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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


復讐者たち


 無数の銃弾が、身体じゅうにめり込んでくる。
 激痛に耐えながら、道元ガンジは全身に力を込めた。
 筋肉が鋼の如く盛り上がり、めり込んでいた銃弾を全て押し出した。
「みちを……おまちがえ、では、ありませんか」
 招かれざる来訪者に対しての台詞を、とりあえず口に出してみる。
 様々な意味において明らかに道を間違えた者たちが、研究施設に押し寄せて来たところである。
 四肢に頭1つと、人間の体型は辛うじて保っている。だが全身あちこちで皮膚が金属化し、その内部では恐らく、生きた筋肉ではなく機械が稼動している。
 右手は、轟音を立てるチェーンソー。左手は長銃身ガトリング砲。
 兵器化された人間、と呼ぶべきであろうか。そんな怪物たちが軍勢を成し、ガトリング砲を猛回転させ、銃撃を浴びせて来る。
 研究施設の、正門前。
 警備の任務を帯びた戦闘用ホムンクルスたちが集結し、兵器人間の軍勢を食い止めているところだ。
 警備員の制服をメキメキと内側から破きつつ、ホムンクルスたちが変異してゆく。
 ある者は獣毛を盛り上げてカギ爪を伸ばし、ある者は甲殻に身を固め、ある者は触手をうねらせる。
 そして兵器人間たちに襲いかかり、だが銃撃に薙ぎ払われ、倒れてゆく。
 人間ではないから、即死出来ない。皆、銃弾の嵐に全身を切り裂かれた状態で倒れ、苦痛にのたうち回り、悲鳴を漏らしている。
 彼らを庇う形に、ガンジは太い両腕を広げ、銃撃に巨体を晒して立った。
 強固な筋肉が、銃弾をめり込ませ、押し出しながら鮮血をしぶかせる。
 赤い霧が漂う中、ガンジは吼えた。
「ここ……ぜったい、とおさない!」
 食いしばった牙で、銃弾を跳ね返す。
 眉も頭髪もない頭に、銃撃が容赦なくぶつかってくる。頭皮が、ズタズタに裂けた。だが頭蓋骨は無傷のまま、銃弾の嵐を丸みで受け流す。
「ガンジ……俺たちの事はいい。戦え……」
 銃撃に倒れたホムンクルスたちが、口々に呻いた。
「俺たちなんか庇う必要はない……攻撃に出ろ」
「お前が守らなきゃいかんのは、俺たちじゃない……この、研究所だろうが」
「だ……だけど……」
 牙を食いしばったまま、ガンジも呻いた。
「このままじゃ……みんな、しぬ……」
「お前1人が、生き残ればいい」
 1人が、笑った。
「お前はな、俺たちBナンバーの……希望なんだ」
「お前1人が生き残って、大活躍してくれれば……先生方だって、Bナンバーを認めてくれる」
「聞いたぜ……お前、A1研のクソったれ野郎を、豪快にぶち殺してくれたんだってな? スカッとしたぜ」
 殺すつもりはなかった。仲間割れを止めようとしたら、死んでしまったのだ。
 結果ガンジは、A1研究室主任をはじめ、この研究施設の上層部を占める人々ほぼ全員を敵に回してしまう事になった。
 それでも、処罰は免れた。
 あの時、一緒に戦った少年が、不可抗力と正当防衛を主張してくれたからだ。
 少年の生みの親であるA7研究室の主任が、それに同調してくれたからだ。
 彼と犬猿の仲と噂されるA2研究室の主任も、どういうわけか、道元ガンジの廃棄処分には反対してくれたらしい。
 そして清掃局。局長の片腕を務める女性が、道元ガンジを処罰するなら暴動を起こす、とまで言ってくれた。
 味方がいる。
 この研究施設にいるのは、ホムンクルスを実験動物として使い捨てるような人々だけではない。
 ガンジの味方がいる。仲間もいる。
 その仲間たちが、兵器人間たちの銃撃を浴び、死にかけているのだ。
「しなせない……まもる、おでが、おでがまもる、おでが、おでがおでが俺が俺がぁああああッ!」
 ガンジは吼えた。
 牙を剥いた口が、鼻もろとも迫り出してゆく。
 それは、獣の鼻面だった。
 全身に穿たれた銃痕が、筋肉に押し潰される感じに消え失せてゆく。
