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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


practical experience



「多くの軍の特殊部隊では格闘訓練は殆ど行われない。まぁ、武器を持ち最大火力で敵を制圧するという近代戦争に於いて白兵戦になった時点でいろいろ終わってるし優先順位が低くなるのも頷ける話だけどね」
「はあ……」
「他にも理由があって、格闘技が出来ないと敵に工作員と疑われにくくなるというのがある。実際、引っかいたり噛みついたりなんてする奴がまさかって思うだろ? 日本はともかくアメリカじゃ一般人でも銃を持ってるしね」
「そう…ですね」
 彼が何を言わんとしているのかわからなくて真衣は曖昧に相槌を打った。アメリカ帰りの彼がそこでの体験を話そうとしてくれている……という雰囲気でもない。
「つまり、相手がウサギを狩るのにも全力を尽くす真面目なタイプだったら別だけど、多くの場合、相手が何の訓練も受けていないド素人とわかれば、油断をするしそれだけ隙もみせてくれる、ってことだよ」
「………」
 彼の言わんとしていることを薄々察して真衣は相槌を打ち損ねたが、彼は気にせず続けた。
「だから神無月のその天然さは相手を油断させて隙を作るのにとっても有効だと思うんだ」
 常にクールさを見せる彼だったがこの時ばかりは暗闇の向こうで笑顔を向けているような気がした。まるで真衣を元気づけるように。
「……そうですか」
 真衣はそっと彼の気配から視線をそらす。
「それに仲間の緊張を解くという効果もあるよ」
 フェイトが追い打ちをかけた。
 それに真衣は棒読みで応える。
「足を引っ張る方が多いですが……」
「日本人の悪いところだな。日本人は何故か苦手を克服しようとする。だが、欧米人は苦手な事は放置して得意な事を伸ばそうとする。その結果、日本では出来ない事を叱る教育だが、欧米では出来る事を褒める教育が主流だ」
「でも……」
「短所は長所とも言うだろ? 神無月のそういうところ、俺はいいと思うよ。必ず武器になる」
 なんだか少しずれているような気がしなくもないが、彼は彼なりにこの状況に対して全力でフォローしてくれているのだろう、そういうことなのだ。それはよくわかる。よくわかるのだけど。
「私たち、今、捕まってるんですよ〜〜っ!?」
 真衣は反射的に怒りとも悲鳴ともつかない声を張り上げていた。



 ▼▼▼



 59時間前。一隻のプレジャーボートが4人の若者を乗せて東京沖のとある無人島に接岸した。戦時中、それほどの要衝たりえなかったにも関わらず毒ガス工場があったため爆撃を受け前線となった島。爆撃でも多くの戦死者を出したが、それ以上に、その毒ガス工場では併設された試験場で多くの“死者”を出し、地図からその事実ごと抹消された島である。数多の魂の呪詛に集う怪異を慰霊碑という名の封印によって抑制し、IO2監視下に置かれた立ち入り禁止区域。その場所で4人の若者はその消息を絶った。

 14時間前。若者らが行方不明になったという報告がIO2本部にもたらされる。

 13時間半前。ランチの後、IO2本部2階にある給湯室でお茶を淹れていた神無月真衣は突然上司に拘束され、何の説明もなく屋上のヘリポートで待機していたヘリに放り込まれた。シートにしたたか頭ぶつけようやく顔をあげた時にはヘリは既に上空300m。諦念に満ち溢れながらシートベルトを引っ張り出す真衣に。
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
 向かいの席の男に声をかけられて、そこで初めて真衣はその存在に気がついた。
「これ、上から着て」
「……フェイト……さん!?」
 そこにいたのは憧れの先輩だった。
「うん」
 最近IO2に入ったばかりの真衣にとって、他のエージェントからも一目置かれている彼の存在は雲の上のような存在だ。その彼が目の前にいる。
 彼のような人物が、自分みたいな新米エージェントと、まさか組もうとでもいうのか。
「潜れる?」
「あ、はい」
「リペリング降下訓練は?」
「…受けています」
「じゃぁ、大丈夫だね」
 どうやら組むことが決定しているようだ。
 フェイトから今回の任務についての説明を受ける。4人の若者らの捜索。海が時化ていることと、万一封印が解かれている可能性を考慮し、ヘリで島に着陸せず、海中から島に上陸するという。
「質問はある?」
 ダイバースーツを着終え、耐水性のウェストポーチの中身を確認していた真衣にフェイトが尋ねた。
「島の広さは?」
「これが島の地図とこっちが現役時代の工場の見取り図だよ。そんなに広くないから頭にいれておいて」
 フェイトは地図を広げながら言った。海岸線一周4km余りの小さな島だ。前線基地は既に跡形もないほどの爆撃を受け、毒ガス工場も半分が倒壊し廃墟となっているという。慰霊碑は島の高台にあるらしい。
「封印は解かれていると思いますか?」
「だから、呼ばれたとも思ってるけどね」
「………」
「彼らが行方不明になってからずっと霧雨が続いているそうだ」
 それも、封印が解かれた影響と考えている。そんな口振りだった。
「あ、装備の対霊弾は俺の方で用意させてもらったよ」
「え? あ、はい。でも、私あまり銃は得意では……」
 ならば何が得意なのかと問われたら、答えようもないのだが。
 そんな真衣に少し考えるように首を傾げてフェイトが言った。
「これだけ守れば大丈夫だよ」

