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<東京怪談ノベル(シングル)>


まだ見ぬ刃先(2)
「なんだ貴様は!」
「我々の邪魔をするな!」
「あのお方の遺志を愚弄する気か!?」
 いっせいに襲いかかってきた敵達の攻撃を、琴美は軽々と避けてみせた。
「遅いですわ! 貴方様がたの信念とやらは、この程度のものでして!?」
 琴美の挑発じみた言葉を受け、男達は睨むような視線を彼女に返す。小屋にいた者達の瞳は、全員正気のものとは思えなかった。件の怪物に洗脳され、すでにまともな心を失ってしまっているのだろう。
(哀れですわね……。せめて、安らかに眠らせて差し上げますわ)
 ヒールの軸を上手く利用し、くるりと琴美は体を回転させる。彼女はすらりとした長い足を、そのまま近くにいた相手へと絡ませた。容赦のない回し蹴りが、敵の体に叩き込まれる。
 次いで、琴美は風を操ると鋭利な刃を作り出した。刃は竜巻のように室内で暴れ狂い、何人もの敵をのしていく。
「貴様!」
 敵も負けじと攻撃を仕掛けてくるが、彼女の華麗なナイフさばきの前では彼らの剣技などまるでお遊びも同然だ。甲高い音と共に、彼らの攻撃は次々と弾かれていく。
 琴美は、今度は風の力を使い跳躍。まるで羽ばたくように空へとその女性的な魅力の詰まった肢体を踊らせると、敵に向かい一気に急降下。加速と衝撃を利用し、重い一撃を叩き込む。
 その時、響いたのは銃声。敵は、銃も所持していたのだ。
 琴美は、動じる事なく瞬時に最適な判断を下す。再び、彼女は風を味方につけた。風圧が、敵の放った弾丸の勢いを弱める。弾丸は力を失い、中途半端なところで落下した。
(……あら?)
 ふと、何かに気付いた琴美の瞳が、訝しげに細められる。彼女の形の良い綺麗な眉が、ある違和感に僅かにぴくりと動いた。
 しかし、それもたったの一瞬の事。彼女のその表情に気付いた者など、この場にはいないだろう。この程度の事で、琴美が敵に隙を見せる事はない。
 冷静さを崩さず、琴美はすでに次の攻撃に入っていた。琴美の放った風の刃が、持ち主を倣うように鮮やかな動きで空を駆けて行く。
 しかし、それは相手の注意を逸らすための囮にすぎない。彼らが風の刃に気を取られいる内に、琴美は瞬時に間合いを詰め彼らの懐へと潜り込む。
 扇情的な黒ストッキングに覆われた脚が、相手の腹を蹴り上げた。更に、息を吐く間も与えぬ内にヒールでの追撃。また一人、悲鳴をあげながら琴美の鮮やかな格闘術に敵は破れていく。
「くそっ!」
 一人の男が、逃げ出そうと琴美に背を向け駆け出した。圧倒的な力の差を目の当たりにした彼の表情は、恐怖に染まっている。
「逃がしませんわ!」
 しかし、琴美はそれを見逃さない。
 加速。ただでさえ素早い琴美のスピードが、風の力で更に増して行く。
 逃げ出そうとした男を、琴美は容易く捕えてみせた。彼女の振るったナイフが、美しき軌跡を描き彼に安らかな眠りを与える。
「さて、残るは貴方様一人ですわね」
「……ひ、ひぃい!」
 琴美の作り出した風の刃が、最後の一人に向かい勢い良く放たれた。敵は悲鳴をあげながら、頭を抱えその場へと伏せる。
 けれど、くるはずの衝撃はいっこうにやってこない。風の刃は敵のほうではなく、見当違いな方向へと飛んで行ったのだ。
「はっ…………はははっ! や、やった! どこを狙っているんだ!? 下手くそが!」
 命が助かった事に、敵は笑声をあげた。しかし、琴美は動じる事もなく、呟く。
 死の宣告を。彼への、手向けの言葉を。
「いいえ、これでいいんですのよ。……おやすみなさいませ」
「……? ……な、何っ!? 天井が!」
 琴美の風の刃は、狙いを外したわけではなかった。彼女の狙いは、衝撃を与え小屋を崩壊させる事だったのだ。
 琴美は素早く退避し、小屋から撤退した。彼女の目の前で、奴らのアジトは音をたて崩れていく。
 こうして一つのテロ組織は、アジトもろともこの世から姿を消したのだった。

 風が吹く。先程までとは打って変わって柔らかで優しい風が、彼女の髪を悪戯に撫でた。琴美の艶やかな唇が、笑みを象る。
 星一つない澄んだ夜のような漆黒の髪を風になびかせながら、美しき戦士は呟いた。
「任務完了――ですわ」

 ◆

 司令に任務成功の報告を終え、琴美は業務に戻ろうとヒールで音を奏でながら廊下を歩いている。
 そのスーツには、先程まで戦場にいたのが嘘のように、汚れどころか埃一つついていない。
「それにしても……」
 不意に、琴美が何かを考えるように視線を落とした。彼女のまばたきに合わせ、長いまつ毛も揺れる。
(あのテロ組織が使用していた武器、確か最新のものなはず……)
 あのような武器が新しく開発されたという話を、琴美は例の武器の製造企業の者から聞いた事があった。
(けれど、まだ世間にはその存在の公表すらされていない段階だったはずですわ。出回っているなんてありえません。何故、あの方達が……?)
 ぽつりと落ちた疑問が、彼女の心の中に波紋のように広がっていく。
 ――何かが起こっている。
 特務統合機動課として放っておくべきではない何かが。
 恐らく、近い内にまた今回の件に関する任務が琴美の元へと舞い込んでくる事だろう。

 しかし、水嶋・琴美は決して臆する事はない。
 彼女の顔に浮かぶ表情は、凛とした笑顔だ。むしろ彼女は楽しみなくらいだった。次の戦場で、いったいどんな敵が待ち受けているのか。
 まだ見ぬ敵に、次の任務に、琴美は思いを馳せ胸を高鳴らせた。