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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


石の魔眼と氷の幻影


 まだ肌寒さを残す冬の頃。アリアはシックな色のロシアコートに身を包んで美術館へと足を運んだ。
 ここはかつて来訪したことのある場所で、今日はオークションが開催されている。今回は競売が始まるまで、商品として出される石像を見ることができるので、アリアは早めに会場入りした。
 主催者のセンスで横一列に並べられた石像を見上げ、表情やポーズなどを値踏みしながら歩く。気に入ったものがあれば、腰につけられた番号を覚え、それを呟きながら次へと進む。
 そんな少女の様子を見ていたのか、ひとりの好事家が聞こえる声で露骨な嫌味を言い放つ。
「おやおや。その若さで芸術を理解しようとするのはいいことだが、ここは子供のお小遣いで買い物できる場所じゃないんだよ」
 その言葉にドレス姿の貴婦人らも同調。
「まったくでござぁますわ、お子様には過ぎた道楽ですのよ、オホホ」
 こうしてアリアは、周囲の物笑いの種にされた。今日は楽しみにしてたオークションで、お財布にもかなりの額を入れてあるのに……
 少女は視線を下に向けつつ、めげずに石像を見ようと歩を進めようとしたところで、主催者のアリスがやってきた。
「ようこそ、アリアさん。暇ができたので、私のお部屋で話しませんか?」
 ようやく知った顔と出会って安心したが、アリアは力なく「うん」と頷くばかりだった。

 アリアはアリスの自室に通されると、自慢の石像コレクションに目を奪われる。オークションで見たよりも出来のいい作品ばかりなので、思わずじーっと眺めた。
 アリスはお茶の準備をした後、応接用のソファー座るように勧めると、アリアはそこにちょこんと座る。
「さっきは落ち込んでいるように見えましたけど、どうかされたのですか?」
「うん、えっと……その……」
 大金の入った大事なバッグをテーブルに置き、出された紅茶に手を伸ばしながら、アリアは大人たちが発した心無い言葉を伝える。
 ほとんど同じ境遇であるアリスもまた、よくそういう言葉に晒されるが、別に気にすることはないと答えた。所詮は誰かを下に据えておかないと安心できない矮小な俗物、彼らに認められたっていいことなんてない……彼女はそう語る。
 アリアも真面目な表情で「うん」と頷き、「ありがとう」と頭を下げた。
「そうですよ。アリアさんの瞳は輝いてこそ、価値があるのですから……」
 意味がよくわからず、不思議そうな表情を浮かべながら頭を上げるアリア。しかしそこに待っていたのは、アリスの魔眼……!
「あっ……」
 目を合わせてしまったアリアは驚いて飛び退こうとしたが、虚を突かれては咄嗟に対応できない。目を見開いたまま石化され、着ていた服も砕かれてしまい、物言わぬ石像と化した。その所々に霜が降りているのは、おそらく反射的にアリアが能力を発動させたからだろう。
「ようやく……ようやくアリアさんをコレクションに加えることができましたわ」
 アリスは夢にまで見た石像に入念なチェックを入れる。体のラインを丁寧になぞると、なぜか冷ややかな感触が伝わる。今までにない不思議な感触に、アリスの気持ちも高揚した。
「素晴らしい出来です。想像した以上に……」
 少女はアリアの手の甲にキスをし、これからも存分に愛でていくことを伝えた。しかしその声は、彼女に届いていたのだろうか。

 アリアが石像になってからは、アリスのコレクションルームへと場所を移され、豪華な椅子のすぐ傍に置かれた。
 そこからは無数のコレクションが一望でき、ここを基点に石像が丁寧に配置されている。それはまるで何かのストーリーを表現しているかのようだ。ここはアリスが演出する舞台といえよう。
 アリスはいつも決まった時間にここへやってきて、必ずアリアに声をかける。氷像でもあるアリアの石像をとても気に入り、コレクションの主役として最前列に並べた。これだけ自己主張する石像など、見たことも聞いたこともない。今までの苦労が意外な形で報われ、アリスはご満悦だ。
「そうなると、次にすべきは……」
 アリスはまた石像の曲線を指で触りつつ、次の策を練る。それでもなお、アリアは何も言わず、ただあの日の同じ姿で立ち尽くしていた。


