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<東京怪談ノベル(シングル)>


―お仕事ゆえに―

 アンティークショップ・レン。店主の趣味で買い集められた怪しい商品がズラリと並ぶ、ちょっと変わった風体の店である。その店主・碧摩蓮はチャイナドレスに身を包んだ、一見するとキツそうな風貌を持った、美人は美人なのだが、恋人に選ぶには一寸度胸が要るタイプの女性であった。
 そんな店の中に、何故かティレイラは立っていた。
「あのぅ……私、どう云ったご用件で呼ばれたんでしょうか?」
「うん、あんたにしか出来ない……いや、あんたこそ適任と言える仕事があってね」
 その、強引に持ち上げるような物言いには、何か引っ掛かるものを感じる。見ると蓮の横には、これまた怪しげな雰囲気を纏った中年の男が佇んでいる。その手にはトランク状の鞄が提げられており、何故か白衣に身を包んでいる。
「……そのお方は……もしや科学者の方ですか?」
「もしかしなくても、大学の薬学科で様々な研究をなさっておられる、偉い博士様だ」
「それじゃあ、依頼と云うのは……」
 その時点で、ティレイラは背筋に冷たいものを感じ、真冬だと云うのに額から伝う汗が頬を撫でている。嫌な予感しかしない、いや、絶対に良い依頼の筈が無い! と、脳内で最大限の警鐘が鳴るのを感じていた。何しろ、目の前の男は確かに白衣姿で、医療関係者の雰囲気を匂わせてはいたが、鞄の中から覗いているのは薬瓶だけでは無く、明らかに魔導具ですと言わんばかりのアイテムも混じっていたのだから。
「勿論! 人体実験だ」
「店主、違います。臨床試験と言って下さらないと」
「あぁ失礼……しかし言わんとする事は同じでしょう?」
「まぁ、その通りですが」
 ああ、やはり……と、ティレイラはその場で回れ右をして、サッサと帰りたいと云う衝動に駆られた。実際、彼女の足はジリジリと出入口に向かって後退を始めている。
「ホレ、あんたはこれまでに、飴細工になったり石像になったりと、色々な物に変身しているじゃないか。だから耐性があるんじゃないかと思ってな、推薦させて貰ったんだよ」
「好きでああなった訳じゃ無いです!」
 涙目のティレイラに、蓮は情け容赦のない言葉を投げ付ける。そして白衣の男性は、嬉々として薬物を選んでいる。この時点でティレイラは無事の帰宅を諦めるしか無かった。
「大丈夫だって、いつもと違って固めたまま放置するような真似はしないから」
「でも、姿を変えられる事に変わりは無いんでしょう? 私もう嫌なんです。こんなんじゃ、竜族の誇りも何もあったもんじゃないじゃないですかぁ!」
「飛べる能力だけを使って運び屋やってる時点で、既に誇りなんざ自分で捨ててるようなもんだろうに。つべこべ言わず依頼をお請けしな!」
 どうあっても依頼を断る事は許さないと、蓮はその目でティレイラを縛り付けていた。無論、ティレイラの側に拒否権はある。だが、それを行使させはしないと、蓮は態度で示しているのだ。
「……お訊きします……この実験には、一体どのような意味があるのでしょうか?」
「生体のままでは現状維持の難しい難病の患者を無機物に変身させておく事で病状の悪化を食い止め、解決策を模索する時間を医師たちに与えるのが主目的なのだよ」
 その説明を聞き、ティレイラは思わずジト目になる。確かに言い分は尤もらしいが、医学的見地からすれば生体を仮死状態にする方が建設的だと言える。要は細胞の活性化を停止させてしまえば病巣もそれ以上大きくなる事は無いのだから……と訴えたが、これまた蓮の一喝でかき消されてしまう。
「博士はな、より確実な方法を模索する為に努力しておられるんだよ。細胞の活性化を停止させたって、それで病巣が大人しくなるという保証は何処にも無いんだぞ。しかし、まるっきり別の物体に変えてしまえば、その心配は一切なくなるんだ」
「生体を無機物に変えるリスクは無視するんですか?」
「……先生、どれから試しますか?」
「これが良かろう」
「……無視するんですね、飽くまで私は見世物にされるんですね!?」
 その、涙ながらの訴えも、彼女の言の通りアッサリ無視された。そして羽交い絞めにされたティレイラの口に、白衣の男性が液状の薬を流し込む。最後の抵抗としてティレイラはそれを吐き出すが、口腔内の粘膜に残留した分量の薬液だけで充分に効能が発揮出来る濃度だったのだ。全て飲みきっていたら、一体どのような結果になっていたか……考えるだけでも恐ろしい。
「おお……」
「これは見事ですね、完全に宝石になっている」
「成功だな、記録しておかねば」
 そうして白衣の男がノートに何やら書き込んでいる間に、ティレイラは元の姿に戻っていた。薬物の殆どを吐きだした所為だろう、その分持続時間が短くなったのだ。
「むぅ、持続性にやや難アリか……一滴で数日は持続できるよう改良しないとな」
(じょ、冗談じゃない……此処に居たら命が幾つあっても……)
 未だ痺れの残るその手足を必死に動かして、ティレイラは何とか店内から脱出しようと足掻いた。だが、その動きを読んでいた蓮により出口は塞がれ、完全に退路は絶たれてしまった。
「次は……これが良いな」
 男が取り出した小さな石を通して、プリズムの反射のような光がティレイラを照らす。すると今度は、そのままの格好で完全な石像に姿を変えられてしまった。
「これも成功ですね、石そのものですよ」
「破片を採取できれば良いのだがな。完全に石化したかどうかは外見だけでは分からん」
「そうですか、なら……髪の先をちょっと欠いて、と」
 道具箱からペンチを取り出し、細い房となっていた髪の先をポキッと折って男に手渡す蓮。彼女は完全に男の助手的な位置付けで手助けを行っていた。この仕事の依頼料は蓮からティレイラに支払われるという話になっていたが、それ以前に蓮は多額の謝礼金を男から受け取っていたのである。普段は収入額に頓着しない彼女であったが、そんな彼女が従順になってしまう程だ。余程の金額だったに違いない。
「うむ、完全に石化しているな。この魔導具は完璧だ」
「では、次いきましょう」
 その石とつがいになっているもう一つの石を通して光を当てると、ティレイラはまた元の姿に戻った。その後も彼女は木像にされたり、ぬいぐるみにされたりと、基本的に原形を保ったまま様々な物質に変化させられて行った。原型を保ったままの姿が多いのは、完全に物質として変換されたかどうかを確認する為のサンプルが、最も採取しやすいからである。そのサンプルは髪の毛であったり、爪であったり……要するに、本体を傷付けずに採取できる部位を選んだ結果であった。しかし、肉体の物質を変えられても意識はそのままなので、髪を切られたり爪を折られたりと、徐々に削られて行く我が身を見て、ティレイラは遂に泣き出してしまった。
「酷いですよぅ……もう嫌です! このまま私を家に帰して下さい!」
 それは、もはや絶叫に近かった。だが、白衣の男は『まだ半分も済んでおらんぞ』と言って鞄の中身を広げてみせた。つまり、まだまだ帰す訳にはいかないと言っているのである。
 結局この後、ティレイラは肖像画にされ、店内に飾られ鑑賞の的になっていた。男が最後に施したのは魔導具の効果持続実験であり、その効果が切れるまでそのまま放置、と云う事になっていた。
 だが何時までも元に戻らなかった為、最終的に男の手により元に戻されたとの事である。

<了>