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まだ見ぬ刃先(１)
一本のナイフがある。見るからに切れ味のよさそうな、鋭い刃を持つ上質なナイフだ。
それを手にしているのは、女だった。
黒のスーツを身にまといヒールをはいた、思わず見惚れてしまうくらい美しい女。彼女はどこかの施設のような場所で、じっとそのナイフを見つめていた。
豊満な胸はスーツの下からも彼女の女性らしい魅力を主張し、形の良い尻を守っているタイトスカートと長い美脚を包み込む黒いスットキングは落ち着いた上品さを醸し出していて見目麗しい。
見るからに仕事中の女性、といった出で立ちだ。本来なら、ナイフのような物騒なものを持つに相応しいとは思えない。
けれど、不思議とその銀色の凶器は女によく似合っていて、彼女の美しさをいっそう引き立てていた。
「水嶋さん、どうだい使い心地は」
彼女の前に立っていた一人の男が、そう声をかける。男は武器を作る職人であり、このナイフも彼が作ったものであった。……正確には、作り途中のものだ。
女はゆっくりと顔を上げ、笑みを浮かべる。
「そうですわね……。出来たらもう少しだけ柄の部分を、細めにしていただけると嬉しいですわ。お願い出来るかしら？」
「……も、もちろん。水嶋さんはうちのＶＩＰだからね」
女の笑顔に一瞬目を奪われ呆けていた男は、ハッと我に返ると明朗な声でそう答え、女が手渡してきたナイフを受け取った。
ここは、武器の開発・製造をしている企業だ。
最新の技術を使って作られるそれらは大変出来がいいと評判であり、彼女、水嶋・琴美が所属している特務統合機動課もここの武器にはよくお世話になっている。
琴美も、そろそろ自分の武器を新調しようと思いナイフを特注していた。本日は、それの調整に訪れていたのである。
どのような武器であろうと、琴美は見事に使いこなしてみせる腕を持つ。けれど、やわな武器だと琴美の動きや力に耐え切れず破損してしまったり、かえって琴美の足を引っ張る事になってしまう事もあった。
その点、この企業の製造する武器は軒並み出来がよく、琴美の手にもよく馴染む。
まだ開発途中でありながらも、この使いやすさ……琴美の実力をしっかりと引き出してくれそうな、良い武器だ。
(早く実戦で試してみたいものですわね)
不意に、彼女の耳にシンプルな電子音が届く。司令から通信が入ったのだ。
「それでは、今日はこれで失礼致しますわね。武器の製造、よろしくお願い致しますわ」
琴美は職人と別れの挨拶を交わし合うと、施設から出てひとけのないところへと足早に移動した。そして司令に通話を繋げると、凛とした声で相手へと言葉を投げかける。
「水嶋ですわ。どうしまして？」
『緊急の任務だ』
低く落ち着いた男の声が、淡々と用件を告げる。
――任務。
また、どこかで良からぬ輩が狼藉を働いているというのか。
それを何とかするのが、暗殺や情報収集、時に魑魅魍魎のせん滅等も担う特殊部隊である琴美の仕事だった。
『テロ事件を起こそうと目論んでいる集団がいるという情報が入った。彼らのアジトの場所は、もう調べあげてある。君には今すぐそこへ向かい、そのテロ組織を壊滅してもらいたい』
「テロ……？ いったい何の目的でして？ 政府に不満が？」
『政府というより、我々にかな。奴らの標的は、我々が表向きに運営している商社だ。先日君に頼んだ依頼で、角のはえた怪物を倒した事があっただろう？』
「……ええ、そういえばそんな事もありましたわね」
琴美はその任務の事を思い出し、呆れたように肩をすくめてみせた。確かに対峙した怪物は強大な力を持っていたようだが、琴美にはとうてい及ばず、結局いつも通りの物足りない退屈な仕事にしかならなかったのだ。
「その怪物が何か？」
『どうやら彼らは、その怪物を神と呼び祀っては、悪事を繰り返していた熱心な信者達らしい。今回行おう事している事も、彼らの教義の一貫だ。脅しに近いやり方で信者を増やす事も目的としている上に、我々への復讐も兼ねているのだろう』
「なるほど。了解いたしましたわ」
司令が、アジトの場所を告げる。奇しくも、今琴美がいる場所からそう遠くないところだ。
『一度こちらに戻って準備を整えるか？』
司令の問いかけに、琴美は首を左右へと振る。長く伸びた髪が揺れ、甘い香りが周囲へと香った。
「いえ、このまま直行いたしますわ。犠牲が出てからでは遅いですもの」
『一人で大丈夫かね？』
その問いに、虚を突かれたように彼女は黒色の瞳をぱちくりと瞬かせる。年頃の女性らしい愛らしいリアクションの後、琴美はくすりと花が咲いたように笑った。
「あら……面白い事を聞きますわね、司令」
『すまない。愚問だったな』
通話の向こうから、司令が小さく笑う声が聞こえる。
心配など、琴美には不要なものだ。彼女は、精鋭ばかりの他の機動課の者達ですら肩を並べる事が叶わない程の、優れた実力者なのである。
「必ず良い結果を持って帰ってまいりますわ」
故に、琴美のその言葉ほど頼もしいものはない。通話機の向こうで、司令は『ああ』と頷いた。
◆
辿り着いた先にあったものは、それなりの広さはあるもののアジトと呼ぶにはあまりにもお粗末なボロい小屋であった。
「ぐあっ……！」
見張りを難なく倒し、琴美はその小屋へと足を踏み入れる。
その瞬間、何十人もの信者達がギラギラとした瞳でこちらを振り返った。ひどく不気味な光景だ。
けれど、琴美は臆する事もなく、胸を張り告げる。
「ミッション・スタートですわ。死にたい方から、かかってきてくださいませ！」
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