 その代わりのように、獣毛が生じていた。
 1頭の獣が、そこに出現していた。後肢で直立する、巨大な狼。熊のようでもある。
 ガトリング砲をぶっ放していた兵器人間が2体、いや3体、立て続けに潰れ砕けて残骸と化した。
 ガンジの疾駆、いや跳躍か。ともかく獣化した巨体が、暴風の速度で兵器人間たちを襲ったのだ。
「鉄クズどもがよォ、俺らにカチコミかけよーなんざぁ1億年早ぇえええ!」
 雄叫びに合わせ、白く鋭い牙が兵器人間を噛みちぎる。
 獣毛をまとう剛腕が、ガトリング砲を叩き潰し、チェーンソーを掴み裂き、それらを両腕として生やした胴体を殴り穿つ。
 熊のような狼が、吹き荒れる銃撃の嵐を猛然と駆け抜ける。
 銃撃の発生源である兵器人間たちを粉砕し、その残骸を蹴散らし舞い上げながらだ。
 悲鳴が、聞こえた。
 死にかけていたホムンクルスたちが、攻撃を受けている。兵器人間の何体かが、ガンジを避けてそちらへ狙いを定めたのか。
「出来損ないのBナンバーらしい……実に醜悪な戦いぶりだ。ああ汚らしい汚らしい」
 嘲弄と共にバチッ! と小規模な雷鳴が起こる。
 1人の少年が、片手を掲げていた。華奢な五指から電光が迸り、死にかけたホムンクルスたちを灼いてゆく。
 ガンジの仲間たちが、電熱に灼かれ、焦げながら悲鳴を発している。
「そうそう。お前たち出来損ないは、面白い悲鳴を上げて僕たちを楽しませるくらいしか存在意義がないんだよ」
 少年の美しい顔が、酷薄そのものの笑みを浮かべている。
 Aナンバーの研究室には、どういうわけかホムンクルスを美しい少年の姿に仕上げようとする者が多い。
 美しい少年を、無惨な肉塊に変える。ガンジの頭に、それだけが満ちた。
「てめぇえええええ!」
「おっと動くなよ。こいつらを、これ以上こんがり灼かれたくなかったらね」
 焼け焦げながらも、まだ死ねずにいるホムンクルスたちに向かって、少年が帯電する片手をかざす。
 ガンジは、動けなくなった。
 動きを封じられた巨体。その分厚い背中が獣毛もろとも裂け、鮮血がしぶいた。
「ぐう……ッ!」
 兵器人間たちが、猛回転するチェーンソーを叩き付けてきたのだ。
 背中に続いて、左肩、胸板、右の太股……ガンジの全身で、獣皮と筋肉がチェーンソーで切り裂かれる。
 真紅の飛沫をまき散らしながら片膝をつくガンジに、少年が嘲笑を浴びせる。
「出来損ないのくせに馬鹿力だけはある、B8研のバケモノ……お前を始末するように、先生方から言われてるんだ。そう、そのまま動くなよ。無抵抗で切り刻まれろ。無様な悲鳴を上げながら、無様な屍に変わっていけ! お前みたいなバケモノでも仲間は大事だろう? 傷を舐め合いながら共にゴミ漁りをする仲間がいないと、お前らクズどもは生きていけないもんなあああ!」
 嘲笑いながら少年は、いきなり転倒した。ドシャアッと崩れ落ち、様々なものをぶちまけた。
 その細い身体が、真っ二つの屍と化している。
 何が起こったのか、ガンジは全く把握出来ずにいた。
 ただ、音が聞こえた。
 刀剣を、鞘に収める音。続いて声。
「その言動……敵と認識する」
 ほっそりとした人影が、忍びやかに歩み寄って来る。
 風もないのに妖しく揺らめく、黒髪のポニーテール。いくらか凹凸に乏しいか、と思われる身体を包む漆黒のスーツ。
 黒い装いが、禍々しいほどに似合う少女である。
 その黒さと、鮮烈な対比を成す白い肌。白い美貌。その中で淡く輝く、エメラルドグリーンの隻眼。
 左目は、黒いアイパッチで覆い隠されている。
 片目が失われているわけではない、とガンジは直感した。何かを、この少女はアイパッチで隠しているのだ。
「そこの獣人型ホムンクルス、貴方は味方であると認識する。それ以外の者は全て斬殺処分の対象……違っていたら、すまない」
 鞘を被った日本刀。細腕にはいかにも重そうなそれを、しかし隻眼の少女は、左手だけで軽々と携えている。
 その鞘から、光が奔り出した。
 抜刀。
 少女のたおやかな右手が、しっかりと柄を握り、長大な刃を軽々と鞘から引き抜いたのだ。
 抜き身となった刀身が、一閃して弧を描く。