 12時間前。フェイトと真衣は島へ上陸。砂浜にダイバースーツを脱ぎ捨て、まずは海岸線を歩きながら若者が乗ってきたというプレジャーボートを探す。

 10時間前。ボートを発見。人影はない。フェイトがエンジンを破壊する。今は海が荒れているため島から出られないが、この先いつ天候が回復するとも限らない。封印を解かれた怪異の足止めをするためだ。もちろん、怪異が空を飛べるならあまり意味はないが、若者らが訪れてから既に2日が経過している。人間に恨みを抱いた呪詛の声、ヤツらが生んだ怪異がその恨みを晴らすため東京都心を目指す……ことをせず、この島に留まっている理由。

 9時間半前。ボートから足取りを探るように内陸へ。緑多き島。雑木林のようになった茂みの中、折れた木の枝、足跡などを慎重に探し追跡を開始する。
「食料はどうしてるんでしょう?」
 ボートにはそれらしいものは何もなかったが、持ち込んでいたとしてどれくらいの量があるのか。消息を絶ってから既に2日が経過しているのだ。
「急いだ方がいいだろうね」

 9時間前。日没。
「………」
 不審そうにその道程を振り返るフェイト。
「何か気になることでも?」
「いや、何でもないよ」

 8時間半前。高台の慰霊碑へ。壊されたような跡がある。だが、怪異の存在は感じられず。
「ずっと雨も降ってるし、廃墟の方に行ってみようか」
 この島で雨を凌ぐには半分倒壊しているとはいえ廃墟が適しているだろう。フェイトの提案で毒ガス工場の廃墟へ。

 8時間前。廃墟の軒下でレインコートを脱ぎ人心地。怪しい気配がないことを確認して夕食代わりの携帯食料を水で喉の奥に流し込む。
 その束の間が気の緩みを生んだのか。
「あ、ドアが開いています。あそこから入ったのかも」
 真衣がドアの方へ。
「待てっ!?」
 フェイトの制止に真衣が足を止めるまでの時間1.75秒。踏み出された足は濡れた苔の上で踏みとどまることが出来ず。
「はわわ〜っ!?」
 咄嗟にフェイトが受け止めようと手を伸ばしていたが、反射的に掴んだ彼の腕に真衣は自分の全体重を預けるようにして引き倒していた。
「す、すみませんっ!」
 自分の上に半ば馬乗りにさせて真衣は更に慌てて後退った。
「あ! ダメだ!」
 フェイトが止めようとしたが、真衣を追う、その行為はかえって逆効果となった。草むらに隠れるように張られたロープに引っかかる。
「ロープ? ……ひゃあっ!?」
「神無月!!」
 真衣がひっかけたロープに連動していたのだろう網が彼女の頭上から降ってきて真衣を捕らえた。
「すみません〜〜っ」
 網の向こうにいるフェイトに謝る真衣を、しかし既にフェイトは見ていない。彼が見ていたのは。
「………」
 行方不明になっていた若者4人。彼らは真衣とフェイトを取り囲んでいた。
「海岸にこれ見よがしにスーツを置いてきたのは失敗だったかなあ……」
 フェイトが困ったように頭を掻いた。

