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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


清掃人たち


 見覚えのある生き物だった。
 太く不格好な四肢を伸ばし、一応は人間の体型をしている。
 力士の如く肥満した、その巨体の、ある部分は獣毛を生やし、ある部分は鱗に覆われ、ある部分は甲殻状に固まっている。そんな全身から、百足のような触手を大量に生やし、うねらせているのだ。
 そんな怪物が、大量にいる。山林の中を、猪のように走っている。走り辛そうな巨体ではあるが、逃げ足は速い。
 そう。彼らは、逃げているのだ。
 研究施設の襲撃が失敗に終わった、という事である。
「……頑張りやがったみてえだなぁ、どいつもこいつも」
 森くるみは、煙草をくわえたままニヤリと唇を歪めた。
 この山林の奥に、某製薬会社の研究施設がある。くるみは清掃員として、そこに勤めている。
 勤務内容は当然、清掃である。が、清掃範囲は研究施設内だけにとどまらない。
 上司である清掃局局長によって『掃除が必要』と判断された場所へと出張し、清掃を行い、時には大きめの生ゴミを回収する。
 それが、くるみの主な仕事だ。
 今日も、そんな出張清掃のため、都内まで出向いていた。
 その間に、研究施設が襲撃を受けた。
 急いで清掃任務を終わらせ、戻って来たところ、戦いはあらかた終わっていた。撃退された襲撃者たちが今、敗走しているところである。
「残敵掃討……ま、お掃除屋さんらしい仕事だよな」
 くるみは呟きながら、木陰からユラリと歩み出し、敗走中の怪物たちの眼前に立ち塞がった。
 竹箒を、手にしたままだ。
「な、何だ貴様!」
「どけ! 今は貴様などに関わっている暇はない!」
「偉大なる実存の神の、御もとへ! 我らは帰還せねばならんのだ!」
「それを妨げる者は殺す! ちぎり潰す! 砕き散らす!」
 怪物たちが、一斉に触手を伸ばし放つ。
 百足のような触手の群れが牙を剥き、あらゆる方向からくるみを襲う。
「ん〜、やっぱなぁ……おめえら、どっかで見た事あんだけど」
 思い出す努力を一応はしながら、くるみは身を翻した。赤色のポニーテールが、三角巾から溢れ出すように舞う。
 地味な清掃作業服では隠しきれないボディラインが、竜巻のように捻転しつつ躍動する。猛々しい色香が、煙草の煙と一緒にまき散らされる。
 それと共に竹箒が唸り、幾重にも弧を描いていた。まるで三国志の武将が振り回す、方天画戟や青龍堰月刀のように。
「やっぱ思い出せねえ。ごめんな? 処分したゴミの事なんて、いちいち覚えてらんねえし」
 おぞましく牙を剥く触手の群れで満たされていた空中が、綺麗に掃き清められていた。
 触手も、それらの発生源である怪物たちの巨体も、木っ端微塵に切り刻まれていた。
 竹箒に見えるが、竹ではない。くるみが給料を注ぎ込んで特注した、特殊素材の箒である。
 普通の人間が振り回しても、単なる竹箒でしかない。だが「清掃」の技量に長けた者が振るえば、その先端は無数の細かな刃と化し、敵を微塵切りにする。
「はい、こっちは燃えるゴミ……っと」
 その箒で、くるみは微塵切りの肉片を手早く掃き集め、ちり取りで回収した。
 そうしながら、とっさに木陰へと身を隠す。
 その木が、粉々に砕け散った。
 銃撃だった。
 人間の体型をした機械の群れが、研究施設の方角から、こちらへ向かって来たところである。今の怪物たちと同じく、撃退されて逃走中……とは言え、戦闘能力は充分に残しているようだ。
 機械兵器化された、人間たち。左手は長銃身ガトリング砲、右手はチェーンソーあるいはドリル。
 そんな兵器人間たちが、チェーンソーで木々を薙ぎ倒しながら、くるみにガトリング砲を向けてくる。
 銃撃の嵐が、山中に吹き荒れた。
「ちっ……燃えないゴミどもまで、来やがった」
 ちり取りと箒を持ったまま、くるみは山林の野生動物の如く疾駆・後退し、草むらに身を潜めた。
 愛用の清掃カートが、隠してある。
 そこに積まれた大型のワックス缶に片手を置きつつ、くるみは呻いた。
「山ん中じゃなきゃな……こいつをぶちまけて火ぃつけて、不燃ゴミを無理矢理に燃やしちまうとこなんだが」
「ナパーム、みたいな成分が混ざったワックスか」
 若い男が1人、そんな事を言いながら突然、目の前に立った。
「恐いもの持ち歩いてるね。一体、何をお掃除してるんだか」
 生意気にも、くるみを背後に庇う格好である。
 銃弾に耐える戦闘用ホムンクルスが1人、知り合いにいるが、彼ではない。
