顔を出すんだ、お前は」
現れたのは小太郎。
フェイトが少年から青年に成長したと同じように、彼もまた青年へと成長している。
立ち振る舞いは変わらないが、体躯だけは立派になったものだ。
「今日はどうしたんだよ? また草間さんに挨拶しに来たのか?」
「そうだよ。草間さんはいるのか?」
「お前もタイミング悪いねぇ。今日も出かけてるよ」
「マジかよ……今度は先に電話かけてアポ取った方がいいのか?」
「その方が確実かもな」
前回もそうであったが、武彦はどうやら最近、興信所を空ける事が多いらしい。
その留守を守っているのが小太郎と零であるのだが、いつでも閑古鳥の鳴いている興信所では小太郎でも留守番が務まるのだろう。
仮に小太郎がヘマをしても、零が何とかバックアップをしてくれるという寸法だ。
「お前、信用されてるのかされてないのか、よくわからんな」
「何をいきなり……」
訝るような哀れむような微妙な視線を向けると、小太郎は警戒したように退いた。
「で、お前は今からどこに行くんだよ?」
興信所から出てきた小太郎に尋ねると、彼は財布を見せる。
「草間さんのお使いだよ。なんか、タバコがなくなったとかで」
「草間さん、出かけてるんだろ? ついでに買ってくれば良いじゃん?」
「そう思うよなぁ? でもこれが、俺にツケさせて踏み倒すつもりなんだよ。狡いやり方だぜ、全く」
そうは零しつつも、律儀に買ってくるところ辺り、小太郎もかなり飼い慣らされているようであった。
「近くのコンビニまで行くけど、勇太はどうする?」
「んー、折角だし、ついて行こうか。適当に飲み物でも買って……ん?」
その時、フェイトの携帯電話が鳴る。
ディスプレイを見ると、ついこないだ、連絡先を交換したばかりの女性からだった。
「お? 電話? 誰から?」
「人の携帯電話を覗くんじゃない。ユリからだよ」
「……ユリ!?」
かなり近しい人物の名を聞いて、小太郎は目を丸くしていた。
……のだが、すぐに手を打つ。
「そーか。二人ともエージェントだもんな」
「そうだよ。ついでに言うなら、一応、ユリは俺の先輩になる」
中学生の頃からエージェントとして働いているユリ。
数年前にエージェントになったフェイト。
同年代でありながら、その勤務時間には結構な隔たりがある。
「なるほど、勇太はユリの後輩なのか。考えてみればそうだよなぁ」
「何を感慨深げに……」
フムフム唸りながら頷く小太郎を放っておき、フェイトは電話に出る。
「はい、もしもし?」
『……フェイトさんですか? 今、どこにいます?』
「今ですか? 草間興信所の前です。挨拶に来たんですが、空振りでしたよ」
電話の向こうは既知の友人ではあるが、一応は先輩。
とりあえず形だけでも敬意を払って、敬語を使う。社会人としては常識である。
『……そうですか。興信所……思ったより遠いですが、大丈夫でしょう』
「何の話ですか?」
『……今からそっちに迎えを寄越します。すぐに応援に来てください』
「応援? 何か、事件ですか? 俺に直に言うよりも、本部に言った方が……」
『……大層な案件ではありません。ですが、私たちだけでは少し手に余ります。よって、あなたに白羽の矢が立ったのです』
要は、簡単に捕まる人手としてフェイトが選ばれたというわけだ。
「勘違いかもしれませんが、俺を暇人か何かだと思ってませんか?」
『……今はお仕事ではないんでしょう?』
「今はそうですけど――」
『……だったら先輩のお願いくらい、聞いてくれてもいいですよね?』
なにやら反論を封じられたような気がする。
これは、小太郎も苦労していそうだな、とすら思った。
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と言うわけで、雑居ビルの前で待っていること、しばし。
一台の乗用車がビルの前に停車した。
「君がフェイトくん?」
運転席から顔を出したのは、男。
その顔を見て、小太郎が手を振る。
「お、麻生さんじゃん。元気そうで」
「小太郎くんかい? フェイトくんとは知り合いなのか?」
「まぁね」
どうやら小太郎とは知り合いらしいその男。
だが、フェイトは知らない。ユリと顔合わせした時も、この男はいなかったような気がする。
