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<東京怪談ノベル(シングル)>


【不思議月夜 魔女は盗人の影に怯え あの人は策略を巡らせる!】


―【0】―
「これは困ったわ。本当に困った。困っちゃう。困っちゃうったら。困っちゃう。大好きなわんこはチャウチャウ♪」
 困る。困る。困る。困る。何かしら? この魔女は何をそんなに困っているのかしら?
 さっきからくしゃみばかりしている門の顔が困るのかしら?



 はくしょん、はくしょん、困るとばかり口にする魔女と同じぐらいはくしょんとくしゃみしている大きな大きな部屋の扉についた顔はこの部屋の門番です。
 扉の開閉はその門番たる顔の意思で自由自在にできるのです。
 ですから魔女がこの部屋の扉の前まで来れば何もせずとも扉が開きますし、また魔女以外の者がこの部屋に入ることもできません。
 ですが、今は少しそれが違うのです。



 扉の顔はくしゃみばかりで魔女の声も掻き消しちゃう。
 だから、魔女は自分が口にする言葉を掻き消されちゃうから、困っているのかしら?
 かしら。かしら。かしら。そうかしら?
 いいえ、それは違うかしら。
 だって、扉の顔の迷惑行為がくしゃみするばかりと思ったら大間違い。
 大間違い。大間違い。大間違い。
 扉の顔の困ったのは、扉の顔がくしゃみする度ににばたん、ばたん、ばたん、扉が開いちゃう事。
 開いちゃう。開いちゃう。開いちゃう。
 扉の顔がくしゃみする度に扉が開いちゃう。
 扉の顔は扉の鍵。
 それの意思で部屋への扉が開く。
 部屋は大切な大切な大切な魔女の宝物庫。大切な物が詰まっている。
 なら、扉の顔がくしゃみするたびに扉が開いていたら意味無いかしら♪
 RPGゲームの主人公みたいにくしゃみのタイミングを見計らって空いた扉の隙間から入り込めちゃう!
 かしら。かしら。そうかしら♪
 ―――魔法で扉に魂を与えて、顔をつけた意味、無いねー♪



 ここはとある場所にある魔女のお城。
 その宝物庫の前で魔女は困った、困ったと口にして、
 魔女のお城に立ち込める魔法に長年触れて命を持った影たちは影絵を創り出して、その魔女とくしゃみばかりをする宝物庫の扉の真似を楽しそうに演じております。
 それをきぃっと睨みつける魔女は豪奢な金髪を搔き上げて、ドンと右足で床の影絵を踏みつけました。
 影たちは幼い子どものような声をあげながら石畳から壁に移動して、さらに今の魔女の真似をします。
 影絵の劇を演じ続けます。



 足ドン。足ドン。足ドン。
 壁ドンが異性への好意なら、足ドンは何かしら?
 何かしら? 何かしら? 何かしら?
「うるさいねー。壁ドンも足ドンも脅迫罪で豚箱行きだよ」
 ぶたぶぅーぶぅー♪
 きゃはははははははははは。
「おまえたち、ずっと見ていたのだろう。この扉の顔に湖沼を振りかけたのはどこの誰なのか、わたしにお言い!」
 誰かしら? 誰かしら? 誰かしら?
 あなたは知っている?
 あたしは知らない♪
 わたしも知らないわ♪
 みーんな、知らないわ♪
 さて、扉の顔に湖沼を振りかけたのは誰かしら?



「あー、もう鬱陶しいねー。こうなりたくないのならお言い」
 ちちんぷいのちん♪ と、魔女は右手に持ったタクトを振って、その先で扉の顔を指しました。
 するとどうでしょう?
 扉の顔は影も形も無くなり、扉はただの扉に戻ってしまいました。
 魔女はお小遣いをねだるために甘えてくる子どもにもう、しょうがないな、と余裕のある母親がそうするようににこりと優しく甘やかにもう一度、影絵たちに訊ねました。



「おまえたちをただの影にするのも簡単だあーねー。いいのかい、おまえたち?」



 すると影たちは壁で影絵を始めました。
 大きな大きな扉の顔、その顔に湖沼を振りかけたのは、頭にうさぎ耳をつけた小さな女の子!




