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雪女郎の宿
1.
「大当たり〜!!」
カランカランカランっ!
と、大きな音を立ててハンドベルがアーケード商店街に響き渡る。響(ひびき)カスミは驚きの顔を見せたあと、すぐに笑顔になった。
「な、なに? 大当たり? えっ? えぇっ!?」
「1等だよ、1等! 雪女郎伝説の残る老舗温泉宿のペア宿泊券だよ! おめでとう!」
気分を変えて近くの商店街で買い物をしてみれば、なんてラッキーなのだろう。
「嬉しいわ、どうしよう‥‥」
真冬の降ってわいたラッキーに、カスミは戸惑いながらも既に心は温泉地。何を着て行こうか、どんな料理が出るのか。ウキウキ、ルンルンで家路を急ぐ。
「どうしたの? カスミ。とっても嬉しそう」
帰宅したカスミを出迎えたのはイアル・ミラール。同居人である。ニコニコ顔のカスミに、イアルもつられて微笑んでしまう。
ペア宿泊券‥‥ペアってことは、誰かと一緒ってことよね。
カスミはイアルに先ほど温泉宿の宿泊券が当たったことを話した。
「ねぇ、この週末に一緒に温泉に行かない? 日ごろの疲れもとれると思うの」
目を輝かせたカスミの提案に、イアルは微笑んで頷く。
その夜、イアルとカスミは温泉に来ていく服や旅行のプランについて楽しく語り合った。
その週末、イアルとカスミは温泉宿に旅立った。たった1泊2日の小旅行。とはいえ、懐の痛まない棚ぼた的な旅行に心が躍る。新幹線に乗っていざ出発。
行先は雪女郎伝説の残る山里の温泉宿。
2.
宿泊先である温泉宿は山奥で、新幹線を降りてさらに鈍行に乗り最寄駅まで。そこからバスに乗っていく予定だった。
けれど、最寄駅についたイアルとカスミを待っていたのは真っ白な銀世界だった。
「バス‥‥出るのかしら?」
「ちょっと聞いてみましょ」
お土産屋の店主にバスについて尋ねると、首を振った。
「あそこに行くには歩いていくしかないよ」
「そんな‥‥」
絶句したカスミだったが、今更帰るなんてことはできない。
「少し歩いてみましょ。温泉宿に行く車があるかもしれないし、そうしたら乗せてもらえばいいし。もしなければそのまま宿に向かえばいいわ」
カスミはそう気軽に言ったが、あまりにもそれは雪を軽んじた発言だった。
雪に対しての装備は何もしてこなかったカスミとイアルは大変な苦労を強いられた。足は滑るし、雪の深さでろくに前も見えない。おまけに吹雪いてさらに視界は不安定になる。
「暗くなってきたわ‥‥」
空はいつの間にか夜の暗さになり、吹雪と相まってさらに視界を塞ぐ。
「カスミ、しっかり手を繋いで行きましょ。はぐれないように」
カスミはイアルの腕に手を回し、体を密着させた。こんな場所ではぐれたら、まず間違いなく死んでしまう。すこしでも生き延びるために‥‥。
それでも、イアルとカスミの体温は容赦なく奪われていき体力も底を尽きかけた頃、視界に微かに映る明かりを見つけた。その明かりが近づくにつれ、そこが家であることにホッとした。
「すいません!」
転がるように2人はその家に助けを求めた。中から出てきたのは、美しい女性だった。
「まぁ、こんな吹雪の中‥‥大変でしたね」
女性はイアルとカスミを中に招き入れ、バスタオルで丁寧に2人を拭いてくれた。その家には他にもたくさんの女性がいた。どの女性も美しく、透けるような肌の持ち主だった。
「みんな綺麗な人たちね」
カスミもイアルと同様の感想を持ったようで、溜息交じりにそう言った。
女性たちは2人を歓迎した。一晩の宿の提供を申し出てくれた。温かな料理、ふかふかの寝床、濡れた服の代わりの寝間着。寄り添うように色々としてくれて、逆に恐縮してしまう程だった。
「助かったわね、イアル。明日には吹雪がやむといいわね」
イアルの隣で床に就いたカスミはそう言って、すやすやと寝息を立て始めた。
「おやすみなさい、カスミ」
その姿に安心したイアルも微笑むと、深い眠りに落ちていく。
2人を狙う者がいるというのに‥‥。
3.