「小太郎、誰だ、コイツ」
「一応、ユリのバディらしいんだけど。もう有名無実だな。ユリは一人で働いてるし」
「へぇ、名前は?」
「麻生真昼。とんでもないデクのボウって話だ」
ニヤニヤと笑っている小太郎。
小太郎にまでそう言われるとなると、相当ダメと言う事なのだろう。
一瞬にして、この事件の解決が難航しそうな気がしてきた。
「俺がフェイトです。あなたが迎えですか?」
「そうです。僕は麻生真昼。よろしく。すぐに乗ってくれ。移動しながら概要を話すよ」
そう言われてフェイトは助手席のドアを開け――小太郎は後部座席のドアを開けた。
「おい、小太郎。なんでナチュラルについて来ようとしてるんだ」
「え? 面白そうじゃん?」
ニヤニヤ顔を崩さず、小太郎は後部座席に乗りこんだ。
「こないだは、ゆ……フェイトにも俺の仕事を手伝ってもらったしなぁ。そのお返しって事で」
「お前、そんな事、微塵も考えてないだろ」
「いいから、早く乗ってくれ!」
麻生に急かされ、フェイトも助手席に乗る。
小太郎にしては珍しく、気を利かせて呼び名を変えた事に免じて、同行を許してやる事としよう。
「現場は近くにある廃ビルでね。そこで妙な儀式が行われていたんだ」
「妙な儀式? 東京のど真ん中で度胸あるな」
とは言いつつ、しかしとも思う。
東京は既に魔都と呼ばれて久しい。
そんな都市の真ん中でどんな儀式が行われていようと、気にする人間の方が少数か。
「で、そこで行われていたのが、反魂の儀式でね」
「死人を生き返らせようと? そりゃ大掛かりな儀式になったんじゃないですか?」
「いや、それがね。小規模に収めようとして失敗したらしいんだよね」
大きな効果を得ようとするならば、その儀式の規模もかなり大きくなる。
儀式に使う場所は広く、捧げる供物などは多く必要になるわけだ。
しかし、それをケチって儀式を強行してしまったため、当然の如く失敗してしまったのだろう。
「結果的に、廃ビルの一角に悪霊が大挙してしまったんだよ」
「ユリさんと麻生さんの二人でどうにかなる規模なんですか?」
「ちょっと厳しいね。儀式の行使者は一人だったから、本当は儀式が行われる前に止めようと思ってたんだけど、ちょっと手違いでね」
魔術師が大仰な儀式を行おうとしたのだ。
現場には幾重にも罠が仕掛けられていたに違いない。
エージェント二人ではそれを突破するのに時間がかかってしまったという事か。
そんな風に一人で納得していると、後ろの座席から小太郎の声が聞こえる。
「フェイト。難しい顔をしてると、後で疲れる事になるぞ」
「どういう意味だよ?」
「まぁ、後々わかるさ」
意味深な小太郎の台詞であったが、気にせず確認事項に移ろう。
「それで、麻生さん。こちらに何か武器は?」
「トランクに拳銃とマガジンが幾つか。他にも幾つかあるけど……あまり大層なものは持って来れなかったんだよね」
「それなら多分、大丈夫です。変に大きなものより、拳銃の方が扱いに慣れてますし」
一応、私物である拳銃も持って来ているが、換えのマガジンはない。
マガジン一本では流石に大量の悪霊とやら相手にするのに心許ない。
「小太郎くんはどうする? 何か必要かな?」
「麻生さん、俺のスタイル知ってるだろ? テッポなんかに頼るわけないじゃん」
ふてぶてしい態度の小太郎であるが、確かに彼の戦闘スタイルであれば拳銃はいらないだろう。
むしろ扱いになれていない人間が銃器を持つ方が危険だ。
「じゃあ、現場に急行するよ」
そう言って、麻生はアクセルを踏み込んだ。
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と、勇んで車を加速させたは良いものの、結局現場に到着したのは予定よりかなり遅れてからだった。
「なんでこんな近くの廃ビルに来るのに、こんなに時間がかかってるんだ……」
興信所からでも直線距離にして大した距離ではないはずなのに、時計を見るとかなり時間が経っている。
フェイトは気疲れしたかのように肩を落として車を降りる。
「いやぁ、すみません。少し迷ってしまったみたいで」
「少しってレベルじゃねーぞ」
頭をかいて苦笑する麻生に、小太郎が突っ込みを入れていた。