―【1】―
「こんにちはー♪ aからzまで何でも揃えられてどこにでも運べる便利屋さんのファルス・ティレイラです。ご注文していただいた鍵を持ってきました!」
 鍵よ。鍵よ。鍵ったら鍵よ。鍵。扉につける鍵よ。あの顔は御用済みかしら。
「あら、珍しい。自然発生した魔法で命を持った子たちね。ここの魔女さんってば、そんなにも純度の強い魔法を使うんだ。 うちのお師匠様が言っていた。こっちの世界で魔法の履歴から自然に魂が産まれちゃうぐらいに魔法が濃い場所はそうはないって。それだけにもしも、そんな場所があったならそこには随分と力の強い魔法を使う者が居るんだって。でも、それなら、どうして私が来たのにお出迎えが無いのだろう?」



 ティレイラは小首を傾げました。
 もしも、この荷物の届け先の魔女がそんなにも力の強い魔女ならば、わざわざ大声を出して魔女に自分が来たことを告げずとも、魔法の装置なり、自分の接近による魔法の気配なりでわかろうものだろうに。
「お休み中かな?」
 今度は逆方向にティレイラは首を傾げました。
 さらりと額の上で揺れた前髪の下で瞳をぱちぱちと瞬かせます。
「どうしよう? そらならもう一度、後から来ようかな?」



 かしら。かしら。そうかしら?
 もう一度、来るかしら?
 でも、それに意味はあるかしら?
 あの魔女は気難しい。
 ちゃんと自分のお城の門まで来ないと出迎えない。
 門まで来ても出迎えない♪
 かしら。かしら。そうかしら♪



 くすくすと笑いあう影絵たちにティレイラは瞼を三回上下させます。
「はて? 住所はここで間違いないんじゃない? んー、でも、一応、もう一度確認しようか」
 ティレイラは肩を竦めて、伸ばした右手の人差し指の先で♪を描きます。
 すると、どうでしょう?
 彼女の目の前の空間に文字が浮かび上がりました。
 その文字は確かにこの、今、彼女が居るとある遊園地のアトラクションであるお城の住所でした。
 そして、確かにこの影絵たちもお城と口にしています。
 それでは、



「他にまだお城が居るのかしら?」
 ぎゃぁ!
「あ、ごめんなさいかしら♪ おほほほほほ♪ って、さて、遊んでる場合じゃないよ、私。まだまだお届け物たくさーーーーん、あるんだから! 早くこの鍵をお届けしなくちゃ!」



 ティレイラは瞼を閉じました。
 耳を澄まします。
 この遊園地に居るたくさんの人間の楽しそうな笑い声。
 迷子の子どもの泣き声。
 観覧車のてっぺんからはプロポーズの言葉まで聞こえてきます。
「あら、やだ。お幸せに。って、顔を私が赤くしている場合じゃないよ。この場合は青くしなきゃ! 見つからないのだから!」
 次にティレイラは鼻をクンクンとさせました。
 すると、この遊園地に立ち込める魔法の香りがします。
 それは白梅香の匂いによく似ていました。
 とても上品で清楚ですが、どこか心惑わす様な妖艶な悪戯っぽい香り。
 まるで妙齢の女性の色香のような。
 そして、ティレイラは、くすりと笑って、目の前の白亜のお城を見上げるのです。
「なーんだ、やっぱり、ここで良いのじゃない」
 そう言ってティレイラは遊園地の真ん中にあるお城に入っていきます。
 そのお城の中はコースターが走っていて、そのコースの周りをホログラムの様々なお化けが浮かんでいます。
 まあ、そのお化けたちの中には本物のお化けも居るのですが、それはここだけの内緒話で。
 ティレイラは背中の翼を羽ばたかせて飛んでいきます。スカートから覗く尻尾の先が何やら楽しそうに揺れているのは彼女の好奇心の証。
 だって、そうでしょう。ここはこの国でも一番有名な遊園地のアトラクションで、そして、そのアトラクションの名前と同じタイトルの童話に出てくるような力の強い魔女が本当に住んでいるのですから。
 鼻歌を歌いながら飛んでいたティレイラはアトラクション内のとある場所にかけられていた一枚の絵を見つけました。
 それはこのお城の絵でした。
「ここね。こんにちは。お届け物を持ってきました」
 ティレイラは絵にそっと口を近づけてそう囁きました。
 すると、どうでしょう。絵のお城の門が開き、ティレイラはその絵の中のお城へと吸い込まれたのでした。



