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<東京怪談ノベル(シングル)>


―悲しみの回転木馬―

「ここ……なんですか?」
「あぁ。どうやらこの廃墟の中がクサいらしい」
 怯えた声を上げながら男の傍らに立つのは、セーラー服の良く似合う女子中学生。名を海原みなもと云った。
 そして、みなもを先導する男は、草間武彦。私立探偵である。本人はハードボイルドを気取っており、ヨレたトレンチコートに加え煙草と云った居出立ちであるが、何処か様になっていない。下手をすれば20代前半の若者に見えてしまう顔かたちが、何となく浮いた雰囲気を醸し出してしまうのだろう。
「妙な話ですよね、次々と失踪事件が起こるなんて……」
「場所が場所だからな、余計に不気味さが際立つぜ。ったく、何で俺のトコにはこんな珍事件ばかり舞い込んで来るんだ?」
 草間は実に不満げであった。本人は魑魅魍魎の類とはお近付きになりたくないと願っているのだが、どうも事件の方から彼に近付いて来るらしい。しかし依頼は依頼。コレが生業ゆえ、こなさなければメシが食えない。だから頑張るしかないのである。
「あ、でも、まだ遊べそうな物も残ってるんですね」
「おいおい、無暗にあちこち触るなよ。何やら怪しい雰囲気がプンプンしてやがるからな、それに此処が連続失踪事件の現場だって事を忘れるんじゃねぇぞ」
 みなもは『はぁい』と言って残念そうな顔を見せる。然もありなん、此処は廃園となって久しいとは言え、未だその姿を残す遊園地なのだ。如何に怪事件の現場であるとは言え、健在な遊具を目の前にすれば乗ってみたくなるのは当然沸き起こる衝動であろう。
「この、中途半端に綺麗な遊具が気に入らねぇ。誰も手入れなんかしてないだろうに、何で傷み具合にムラがあるんだか」
「誰かがコッソリ忍び込んで、遊んでいるんじゃないですか? まるっきり放置されているより、誰かが触っている方が傷みは少ないって云うじゃありませんか」
「そりゃあ、まぁ……同じボロ屋でも、空き家よりは誰かが住んでいる方が劣化しないものだからな」
 実際そうなのだ。一見すると逆のように思えるが、物と云うのは放置されていると、一気に風化する速度が早くなるのである。家電品などはその良い例で、保存しているつもりで長期間放置していると、基盤に貼り付けてある銅箔などの導体素材が劣化し、いざ電源を入れると動かなくなっている、と云う事が多いのだ。連続稼働させていると消耗が早まり、寿命を縮めると云うのは間違った常識である。定期的に稼働させ、時には手入れをしないと逆に物の寿命は短くなるのだ。
「兎に角! 無暗に動き回るんじゃねぇぞ。何が起こるか分からねぇからな」
「じゃあ、何であたしを同行させたんです?」
「こっちが訊きてぇよ」
 ……実は、普段草間は見習い職員に雑用やアシスタントを頼んでいるのだが、この日に限り別件で出掛けてしまっていたので、今回は特に知り合いの伝手で人材を回して貰うよう、依頼を出したのだ。その結果、事務所にやって来たのがみなもだったのである。
「確かに、顔見知りではありますけど……」
「適材適所、ってモンがあるよなぁ。只の荷物持ちならともかく、今回の依頼は一人じゃ無理だからな。だからアシを頼んだんだが」
 結果として、一人よりはマシと云う理由でみなもを連れて来た訳だが、まさか女子中学生を危険に晒す訳にはいかない。草間は此度の人選には無理がある、と今更ながらに頭を抱えていた。
 一方、みなもとしても今回の同行はやめた方が良かったのでは? と後悔していた。水場での事件ならば特殊能力を活かして力になれるのだが、このような場所では彼女は只の女子中学生に過ぎない。草間の弁ではないが、只の足手まといである。
「……? 草間さん、メリーゴーランドの方から、何か気配がするんですが」
「あ? ……何も感じないぞ、気のせいじゃないか?」
 そんな筈は……と、みなもはメリーゴーランドの周辺をくまなく見て回った。無論、草間に釘を刺されていたので、設備には手を触れずに、周囲を見回るだけであったが。
『馬が……いなくなってしまっては、子供たちが……遊べないの』
「え? だ、誰か居るの? ど、何処から話し掛けているの!?」
「な、何だ? 急に喋り出したりして」
「いや、誰かに声を掛けられたような……そんな気がしたんです」
 ……やはり、この廃墟には何かある……と、草間はこの遊園地を運営・管理していた会社に、過去に人死には無かったか、又はそれに準ずる事故は無かったかを確認する為に連絡を取る事にした。この施設は元々、大手企業の出資による事業の一環として運営されていたアミューズメントパークだった為、経営母体の会社は未だ存在するのだが、少子化と不景気の煽りをモロに受け、閉鎖に追い込まれた挙句、そのままの状態で放置されていたのである。
「いいか、絶対に触るんじゃないぞ」
「わ、分かってますよぉ」
 しっかりと念を押し、返答を確認したうえで、草間は電話のプッシュボタンを操作する為にみなもから目を離した。と、その刹那!
「きゃ……な、何!?」
 メリーゴーランドの、馬が支柱ごと欠損したその根元から、金色の光がみなもの方へ伸びて来た。そして光は瞬く間に彼女の全身を包み込み、凄まじい力で設備内へと引き込んでいった。
「く、草間さ……た、助け……!!」
 その叫びを聞いた草間は、漸く回線が繋がった電話から耳を離し、全速力でみなもの元へと駆け寄った。だが、その時既に、彼女はその姿を変化させつつあったのだ。草間はそれでもみなもを救おうとして飛び込んでいくが、光がバリアーのように彼の行く手を阻み、救出を妨害していた。
『馬が……揃っていないと……子供たちが遊べないの』
「な、何だ、誰だ!? 誰が喋ってるんだ!? おい、嬢ちゃん!!」
 必死に叫ぶ草間だったが、それは無駄な努力だった。みなもはその姿を、徐々に人間から馬の模型の形に変えられ、次第に声も出せなくなっていった。
 強引に四つん這いにさせられ、手と足が馬の蹄の形になっていく。そして腕や脚も、人間のそれから馬の物へと変化していった。そして胴体が鞍の付いた馬の物になり、首が伸びて……最後に上下の顎が長く伸び、顔までもが馬の形になってしまった。やがて彼女を包み込んでいた光が収束し、腹部に集まって支柱を形成した。そして、嘗て馬があったであろう場所に、その身を固定して……何事も無かったかのように光は消えてしまった。
 その様を一部始終見せられた草間は暫し呆然としていたが、やがて我に返ると、慌ててみなもが変化した馬に声を掛け、頬を叩いたりしてみた。しかし、柔らかな肌は冷たい樹脂に変わり、声掛けに応ずることも無かった。
「おい! 返事をしろよ、嬢ちゃん! 洒落になんねぇぞ、俺は親御さんに何て説明すりゃいいんだよ!」
 その問いに、答える者は誰も居なかった。辺りは静寂が支配し、冷たい風鳴りだけが耳に突き刺さった。ただ、草間の悲痛な叫び声だけが、空しく木霊していた。
「じょ、冗談じゃねぇぞ……まさか、コレが……一連の失踪事件の正体だとか云うんじゃないだろうな!?」
 その問いもまた、空しく虚空に消えるだけだった。一人残された草間は、朽ち果てた遊具と、妙に綺麗な遊具との差を見比べ、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。彼はまさに、凍り付くような冷たさをその身に感じながら、只その場に立ち尽くす事しか出来なかった……

<了>