フェイトも、もう少し元気があれば小言の一つでも言ってやりたいぐらいだ。
もしかしたら、儀式の発動を阻止できなかったのは魔術師の仕掛けた罠などではなく、麻生がハンドルを握っていたからではなかろうか。
いや、ここでそれを論っても仕方ない。
「それで、ユリさんは大丈夫なんですか?」
「ユリなら大丈夫だろうけど……中の状況は気になるな」
フェイトと小太郎に言われ、麻生が通信機を取り出す。
ある程度、妨害も無効化する特殊な機器である。携帯電話よりは信用が置ける。
「ユリさん、大丈夫ですか?」
『……麻生さんですか。私が思ったより大分早くつきましたね』
「そうですか? ちょっと遅れたと思ったんですけど」
『……皮肉です。まともに受け取らないで下さい』
通信機から漏れ聞こえてくるユリの声が、かなり刺々しい。
「なぁ、小太郎。もしかしてユリって、麻生さんの事が嫌いなのか?」
「あのとぼけたスペックの野郎とバディ組んでるんだぜ? そりゃ嫌にもなるだろうよ」
ということは、車で迷ったのは偶然などではなく、平常運転と言う事だろうか。
だとしたなら、ユリの苦労が窺い知れる。
『……こちらは現在、敵と交戦中。儀式を行っていた魔術師は確保できず。恐らく儀式を行っていた場所で気絶しています』
「敵の数は?」
『……嬉しいやら悲しいやら、一体ですよ』
麻生の情報では大量の悪霊、と教えられていたが、どうやら数が減ったらしい。
「ユリさんが倒したんですか?」
『……それなら良かったんですが、先方、合体できるようで』
「合体、したんですか?」
『……蘇そうとしていた死体を触媒に、強力なレギオンが出来上がりましたよ』
ユリが『嬉しいやら、悲しいやら』と言ったのはそういう理由だろう。
多数を相手にするのは難しいが、強力な一個体と言うのも難敵である。
どちらが良い、とは一概に言えまい。
『……そちらの首尾はどうです? フェイトさんを拾えましたか?』
「ええ、フェイトさん」
麻生に通信機を渡され、それを受け取る。
「こちらフェイト。ユリさん、応援に来ましたよ」
『……ありがとうございます。私は廃ビルの六階にいます。敵も近くに』
「わかりました。すぐに向かいますので、頑張ってください」
『……出来るだけ早くお願いします。麻生さんは放っておいてもいいので』
何気に酷い事を言う。
普段のユリなら他人に気遣う事が出来るはずだが、麻生ばかりはその範疇ではないという事か。
「あ、あと、小太郎も連れてきましたよ」
『……小太郎くんも?』
「ええ、百人力でしょ?」
『……まぁ、人手は多い方が良いです』
照れ隠しか、少しぶっきらぼうになった言い方だった。
通信を終え、三人は廃ビルの前で準備も終える。
車に積んでいた銃器を取り出し、
「さて、じゃあ突入しましょうか!」
フェイトの号令で全員が廃ビルへと侵入した。
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ビルの中はヒヤリとした空気が支配している。
たまに地響きのような物音が聞こえてくるが、恐らくこれは上階で戦っているユリと悪霊とやらの戦闘音だろう。
「もう始まってるな」
「早く行かないと、ユリさんが危ないかもしれませんね!」
「誰の所為で遅れたと思ってるんだ……」
キリッと決めている麻生の言葉に、冷たい小太郎のツッコミが刺さっていた。
廃ビルなので、当然エレベーターなどは動いていない。
階段を上りながら、次第に大きくなってくる物音を頼りに現場へと向かう一行。
ようやっと六階へ上ってくると、廊下のいたるところに深い穴が開いていた。
「コンクリに穴を開けるレベルか。悪霊ってのはかなり強力っぽいな」
「流石にユリさんの力……ではないよね」
「アンタはユリの能力を何だと思ってるんだ」
穴を真剣に眺めながら呟く麻生に、やはり小太郎の物言いは冷たい。
そんな二人のやり取りの合間に、銃声とコンクリを殴る音が響いてくる。
「近いな。二人とも、行くぞ」
「はいよ」「了解」
廊下を転がりながら、敵の攻撃を避けるユリ。
腐った身体から繰り出されているとは思えない程の一撃は、かすっただけでもかなりのダメージを受けるだろう。
