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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ぼっち温泉


 純粋なホモ・サピエンスで、年齢は外見通りの22歳。実は100年も200年も生きている、という事はない。
 魔力・超能力の類は一切持たず、霊感が強いわけでもない。IO2や『虚無の境界』とも無関係。体力と根性はあるが、腕っ節は人並みである。
 馬場隆之介は、正真正銘の一般人だ。フェイトの知り合いとしては、希有な存在と言っていい。
 悪霊や妖怪といった輩はしかし、霊感の強い者よりもむしろ、こういった人間を好んで狙うのではないか、と思える時が度々ある。
 中学・高校時代の隆之介は、とにかく厄介事に巻き込まれやすい少年だった。
 怪奇現象を伴う厄介事だ。
 いわゆる『学校の怪談』として扱われがちな事件の数々に、隆之介は当事者でもないのに何故か巻き込まれてしまうのである。
 彼が上手い具合に気を失っている時を見計らって、フェイトが、いや工藤勇太がほぼ毎回、助けてやったものだ。
 だから隆之介は、勇太の能力に関しては、何も知らないはずである。
 とにかく、怪奇な事件に巻き込まれやすい体質は、社会人になってからも変わっていないようであった。
 アメリカでも、ナグルファルの騒動に、ものの見事に巻き込まれてくれた。
 死にかけていたところを、天使のような外見美少女に救われた。アトラスの記者にふさわしい体験であった、とは言えるのか。
 そんな馬場隆之介が今、自分をも巻き込もうとしている、とフェイトは思った。
『なあ工藤。お前、ぼっちだろ? だから俺と温泉行こうぜ』
「……お前は何を言っているんだ」
 スマートフォンを片手に、フェイトは呆れた。
 IO2日本支部の職員宿舎。その一室を与えられたままフェイトはしかし、いまだ任務をもらえずにいる。
「ぼっち、と言うか……暇なのは確かだけど」
『だから温泉よ。まあ、ちょっとホームページ開いてみ』
 隆之介が、某県のとある温泉旅館の名を口にした。
 フェイトはとりあえずパソコンを立ち上げ、言われた通りに検索をしてみた。
「これか……30歳以下の独身男性で、女性のパートナーがおられないお客様限定。お泊まりもお料理も半額」
『半額ってのもそうだけどよ、よぉく見ろよ。いろんなとこに女将さんとか仲居さん映ってんだろ? みんな美人だろうが。温泉美人ってやつだよ、おい。そんな旅館がよお、ぼっち男性客限定サービスなんておめえ』
「落ち着けよ、一緒に温泉入ってくれるわけじゃないんだから……それに、いくら何でもこれ安過ぎないか? 安いものには、安く出来る理由があるんだぞ」
『使ってる食材が全部中国産とかでも、俺は許す! 汚水廃油まみれの料理でも、その仲居さんたちが食わせてくれるんなら平らげて見せるぜ!』
 隆之介のテンションは、上がる一方であった。
 放っておけば、1人でも行ってしまいかねない。そして何かに巻き込まれる。昔から、この男はそうだ。
 どのような何か、であるのかはわからない。
 とにかく、この旅館には何かがある。
 フェイトがそう直感したのは、サイト内で微笑んでいる女将や仲居たちが、あまりにも美し過ぎるからだ。
 知り合いに、人間ではない女性が何人かいる。彼女らに似た感じの、美しさであった。


 旅人が、山奥で夜を迎えてしまう。
 そこで美しい女性に出会い、彼女の家に招かれ、饗応を受ける。豪勢な料理と酒を振る舞われ、幸せな気分のまま床に就く。話によっては、その女性と一夜を共に過ごしたりもする。
 翌朝、旅人は肥溜めの中で目を覚ます。
 日本の、昔話である。
 自分たちも今、その旅人と同じ目に遭っているのではないか、とフェイトは心配になった。
 それほど、料理が美味い。
 安く出来る食材を、巧みにごまかしているのか。あるいは昔話の旅人と同じく、実は葉っぱや虫の死骸を食わされているのか。
「あら、お口に合いませんか?」
 女将が訊いてきた。