 暗転。

 3分前。深夜2時過ぎ。
「すみません、すみません、すみません〜〜っ!」
 コンクリートで囲まれた地下室と思しき部屋、天窓の向こうには分厚い雲に覆われた夜の闇、明かり一つない中で両手両足を縛られたまま、ようやく意識を取り戻した真衣は、自分の失態を思い出して謝罪の言葉を繰り返した。
 そんな真衣に、闇の向こうでフェイトは、この状況を大したことでもないという風に、かくて何の脈絡もなく語り出したのだった。
「多くの軍の特殊部隊では……」


 ▼▼▼


「発想の転換だよ。探す手間が省けたじゃないか」
 真衣の声が完全に暗闇に吸い込まれるのを待ってフェイトがすっと立ち上がった。彼を拘束していたはずのロープはすっかり解けている。いや、彼だけではない。真衣のロープも、だ。
「………」
 真衣は差し出された手の平を半ば呆然と見上げていた。
「よほど俺たちの事、侮ってくれたらしい。それにこの時間ならヤツらは就寝中だろう」
 フェイトの姿を、暗闇に慣れた目がしっかりととらえる。
「さて、反撃の狼煙をあげるとしようか」
 捕まった時に取り上げられたのか、サングラスをしていないフェイトが微笑むその手をとって真衣はようやく立ち上がった。そうだ、謝ってばかりでは何の解決にもならない。
 しかし。
「彼らは一体……」
「悪霊に憑かれた、ってところだろうね」
 厄介そうにフェイトは肩を竦めている。それから。
「まずはポーチを回収しないと」

 かくて2人はその地下室を出た。鍵はかかっていない。かけようがない、というところだろう。見張りとは出会わなかった。いなかったのか、それとも避けて出たのか。別の力が働いたのか。真衣はただフェイトの後に従うだけだった。
「神無月のはたぶんヤツらが持ってるだろうね」
「………」
 2人はそうして廃墟を出た。
「そこで待ってて。動いちゃダメだよ」
 フェイトが釘を差す。そこは真衣がトラップにかかった場所だった。
 真衣が大人しく待っているとフェイトは軽やかに飛び上がって窓の上の庇に手を伸ばし、反動でその上に上がった。
「よかった、気づかれてなくて」
 真衣がトラップにかかった瞬間、反射的にフェイトは自分のウェストポーチをそこに投げあげていたらしい。
 ポーチから拳銃を取り出すと弾倉を確認し真衣に差し出す。
「はい」
「い、いいんですか?」
 それを受け取りながら真衣が尋ねた。
「うん。大丈夫」
 フェイトはポーチから更にもう1丁、拳銃を取り出し掲げて見せた。2丁拳銃を操るエージェント。
 フェイトがサングラスをかける。スペアを持っているかと思ったが、実はそうではなかったと真衣が知るのはずっと後のことだ。とにもかくにも、それだけで真衣は背筋がピンと伸びるような気がした。
「行こう」
 彼らが寝ているとしたら、居住エリアは倒壊しているため、毒ガス工場の研究室奥にある仮眠室だろうと思われた。廃墟内部の見取り図は頭に入っている。ただ、瓦礫などで行き止まりの箇所も多い。どうしても迂回する必要がある。
 研究施設に併設された試験場へ。一部のコンクリートは風化し、ところどころ雑草や苔が顔を出していた。
 制御室のおそらくかつてはガラス張りになっていたであろう大きな窓枠の向こうに視えたものに、真衣は反射的に右手で口を覆った。胃液をぶちまけたい気分だ。
 そこには自爆霊のような亡霊たちが犇めき毒ガスに悶え苦しみのたうち回りながら断末魔の声をあげていた。それ光景が何度も何度も繰り返される。
 そして縋るように真衣に手を伸ばすのだ。
「こんな…子供まで……」
『オネエチャン…タスケテ…』
「!?」
 その声に捕らえられたみたいに体が動かなくなった。
『タスケテ…』
 真衣に抱きつくようにして子供の霊は口の端を歪めて嗤う。
「あっ……」
 刹那、サイレンサーで押さえられた銃声は風を切るような音だけを残して子供の霊を消し去った。
「天に還してあげないとね」
 銃口の向こう側サングラスで感情を隠すようにして彼が淡々とそう言った。
「はい。すみませんっ!」
 真衣は動く体を確認して一つ息を吐き出すと銃を構えたのだった。