―【2】―
 お城の中はとても不思議と言うか、少し不自然でした。
 だって、そうでしょう。お城に飾ってある絵や花瓶などがまるでぎこちなく置かれているのですから。ある場所ではこのお城の持ち主たる魔女の美的センスを感じさせるような配置で絵や花瓶などの装飾品が上手に飾られているのに、ある場所ではその上手な美的なバランスが壊されているような感じで配置されているのです。
 それを見てティレイラは悪戯っ子に荒らされちゃったみたいね、と思い、事実そうであることをこの城の魔女から告げられるのです。
 そして、ティレイラの感じていた通り、魔女はとても力の強い魔女であることは、実際に彼女に対面してわかったのですが、ならばその魔女がどうしてわざわざティレイラを試し、その力を認め、改めてその悪戯っ子の退治を依頼してきたのか、その本心にはとうとうティレイラは気づくことはできませんでした。
 そうして、ティレイラは魔女がまた泥棒がこの城にやって来ると予言した次の星月夜にこのお城にまたやって来ました。



―【3】―
「星月夜って、師匠に笑われたことを思い出す」
 お月様が無いのにとても明るくて、良い夜♪ そう星月夜の空を見上げながらくるくると回ってティレイラが歌うように言うと、それを聞いた彼女の師匠はけたけたと笑って、だから、星月夜って言うのさね、と月の無い夜、その代わりに眼下の世界を明るく照らし出してくれる夜を星月夜と呼ぶことを師匠が教えてくれたその夜のことをティレイラはよく覚えていて、それがとても心地の良い大事な思い出だと感じておりました。
 何故ならその頃の師匠はまだ師匠のお悪戯も無く、本当に心から尊敬できる大好きな師匠でしたから。
 ええ、ここ最近の師匠のお悪戯は少し度を過ぎてしまっている節が多分にあって……。
 ここ最近の師匠のひどい悪戯の数々を思い出して、ティレイラはぶるりと華奢な身体を震わせました。
 彼女の未来を予感する能力もいざ、自分のこととなると上手く見通せないので、師匠のお悪戯も成功したりする次第なのです。
 いつか、いつかティレイラはその師匠の仕掛けた悪戯を逆手にとって、逆ドッキリのように師匠をぎゃふん!と言わせてやりたいと強く想っているのはここだけの内緒です。
「あ、そういえばここ最近、師匠ってばまた結晶の魔法を開発して嬉しそうにしていたから、それを私に使われないように気を付けなくちゃ」
 ふむとティレイラは頷いて、右手の人差し指で目の前の空間に、
 師匠が開発した結晶魔法に引っかからないように気を付ける!
 と、書いて、それを袖を捲った左腕に貼り付けました。
「これで常に師匠の悪戯に気を付けられるようにできる。私ったら冴えている♪」
 ふむ、とティレイラは満足そうに頷きますが、クスクスと影絵たちが笑っております。
 遊園地の中を走り回るように影絵たちは遊園地の石畳を走り、壁を走り、
 かしら♪ かしら♪ かしら♪ 上手くいくかしら♪と笑っております。
 お茶会で美味しいお茶とお菓子を楽しむように、
 影絵たちは何かに舌鼓をうつようにそう嗤っております。



 かしら♪ かしら♪ そうかしら? 
 上手くいくかしら?