 10体を越える兵器人間が、ガトリング砲を少女に向けようとしながら硬直した。
 彼らの下半身から、上半身が滑り落ちてゆく。
 明らかに刃が届かぬ距離にいた兵器人間までもが、真っ二つの残骸と化し、滑らかな断面を晒していた。
 念動力の斬撃。間違いない。
「てめえ……てめえか……」
 状況的には命の恩人である少女に対し、ガンジは牙を剥いていた。
 銃弾の距離にまで斬撃を届かせる、念動力者の女剣士。
 間違いない。数日前、この研究施設に押し入って殺戮を行った、IO2の女エージェント。
 あの時、ガンジは不在だった。別任務を帯びていたのだ。
 自分がいれば、あのような殺戮などさせなかった。仲間たちを死なせはしなかった。
 今更そんな事を言っても意味はない。言わずガンジは、ただ吼えた。
「てめえかあああああああッッ!」
「仲間の仇を討ちたいのならば、受けて立つ」
 言葉と共に、少女の細身が軽やかに翻る。豊かなポニーテールが、ふんわりと弧を描く。
 それに合わせて、抜き身の刃が一閃した。
 兵器人間が数体、遠距離でガトリング砲を構えようとしながら砕け散った。
 否、切り刻まれていた。飛散した破片の1つ1つに、恐ろしく綺麗な断面が残っている。
「貴方には、復讐をする権利がある……無論、私も抵抗はする」
 鞘に剣を収めながら、隻眼の少女は、ふわりと動きを止めた。
 ただの一閃で、この少女は複数の、それも銃撃の距離にいる敵を、微塵切りにしてのけたのだ。
(……勝てるわけもねえ、か。あいつらじゃ……)
 そう思わざるを得ないまま、ガンジは訊いた。
「てめえ……一体、何もんだ」
「コードネーム・イオナ。任務内容は、この施設の防衛……以上、答えられるのはここまでだ」
「IO2が、ここを防衛だと……」
 何故だ、などと訊いたところで、このイオナという少女が答えてくれるはずもなかった。答えられるのはここまで、と明言されてしまったのだ。
 だからガンジは会話をやめ、動いた。まるで少女の細身を捕え潰すかのように、太い両腕を広げ、立った。
「む……」
 イオナが、剣を抜こうとする。
 その動きが、止まった。緑色の隻眼が、微かに見開かれる。
 ガンジの広い背中に、大きな肩と力強い両腕に、衝撃がぶつかって来る。チェーンソーによる裂傷の中に、容赦なく銃弾が突き刺さって来る。
 まだ何体か残っている兵器人間たちが、ガトリング砲の斉射を行っていた。
 イオナが、剣を抜いた。閃光が奔り出した、と見えた時には、その剣はもう鞘に収まっていた。
 兵器人間たちが、ことごとく微塵切りの残骸と化し、崩れ落ちる。そちらを、イオナはもう見てはいない。
「貴方は……庇った、のか? 私を」
「気ぃ抜いてんじゃねえよ……てめえは俺と違って、弾が当たりゃ死んじまうんだからよ……」
 ガンジは、にやりと牙を剥いて見せた。
 全身の裂傷が、ぽろぽろと銃弾を押し出しながら塞がってゆく。
 肉体そのものは普通の人間と大して違わないイオナでは、こうはいかない。
「何故、私を……貴方にとって、仲間の仇ではないのか? 復讐の権利を、行使しないのか?」
「復讐……か」
 ガンジは見つめた。
 銃撃を浴び、電熱に灼かれ、それでも死ねず悲鳴を漏らし続ける仲間たちを。
 今は、復讐などしている場合ではない。彼らを、施設内に運び込まなければ。
 そして治療用の培養液槽を使わせる。先生方を、脅してでもだ。
「ガ……ンジ……俺たちは、もういい……どうせ、助けてなんて……もらえない……」
 呻く仲間たちを3体まとめて、ガンジは抱き上げ担ぎ上げた。
 イオナが、1体を引きずり起こし、肩を貸している。見た目よりは、力があるようだ。
「……手伝って、くれるのかい」
「……手持ち無沙汰に、なってしまったのでな」
 イオナが言った。俯き加減なのは、重いから、ではないようだ。
「これほど仲間思いの男が、復讐の権利を放棄する……その理由が、私にはわからない」
「おめえをブチ殺しても、俺……たぶん、気分良くはならねえ」
 ガンジは言った。
「……答えられんのは、ここまでだ」