コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢の裏側・2―

 その日、みなもは唐突に来訪した客人から、質問攻めにされていた。
 土曜の午後、暇と云えば暇ではあるのだが、こうして時間を潰されてしまうと何となく勿体無い気がするのは、大人も子供も同じであろう。しかし、客人たちの目は至って真剣であった。これを無碍には出来ない。しかも、その相手とは……
「では、貴女は一度も『魔界の楽園』の筐体に触れた事は無かったのに、『鏡面世界』に誘い込まれた……と?」
「ええ。真夏の日差しが厳しい時期でしたから、只の眩暈かと思ったんです。でも、良く見てみたら街の作りが逆になっていて。で、声のする方に向かって行ったら、ゲーム機の筐体があったんです」
 その回答を聞いて、客人……『魔界の楽園』開発スタッフのチーフエンジニアは、そんなバカな! と頭を抱える。
「あの『鏡面世界』は、筐体を通して、ある程度以上の認知力と反射神経を持った人物を選定した上で、ある種の幻覚を見せてゲーム世界に誘う為のシステムなんですよ。それが、偶然見えてしまうなんて、本来なら在り得ない事なんです」
 じゃあ、『鏡面世界』自体は意図してプログラミングされた、開発チーム公認のシステムなんだな……と云う事が今の説明で理解できた。そして『鏡面世界』に誘われた人にだけ、あの『帽子の彼女』が見えるのだと云う事も。
「でも、あたしはゲーム機に触った事も無いのに、いきなり『鏡面世界』に誘われて、あの案内役の魔女さんに声を掛けられましたよ? 『体を貸して』と頼まれて」
 何だと……? と、チーフエンジニアは目を丸くする。あの疑似人格……『帽子の彼女』と呼称される女性をモニター越しに見る事が出来る、一種の催眠効果を実現させる時点で既に『魔界の楽園』の筐体はオーバーテクノロジーの塊なのだ。しかし、その疑似人格が自らの意思で『鏡面世界』を展開し、一般人を異世界に誘って、しかもその精神体をゲーム機に取り込んで、自分がその肉体を乗っ取って行動してしまうとは……想像の範疇を遥かに超えた、もはやオカルト現象と言っても差し支えの無いレベルの話であった。
「その話は、本当なんですね?」
「嘘や冗談で、こんな話は出来ませんよ。最初は幽霊にでも憑りつかれたのかと思ったんですけどね」
 当時の事を回想し、みなもは苦笑いを作る。だが、その話が本当だとすると、『乗り移り』の話はゲーム内に留まらず、外部にも影響を及ぼしてしまう恐れがあるとして、エンジニアは益々表情を強張らせた。
「その後、体に悪影響があったりとかの弊害は?」
「無いですね。むしろ世界観が広がって、楽しい思いをしていますよ」 
 あっけらかんと、無邪気に言ってのけるみなもを前に、エンジニアはひたすら汗を拭うしか無かった。既に彼の理解の範疇を越えた事例を、目の前の少女はアッサリと打ち明けているのだから。
「僅か20年前、テレビ電話は夢の産物でしか無かった。でも今は、当たり前に世の中に浸透している……技術の進歩と云うのは恐ろしいものです。エンジニアの私が言うのも何ですがね」
「あの……一体どこまでが、意図してプログラムされた機能なんですか?」
 既に脳の基盤が数枚ショートしていると思しきエンジニアに対し、今度は逆にみなもが質問をする形となった。そうした方が、話がスムーズに進むのではないかと、彼女なりに考えた結果である。
 それに対しエンジニアは、暫し瞑目した後『いいでしょう、お答えします』と切り出し、話を始めた。

***

「じゃあ、鏡面世界と案内役の女性の疑似人格までは、意識してプログラムしたものなんですね?」
「ええ。しかもそれだって、余所から流れて来た臨時のプログラマーが持ち込んだ技術が無ければ、実現できてなかったんです」
 要約すると、こうだ。
 彼らは自分たちが少年の頃に流行していた格闘ゲームを3Dで再現しようとプロジェクトを立ち上げ、初期の企画を立てた。それは当初、単なるスタンドアローン型のゲームだったのだが、ネットワークによる対戦モードが後に付加されて、アーケード仕様の公開型ゲームであるにも拘らず全国ネットで回線が繋がった、当時としては斬新な仕様となっていた。
 そこに『それだけでは、今迄のゲームと大差は無い。現にネットワーク対戦は家庭用ゲーム機では当たり前に行われていて、目新しさは無い』と、他社から派遣されて来たと名乗るプログラマーから横槍が入った。それはマスターアップの1ヶ月前、既にバグ出しを完了させてパッケージングに掛からなければならない時期であったので、当然ながら既存スタッフは皆で反対した。しかし彼は、たったの一晩でプログラムに大幅な改修を加え、鏡面世界による特定ユーザーのマーキング機能、それに疑似人格を持ったアドバイザーの実装に成功した……と、ここまでが彼ら開発スタッフの知る範囲であると、彼は話を結んだのだ。
「とすると、そのプログラマーさんが、まだまだ知らない仕掛けを組み込んでいた可能性はありますね?」
「そう、それがあなた方にしか体験できない『乗り移り』だと思うんです。今日はその実態を知りたくて、此処まで出向いて来たのです」
 そう言われても……と、みなもは言葉に詰まった。然もありなん、プレイ中にどのような視界が展開されているか、ダメージを受けた際の感触はどうか等、体感できる範囲でしか回答できないからだ。
「開発スタッフさんは、全てのプログラムを把握しているものではないんですか?」
「残念ながら、プログラムはブロックごとに作られるので、他のチームが開発した部分については全容を把握するのは難しいんです。そして全スタッフを動員して中身を洗っても、乗り移りを実行できる個所は確認できなかったんです」
 そんなバカな……と、今度はみなもが驚いてしまった。プログラムを作った人たちにも探し出せない部分があるなんて……と。だが事実、例のユーザー遭難事件の事後調査でも、該当するプログラムは見付からなかったのだ。ただ……
「手掛かりがあるとすれば、あの時バグとして処理し、削除したプログラムですね」
 苦々しい表情を作りながら、エンジニアは答えた。余程、その男の事を思い出すのは苦痛であるらしい。
「あたし達がプログラムの中に閉じ込められる事になった、最初のオープンβ版に仕組まれた怪しいプログラムを作った人と、鏡面世界を実現した人は同一人物……と云う事ですか?」
 エンジニアは、その質問に答えるか否か、暫し葛藤した。それはつまり、プロジェクト内部の極秘事項を、一般人に晒す事になるからである。だが彼は沈黙を破り、ゆっくりと頷いた。
「推論の範疇を出ない事ですが……恐らくは同一人物であろうと、我々スタッフの意見は一致しています」
 それを聞いたみなもは、複雑な気持ちになった。そんな悪事を働こうとする人が、あの優しくお茶目な疑似人格を形成できるとは思えなかったからである。それに、彼女から『自分を創ったのは正規のプロジェクトチームで、あの男では無い』と聞かされていた事も、疑問を抱く要因となった。
「もう一度お聞きします。あの案内役の彼女を創ったのは、派遣されて来たプログラマーさんなんですよね?」
「いえ、正確には、彼女の『核』を創ったのは彼ですが、実装したのは正規のプロジェクトチームです」

 その回答を聞いて、みなもは更なる混乱に陥る事となった。 

<了>