 旅館の大広間で、夕食を堪能しているところである。
「何だか難しいお顔を、なさっていますのね」
「あ、いや美味しいですよ」
 お世辞を抜きにして、フェイトは言った。
「美味し過ぎて、不審に思ってるところです。あんなに安くて大丈夫なんですか?」
「期間限定ですから」
 女将が微笑んだ。
 やはり美しい。人間の女性が、こんなに美しいはずがない、と思ってしまうほどにだ。
 女将に劣らず美人ぞろいの仲居たちが、華やいだ声を発している。
「えーっ、マスコミの方なんですかぁ?」
「それじゃ、ここの温泉ばっちり取材してガンガン宣伝して下さいよぉ!」
 月刊アトラス、とは名乗っていないようである。
 とにかく隆之介は、仲居たちにちやほやとお酌をされたりしながら、思いきり鼻の下を伸ばしていた。
「いいよーいいよぉ、温泉美人のいる温泉旅館! 取材しがいがあり過ぎて困っちゃうなーもう」
 大事な商売道具であるはずのデジカメで、仲居や女将を撮りまくる隆之介。酒も進んでいるようだ。
「まったく、いい気なもんだ……」
 苦笑しつつフェイトは、それとなく仲居たちを観察してみた。
 狐か狸の尻尾を隠している、気配は今のところなかった。


「いやあ。ぼっちって最高だよなあ工藤君」
 隆之介が、相変わらず浮かれている。
 男同士、2人で温泉に浸かっているところである。寝る前の一風呂だ。
「俺、今日ほどリア充じゃなくて良かったと思った日はないぜー。ところで工藤は、彼女とかは? お前って中学高校と、実は何気にモテてなかった?」
「そんなわけないだろ。今だって、まあ職場に女の人は何人かいるけどな。それだけだよ」
 その職場に関して、フェイトは隆之介には何も説明していない。
 隆之介は、フェイトの今の職業を知らないのだ。
「工藤ってさ……仕事、今何やってんの?」
 まじまじと、隆之介が見つめてくる。
「サラリーマンとか言ってたけど……ただのリーマンじゃねえよな」
「……何で、そう思う?」
「だってお前、身体すげえじゃん。筋肉バキバキで、傷跡とかもあって」
 高校卒業から数年間、IO2で戦闘訓練と実戦の日々であった。
 工藤勇太でしかなかった頃に比べると、細い身体にも幾分、筋肉らしきものが付いているのか。自分ではわからないが、久しぶりに会った隆之介の目には、もしかしたら別人のように見えてしまうのかも知れない。
「……まあ、馬場と似たような仕事かもな。ちょっと危ない事も、しないわけじゃあなかったりして」
「ん? 俺、別に危ない事なんて……」
「この温泉、ちょっとした怪奇スポットなんだって?」
 先程、IO2に問い合わせてみたのだ。
「俺たちみたいな男の客が、何人も行方不明になってるそうじゃないか。まあアトラスで扱うには、ふさわしいかもな」
「……知ってたのか」
 湯の中で、隆之介は俯いた。
「ごめん工藤……編集長に言われたわけじゃないけど俺、確かにここへ調べに来たんだ。お前を誘ったのは、まあ何だ。餌は、1人より2人の方がいいと思ってな」
「そんな事だろうと思ったよ」
 フェイトは苦笑した。
「お前、行方不明になった人たちを助けたいんだろ?」
「そ、そんなんじゃねえよ。俺はただ、スクープが欲しくて」
 隆之介が、口籠る。
「……お前には本当、悪いと思ってるよ。昔から工藤、学校で変な事ある度に、助けてくれたもんな」
「俺は、何にもしてないよ」
「俺も、お前が何かしてるの見たわけじゃあない。けど、お前がいると何か助かってたんだよ」
「お前の運が良かっただけだ。幸運が続いてる間に……危険な事は、やめといた方がいいぞ」
 言いつつフェイトは、湯の中で身体を伸ばした。
 温泉でのんびり過ごしたい気分が、全くないわけではないのだ。


 翌朝。目が覚めると、隆之介はいなかった。フェイトの隣の布団は、空である。
 女将に訊いてみたところ、急用を思い出して夜中に東京へ帰ってしまったのだという。
「そんなわけないだろ……」
 などと言ってみたところで、女将が正直に話すわけがない。フェイトが自分で調べるしかなかった。
