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<東京怪談ノベル(シングル)>


断罪の鉄槌 狂気の残光-6

崩れ落ちた瓦礫の向こうに開かれた暗い通路に足を踏み込むと、それを合図に天井のLEDライトが発光し、最奥まで一気に照らし出す。
わざと招き入れらていることに察しがついたが、それでひるむような琴美ではない。
自信に満ちた、優雅な足取りで進んでいく琴美だが、歩く歩幅がまちまちだ。
大きく踏み出したかと思えば、探るように一歩を踏み出す。
また床に描かれた白と黒のパネルを見つけると、ある部分では白いパネルを、とある部分では黒いパネルを、と幼子の遊びが如く歩く。
一見すると、ふざけているようだが、実はそうではない。
ようやくパネルが終わり、打ちっぱなしのコンクリートの床にたどり着くと、琴美は小さく息を吐き出して、進んできた通路を振り返った。

「お遊びが過ぎますわね」

零れた言葉はバッサリと切り捨てた感想。
それと重なるように、派手な騒音を上げて崩れ落ちていく通路。
まるでおとぎ話かアリスのお話だ。進んできた道を振り返れば、そこに道はなく、飴細工のように溶けて消えている。
ただし、ファンタジーと違って、現実はシュールで悪質だ。
この通路の真下にあっただろう妖しい施設を完全に押し潰している。
後日、調査にくるだろう情報部の苦労を思うと、気が重くなる。
重機を運び込んで、超音波で探査をかけながら掘り起こす、という単調かつ重労働はかなりの苦痛だ。
我知らず、落ちたため息に応えるように、若干からかいを込めた男の声が重なった。

「お遊びではなく、証拠抹殺と言ってほしいですね。まぁ、あとで掘り返されると面倒なので、爆破させますが」
「随分と手の込んだやり方ですわね。ここのラボ―と言って差し支えはないですわね。規模はそんなに大きなものではないでしょう?よほど重要な研究をされていた……というわけですね」

少々カンにさわりますわね、と思いつつも、毛筋ほども表にせず、琴美がにこやかにほほ笑んで振り返ると、声の主であった男―副官は大げさに手を胸の前で振りながら、肩を竦めた。

「カンのいいお嬢さんですね。こちらの気配に気づいた瞬間、微笑んだまま振り向きながら、クナイを引き抜いて、急所を正確に狙ってくるから……たまらないですが」
「お褒めの言葉と受け取りますわ。ですが、私も鈍りましたね。一撃で射抜けないとは……あなたもなかなかやりますわ」
「こちらも褒め言葉として受け取りますよ」

負けず劣らずの笑顔で副官は受け止めた数本のクナイを床の上に放り投げる。
あのわずかな隙を見逃さず、心臓、眉間、みぞおちなどを狙ったのだ。
どうにか受け止めることに成功したが、目の前に対峙する相手―琴美の実力は底知れない、と気づいていた。
ボスの気まぐれで生み出された機械仕掛けの生物兵器を易々と倒している。
コストばかり高くついた壮大な玩具だったが、お陰で実力を知るには充分だった。

「さて……もうつまらない玩具はありませんし、仕掛けもありません。残っているのは私と我が主―ボスだけです」
「あら、規模の割に二人だけ―なんて信じられませんわね」
「確かにね。でも信じてもらいましょうか?ここは必要最低限の人間以外知らない―いわゆる秘密工場。無駄な人員を割いて、ここを動かすよりも、徹底的なオートメーション化で稼働できるようにしてますから」

人件費も馬鹿になりませんからね、と笑い飛ばしてくれる副官に向かって、琴美は笑みを張り付けたまま、問答無用とばかりにクナイを投げつけてる。
鋭く研ぎ澄まされたクナイを副官は流れるような動きでかわし、背後のコンクリート壁に突き刺さる。

「お気に召しませんか?水嶋さん」
「ご自由にお受け取りください。ただ……」

すうっと頬に走る紅の筋を副官は片手でぬぐい、強烈な殺気をにじませた目で琴美を睨みつけるが、効果はなかった。
変化のない綺麗な笑みをたたえたまま、琴美は両手にクナイを握り、隙なく身構えた。

「あなたの戯言を聞いているのに飽きました。任務を遂行させていただきます」
「早い話が私を倒す、ということでしょう。回りくどい……」
「そう言い方はしてませんわ。それに受けた命令は『組織の殲滅』。間違いはありませんわ」

ほんのわずかに目を細めた、と思った瞬間、琴美の姿が掻き消え―次の瞬間、勢いと唸りを上げてクナイが副官の喉元目がけてくり出され、とっさに袖に仕込んだナイフの刃で受け止める。
その動きさえも織り込み済みだったのか、左手に握ったクナイを器用に回転させ、逆手に持ち直すと、身体を半回転させて、今度は側頭部を狙う。

