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誕生!でこぼこコンビ―firstmission―
タラップを降りた瞬間、ようやく戻ってこれた、とフェイトは高く澄み切った空を見上げた。
高校卒業と同時にIO2の研修でアメリカへ渡り、4年。
思ったよりも優秀な成績を残したことで、日本でも名前が知れ渡り。華々しい凱旋帰国となった。
さぁ、これからだ、と胸を張って、意気揚々とIO2日本支部に着いたフェイトはいきなり打ちのめされる、というか、衝撃のあまり固まった。
「なに固まってんだよ!お前……さては俺の偉大さにビビってんな?」
「どういうことでしょうか?このぬいぐるみ」
「どうもこうも、お前のあ・い・ぼ・うだ」
一見、いや、どこからどう見ても完璧な可愛らしい熊のぬいぐるみ―テディベアがフンっと胸を張り、ふんぞり返っているが、その後頭部には、くっきりと刻まれたフェイトの足あと。
狭い日本どこへいく、な例にもれず、空港から大渋滞に巻き込まれ、遅刻しそうになったフェイトが荷物のキャリーバックを引き、廊下を爆走していた時、思い切り踏んづけた物体がぬいぐるみ……ではなく、彼だったわけだ。
「相棒?いや、ぬいぐるみ」
「あ〜気にするな。お前がさっきここへ来る途中に思い切り踏んづけたのが、こいつだろうと気にすることはないぞ、フェイト。彼、哲夫は立派な―見習いだが、相棒だ」
「踏んづ……あ」
「んだよっ!!それって、おぅい!!てめ、さっきはよくもっ!!」
フェイトの抗議を問答無用の華麗かつ爽やかな笑顔で左から右へと聞き流した挙句、ゴミ箱へ捨て去ってくれる上司。
その言葉に、自分の頭を踏みつけて駆けて行った人物の正体に気づいて、叫ぶ哲夫だが、フェイトは微妙に目を泳がせて聞き流す。
「すみません、別の方と組ませて」
「俺だってお断りだっ」
「おおおお、息ぴったりだな。変更はないから腹くくれ」
さすがにバツが悪い、いや、最悪極まりない二人に上司は問答無用とばかりの最上級の笑顔で抗議を切って捨ててくれた。
あまりな事にうぬぬぬぬぬ、、と唸る二人。
抗議したいが、あっさりとかわされると分かっているから、言えない。
けっこう息が合ってるな、と超楽観思考で上司が思った瞬間、緊急コールの電話が鳴り響いた。
「どうした!」
受話器を取るなり、鋭い口調で問い詰める上司の表情が険しくなっていく。
しばし、何事か話した話した後、受話器を置くなり、上司は息を飲んで状況を見守っていた二人に微笑んだ。
「たった今入った情報だ。郊外にある廃工場で悪霊が溜まりこみ、あふれ出しそうになっている。このまま放置すれば、近隣住民に被害が及ぶ。そこで、だ」
にっこりとほほ笑む上司を見た瞬間、フェイトと哲夫は嫌な予感を覚えた。
「お前たち二人に任務だ。その廃工場に向かい、悪霊を退治してこい」
「……何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
情け容赦のない上司の言葉に二人の声が見事に重なったのは言うまでもない。
くすんだステンレス、崩れ落ちたコンクリートの壁。打ち捨てられた工作機械。
人の手入れを失い、伸び放題の雑草の敷地に踏み込んでもなお、フェイトの不満は収まらない。
頭では分かっている。分かってはいるが納得いかない。いくわけがない。
アメリカでそれなりに実績を積んで一目を置かれている自分が、なぜ、どうして、何を間違えば、こんな見た目可愛いぬいぐるみめいたクマと相棒に?