「……一撃も食らえませんか。その上で能力を使わないとなると、かなり難しいですか」
物陰に身を隠しながら、ユリは汗を拭う。
現在、彼女の武器は拳銃が一丁のみ。装填されているマガジンには数発の銃弾が残るのみ。
そして、彼女は個人的な訓練として能力を使わずに敵を制圧する方法を模索しているのだった。
確かにユリの能力は強力だ。ことさらに、超能力や幽霊、霊魂などを相手取れば致命的なダメージを与えられると言っても良い。
だが、そこにあぐらをかいてしまっては自己を高めるなど夢のまた夢、と言うことで、能力以外のスキルを上げようとしているわけである。
「……触媒になっているあの死体を破壊すれば、悪霊は霧散すると思うんですが」
死体はかなり腐食している。
銃弾を数発当てれば部位欠損は出来るだろう。その調子で悪霊が取り付く余裕がないほど破壊してしまえば、あのレギオンは瓦解するはずだ。
だが、問題はあの悪霊が強力なサイコキネシスを扱うほどの力を持っていることだ。
弾道が捻じ曲げられ、死体に銃弾が当たらないのだ。
「……どうにかしないと、ジリ貧ですね」
銃弾の残りは少ない。考えて戦わないと、結局能力に頼らずにはいられないだろう。
打開策を速めに思いつかねばならない。
――と、その時。
「ユリさん、援軍に来たぞ!」
廊下に響いて、フェイトの声が聞こえてきた。
「なんだあれ、死体が浮いてるぞ!?」
「随分強力なサイコキネシスを持ち合わせてるみたいだな」
驚く小太郎に、フェイトは冷静に分析する。
廊下の向こうに、一人で空中に浮いている死体を確認したのだ。
死体自体はかなり腐っているように見えるが、アレがブラブラと四肢を揺らしながら飛び回っているのはかなりホラーである。
「あれってサイコキネシスで浮いてるのか?」
「そうらしい。俺も嫌だが、同種の能力の臭いがするよ」
死体や悪霊と同じ能力、と言うのは多少の嫌悪感を覚えたりもするが、それで萎えていても仕方ない。
「まずはユリさんと合流しましょう。僕が敵をひきつけますので、二人はそのうちに、ユリさんを探してください」
「麻生さん、大丈夫なんですか?」
「ええ、ユリさんにもよく言われますが、他人のヘイトを集めるのは得意らしいんです」
良い笑顔でそう言う麻生。
どうやら彼の言動がヘイトを集めている事は、本人としては自覚がないらしい。
「じゃ、じゃあ頼みます」
「ええ、お任せあれ!」
物陰から飛び出し、死体を引き連れていく麻生。どうやら囮としては役に立っているらしい。
「じゃあ、この隙にユリと合流しようぜ、勇太」
「他人がいなくなった途端に呼び方が戻るのかよ……」
呆れつつも先行した小太郎を追って、フェイトもユリのいる方へと駆け出した。
「……小太郎くん、フェイトさん」
物陰に隠れていたユリと合流する。
「ユリ、怪我はないか?」
「……大丈夫です。あの程度の相手に遅れは取りませんよ」
小太郎の気遣いにユリは笑顔で答える。
そんな二人を見つつ、フェイトはマガジンを取り出した。
「これ、変えのマガジンです。麻生さんの車から取ってきたので、多分規格もあってると思うんですが」
「……ありがとうございます。残弾が少なくて困ってた所です」
マガジンを受け取り、ユリは上着のポケットにそれを入れた。
「さて、じゃああの死体をやっつける方法を練ろうか」
準備も終わった所で、早速対策を練る事にする。
「……あの死体は取り憑いてる悪霊によって、強力なサイコキネシスを発生させてます。それによって銃弾が避けられてしまうんです」
「じゃあ、小太郎の近接攻撃で攻めるってのはどうですか?」
「俺の剣がサイコキネシスとやらに弾かれないといいけどな」
確かに、銃弾を曲げるほどのサイコキネシスとなると、小太郎の霊剣にも影響しそうな気がする。
それどころか、死体を浮遊させる程度の力である。小太郎の身体だってブン投げられるだろう。
「……物理的に死体を傷つける方法は悪くないと思うんです。なので、敵のサイコキネシスを無力化できれば良いんですが」
「最悪、ユリの能力に頼る事になるな」
ユリの自主訓練の内容を知っている小太郎としては、出来ればユリの力に頼りたくはないらしい。
とりあえず、ユリの能力に頼るのは最後の手段にしておこう。