ぞわっとした冷たさが体を這いまわる。疲労による眠りは深かったけれど、這いまわる何かにイアルは目を覚ました。
体が、動かなかった。
のしかかられたように重い体、這いまわる冷たい何かはイアルの体中を探る。
「‥‥ぁ!」
イアルの隣に寝ていたカスミの方から、小さな声が聞こえた。甘く濡れたような声。
「カ‥‥スミ?」
イアルがなんとかそちらを見やると、カスミに黒い影が覆いかぶさっていた。そして、イアルは信じられないものを見た。
カスミの上に覆いかぶさっていたのは、この家の女性だった。1人ではない。複数の女性がカスミに手をかけていた。女性たちによってカスミは恍惚の表情となり、体を震わせていた。
「カスミ!!」
喉まで出かかった叫び、けれどイアルはその声を出すことはなかった。
這いまわるのは冷たい手。イアルの体の熱い場所に入り込み、強い快感を生み出す。イアルがその手の虜になるのに、時間はそんなにかからなかった。
「ふぁ‥‥!」
身をよじり逃げようとするも強く抗えぬ波にイアルはどうすることもできず、カスミと同じように体を震わせる。
その瞬間、イアルは氷漬けにされた。
「これはよい精気ですこと」
女性たちは雪女郎だった。雪女郎たちは秘湯に来た女性たちを攫い、自分たちの糧にしていた。快楽を与える代わりに、その精気を奪う。
イアルは雪女郎たちの洞窟へと運ばれた。隠れ住むにはうってつけの洞窟。誰も知らぬその穴の中へ。イアルの生気は雪女郎たちの格好の餌食となった。
氷漬けから解放されたイアルを待っていたのは、冷たい唇の洗礼だった。甘く、深く、芯を貫くような口づけ。
「あ‥‥ぁ‥‥」
かわるがわるイアルは快楽を与えられ、その代わりに生気を奪われていく。心までとろけるような快楽の片隅に浮かぶのは、傍らにいた筈のカスミ。
カスミはどこに‥‥?
そんなイアルの疑問に答えるかのように、イアルの目の前にカスミの姿が現れた。
「‥‥哀れよのぅ、人間」
カスミの声とは違う、低い声。カスミは雪女郎の長にその体を乗っ取られていた。
涙も出せないほどの狂おしいまでの快楽が、イアルの生気を雪女郎へと移していく。次第に冷たくなる四肢と何も考えられない頭の中でイアルは最期の言葉を振り絞った。
「カスミ‥‥‥‥!!!!」
断末魔。もしくは命と快楽の果てる音。
最後にイアルの生気を絞りつくしたのは雪女郎の長に乗っ取られたカスミだった。
そうしてイアルは、無残に氷像と成り果てた。
4.
イアルの声が‥‥聞こえた。
目覚めたカスミは、どこか暗いところにいるようなそんな感覚に捕らわれていた。
自分の手が、足が、全ての器官が自分のものではないような感覚。けれど、確実に聞こえたのはイアルの声。
イアル‥‥イアルを助けなければ。
手を動かすの。足を動かすの。目を開き、耳を澄まして、私を取り戻すの。
段々と戻ってくる感覚。手先が温かくなり、足に血が通うような感覚。
私は‥‥私は響カスミ。私は響カスミ。
何度も繰り返すうちに、カスミはついに目を開き、その体の感覚を取り戻した。
「‥‥? イアル?」
カスミは知らず知らずのうちに雪女郎の長の魂を追いだした。
カスミの目の前には氷像になったイアルの姿。イアルは冷たくなっていた。
「! イアル!」
カスミが駆け寄っても、イアルは微動だにしない。当然だ。イアルは氷像なのだから。
頬を叩いてもその温もりは感じられず、冷たい胸は動かない。
「イアル‥‥」
カスミはそっとイアルの頬を手で包み込んだ。そして、唇に唇をそっと触れた。
カスミの体内には雪女郎の長が吸い取ったイアルの生気が残っていた。カスミは知らずにその生気をイアルに戻したのだ。
イアルの体が小さな身震いを起こした。
「!」
カスミはイアルを必死に連れ出した。この洞窟にいては助けられないと思ったのだ。
雪は止んでいた。
満天の星空と、月明かりがカスミとイアルを本当の人が住む場所へと導いた。
カスミとイアルが泊まる予定になっていた宿だった。2人は今度こそ手厚く迎えられた。
「イアル、すぐに温かくなるわ」
温泉につかると、カスミはイアルの体を優しく揉みほぐした。
あんなにも冷たかったイアルの肌はカスミと温泉のお湯で柔らかく、温かくなっていく。赤みの差し始めたイアルの肌を見てカスミは微笑む。
「よかった‥‥イアル」
ぎゅっとイアルを抱きしめたカスミの素肌が、イアルの芯まで冷えていた体を優しく包んだ。
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