「あら、ちょっと不服。上手くいくわよ。魔女さんの宝物庫を荒らす子は私がちゃーんと捕まえてあげるんだから♪」
 背中の翼を羽ばたかせて、星月夜の空の下、冷たい夜風になびく髪をかき上げながらティレイラはくすりと笑いました。
 その少し挑戦的な、それでいて悪戯っぽい仔猫のような小生意気そうな笑みは、ティレイラの歳に相応しいもので、そして、どこか彼女の師匠を思わせる物でした。
 影絵たちはその笑みを見て、また笑うのです。



 星月夜。
 夜空に月は無く。
 なら、その月は、どこで、何をしているのでしょう?



 ティレイラはすぅーとまだ膨らみ切っていない小さな双丘の胸にいっぱいの息を吸い込んで、そして、楽しそうに振っていた尻尾をぴたりと止めると、大声で叫びました。



「悪戯っ子の泥棒さーん。私、ファルス・ティレイラが何でも屋のプライドにかけてあなたを捕まえるよー!」



 夜気を震わせて遊園地中に響いたその声に、夜の闇に満ちた魔法の気配が震えます。
 それはそれはとても楽しそうに。
 いつの間にかそれは形を成したぴくりとその長い長いうさぎ耳を震わせて。
 あなたは聞いたことはありませんか?
 満月の夜は、犯罪が多いと。
 それは月の重力によって海の満ち引きがあるように、
 その重力が人の体内にある水に、心に影響を及ぼすからだと。


 月は犯罪を起させるように、人の心を惑わし、導くのです。


 月は犯罪の囁き手。


 月は犯罪を楽しむ。


 それは仔ネズミをいたぶる仔猫のように。


 星月夜。
 月の無い夜、
 その月の無い夜に起こる犯罪は、
 なら、誰が囁いた?
 そそのかした?



「ふふふふふ。捕まえられるなら捕まえてごらん♪」
 長い長いうさぎ耳。それを楽しそうに揺らしてそれは囁くように呟いた。
 その呟きは宣戦布告。
 夜は震え、息を詰める。
 きゅっと、夜が身を縮めた。


 そして、夜を震えさせるようにうさぎ耳の泥棒は石畳を蹴った。
 それはすさまじい跳躍力で石畳を踏み砕き、
 舞い上がったその破片が石畳の上に落ちた時には、しかし、そのうさぎ耳の泥棒は消えていた。



「残像すらあなたの眼には映らないでしょう?」



 かしら? かしら? そうかしら?



「童話のうさぎは亀をバカにして寝ちゃったけれど、あたしは寝ないよ? ずーっと飛び回っているよ。止まらないよ? 止まらないあたしをあなたは、捕まえられないよ?」
「それは亀の話でしょう? 亀はのんびり屋さんだものね。でも、残念。私は、竜なんだなー」
 くすりとティレイラは笑いました。
 それは本当に、ただただ自然な笑みでした。
 あら、えんぴつ? えんぴつなら手で折れるよ? それぐらいの気安さを感じさせるそんな笑みで、
 そして、夜風になびく前髪をぴぃっと指でティレイラは弾いて、
 再びその前髪が彼女の額を覆った時、その前髪の下の赤い双眸はキラキラと楽しげに光り輝きながら、驚きに表情を消したうさぎ耳の泥棒の顔を映しているのでした。