「そうだな、俺のサイコキネシスをぶつければ、どうにか相殺できないだろうか?」
「そんな事できるのか?」
「うーん、五分五分かなぁ。成功するかしないかは、ちょっとやってみないと」
以前に他人のサイコキネシスに自分のサイコキネシスをぶつけて相殺した事はある。
ただ、あれは夢の中の出来事だったような気がするし、現実でその現象が再現されるかどうかは定かでない。
「まぁ、多分何とかなるんじゃないか?」
「そんな不確かなスタンスで大丈夫なのかよ……」
「じゃあ何か代案をどうぞ?」
「……それで良いです」
閉口した小太郎は、渋々ながら頷く。
ユリもその方針で何も問題ないようで、特に反論してこなかった。
「じゃあ、麻生さんを追いかけましょう。早くしないと、彼一人では手に余るかもしれない」
「……いっそ適当に大怪我を負ってくれれば良いんですけど」
「何か言いました?」
「……いえ」
なにやら黒い発言が聞こえたような気がしたが、とりあえず気のせいにしておく事にしよう。
どっかんどっかんと壁を穿つ音の聞こえる方へとやってくると、案の定、麻生と死体が追いかけっこをしていた。
「……あの死体、どうやって壁を掘るほどの攻撃をしているのかと思ったら、実際に壁を叩いているのはサイコキネシスなんですね」
「そんな冷静な分析してる場合!? 麻生さん、結構ヤバそうだけど!?」
顎を押さえながらフムフム唸るユリを前に、フェイトは突っ込みを入れざるを得なかった。
何しろ、麻生は息も切れ切れ、死体の攻撃を紙一重で避け続けているのだ。
下手をしたら次の一発が当たらないとも限らない。
「腕にサイコキネシスを纏い、それによって攻撃力を増しているのか。死体ながら考えているな」
「小太郎まで何乗っかっちゃってんの!? 助けないの!?」
「いや、助けるけどさ。そういう分析も大事だぜ?」
「そりゃそうかもしれないけど!」
「……仕方ない、フェイトさん。お願いします」
「仕方ないって言った!?」
小太郎とユリのコンビの相手に疲れながらも、フェイトはサイコキネシスを操る。
小太郎の見鬼の力によって、死体が纏っているサイコキネシスの範囲はわかっている。
その視界をフェイトとリンクする事によって、的確にサイコキネシスをぶつけてやろう、と言う作戦である。
そして、サイコキネシスを相殺した所に、ユリが銃弾をぶち込んでフィニッシュと言う算段だ。
「……こちらの準備はいいですよ。始めてください」
「了解っと」
ユリに言われて、フェイトは死体の死角であろう方向から、サイコキネシスの塊を飛ばす。
球状になったサイコキネシスは周りの景色を歪めるほどの力を持って、死体へと突進する。
そして、その球状のサイコキネシスが死体にぶつかろうか、という時。
バチン、と炸裂音がしてフェイトのサイコキネシスが消える。
「ユリ、今だ!」
小太郎が叫ぶ。彼の目、そしてリンクしているフェイトの目にも、死体のサイコキネシスが消えたのが確認できた。
声を聞くとほぼ同時、ユリは照準をつけていた拳銃で死体を狙い撃ちする。
引き金が引かれ、銃口からは煙を吐き出しながら銃弾が飛び出す。
弾は何かに阻害される事もなく、真っ直ぐに死体へと飛び、その腐った肉を弾き飛ばした。
「当たった!」
「……まだまだいきますよ!」
ほぼブレのない射撃体勢から、ユリは二発目、三発目と立て続けに引き金を引く。
容赦のない銃弾の連撃が死体を襲い、その身体を抉っていく。
……だが、
「しまった、サイコキネシスの再発生が早い!」
小太郎の目が捉える。
死体はこちらを振り返りながら、サイコキネシスを再発生させている。
「フェイト! こっちもサイコキネシスだ!」
「わかってるよ!」
小太郎に言われる前に、フェイトは自分のサイコキネシスを再発生させる。
そして、すぐさま打ち出す。
発射されたサイコキネシスは、また死体にぶつかるだろう、と思われたのだが……。
「なっ!?」
「向こうもサイコキネシスを発射したぞ!?」
驚く事に、死体の方もサイコキネシスを射出。
フェイトのサイコキネシスとぶつかって相殺された。
結果、死体の纏っているバリアは健在である。
「……これでは銃弾が届きません」