 結論からいえば、真衣は殆ど撃てなかった。苦手意識が先行していることもある。悶え苦しむ姿の彼らに同情してしまったというのもある。フェイトに助けられながら、それでも何とか試験場の亡霊をほぼ消し終えた頃、1人の若者が亡霊に追われ、這うようにしてこちらへ駆けてきた。
「たっ、助けてくれ!」
 それは4人の若者の内の1人だった。緑色のつなぎを着た気弱そうな青年だ。助けなきゃという意識がようやく真衣を動かしたのか、彼を追う亡霊を撃ちながら駆け寄った真衣をフェイトが制止する。
「待って! 彼は俺が助けるよ」
 若者と真衣の間に入るようにしてフェイトはそう言うと顎をしゃくって真衣を促した。
「神無月は他の者達を」
「え?」
 真衣が驚いたようにフェイトを見返す。
「大丈夫。バックアップするから」
 フェイトはイヤフォンマイクを真衣に投げた。真衣はそれを装着して応える。
「わかりました」
 この場所の霊の殲滅はほぼ完了している。腑に落ちないわけではない。だが全幅の信頼をおいているフェイトの指示だ。何か意図があるのだろう。真衣は促されるままに廊下を駆け抜けた。
「女の子一人で行かせるなんて……」
 若者が真衣の消えた廊下を見やりながら呟く。
「彼女なら大丈夫だよ」
 若者の後頭部に銃口をつきつけてフェイトが応えた。
「あらら、バレてたのか」


 ▽


『そのまま行け』
 1人で任務を遂行できるのかという不安がチラついた。だがイヤフォンからフェイトの声が聞こえてくる。それだけで、大丈夫と言われているようで、瞬く間に安堵が全身を包み込んだ。自分はやれる。大丈夫。
 彼の言う通りにうろつく霊を天に還えしながら更に進む。
 研究室の扉はこの向こう。
『止まれ!』
 彼の声に足を止めた。彼の言葉にその扉の前に立つ。扉を開いたらすぐに廊下側の壁に背をつけろ、という彼の指示を確認するように心の中で繰り返してドアノブを握った。
 指示通りに背をつけて息を潜めて次の指示を待つ。
 霊感はあるほうだ。窓からの月明かりがなくともはっきりとわかる。その存在たちを。


 ▽


「どうしてわかった?」
 振り返りざま、若者が放った何かに反射的にフェイトは飛び退いた。
「立ち入り禁止区域に悪のりして入る事はあるだろう。どうせ、そういうのに興味のありそうな連中を誑かしたんだろうし」
 答えながらフェイトは左手を耳元にやって何かを呟いた。そして続ける。
「だけど、ここは地図にない島だ。にもかかわらずボートからまっすぐ慰霊碑に向かっていた。誰かが手引きしたんだろうな、と思ったよ」
 若者の広げられた両手の平にピンポン玉ほどの黒い玉がいくつもぽこぽこと沸き上がった。
「それは失敗だったな。もう少し島を散策しておくんだった」
 若者が嗤う。
「あいつらも慰霊碑を見つけたときは大はしゃぎでね、俺が何かする前に勝手に壊してくれたよ。その件に関しちゃ、ある意味予定外の不可抗力だったわけだが」
 肩を竦めてみせた。
「……正面。2時。それから3歩進んで3時」
「何の話をしている?」
 フェイトの呟きに若者は眉を顰めて手を振った。手の平の黒い玉がフェイトを襲う。
「さて、ね」
 フェイトは銃でその玉を撃ち落としながら、その合間を抜けるようにして距離をとった。
「ああ、そうそう。それとね。封印が解かれたにしてはあまりに静かすぎるな、と思ったんだ」
「ほお…なるほど」


 ▽


 銃を撃つとき、これだけは守ること。
 真衣はフェイトに言われた事を一つ一つ確認するように繰り返した。
 前傾姿勢をとり、銃は両手で支え、下から上へ構える。
 時間に余裕のない時はフロントサイトだけで照準を合わせる。
 必ずダブルタップ。対霊弾は掠るだけでも効果があるが、より確実性を高めるため。
 そして、一番重要なこと。
 撃つ前に4つ数える。
「1(吐いて)…2(吸って)…3(小さく吐いて)…4(息を止める)…」
 真衣は静かに銃を構えた。正面、黒い影に向けて2回撃ちこみ反動を上へ逃がすようにして8の字に腕を回すと再び下から上へ、2時の方向へダブルタップ。そのまま3歩前へ歩いて3時の方向へ2発。
 そこで身をかがめ闇に溶け込みようにして人心地吐いた。
「出来た……」


