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<東京怪談ノベル(シングル)>


―避けられぬ封印―

 ――館から魔導具を盗み出す、コソ泥魔族を捕えて欲しい――これがティレイラに届けられた魔女からの依頼書の内容だった。
「大事な道具を盗まれちゃう魔女さんもアレだけど、道具に頼らなきゃ魔法を使えない魔女から道具を盗む魔族も考え物だよね……私にとってはどっちもどっちだけど」
 人間でも魔族でもない、竜族のティレイラとしては、この不毛な行いについてどうジャッジして良いかで迷っていた。だが、結局は『他者の所有物を盗む方が悪い』と考え至り、この依頼を請ける事にした。それに、依頼者の魔女は決して悪事を働かず、世の為に尽くす慈善活動に勤しむ、言わば人間の味方として高い評価を得ている異端の者であった。
(魔女も魔族も、魔導を用いて人間を越える能力を発揮するのは同じなのよね。ただ、魔女は元が人間で、悪魔と契約を結んで能力を発揮できるようになった時点で人ではなくなってしまう存在。最初から魔法が使える訳じゃ無いのよね)
 ……等と、どうでも良い事を考えながら、ティレイラは夜空を飛んでいた。
 件の魔族は真夜中に館に忍び込み、一つずつ魔導具を持ち去って行くらしい。一遍に幾つもの魔導具を持ち出さないのは何故なのだろう? と云う疑問はあったが、悪魔だけに『他者が困る様を見て楽しむ』趣味でもあるのだろうと適当に考えていた。だが、その推測は、館の中で魔導具の見張りをしていた時に否定される事になった。
(成る程、あれじゃあ一つずつしか持って帰れないよね……)
 現われたのは、魔族とは言ってもまだ幼い、少女のような姿をした人型の悪魔だったのだ。しかも、盗品を入れる為の袋などを持参している様子も無い。その小さな手で持ち去れるのは、精々一つずつになるだろう。だから毎夜のように此処まで足を運ぶ必要があったのだ。無論、道具を使わなくとも魔法が使える魔族が、何故魔導具を盗んで行くのかは分からぬままであったが。
(ま、相手がアレなら、私にも捕まえられるよね……仮にも私は竜族なのだし、飛んで逃げてもこの翼で追い掛ける事が出来る)
 そのように算用し、ティレイラは魔導具を物色している魔族の少女にジリジリと接近して行った。出来れば館から出る前に捕えて、依頼者の前に突き出してやりたいと思っていたのである。だが、流石は魔族と云ったところか。ティレイラの存在に気付いた小悪魔は、軽く舌打ちをすると、脱兎の如く逃げを決め込んだ。
(気付かれた! でも、逃がす訳に行かない!)
 既に姿を隠す意味を失ったティレイラは、翼を展開して高速でその後を追った。相手も必死に逃げるが、飛翔速度に関してはティレイラに分があったようだ。彼我の距離は、見る間に縮まっていく。
「観念しなさい、泥棒さん!」
「クッ……!」
 この相手から普通に逃げ切るのは不可能だ、と判断したのだろうか。逃げる小悪魔は、懐から球状の何かを取り出し、追って来るティレイラに向けて放り投げた。その物体は空中で破裂したかと思ったら、瞬時に数倍の大きさに膨れ上がり、黒い巨大な球体となった。
「なっ!?」
 これに驚いたのはティレイラの方だ。然もありなん、いきなり眼前に得体の知れぬ物体が現われたら、驚くなと云う方が無理であろう。そして反射的に逆加速を掛けて回避を試みるが、慣性と云うものは実に厄介な物で、制動を掛けても急には停止してくれないものだ。増して、ティレイラはその時、空中を滑空していたので摩擦を利用したブレーキも効かない。結局彼女は、急に目の前に現われた謎の球体に突進する形でその身をめり込ませる事になってしまった。
(……あれ? これ、ぶつかっても痛くないんだ……)
 彼女が先ず感じたのはそれだった。巨大な黒い球体は、見た目はかなり硬質な物質で出来ているように見えたので、激突の際に痛みを生じるものと覚悟していたらしい。だが、それは嬉しい誤算となって彼女を安堵させた。しかし、それも束の間。球体にめり込んだまま、ティレイラの身体は動かなくなってしまったのである。
(何これ、身動き出来ない……ボールの中に閉じ込められたみたいに……って、またなの!? また私、固められちゃうの!?)
 一体、これで何度目であろうか。謎の球体に虜にされたティレイラの脳裏には、過去の失敗が走馬灯のように甦り、その惨めな姿が映し出されていた。
 案の定、その球体は徐々に収縮し、ティレイラの体を締め付けるように包み込んでいった。それを見て、ニヤリと笑みを浮かべる小悪魔。彼女は最初からそれを望んでいた訳では無いが、その様子があまりに面白かったので、嬉しくなったらしい。
 そして、暫く球体の中に閉じ込められたティレイラをしげしげと眺めていたが、やがて『うん』と頷くと、その球体に魔力を掛けた。それによって、元の大きさを保っていたティレイラの体が、球体の収縮と共に徐々に小さくなっていく。無論、虜にされたティレイラは何とか脱出しようと手を尽くした。翼を動かして球体を破ろうともしたし、手足を動かしてみようともした。だが、どうしても身動きは取れず、顔面をガードしようとして構えた両腕が空しく最後の抵抗の様子を物語るだけとなった。
「クス……竜のお姉さん、ちょっと相手を侮り過ぎたみたいね。苦労が足りないんだよ、苦労が。アタシ、こう見えても人間の年齢で500歳は越えてるんだよ。見た目はまだ子供のままだけどね」
 哀れ、またも身動きの取れない状態で虜にされてしまったティレイラ。言葉を発する事も儘ならぬ彼女は、一体何を考えていただろうか……それは、容易に想像が付く。
(コレは不可抗力だよー、笑うなんて酷いよ。ブレーキも回避も間に合わないタイミングで目の前にこんな物だされたら、避けようが無いじゃない!)
 ……しかし、そんな文句は、例え相手に聞こえたとしても単なる言い訳にしかならないだろう。ティレイラがその外見で相手の力量を見誤り、油断したのは事実なのだから。
「さて、コレ……どうしようかな。このまま此処に置いておいて、晒し者にしても良いのだけど……オブジェとして飾っておくのも面白いかも。黒水晶の被膜は5日しか効果が無いから、それまでに捨てなくちゃいけないのが惜しいけどね」
 存外に出来栄えの良い、テニスボールほどの大きさの水晶玉。その中に、間抜けな格好と怯えた表情を残したまま固められた竜族の少女が埋め込まれているのだ。しかも、それは自分を捕えようとして襲ってきた相手。悪魔としては勝利の証として、それを誇示したい衝動の方が強いのだ。
「でもぉ……勝ったのは良いけど、泥棒に入ったところを見付かったのがバレるのは癪よね。ちょっと惜しいけど、コレはこのまま置いて帰る事にしましょう」
 そして極上の笑顔をティレイラに向けると、小悪魔は獲物を一つ掴んで、悠然と飛び去ってしまった。
(仕事をしくじった上に、この姿を晒されるのね……もう、何でいつもこうなるのよ!)
 自業自得……そんな言葉を棚に上げ、ティレイラはまたも救助されるその日を待つ事になるのだった。
 尚、後日談であるが……彼女は魔女の力でも封印から脱出する事は叶わず、黒水晶の被膜が壊れるまで、その醜態を晒していたという。
 更に、今回は救出された後、毎度毎度同じ結果になっている事について、進歩が無い! と、お師匠からお目玉を頂戴したという。嗚呼、合掌……

<了>