「死体のクセに小賢しい……」
「……それに、あれほど再発生が早いとなると、次にバリアを剥がしたとしても私の射撃速度では死体をばらばらにするのは難しいです」
死体をバラバラにしなければ、悪霊の触媒としては機能を保ったままだ。
何とか速めに処理しないと、消耗戦になればどう転がるかわからない。
「でも、俺だって手伝おうにもサイコキネシスを操りながら射撃は難しいですよ?」
「俺は銃なんか使えないし、近付くのも難しそうだしな」
「……全く、男連中は役に立たない」
顔を歪ませ、唾棄するように呟くユリ。
そこまで言わなくても、とは思わなくもないが……。
「男連中、と言えば、もう一人忘れてると思ったんですけど」
「……あの男の事は頭数に入れないほうがいいです」
「酷い言い方ですね……」
最早名前すら読んでもらえない麻生に、少しの憐憫が湧いた。
「……とにかく、バリアを剥がしながら、死体を破壊します。フェイトさんはサイコキネシスを打ちまくってください」
「それでどうにかなりますかね?」
「……どうにかします。ですから、バリアの方、しっかり剥がしてくださいよ」
「了解」
無根拠ではあったが、ユリの言葉にはどこか信用できそうな感じを覚えた。
ならば、それに乗っかってみるのも一興である。
「小太郎、ちゃんとフォローしろよ!」
「わかってる。フェイトこそ、外すんじゃねーぞ!」
お互いに声を掛け合い、小太郎はフェイトとの視界リンクを強くする。
フェイトはそれを頼りに狙いをつけ、サイコキネシスを打ち出す。
死体はそれに対応し、フェイトのサイコキネシスを打ち消すように動き始める。
「チッ、やっぱり対応してくるか。でもなぁ……ッ!」
フェイトの口元がニヤリと歪む。
所詮相手は悪霊が固まっただけの烏合の衆。
これまで自分の能力を高めてきたフェイトとは、その技術の差が出てくる。
見る見る内に、死体の対処が遅れ始め、ぶつかり合う位置が死体の方へと押されていく。
「おぉ、やるじゃん、フェイト」
「まだまだ、どんどん回転上げてくぞ!」
言葉の通り、フェイトの操るサイコキネシスの塊は、瞬く間に数を増し、やがて死体はその対処が出来なくなる。
ついにバリアにまで届いたサイコキネシスは、大きく弾けてバリアに大穴を開けた。
「よし、こじ開けた!」
「……では、ここからは私が!」
機会をうかがっていたユリは、懐からもう一丁、拳銃を取り出し、それを両手に構えた。
いわゆる両手拳銃と言うスタイルで、銃口を死体へと向ける。
「……いきますよ、ロックンロール!」
「うわ、似合わない」
「……小太郎くん、うるさいですよ」
キャラに似合わない台詞を口走ってしまった事を自覚しているのか、少し頬を赤らめたユリは構わず銃をぶっ放す。
先程よりも単純計算で二倍になった銃撃の数は、確かに死体の傷を増やしていく。
……しかし、
「ああ、やっぱり狙いがそれてるなぁ」
「変に格好つけるから……」
「……うるさいですってば! こっちだって頑張ってるんです!」
確かに手数は倍になったが、その分、狙いが甘くなってしまう。
両手で構えている時よりもリコイルが大きく、一発ずつ確実に銃弾がそれてしまう。
結局、死体がサイコキネシスを再発生させるまで、大したダメージを与える事が出来なさそうだった。
「ユリ、サイコキネシスが発生する!」
「……わかってますって! でも、これ以上はどうしようも……」
「また俺が頑張るしかないかぁ」
ため息をつきながら、フェイトはサイコキネシスの準備を始めるのだが、その時、後方からバタバタと足音が聞こえる。
現れたのは、麻生。
「ユリさーん、援軍にきましたよー!」
「……あなた、今までどこに……」
「これ、秘密兵器持ってきましたー」
そう言いながら、麻生はこぶし大の何かを死体に向けて放り投げた。
恐らく、一度自分の車まで戻り、役に立ちそうなモノを持ってきたのだろうが……
「そ、それって……」
「まずい、ユリ、伏せろ!」
「……えっ、えっ?」
放り投げられた黒い何か。
よく見ると、既にピンが抜かれた手榴弾であった。
その手榴弾は運良く死体のサイコキネシスの間を滑り込み、バリアの内側へと入る。
そして、
「耳塞げぇ!」
小太郎の言葉と同時に炸裂。