 それから数日後。
 アリスはアリアを知る人物に催眠をかけ、彼女の存在を忘れさせる計画を実行に移そうと考えた。
 オークションで彼女をからかった大人たちは、すでに美術館の隅に並べられている。あとは家族の記憶を消すだけ……そうすれば、アリアの石像は自分だけが知る最高の作品になるのだ。

 アリスは意気揚々とコレクションルームの扉を開くが、それはなぜか勢いよく開け放たれた。そしてそのわずかな隙間から、すさまじいまでの冷気が入り込んでくる。
「何ですか、これは?」
 驚いている間にも状況はどんどん先へ進む。冷気は勢いを増して吹雪となり、他の石像どころかコレクションルームをも氷漬けにしていく。その発生源と呼ぶべき地点では、冷気が一塊となって大人の女性を模った。
「見ツケタ……」
 長髪を振り乱す女性の幻影は、そのしなやかな手で冷気を自在に操り、アリスを氷漬けにせんと襲い掛かる。
 アリスは「きっとジェラーティ家の追っ手ね」と分析しつつ、魔眼を駆使して対抗。しかし相手は冷気の集合体らしく、石化する前に霧散し、すぐ別の場所で復活してしまう。それでもアリスは懸命に能力を発動させて起死回生を狙うが、どうやっても効果が発揮されることはない。
「アリアさんの石像は返しませんよ」
「フフフ……ハハハ……」
 そんなアリスの決意を嘲笑うかのように、幻影は微笑み続ける。そしてついには「返セ……返セ……」と迫った。
 すでにアリスの行動は、衣服や髪の凍結で阻害されつつある。頼みの綱である能力も効かないどころか、発動さえも怪しくなってきた。それでも手放したくない一心で応戦していたが、ついに足元と床が冷気で結びついてしまい、これが決定打となった。
 今も「返セ」と言い続ける幻影に対し、アリスは「石化を解除するには数日かかるから、その後で返す」と約束すると、相手は頷いたような動作を見せ、入ってきた扉から出て行った。石像や部屋を覆っていた冷気も、いつの間にか消えている。
「なるほど。最高の作品を得るには、それ相応の困難が伴うということですね……」
 アリスはそう自分を納得させ、能力の解除をする前にアリアの石像と口づけを交わした。

 その数日後、アリアはアリスの部屋で目を覚ますも、今まで何が起こっていたのかは理解できていないようだった。破壊されたはずの服も元通りだし、部屋の中も驚いたあの時と何も変わらないように見える。
 戸惑う様子を見たアリスは「脅かしてすみませんでしたね」と謝り、何事もなかったかのように振る舞う。目の前には、大事なバッグと紅茶のカップがあの時と同じように置いてあるので、アリアも「うん」と頷いて紅茶を頂いた。
 こうして、騒動は幕を閉じたのである。


 その後、アリスは厚着をしてアリアのアイス屋に出向く。アリアにオークションの招待状を渡すためだ。
「この前はオークションが中止になりましたから、そのお詫びに」
 事も無げに言うアリスの言葉を真に受けて、アリアは「ありがとう」と礼を述べる。また石像を見に行けると思うと嬉しいようだ。お礼にアリアはアイスを差し出すと、アリスもそれをもらって食べ始める。
 すると、アリアはじーっとその姿を見つめていた。アリスは疑問に思い「どうしたの?」と問いかけると、意外な言葉が耳に飛んでくる。
「今度は私の番……」
 それを聞いたアリスの背筋に寒気が走ったが、それは果たして……