「捕まえた♪」



 とん、とティレイラの手がうさぎ耳の泥棒の肩を叩きました。



「双子?」呆然とうさぎ耳の泥棒は言います。
「ううん、違うよ。双子のトリックはそれこそ昔話の亀がやったでしょう? そのズルの罰で亀は神様に怒られて、甲羅を叩かれて、罅が入っちゃったんだよね。私はそんなズルはしないよ。私の翼はこの世の何よりも早い。そして、そのフルスピードでも私のこの自慢の尻尾はかじ取りをしてくれるから、そのスピードを生かせるの。私からは、逃げられないんだなー♪」
 うさぎ耳の泥棒はぷぅーと頬を膨らませました。
 なにせうさぎ耳の泥棒は見た目だけなら3歳児の女の子がうさぎ耳のカチューシャをつけているようなので、その頬を膨らませたうさぎ耳の泥棒の顔を見て、ティレイラの母性がキュンと胸を締めつけたのでした。
 まだ膨らみ切っていないささやかな胸がどきどきとワルツのように鳴ります。
 拗ねる泥棒にティレイラは右手の人差し指を立てて、ひとつ提案しました。
「うん、わかったわ。なら、もう一度、勝負してあげる。どろ警や鬼ごっこと同じルールね。あなたが逃げて、私が追いかけて捕まえる。どう?」
 そうティレイラが提案するとうさぎ耳の泥棒はにこりと微笑みました。
 頬を膨らませていた息を吐き出して彼女はしょうがないなー、という感じで言うのです。
「もう、しょうがないなー、ティレイラは。じゃあ、もう一度、勝負してあげる。合図はこの打ち上げ花火ね。あたしはティレイラから逃げ切るよ!」
 うさぎ耳の泥棒は打ち上げ花火を少し離れた場所に置いて、導火線に火をつけます。
 ティレイラは背中の翼をゆっくりと羽ばたかせながら、尻尾をぐるんぐるんと回して、
 影絵たちはそんなティレイラを眺めながら楽しそうにカウントダウンを始めました。
 そして、



 かしら♪ かしら♪ そうかしら♪
 たまやーーーーーーかしら♪



 花火が上がったその瞬間、



「えーーーーーーー!」ティレイラは目と口を驚きに大きく開けました!


「この勝負、あたちの勝ちだぁーーーーーーー!」
 ティレイラの驚きの声とうさぎ耳の泥棒の勝ち誇った声とが花火の音と重なります。
 華麗に夜空に咲いた火の花。
 それが照り出したのは星月夜に向かって真っすぐに飛んでいくうさぎ耳の泥棒でした。
 そう、うさぎ耳の泥棒は夜空に向かって真っすぐに跳ね上がったのでした!
「真上ぇー!」
 ティレイラは驚きの余に思考が数秒ストップしてしまいましたが、すぐに翼を羽ばたかせるのと同時にさらに尻尾でも石畳を叩いてその勢いも利用してうさぎ耳の泥棒に遅れること数秒後に夜空に向かいジャンプしますが、しかし、なるほど、夜空に向かいジャンプするうさぎ耳の泥棒の脚力は、確かに強力でした。



「十五夜のお月様なんて無いのにー!」



 成層圏まで飛び上がった頃には確かに先ほどまで無かったお月様がありました。
 そこで跳ねているうさぎが数匹、楽しそうにしています。
 ティレイラはぷぅーと頬を膨らませて、そのまま翼を羽ばたかせるのを止めて落ちていきました。
 いかにティレイラの翼でも月までは飛んではいけません。
「また、今度、捕まえてあげるんだから。その時の私には死角なんて無いんだからね! でも、真上に飛ぶなんてやるじゃない♪」
 重力にゆっくりと引かれながらくすくすくすとティレイラは楽しそうに身体を丸めて笑いました。
 そして、石畳にくるりと一回転して落下の勢いを殺して着地しようとしたその瞬間、しかし、そこに鶴と亀が居て、ティレイラはその亀の甲羅の上につま先を乗せてしまい……



「ぎゃふん!」ティレイラはそう呻きながらすってんころりんと滑って転んでしまいました。



 かしら♪ かしら♪ そうかしら♪
 鶴と亀が滑ったかしら♪



 そして、そのティレイラに向かって飛んでくる物があります。
 


 鳥かしら?
 飛行機かしら?
 うさぎ耳の泥棒かしらーーーー♪



「ふぇ? ふぇぇぇぇぇぇ!」



 目を見開くティレイラに向かってうさぎ耳の泥棒はにんまりと微笑み、そして、ティレイラに向かって小さなボールを投げました。
 師匠が開発した結晶魔法に引っかからないように気を付ける! そう文字が書かれた左腕を伸ばしたティレイラにそのボールが直撃。
 するとそれはみるみる大きくなって、そうしてティレイラはそれに閉じ込められてしまうではありませんか!