至近距離で爆発した手榴弾は死体を粉砕。
それによって触媒をなくした悪霊たちは四散していった。
「……いやぁ、僕の秘密兵器が役に立ったようで、なによりです」
「なによりです、じゃねぇよ! あんな近くで手榴弾を投げるヤツがいるかよ!」
結果的に状況は好転したが、フェイトたちと死体との距離はそれ程離れていなかった。
フェイトがサイコキネシスで、小太郎が光の壁で、それぞれ防御していなかったらこちらにまで被害が届いていた可能性がある。
「……って言うか、手榴弾なんてどこから持ってきたんですか」
「支給されてましたよ? こりゃ便利、と思って持ってきてたのを忘れてたんです」
それを逃げ回っている間に思い出して、一度車に戻っていたのだという。
道理で姿が見えないと思った。
「なんか、あの人があまりよく言われない理由がわかった気がする」
「……理解していただけたなら幸いです」
フェイトの零す感想に、ユリは眉間を押さえながら頷いた。
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その後、儀式の現場で気絶していた魔術師を捕獲し、後の処理を完全に麻生に任せて、他の三人は近所にあった食堂に来ていた。
「……本当にここで良いんですか? もっと別のお店でも良いんですよ?」
「良いですよ。久々に帰ってきたんですから、日本っぽいモノも食べたいですしね」
仕事を手伝ってくれたお礼に、と言うことでユリが食事をご馳走してくれるらしいので、この店にやってきたのだ。
フェイトの言葉にもそれほど嘘はない。
確かにもっと良い店で奢ってもらうのも悪くはないが、こう言うのも悪くはない。
「……そうですか。では、好きなものを頼んでください」
「あの貧乏少女だったユリが、人にモノを奢るなんてねぇ」
「……小太郎くんだって、昔は借金するほど貧乏だったでしょう」
「そりゃそうなんだけどさ。時の流れってスゲェなって話さ。あ、俺はしょうゆラーメンとライス。あとコーラね」
カウンターにいたおばちゃんにオーダーを告げつつ、小太郎はお冷やを人数分用意する。
手馴れているのは興信所での給仕経験ゆえだろう。
「じゃあ俺は……オススメ定食かな」
「……もっと高いモノでも大丈夫ですよ? 私だってお金ぐらい持ってるんですから」
「いえいえ、気遣いとかじゃなくて、こう言うところのオススメは本当に美味しいと思ってるから頼んでるんですよ」
「……そうですか。では、私は生ビール」
「……えっ?」
時刻は昼。
まだ日も高い時間である。
そんな時間から、生ビール。
「……なにか?」
「いや、なんか俺の知ってるユリさんとはちょっと違うな、と思って」
「……そうですか? 美味しいですよ、ビール」
「そりゃ、美味しいでしょうけど」
なんだか知らなくていい一面を垣間見てしまったような一日であった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8636 / フェイト・− (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】
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■ ライター通信 ■
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フェイト様、ご依頼ありがとうございます! 『ユリの扱いが変わらないかと思いきや』ピコかめです。
筆の向くままに書いていたら、何故だか酒飲みのステータスが。不思議っ!
今回はNPCと色々やるって感じでしたが、あんまりユリに先輩風を吹かせる事が出来ませんでしたね。
そもそも、あまりユリ自身が先輩っぽくない上にフェイトさん、と言うか勇太さんとは既知の仲だったので、それほど先輩っぽい立ち振る舞いが出来なかったのではないかと思います。
代わりに、麻生の方はちょこっとでも『イラッ』っとしてくれたら、それで成功です。
ではでは、また気が向きましたらどうぞ〜。
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