納得しろ、という方が無理だった。
「なんだってクマと……」
「おぅいっ!!いつまでぶつくさ言ってんだよっ!!」
「少し黙っててもらえるかな?」
「だぁぁぁぁぁっ、言ってくれるぜぇぇぇ」
頭を掻き毟る哲夫だが、内心では、ガッツリと拳銃を握りしめていた。
ここで、アメリカ帰りのエリート様を出し抜いて大活躍をして見せれば、IO2の目も変わる。
そうすれば、誰もが認めるはずだ。
田中哲夫ではなく、エージェントネーム・ブラッティベアの名を。
一人世界に酔っている哲夫を一瞥し、フェイトは両手に銃を構え、廃工場から雲海のごとくあふれ出る悪霊たちを睨みつけた。
「さっさと片付けようか」
「おう、遅れんなよ!」
叫ぶやいなや、銃を撃ちまくりながらダッシュで突っ込んでいく哲夫。
あまりの無謀ぶりに一瞬、こめかみを引きつらせつつも、フェイトも即座にその後を追う。
不気味な唸り声を上げ、大きく口を開けて襲い掛かってくる無数の悪霊の群れ。
全身はなく、頭のみの姿で襲ってくる悪霊に哲夫は握った拳銃に念を込めると、気合充分に弾丸を撃ち込む。
放たれた光輝く弾丸に貫かれ、消滅していく悪霊たち。
その様を見て、哲夫はクイッと被っていた帽子のつばを上げて、ハードボイルドに登場する主人公よろしく決めてみせた。
「口ほどにもな……」
決め台詞は最後まで続かなかった。
虚ろを映す巨大な両目と耳まで裂けた口を開けて、消滅した悪霊たちを飛び越し、哲夫に襲いかかるデカい悪霊。
優に小型乗用車一台分はあろう大きさを生かし切って、押しつぶしてこようとする。
慌てて銃を構え、念を込めるが、一歩いや半歩、動きが遅かった、
真っ黒な咢に噛まれかかる寸前の哲夫。
だが、哲夫の背後から飛び上がったフェイトの2丁拳銃が火を噴いた。
放たれた数発の弾丸はえぐり込むように悪霊を貫いた瞬間、断末魔の悲鳴を上げて、はじけて消える。
「なにやっているんだっ!!」
「う、うるさいっ!ちょっと油断しただけだ」
唖然としたまま立ちすくむ哲夫にフェイトは珍しくどやしつける。
その間にも襲い掛かって来る悪霊たちにむかって、弾丸を撃ちこむことを忘れないフェイトに一瞬、感心しつつも、すぐさま沸き起こった対抗意識がそれを打ち消す。
正面から襲ってきた2体の骸骨の姿をした悪霊に弾丸を撃ち込む。
霧散して消えていく悪霊を横目で見ながら、フェイトは小さく口元に笑みを浮かべて、応戦の手を緩めない。
両サイドから牙をむく大型の―古代生物で言うところのサーベルタイガーに近い―獣の攻撃を天井近くまで跳躍してかわすと、そのまま脳天に向かって弾丸を放つ。
さらにサイコキネシスで操ったコンクリートの破片や石ころを秒速にまで加速させて、叩き付ける。
念を纏ったそれらは下手な武器よりも強力な武器となり、一個の生き物のように動き回りながら、悪霊を仕留めていく。
冷静沈着、正確無比なフェイトの攻撃にさすがの哲夫も心から感服する―訳なかった。
「だぁぁぁぁぁ、負けてられるかぁっ!!」
対抗心、というか、生来の負けず嫌いに火がついたのか、銃をお腹にしまうと、両手を頭の上で構えた。
その手の間に出現する青白く発光する球体がバスケットボールほどの大きさになると、哲夫はにやりと笑って、狙いを定めきれずに飛び交うだけの悪霊の群れめがけて、それを投げつけた。
「ブラッディベアをなめるなよぉぉぉぉぉぉ」
「待てっ!!止め」
投げつけられた球体の正体が哲夫の霊体エネルギーを凝縮したエネルギー弾と見抜いたフェイトは、哲夫には見えなかった状況が見え、とっさに制止するが間に合わなかった。
エネルギー弾が直撃し、悪霊たちが消滅していったまでは良かったが、その刹那、グンッと周辺の空気が重くなり、空間が歪む。