 ▽


 怪異を呼び込む数多の霊があまりにも静かだった。もっといていいはずの亡霊が少ない。それは、巨大な悪意となってひとかたまりになっているのか、或いは誰かがそれらを従属させているのか、また或いは……。
「6時と9時に1発づつ」
 フェイトの小さな呟き。それが何を意味しているのか理解して、若者は怒りを露わにする。
「こんな屈辱は初めてだっ!」
 ピンポン玉サイズだったそれがテニスボールほどに膨らんで、再びフェイトに向けて放たれる。
「!?」
 銃で撃ち落としながら若者の背後へ回り込もうと試みるが、数と爆ぜる大きさに行く手を阻まれ、増殖のスピードに間に合わず……被弾。衝撃に吹っ飛ばされ床を滑り壁にあたってようやく止まる。
「げほっ……」
 腹を押さえながら咳こんだ。
 落ちたサングラスを踏み砕いて若者はフェイトを見下ろしている。
「人はマルチ・タスクを使うとパフォーマンスが8割も下がるそうじゃないか」
 だが、その呼びかけにフェイトは答えない。
「その対霊弾は人を傷つけることはない。撃て!」
「この期に及んでまだ俺を無視するのか!!」
 怒りに任せて若者がフェイトを蹴り上げる。
「悪いね。バックアップする約束だから」
「舐めた真似を!!」


 ▽


 研究室の敵、オールクリア。奥の部屋へ。
 仮眠室には2段ベッドが2つ並んでいた。
 ベッドに眠る若者たちに銃を向ける。生身の人間を撃ってもいいのか。
 その逡巡に気づいたようにフェイトの声が届いた。
『その対霊弾は人を傷つけることはない。撃て』
 息を吐く。大丈夫。彼を信じる。
 4つ数えて呼吸を整え真衣は引き金を引いた。
「うっあっ!!」
 呻き声と共に、彼らに憑いていたと思しき黒い影が宙に消える。
 1人、2人……。
『伏せろ! 神無月!!』
 その声に反射的に伏せた。銃声に顔だけをあげる。
 赤いパーカーの若者が真衣に銃口を向けて立っていた。いつの間に目を覚ましたのか。真衣は転がるようにして膝をつくと勢いそのままに立ち上がる。
 自らも銃を構えて。
「彼から、退いてもらえませんか?」


 ▽


 踏みつけようとした若者の攻撃を、フェイトは転がるようにして避けると銃を撃ち牽制する。
「実はスーパータスカーなんだ」
 嘯いて立ち上がった。生まれた時からテレパシー能力を持っていた。流れ込んでくる他人の感情を最初は受け止めきれなかったが、いつの間にか無意識下で取捨択一出きるようになっていた。常に同時処理を強いられる環境にあったが故のマルチタスク。とはいえ、万能ではない。たとえばテレパシーとサイコキネシスを同時に使うには脳の負担が大きすぎるように。
 指示はイヤフォンマイクで行っているが、テレパスによって敵の思念を関知しその位置を把握しながら真衣を誘導しているのだ。
「それに……」
 切り札は多い方がいいだろう? 自嘲気味に内心で問いかけてフェイトは銃を構える。
 と、若者がふと怒りを収めて尋ねた。
「ところで、銃の弾は後何発残っている?」
「!?」
 その言葉に引き金を引いて困ったようにフェイトは苦笑いを返した。
「……さっきので終わりだったみたいだね」
 もしかして、わざと怒ったフリをして撃たせていたということか。