 頼りない細身を黒いスーツに包んだ、人間の青年である。外見に反して相当、鍛えてはいるようだが、銃撃を受ければ死ぬ身体だ。
「おい馬鹿、何やってんだ……」
 くるみの言葉を、銃声が掻き消した。嵐のような銃声。
 黒スーツの青年が、左右の手にそれぞれ拳銃を握り、引き金を引いていた。
 フルオートの銃撃が、破壊の暴風となって吹きすさび、兵器人間たちを引きちぎる。打ち砕く。叩き潰す。
 ただの射撃ではない。恐らくは念動力の類が、銃弾に上乗せされている。
 青年が、くるみの方を振り向いた。
 少年、にも見えない事はない。顔立ちは整ってはいるが、くるみの好みではなかった。
 その両眼が、淡く、緑色に発光している。
「ホムンクルス……? じゃあ、ねえよな。やっぱ人間か」
 くるみは、とりあえず言った。
「ま、何にしても助かったぜ。ありがとよ」
「仕事だから」
 青年が微笑んだ。笑うと可愛い、だがやはり自分の好みではない、とくるみは感じた。
「あんた……もしかしてIO2?」
「……何で、そう思う?」
「ちっと前に、あそこのエージェントさんと仕事先でカチ合っちまってな……変装の上手い、見た目は冴えないオッサンだったけど。あんた、何となく感じが似てるから」
「勘弁してよ。俺、あの人と似てるのか……」
 青年は頭を掻いた。
「エージェントネーム・フェイト。お察しの通り、IO2の下っ端だよ」
「あたしは森くるみ。見ての通り、お掃除屋さんだよ。下っ端なのは、お互い様さ」
「下っ端ではないよ森クン。君にはいずれ私の後任として、局長を務めてもらわなければ」
 声がした。だが、姿は見えない。
 フェイトと名乗った青年が、拳銃を構えたまま見回した。
「誰だ……どこにいる!?」
「落ち着けって、敵じゃあないよ。うちの局長さ」
 くるみは苦笑した。
「久しぶりに、現場仕事ってわけ?」
「後手に回ってしまったからね。ドゥームズ・カルトの存在……事前に、察知していたと言うのに」
 山林のどこかに身を潜めて姿を見せぬまま、局長は言った。
「加えて、この人手不足だ。安心して現場を任せられるのは森クン1人……人を育てるのは本当に難しいねえ。さっさと定年退職して、パートの清掃員に戻りたいんだが」
「辛気臭い事、言ってんじゃないよ。あたしは嫌だからね、後任の局長なんて」
「まあ、この場は後始末を頼む。逃げて来る敵を、大掃除して欲しい」
「煙草も値上がりしちまったし、ボーナスはずんでよね」
「私の一存ではなあ……ああ、それよりIO2の君」
 局長が、姿を隠したままフェイトに話しかける。
「君も森クンと同じく現場の人材のようだから、あまり詳しい事は聞かされていないと思うけれど……IO2は何故、我々を助けてくれるのかな?」
「さあね。俺も、上司に言われて来ただけだから」
 局長が姿を現したら、即座に拳銃を突き付けかねない口調で、フェイトが言う。
「あんたの、声は聞こえるのに気配は感じられない……こちらの森さんもそうだけど、ただのお掃除屋さんじゃないだろう? あんたたち一体、何者なんだ」
「ただのお掃除屋さんだよ」
 くるみは答えた。
「今の世の中、お掃除しなきゃいけないもんが多過ぎるだろ?」
「……確かに、ね」
 言葉に合わせて、フェイトの両手から何かがガチャリと落下した。
 空になったカートリッジが、拳銃から排出されたのだ。
「大掃除、手伝わせてもらうよ」
 フェイトの両眼が、エメラルドグリーンの光を発した。
 黒いスーツの内側から、小さな箱形の物体が2つ、飛び出して来て宙を舞う。
 新しいカートリッジである。それらが、フェイトの2丁拳銃に吸い込まれ、装填された。
「俺、清掃の仕事はまるっきり素人だけど」
「そんな事ぁない。あんた、立派な掃除人だよ」
 ちり取りの中身を、カートに取り付けられたゴミ袋へと流し入れながら、くるみは言った。
 そうしてから、竹箒をブンッ! と振るい構える。
「IO2なんか辞めて、うちで働きなよ。局長も言ってたけど人手不足でさあ」
「人手不足は、IO2も同じでね」
 エメラルドグリーンの瞳が、山林の一角を睨み据える。
 百足のような触手の群れが蠢きうねり、チェーンソーやドリルが猛回転して凶暴な音を響かせる。
 掃除しなければならないものたちが、研究施設の方角から続々と押し寄せて来ていた。


 兵士は、使い捨てるものである。戦場で惜しみなく投入し、死なせるものである。
 勝利を収めさえすれば、彼らの犠牲も無駄にはならない。
「彼らは一足先に、霊的進化への道を歩み始めたのだ。祈ろうではないか」
 男は目を閉じ、祈りを捧げた。祈りは無料である。
