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<東京怪談ノベル(シングル)>


甘えるような鳴き声が

「今、暇か?」
 草間から電話が入ったのは、その日の夕方であった。純粋な乙女であれば、ディナーデートのお誘いかとときめくところだろうが、彼の性格を知っているセレシュ・ウィーラーはその甘い妄想を一蹴した。
「まあた、つまらない依頼をうけたんやろ」
「……頼む」
 彼の頼みを断らなかった自分も大概お人よしだ。

     ■

 子猫を捕まえてほしい、というのが依頼であった。しかし、鳴き声はするものの、いくら探してもその姿は見つからないというのだ。
「姿が見つからないというと、化け猫か何かっちゅうことかしらね?」
「さあな。依頼主は自分じゃあろくに探してない様子だったが」
 午後5時を過ぎ、それまで遊んでいた子供たちも一人、また一人と家路についていく。二人にちらりと視線を向ける者もいたが、それよりも今日の夕ご飯の方が気になるようだ。みるみるうちに、公園には二人を残して他には誰もいなくなった。
「今のところ、鳴き声は聞こえへんね」
「そうだな」
 風が吹くたびに枯葉が舞い、乾いた音を立てる。遠くでパトカーのサイレンの音がする。二人が歩けば砂利を踏む音がするが、それ以外の音は何もない。ただただ物寂しい空気が、この場を支配していた。
「……もしも、このまま猫の鳴き声がしなかったらどないするつもり?」
「また明日出直す、かな」
「えらい力の入れようやねえ、この依頼に何日かけるつもりやの?」
 皮肉交じりにため息をついてしまう。彼のお人よしにも困ったものだ。
「依頼人てどんな人やってん?」
「若い、冴えない風体の男だ。ひどく怯えた様子で、ろくに会話も進まないほどだったな」
「その代わりに金に糸目はつけない、と」
「なんとしても子猫を捕まえて黙らせてほしいんだとさ」
「それは怪しいなぁ」
 その依頼人が、だ。明らかに後ろめたいことがある様子だ。

『ニャア……』

 か細い、しかしやけに耳に残る声が、風の音の中から確かに聞こえた。ぞ、と背筋が粟立った。セレシュは草間に目配せする。おしゃべりはここまでだ。
 声のした方向に顔を向ける。鉄製のベンチが置かれ、後ろには寒々とした植込みがある。
「あそこか……」
 音をたてないように、草間がじわじわと距離を詰めていく。セレシュは数歩後ろからその姿を見守っていた。
 植込みへ足を踏み入れる。
 じっと一点を見つめる。緊迫の時間が流れた。
「……見つけたぞ」
 無造作に手を伸ばすと、草間はそれを拾い上げた。
「こいつが『化け猫』みたいだな」
「なるほどねぇ……」
 セレシュがかたをすくめたとき、公園の入り口から
「触んなよ!」
 と声がした。

     ■

「オレのだぞ、勝手に触んな!」
 ずんずんと歩いてくると、彼は草間の手からそれをひったくろうとした。
「そうはさせるか」
 ひょい、と手を上にあげて攻撃をかわす。
「坊や、少し聞かせてもらいましょうか。どうしてこないな悪戯をしてたのか」
 公園の街灯が点灯し、3人を照らし出す。
 草間の手には、手のひらにすっぽりと収まるかといった白い四角い物体――スマートフォンがあり、彼――ランドセルをしょった小学生は悔しそうにそれを見上げていた。
 しばらく睨み合っていたが、少年はやがて口を開いた。
「あいつを、ビビらせたかったんだよ」
「あいつ?」
「この公園でたまに見かけるやつでさ。なんか暗そうな怪しい奴で……あいつ、ここで、猫を殺してたんだ」
 口にするのもおぞましいと言いたげに吐き捨てた。
「――なるほどねぇ」
 セレシュは目を細めうなずいた。なるほど、これで大体話の流れはつかめた。
「そういうことなら効果は覿面や。なぁ」
「まあ、そうだな」
 金に糸目をつけずに猫の駆除の依頼をするほどに怯えていたのだから、彼の作戦は大成功だろう。
「せやけど、もう悪戯は仕舞にしぃや」
「何でだよ」
「それ、録音した猫の鳴き声やろ?」
「そうだけど」
「だんだん、声が変わってるって気づかへん?」
「え?」
「その声は呪いとしての自分を自覚し始めてる。このまま悪戯を続けていたら、もう悪戯じゃあ済まなくなるで」
 最初は無邪気な子猫の鳴き声だったはずだ。しかし、少年の思いを受けて徐々にその性質を変えている。
「その猫殺し野郎には俺がきっちりかたをつけといてやる。だから、もう大丈夫だ」
 草間が、少年の肩にぽん、と手を置いた。

     ■

「で、ど、ど、どうだったんですか?」
 数日後、事務所に訪れた依頼主の男は、草間に食いつかんばかりにその報告を迫った。
 年季の入ったソファに持たれていた草間は、これでもかというほど勿体をつけて、ゆっくりと首を横に振る。
「――聞き込みもしたが、誰一人、子猫を見てはいない」
「み、見つからないだと? おい、ちゃんと調査したのか! あんなにはっきり鳴いてただろ!」
「それは当たり前や」
 草間の後ろに影のように控えていたセレシュは、ずい、と一歩前に出た。
「誰だよ、その女」
「うちはまあ、霊能力者、みたいなもんや。草間さんに頼まれて同席させてもらってます」
 さらりと流すと、すっと目を細め、男を見つめる。
「で、声が聞こえるのは当たり前や。子猫はずっとあなたはんと一緒にいるんやから」
「急になに、ワケわかんねぇこと……」
 挙動不審になり、左右を落ち着かない様子で振りむく男。その背後で生ぬるい風が通り抜け、男の後ろ髪を揺らした。
「ひっ……」
 彼にだけは聞こえただろう。

 ねっとりと、甘えるような子猫の鳴き声が。

     End