「くっ!!」

短い声を上げ、副官は袖から完全に引き出したナイフを右手に握りながら、身体を沈め、琴美のクナイをかわすと、逆に琴美の左胸に刃をくり出す。
滑り込むように突き刺さる様を見て、邪悪としか呼べない笑みを浮かべ掛け―凍りつく。
確かに貫いたはずのナイフはむなしく空を切り、琴美の姿は再び掻き消え、一瞬にして背後に強烈な殺気を放つ気配が現れる。
とっさに踏み込んだ足で大きく地面を蹴り、身を翻して、振り下ろされた琴美の一撃を受け止める。
だが、体勢が整わない不安定な状態で、足元がおぼつかない副官に琴美は素早くもう片方のクナイを振り下ろす。

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あら、危ないですわ」

鈍い、肩を貫く刃の音がやけに響き、次いで焼けつくような激痛が駆け抜け、副官は耐え切れず悲鳴を上げ、ナイフをでたらめに振り回す。
副官の左肩に突き立てたクナイをそのままに、琴美は大げさに驚きながら、背後に飛んで距離と取る。
だらりと下がる左腕。その肩から流れ落ちる深紅を見て、さらに苦痛を覚えながらも、副官は突き刺さっていたクナイを引き抜くと同時にウェストバックから鎮痛効果のある浸透圧式の注射を打ちこむ。

「やってくれる、水嶋ぁぁぁぁぁぁ!!」

それまでの冷静さをかなぐり捨て、怒号を上げてナイフを繰り出してくる副官。
急所を狙い、縦横無尽に突いてくるが、怒り任せの攻撃など、琴美には手に取るように読みやすく、ことごとくかわしながら、副官の腹部に拳を沈める。
全体重を乗せた一撃の破壊力はすさまじく、副官の身体を背後の壁までふっとばし、クレーターを作り上げて、壁にめり込ませる。

「ガハッ!!」
「痛いでしょう?あなた達が実験台と称して、弄んだ人たちはもっと痛かったんですわよ。こんなものではなかった……一過性の痛みではなかったんですよ」

短い苦痛の声を上げて、壁にめり込んだまま、手首をだらりとさせる副官に、琴美はにこやかに、穏やかに告げながら、その頭を掴んで引きずり出す。
我知らず指に籠った力が副官の頭を締め付けてしまい、さらなる苦痛の声を上げさせてしまうが、琴美はあえて無視した。
当然の報いだ、と思う。
彼らが放棄した研究所の調査報告書に記されていた実験体にされた罪なき人たちの哀れな最後の数々。
その惨さを思うと、琴美は胸を痛め、救えなかった後悔の念に襲われる。
けれど、それを引きずっていては何の解決にもならいないことを琴美は知っている。
大きく息を吸いこむと、湧き上がっていた怒りは静かに引いていく。

「さて、お聞きしたいのは一つだけ……あの研究所で作り出された人体強化薬はどこですの?」
「ハッ、そんなもん、もうねーよっ!!」

すでに戦う気力など失せていたはずの副官の身体にどす黒い殺気が吹き出したと思った瞬間、琴美の顔面目がけて、ナイフがくり出される。
だが、本能的に危険を感じ取った琴美はとっさに副官の腹を蹴り飛ばし、その勢いで背後に飛び去って、間合いを取る。

「あ〜あ、全身ずったぼろじゃねーかよ、水嶋ぁ。やってくれんじゃねーか」
「いきなり口調がお会いしたころに戻りましたね。二重人格ですか?」
「ああ?んなもんだ。言っておくが、俺が本当の人格でさっきまでしゃべっていた奴は実験で生まれたやつだ。理屈っぽくて口うるせー執事みてーな、な」

ボスもおもしろがってんだけどよ、と荒っぽく言いながら立ち上がる副官は先ほどまでの人を食ったような冷酷さが消え失せ、荒々しい獣のごとき殺気を身に纏い、手にしたナイフを弄ぶ。

「で、お前が聞いてきた薬。察しがついてんだろうが俺が使った。何度も試して問題ねー面白いもんだったからな」
「人格が二つになることが、ですか?大して面白くもないと思いますけど」
「それが違うんだな〜こいつをつかうと、戦闘力が倍増。ついでに知略と冷酷さを兼ね備えた影の人格がおまけについてくる。影の人格で油断させておいて、俺がぶちのめすって寸法だ。面白れーだろ?」
「その問い、全力で否定させて頂きます」

恍惚とした表情で告げる副官に琴美は大きくため息を零しながら、相対する。
一方的に終わるかと思ったが、どうやら仕切り直しだ。
息をつめ、限界まで張りつめていく空気。
戦いはまだこれからだ。