 かつて大幹部であった男のクローン体、それに兵器人間の群れ。
 ドゥームズ・カルトの兵士が数多く、犠牲となった。
 結果、目的の物を手に入れる事が出来たのだ。
「A01の研究データだ。全て、ここに入っている」
 白衣を着た男が5名。その代表者が、1本のUSBメモリを差し出してくる。
「これを手に入れるには骨が折れたぞ。それに見合っただけの待遇を、期待しても良かろうな?」
「無論だ。我らドゥームズ・カルトは貴公らを、主任研究員として迎え入れる」
 男は、決して嘘ではない事を言った。
 5人とも、かの研究施設で、Aナンバーの研究員として、それなりの事をしていた者たちである。その技術も知識も、いくらかは利用出来るだろう。偉大なる『実存の神』のために。
 山中の、いくらか開けた場所である。もう間もなく、ドゥームズ・カルト本部から迎えのヘリが来るはずであった。
 研究員5名、それにA01の研究データ。これらと共に、帰還する。
「凱旋、と言って良かろうな……ふふ、ふっふふふふ」
 男は笑った。
 ドゥームズ・カルト大幹部の地位は、これで自分のものである。
 笑いながら男は、おかしな事に気付いた。
 研究員5人の表情が、引きつっている。驚愕し、怯えている。
「どうした貴公ら……待遇に関して、不安があるのか? 我らドゥームズ・カルトは、功労者を蔑ろにするような事はせんよ。安心するがいい」
「肝心な事を1つ、教えてあげよう」
 耳元で、声がした。
 背後に、何者かが立っている。
 それに気付いた瞬間、男は回転していた。
 どんなふうに回転しているのかは、よくわからない。とにかく視界が、おかしな感じに回っている。
「うちは確かに、虚無の境界・本家筋とはいささか縁がある。色々なものが、流れて来ているよ。だけどA01に関しては……研究データの大半は、本家筋がしっかりと握っている。盟主殿が、なかなか手放そうとしないのでね」
 USBメモリが、背後から奪い取られた。
 男はもはや、それを取り返す事も出来なくなっていた。
「うちにあるのは……この中に入っているのは、本家の研究のおこぼれみたいなデータだけだよ。それもわからない君のような人間ばかり、だとしたら」
 これが、男が耳にする最後の言葉となった。
「ドゥームズ・カルトにおいても人手不足は深刻と、そういう事になるなあ」


 首の折れた男の屍を、世賀平太は、ひょいとまたいで越えた。
 そして、研究員5名に歩み寄る。
「世賀……き、貴様! 掃除屋風情が我らに何の用だ!」
 わめく1人に向かって世賀は、手にしたUSBメモリを差し出した。
「そう、私は掃除屋だからね。お掃除を、しに来たのさ」
 メモリが、その研究員の顔面……鼻と口の間、すなわち人中を突く。
 研究員は倒れた。死んでいた。
 他の4名が恐慌に陥り、逃げ惑おうとする。
 世賀はただ、すたすたと歩み寄った。
「混乱に乗じて逃走を企てる研究員がいる、かも知れないとは思っていた」
 語りつつ、様々な方向にUSBメモリを突き出す。
「対ホムンクルス用の武器を所持している可能性も想定したんだが、持ち出す暇はなかったようだね。この役立たずのデータを盗むので精一杯、だったのかな?」
 メモリが、研究員たちの眉間やこめかみを突いてゆく。
「何にしても申し訳ない、生かしての捕縛は考えていないんだ。何しろ掃除屋だからね」
 世賀が歩みを止めた、その時には、研究員たちは全員、屍に変わっていた。
「まあ何と言うか……いろいろな意味で気の毒だよ、君たちは」
 右手の中で、USBメモリをくるくると回転させながら、世賀は呟いた。
「気付いていなかったとは思うけど、A01の研究データ……どころではないチャンスを、君たちは掴めるところだったんだよ?」
 森くるみの援護に現れたIO2エージェント。エメラルドグリーンの瞳をした若者。
 その勇姿を思い起こしながら、世賀は苦笑した。
「彼を捕えるなんて、君たちには無理だろうけどね」
 右手の親指に、世賀は微かな力を込めた。
 回転していたUSBメモリが、粉々に砕け散った。
 こんなものを手に入れるために、ドゥームズ・カルトが動いている。
 そこまでして彼らは、A01の研究データを欲しがっている。
 彼らの崇める『実存の神』の正体が何であるのかは、もはや考えるまでもなかった。
「フェイト君……だったね。これは、どうやら君自身でやらなければならない大掃除になりそうだよ」
 山林のどこかで、くるみと一緒に戦っているであろう若者に、世賀は語りかけた。
「我々も、出来る限りのお手伝いはさせてもらう。何しろ、お掃除屋さんだからね」