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<東京怪談ノベル(シングル)>


一難去ってまた一難……

 身動きは一つも取れない。頭の芯もぼんやりとしたままで、うっとりと夢の世界を漂い続けている。
 このままでもいいかなと思ってしまいそうになるが、さすがにそれは抵抗を覚えた。
「ふふふ。素敵なレリーフ」
 目の前に立っていた魔女は、満足そうな笑みを浮かべてレリーフと化しているティレイラをいとも簡単に持ち上げ、ゴージャスな壁に飾り付けられた。
「こうして毎日愛でてあげる」
 くすくすと笑いながら、魔女はティレイラの頬をつっと撫で踵を返してその場を去っていく。
 身動きの取れないティレイラだったが、意識が無いわけじゃない。
 そっと触っていった魔女の指先の温かさに、ぞっと背筋に寒気が走り身震いをしたくなった。
(冗談じゃないわ……)
 ぼんやりとした頭ながら、ティレイラは再び体を動かしてみようと試みた。が、やはり全くといって良いほど指先一つも動かせない。
 幾度となくもがいてみたが、やはりどうすることもできないまま時間ばかりが過ぎていく。
(……チョコレートの癖に、なんでこんなに強硬なの?)
 泣き出しそうになりながら、内心チョコレートが嫌いになりそうだと呟いた。


 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。
 来る日も来る日も魔女が自分を愛でに来ては去っていく。そんな毎日を送っている時だった。
 魔女が立ち去り、静かになった部屋で何度試みたか分からないもがきを繰り返していると、ふいに指先からピキピキ……とヒビの入る音が聞こえてくる。
(……もしかして!)
 ティレイラは懸命に指先を動かそうとすると、ヒビの入る音が次第に増え、パラパラと床の上に砕けたチョコレートが落ちていく。
 頭の芯はまだぼんやりとしているが、回復してきた魔力により身動きが取れる指を巧みに動かしてコーティングを砕いていった。
 やがて、腕、も動くようになると強引に体中を取り巻くコーティングを破壊する。
 バラバラと派手な音をたてて崩れ落ちたチョコレートに、ティレイラは久し振りに手に入れた自由にほっと胸を撫で下ろした。
「こうしちゃいられないわ。早くここから抜け出さなきゃ」
 ティレイラは部屋の入り口へと走り、ドアを開いて誰もいない事を確認すると足早に駆け出し外へ出る事に成功した。
 しかし、そんな彼女と外から戻ってきた魔女が玄関ホールで運悪くかち合ってしまう。
「やば……っ!」
「あら……」
 うろたえたティレイラを見た魔女はまじまじと見つめてくる。
 そしてティレイラがあのチョコレートのレリーフだった事を理解するとくすくすと笑い出す。
「あらあら。抜け出したの。悪い子ね」
「!」
 コツコツと靴音を響かせながら近づいてくる魔女に、なぜかティレイラは逃げ出せずその場に硬直してしまっていた。
「でも、丁度チョコレートレリーフも見飽きてきたところだったの。だから、新しい可愛いお菓子のオブジェが欲しかったところよ」
「……えぇ?」
 艶かしい笑みを浮かべる魔女に、ティレイラは半泣きの表情を浮かべる。
 これ以上この魔女の思うままにされては堪らない。
 ティレイラは背中の翼を広げて魔女の前から飛び立ち、その場から逃げ出した。
「あらあら。逃げるなんて駄目よ」
 魔女は楽しげに笑い、ティレイラを追いかける。
 屋敷の外へ出られればもう少し自由に逃げられると言うのに、運が悪い。
 屋敷の中で逃げ回るティレイラは、物陰に隠れてやり過ごそうとしたりしたが、こちらの動きが全て見られているかのように魔女に見つかってしまう。
「いや〜ん!」
 ティレイラは涙目になりながら必死になって逃げ回った。だが、いよいよ部屋の隅に追い詰められて逃げ場を失ってしまう。
「ふふふ。楽しい追いかけっこだったわ」
 じりじりとにじり寄ってくる魔女に、ティレイラは壁に背中をピッタリと押し付けてなみだ目で彼女を見上げる。
 右にも左にも逃げる場所がない。だったら上に……。
 そう思い、飛び上がろうとしたが一瞬早く魔女に腕を掴まれてしまった。
「やだぁ〜!」
「さぁ、捕まえた。次はどんなオブジェにしてあげましょう」
 魔女は手にしていた杖を手に、ティレイラの足元を固めていく。
 琥珀色をした硬い物が、じわじわと足元から侵食してくる。
「飴細工がいいわね。艶やかで綺麗。私のオブジェにぴったりだわ」
 魔女は念入りにティレイラの体に飴を絡めて行く。
 チョコレート同様に強固な飴は、すぐにもティレイラの動きを奪い、動けなくなってしまった。
(うそぉ〜……)
 泣き顔のまま固められたティレイラを見つめていた魔女は恍惚とした顔を浮かべ、飴細工と化した彼女の体を抱き寄せる。
 まるで自分の物だと言わんばかりにいくども撫で回し続けた。
 なすがままのティレイラは、またもジンとした痺れを感じ、甘い香りに浸って意識を翻弄され始める。
「そうね。飴細工に飽きたら、今度はマシュマロに包んであげようかしら?」
 魔女はティレイラのことなどお構いも無しに、次はあれにしよう、これにしようと楽しげに模索していた。
(元の世界に帰してぇえぇぇ〜!)
 自業自得と分かっていながら、ここへ来た事への後悔が尽きないティレイラだった。