華麗に着地した哲夫のもとに駆け付けると、フェイトはその腕を引っ掴むと、思い切り勢いをつけて後方に投げ飛ばし、自分もその場から離れる。
顔面から床に直撃し、そのまま前へと滑った哲夫は怒りのマークを浮かべて跳ね起きる。
真横に片膝をつき、つい先ほどまで哲夫がいたあたりを睨むフェイトを睨みつけ、抗議の声を上げた。
「危ねーじゃねーかっ!!何考えて」
「来ますっ!!構えて」
ギャンギャンと喚く哲夫をフェイトは鋭く叫ぶと、両手に構えた銃を歪んだ空間に向かって撃ちまくる。
そこは空間が歪んでいるだけで、一見すると何もない空間にしか見えない。
なのに、フェイトは厳しい顔つきのまま銃を撃つ手を緩めようとしなかった。
一体何が、と一瞬考えた哲夫だったが、状況に気づいて蒼くなる。
撃ちまくる銃弾がまるで届かない。いや、届いていないのだ。
直前で、全て空間に飲み込まれて消えていく。
その瞬間、一点の黒いシミがそこに生まれ、瞬時に大きくなり―漆黒の巨大な粘着物質が弾けた。
明らかな意思を持ったそれは、フェイトと哲夫めがけて襲い掛かってくる。
「ななななななっ!!」
「下手に霊体エネルギー弾を使わないでください!今ので、ここにいる悪霊たちを刺激して、厄介な物体に変化したんですよ」
「……ぬわぁぁぁにぃぃぃぃ!!」
「ここに来るまでに資料読んでないのかな?あまりに長く停滞していた悪霊に強い霊的な刺激を与えると、変質して暗黒物質化したんです」
明確な殺気を持った暗黒物質はアメーバのごとく、身体を広げると、二人に襲い掛かる。
しかも、周囲で暴れ狂っていた悪霊たちを捕食して、迫るごとに巨大化していく。
その様を目の当たりにして、顎が外れんばかりに絶叫する哲夫の襟首を掴み、玄関ホールまで放り投げると、迫りつつある暗黒物質に振り返った。
「おい、ヤバいって!!」
さすがの哲夫も―ぬいぐるみなので、はっきりとは分からないが―青ざめて、大声で叫ぶが、フェイトは両手に握った銃をだらりと下げ、仁王立ちしたまま、微動だにしない。
その間にも暗黒物質は工場内にいた残存の悪霊を取り込み、最初よりも二回りは大きく成長し、その身体をテーブルクロスのように広げ、フェイトを頭から包まんとする。
その瞬間、白銀の閃光が走り、暗黒物質を貫いた。
何が起こったのか、理解できず、その場に縫い止められる哲夫の目に映ったのは、フェイトの左手にある拳銃から立ち上る銀色の煙。
撃ち抜かれたそこから、白い光とヒビが走り、打ち砕かれ、声なき声を上げ、もだえる暗黒物質。
つかさず、右手のトリガーを引き、第二射を打ち込むフェイトに哲夫は今度こそ諸手を上げて認めざるを得なかった。
瞬時に敵の性質を見抜き、それに合わせた対霊弾を撃ち、一気に浄化、殲滅してのけたのだ。
―まだ若いってのに、やってくれるぜ
自分のことを某都市の名所タワーほどの高い棚に置いといて、胸の内でつぶやく哲夫の視線に気づき、振り返ったフェイトはしばし見た後、あからさまに大きくため息をついた。
「だぁぁぁぁっ!!なんなんだよっ、お前」
「いや……なんでもない。これで任務完了だね」
ガァーッと毛を逆立てて怒鳴る哲夫に、フェイトは一瞬口ごもると、あからさまに話を逸らした。
自分がケリをつけたわけでもないというのに、両腕を組んでふんぞり返る哲夫に呆れたが、攻撃判断などは信頼できる。
少しだけ認めてもいいかな?と、いきり立ってがなり立ててくる哲夫を受け流し、フェイトは小さな微笑を口元に描くのだった。
fin
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