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<東京怪談ノベル(シングル)>


―悲しみの回転木馬(解決編)―

 自らの見ている目の前で、たった今、少女がメリーゴーランドの『木馬』へと姿を変えてしまった。これまでにも魑魅魍魎の類は何度かお相手した事があるが、一般人を巻き込んでの事件は洒落にならない。一人その場に取り残された男――草間武彦は、一体何が起こったのかが分からず、軽いパニック状態を起こしたまま、その場に佇んでいた。
『もしもし、もしもし!? どうなさったんです、何があったんですか?』
 先刻、回線を繋いだまま放置してあった電話から、怒鳴るような声が聞こえて来る。そうだ、自分はこの遊園地にイワク因縁が無いかどうかを確認する為に、此処を運営していた会社に問い合わせたのだ……と云う事を、彼は漸く思い出した。
「し、失礼……私、私立探偵の草間と申しますが。御社で嘗て運営していた遊園地について、問い合わせをしたいのですが」
『あ、はい……あの遊園地はですね、当社の稼ぎ頭と云うべき事業でして。それはそれは大事にしていたのです』
「それが何故、廃園に追い込まれるような事に?」
 その問いに、担当者は声のトーンを落とし、小声で呟くように返答した。
『……出るようになったんですよ……その、口外すると人格を疑われる類の……』
 そこまでを聞いて、草間は『分かりました、詳細は結構です』と助け舟を出した。が、その時点で破格の人気を誇ったテーマパークが廃園に追い込まれた理由にも、大体察しが付いていた。
「実は、ここ数日で6件の失踪事件が、この遊園地の敷地跡にて発生しているのです。そして先刻、私のアシスタントを務めていた女性が……私の眼前で、メリーゴーランドの馬になってしまいました」
『……!!』
 受話器の向こうで、驚愕する男の声が確かに聞こえた。そして『あの遊園地はまだ生きているんだ、生きて人の息吹を求めているんだ……』と云う呟きの後、突然通話は切れてしまった。恐らく、その様子を目の当たりにした部内の者が受話器を置いたのだろう。
「……参ったね、やっぱイワク付きだったか……管理会社御公認のオカルト現象、ね。コイツは厄介だぜ」
 そう言って、アシスタントとして同行させた少女・海原みなもが変身させられた馬の頭をペチペチと叩きながら、草間はその上に腰掛けた。そして煙草に点火すると、どうしたものかな……と考えながら空を仰いだ。

***

(ちょ、草間さん! 重……もうっ! 動けなくはなったけど、意識はまだあるんだから!)
 馬に変えられたみなもは、自らの背に全体重を預けて考え事をする草間に対して悪態を吐いていた。そう、姿かたちは作り物の馬にされても、意識はそのまま残っているのだ。依って、叩かれれば痛みを感じるし、上に乗られれば重みに苦痛を覚えたりもする。
(それにしても……あたしだけじゃないよね、こうして遊具にれたのは。そういえば、妙に綺麗な遊具が幾つか混じってた……)
 恐らく、それらは自分と同じように遊具にされた失踪者だという事は、容易に察しが付いた。だが、自分自身もこのような姿にされ、且つ元に戻る方法も思い付かない。さて、どうしようか……と、みなもも解決方法を模索し始めた。
(そうだ、さっき……あたしには聞こえた。誰かが呼んでいるような声が)
 明らかに、人の物では無いその声を思い出し、みなもはそれが『遊園地に憑く付喪神』では無いかと考え至った。そして、この姿のままならば、『それ』との意思疎通も可能なのではないか? と。
(神様、神様! 貴方は神様なのでしょう? この遊園地を見守る神様なのでしょう!?)
(……馬が、まだ足りないの……お願い、子供たちが遊べるように……)
(遊具を元通りにする事は、私たち人間にも出来ます! お願いです、このような方法で解決しようとしないで!)
(……信じられない……人間のオトナは、小さな悪霊の悪戯に狼狽え、遊園地を放棄した……)
 ああ、これはかなり深い怨念を、人間に対して抱いているな……と、みなもは直感した。そして、大人を拒絶し、子供だけを取り込んでいくその理由にも、察しが付いた。
(理由は分かった……解決方法にも目処は付いた。でも、これをどうやって伝えれば……)
 手足は動かず、声も出せない。何か媒介する物があれば、草間に意思を伝えられるのに……と、みなもは苛立ちを覚えた。と、その時。低い外気温に対し、自らの内側を高温にすれば結露を発生させられる……と思い立ち、彼女は馬の目の部分に意識を集中し、一滴で良い、水を……と強く念じた。

***

「!! ……何だ、泣いてるのか? おい、嬢ちゃん!」
 幸い、馬の頭部に注目していた草間は、その目に水滴が溜まり始めているのを見付けた。そしてその水滴を掬い上げるように指を当てると、脳に直接みなもの声が響き渡るのを感じた。
(草間さん、気付いて!)
「何だ、何が言いたいんだ!?」
(!! 良かった、気付いてくれたのね! あのね、この遊園地は……)
 水滴が媒介を果たしてくれる時間は短い。が、その僅かな時間で、みなもは付喪神の存在と、自らのプランを草間に伝える事が出来た。あとは、草間の説得力次第だった。
「おい、付喪神様とやら! 俺達オトナが力を合わせて、この遊園地を再興させると約束したら、取り込んだ子供たちを解放してくれるか!?」
(……信じられない……オトナは汚い、だから信じない……)
「頭の固い神様だな! いいか!? アンタのやり方じゃ、逆に人が遠ざかるだけなんだよ! 一回で良い、俺達を信じてみな。絶対に悪いようにはしないからよ」
(オトナが、信じるに足るだけの存在だというのか……)
「自分の事しか考えねぇ、汚ねぇクソ野郎も確かに居るさ。だが、人間ってのはそんな分からず屋ばかりじゃない。此処を放棄した連中にも、それなりの理由があったんだよ……全部を信じてやれとは言わない、だが一回だけチャンスを呉れないか?」
 そして、暫しの沈黙が場を支配した。が、ややあって、草間は自分の脚の間に異変を感じた。乗っていた馬が、変形を始めていたのだ。硬い樹脂で出来た肌は次第に温かさを持った肌へと変わり、長く伸びた鼻も引っ込んで、鬣の代わりに長い青みがかった頭髪が生えて来る。そして……
「おーもーいー!!」
「おわ! じょ、嬢ちゃん……元に戻ったのか!?」
「いいから、早くどいて!」
 悪い悪い、と慌てて地に足を付け、自力で立ち上がる草間。四つん這いになっていたみなもが、涙目になりながらその重みに耐えていたのだ。
 見ると、数箇所で同じように人間の姿を取り戻し、何が起こったんだ……と虚空を見上げる少年少女の姿が散見された。
(人間よ……一度だけだ、一度だけ機会を与える……この遊園地は、子供たちの天国となるべき場所なのだ)
「ああ、信じろよ。きっと昔みたいに、子供たちで溢れ返らせてやるぜ」
 そう断言した草間の瞳には、一点の曇りも無かった。
 そして後日。自ら署名運動を始めた草間の努力が実ったか、その運動が役所を経由して地方自治体に伝わり、公営の遊戯施設として、遊園地は見事に再興した。
(随分と、時間掛かっちまったけどな……約束は果たしたぜ。だからもう、あんな悪戯すんなよな、神様!)
 そう心の中で呟いた草間の口には、やはりと云うか煙草が咥えられていた。三度の飯より煙草を選ぶ……そんな彼を、アシスタントの女性が静かに見守るのだった。

<了>