 ▽


『オマエラ ハ 俺タ……シタ…許…サナ…』
 地獄の底から響いていくるような声がした。若者に憑いた悪霊のものか。その声に集うように若者に黒い影が次から次へと集まっていく。
 その声を全部は聞き取れなかったが、その思いは読みとれなくもなくて真衣は静かに言った。
「……復讐の相手はこの世界のもうどこにもいません。還えるべき場所に還って恨み言はそこで吐き出してください」
 銃口つきつける若者に銃を構える。
 彼が引き金を引くのを待ちながら。若者の中で膨れ上がる亡霊たちの憎悪と殺意。この島中の全ての魂を取り込んでくれるのを待つようにして。真衣はゆっくりと照準を合わせた。
 彼が持っている銃は真衣から取り上げたもの。だとするなら、あの銃に入っている弾は……怯むべくもない。
 彼が引き金を引いた。
「はうわっ!?」
 変な声が漏れる。腹に突き刺さる予想外の痛み。それでも、衝撃吸収剤で作られた対霊弾は生身の人間を傷つけるまでには至らない。BB弾よりちょっと痛い程度と自分に言い聞かせ。両足に力を入れて真衣はしっかりと床を踏みしめる。
 倒れない真衣に何発も撃ち込んでくる若者を見据えながら、真衣はゆっくり4つ数えた。
 引き金を引く。
『!?』
 彼から滲み出るように揺らいでいた黒い陰が霧散し、若者は糸が切れたマリオネットのようにそのまま倒れた。
「大丈夫ですか?」
 駆け寄って声をかける。脈をとり、呼吸を確認し安堵の息を吐いた。
 他の2人も同様に確認をとり終えた頃、若者の1人が意識を取り戻した。
「ここは?」
 まるで記憶を反芻するように。
「もう、大丈夫ですよ」
 真衣が微笑んだ。


 ▽


 フェイトは持っていた銃を諦めたように投げ出した。いつも持っている2丁拳銃。その1つは今、真衣に貸しだし中だ。
 隙だらけのファイティングポーズ。
「なんだそのへっぴり腰は」
「こう見えて格闘だって一通り出来るんだぜ」
 虚勢を張ってみせる。
「俺を見破ったところは誉めてやるが、あっさり罠にハマったりIO2も随分落ちたものだな」
「うるさいっ!」
 フェイトは勢いよく頭からつっこんだ。まるで素人の喧嘩のように。
「っっ!?」
 足をとられ滑ってつんのめる。
 若者は余裕でフェイトを捉えようと右足を上げ転がってきたフェイトの背を踏みつけようとした。
 だが、それより早くフェイトの手に握られていたナイフが若者の左ふくらはぎに突き刺さる。
 フェイトは両手の平をパンと合わせた。
「臨・兵・闘・者・皆・陳……」
 若者が左太ももを切断し飛び上がる。
「なんて無茶を……」
「弾を撃ち尽くしたところまで計算かっ!? 今日のところは痛み分けにしてやる、IO2。だが、次はこうはいかん」
 そう言葉を残して窓の外へ飛び去った。
「トカゲかー!」
 思わず叫んで小さくため息。
「まいったな……初見殺しなのに。次は使えないじゃんか」
 それに、彼の目的を聞き損ねてしまった、と頭を掻く。IO2に恨みがあるのか。IO2を誘き出すことが目的だったのか?
 とりあえず、既に戦闘は終わっている研究室に向けて足を運ぶと、ちょうど真衣が部屋から出てきた。
「フェイトさん! あれ? 彼は?」
「黒幕、逃がしちゃった」
「え? 逃がす?」
「まぁ、マーカー付けといたからその内捕まるんじゃないかな?」
「………」
「お疲れさま。帰りのヘリ頼んでくるから、彼らを外に誘導しておいて」
「あ、はい」
 そうして廃墟の外へ向かいかけ、思い出したようにフェイトは足を止めた。
「そういえば、神無月はさ、銃の扱いが苦手なんじゃなくて、場数が足りないだけだと思うよ」
「え?」
「度胸は満点だった」
 フェイトのサムズアップに真衣は面食らう。それからその意味を理解して顔に血がのぼるのを感じた。もしかして褒められた?
「……は、はいっ! ありがとうございまっ…はわわ〜!!」
 気持ちが舞い上がってしまったのか、平常運転だったのか、敷居に足をとられてバランスを崩す。
「おっ、と」
 尻餅をつきかけた真衣をフェイトが咄嗟に手を伸ばして抱きとめた。
「す、すみません〜〜っ!!」


 窓の外。
 いつの間にか雨はやみ雲は晴れていた。もうすぐ水平線の向こうから朝日が顔を出すのだろう。






 ■■END■■