 浴衣姿のまま、興味深げに館内をうろつく宿泊客、といった様子で歩き回る。
 怪しい場所は、すぐに見つかった。
 本館から少し離れた所で、雪に埋もれかけている納屋。
 その中は、納屋と言うより美術館である。
 ぞっとするほど精巧な、氷の彫像が、ずらりと綺麗に並べられている。火に当てても溶けない氷なのだろう、とフェイトは思った。
 すべて、若い男の氷像であった。
 思った通り、と言うべきなのだろうか。隆之介の氷像もある。
 それを確認してから、フェイトは納屋の外へ出た。
 女将と仲居たちが、待っていた。
「……お客様の不正には、きっちり対処させていただきますわね」
 女将が、人外の美貌をニッコリと歪める。
 フェイトは、とりあえず会話をした。
「不正……この中を、勝手に見た事かな?」
「30歳以下の独身男性で、女性のパートナーがおられない方限定。間違えようもないほど、はっきりと明記してあったはず……今年はね、私たちの種族繁栄の年なの。私たち、たくさん子供を産まなきゃいけないの。若い男の生気が、大量に必要なのよ」
 風が吹いた。雪混じりの、冷たい風。
 仲居たちが、女将が、正体を現しつつある。
「男か女かわからない奴の生気なんて……要らないのよねええ」
「……それ、俺の事?」
「とぼけないで。貴方、肉体はともかく魂は、半分くらい女でしょうが!」
 雪混じりの風が、強くなった。
 フェイト1人を襲う、それは超局地的な猛吹雪であった。
「それも人間の女じゃあない、わけのわからない異国の牝妖怪! そんなものの魂を埋め込まれた奴が、人間の男どもに混ざって何食わぬ顔で不正宿泊! 許せるわけないでしょーがぁああああ!?」
 女将も、仲居も、吹雪を発生させている、と言うより吹雪そのものに変化していた。
 雪混じりの、まるで見えざる刃のような冷風。それが、フェイトの周囲あちこちで空気を歪めている。
 それら歪みが、美しい女性の人面を成している。牙を剥いて微笑む女たち。
「雪女……か……」
 フェイトの全身で、浴衣が激しくはためきながらズタズタに裂けた。
 それと共に、鮮血がしぶいて真紅の霧と化す。吹雪が、激しく渦巻きながら不可視の刃と化し、フェイトの肌を切り刻みにかかっている。怒りの絶叫と共にだ。
「男か女かわからない、人間かバケモノかもわからない! そんな奴の生気を、私たちの子供にあげるわけにはいかなぁああああいッ!」
「……そうだな。こんなの食べたら、お腹壊す」
 呟きに合わせ、フェイトの両眼が淡く輝く。
 渦巻く猛吹雪の中で、少しずつ輝きを強めてゆく、エメラルドグリーンの眼光。
 ズタズタに裂けながら真紅に汚れた浴衣の袖が、冷風に逆らうが如くはためいた。
 はためく袖の中から拳銃が現われ、フェイトの両手に握られる。
「人間かバケモノかは、俺自身……今ひとつ、わかってないところさっ!」
 咆哮の如き銃声が、吹雪の轟音を掻き消した。
 フェイトの周囲で、いくつものマズルフラッシュが閃いた。
 念動力を宿した銃弾の嵐が、雪混じりの冷風を粉砕しながら荒れ狂う。
 空気の歪みで組成された女の人面たちが、念動の銃撃によって打ち砕かれ、消滅してゆく。
「ぐっ……こ、このバケモノが……!」
 女将か仲居かは判然としない、とにかく雪女の声が、遠ざかりつつあった。
「まあいい、覚えておいで……私たちは子孫を残し、必ず栄えさせる。私たちの種族が、いずれこの世を永遠の雪に埋める……永遠の冬で、この世を閉ざす……」
 やがて、何も聞こえなくなった。
 超局地的な吹雪も消え失せ、血まみれのフェイトだけが残った。
 納屋の中から、ぞろぞろと男たちが歩き出して来る。
「俺……こんな所で、何を……」
「お、おい女将さんは? あの仲居さんたちは……」
「……工藤? おい!」
 隆之介が、駆け寄って来た。
「どうしたんだよ、お前その怪我」
「大した傷じゃない。それより、元に戻れて良かったな」
「元に……って? 俺、どうなってたの。また何かあって、お前に助けられたって事?」
 わからないのなら説明する事もあるまい、とフェイトは思った。