「うわ、何よ、これ! 出してぇー!」



 閉じ込められた球体の中からティレイラは叫びますがその声は球体に吸い込まれてしまいます。
 翼を羽ばたかせて中から外に飛び出そうとしても、その球体はゴムのようにびよーんと伸びて飛び出すことも破る事もできません。
 万事休す……。
 ティレイラのスカートからのぞく尻尾も元気なくぶらーんとしてしまいます。
 くすくすくすと笑うのは月のうさぎたちです。
 ええ、そう。何せ、月でうさぎがやることといえば、やたら十五夜に月を眺める人間たちを眺めたり、スーパームーンと言っては月を眺める人間たちを眺めたり、餅つきをしたり、飛び跳ねたりすることだけで、たまに力のあるうさぎが地球に降りて、そこに住む者たちをからかい、その話を聞くばかり。
 娯楽なんて他にはなぁーにもありません。
 だから……



 かしら。かしら。そうかしら♪
 ティレイラに事実をお話ししようかしら♪
 


 遊園地の石畳の上で、アトラクションの建物の壁で影絵たちが劇を演じはじめます。
 ティレイラはその影絵の劇に出てくるひとつのシルエットを見て、どこか悲鳴のような小さな声で「ぎゃふん……」とまた言いました。
 そう。そのシルエットはティレイラのよく知る人物だったのです。



 かしら。かしら。そうかしら。



 とある所に悪戯好きの月のうさぎに困らされている魔女がおりました。
 なにせ魔女は月と契約して、月の滴をもらって様々な呪術を執行しているので、月やその住民には何も言えませんでした。
 あらあら、まあまあ、そうなのかしら?
 困り果てた魔女のもとにやはり魔法を使う者が訪ねてきました。
 魔女がその者を警戒したのには理由があります。
 それはその者がとても悪戯好きだからです。
 しかし、その者の悪戯の標的はその魔女ではありませんでした。
 にこりと相も変わらずに魔女を震えさせるその悪戯っ子の笑みを浮かべる魔法使いの標的はそう、その者の弟子だったのです。
 遊園地中の影絵たちが一斉にティレイラを見ました。
「はぁー。また師匠にしてやれたー!」
 逆ドッキリをしかけるどころか今回もまた、師匠の悪戯にひっかかったのです。
 影絵たちが演じる劇は師匠のシルエットがうさぎ耳の泥棒の耳に何やら囁き、ボールを手渡すそのシーンで終わりました。
 とほほほほと落胆するティレイラの元気が無くなっていくのと同時に彼女は黒水晶の象と化し、そうして月に運ばれて行って、月のうさぎたちは新たな玩具、黒水晶の象のティレイラを囲んでうさぎのダンスを踊ったり、それをデッサンをしたり、花で飾ったり、落書きしたり、師匠がティレイラにかけた魔法が解けるまでみんなで仲良く遊びましたとさ♪



 かしら♪ かしら♪ これでお終いかしら♪



 ++ ライターより ++

 こんにちは、ファルス・ティレイラPL様。
 担当させていただいたライターの草摩一護です。
 この度はありがとうございます。

 いかがでしたでしょうか?
 ティレイラさんの設定がとても楽しかったので、この様なお話にしてみました。
 少しでも楽しんでいただけていましたら幸いです。^^


 重ね重ねになりますが、ご依頼、本当にありがとうございます。


 草摩一護