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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


静かな雪祭り


 雪で出来た戦国武将、氷で出来たドラゴンやグリフォン。
 大勢の見物客が、そんなものたちを楽しそうに見て回っている。
 某県で開催されている、雪祭り。
 来場者の中に、少年と大男の2人連れがいた。
 10代半ばの、黒髪の少年。細い身体を、黒いロングコートに包んでいる。
 大男の方も冬らしいロングコートを着用しているが、こちらは迷彩柄で、隆々たる筋肉の形は、その上からでも見て取れる。
 少年の名は、青霧ノゾミ。大男の名は、道元ガンジ。
 研究施設を守る戦いで、両名とも、そこそこの働きを見せた。
 ささやかな褒美として、外出許可と自由時間が与えられたのである。
 いつの間にか、こんな雪祭りの会場に迷い込んでいたのは、他に行く所が思いつかなかったからだ。
 この雪祭りから、何やら懐かしさと言うか親近感のようなものを感じたからである。
 ノゾミと同じ冷気発生能力を持ったホムンクルス、ではないにせよ。雪や氷に関わり深い能力を持った何者かが、この雪祭りには参加している。
 氷で出来た巨大なドラゴンを、ノゾミは見上げた。
「なかなかの出来だけど……ボクの能力を使えば、もっと上手く出来る」
「さむい」
 ガンジが呟いた。
「戦闘能力を、戦闘じゃない事に無駄遣い出来る……それは平和の証拠だって、先生は言ってたけど」
「はら、へった」
「ボクも……今度こういうの、作ってみようかな」
「さむい、はらへった」
「先生、誉めてくれるかな?」
「これ、くえるかな」
 氷のドラゴンに食いつこうとしているガンジの首根っこを、ぐいと引っ張りながら、ノゾミは溜め息をついた。
「……売店、探そうか」
「アイスなら、あるけど」
 声をかけられた。
 コートも毛皮、帽子も毛皮。まるで寒い国の民族のような少女である。
 小さな身体で大きな台車を引っ張りつつ、いつの間にか、そこにいた。
 ノゾミは思わず、敵に出会った時のような警戒をしてしまった。
「あ……アリア、さん……?」
「久しぶり、ノゾミちゃん」
 大きな黒い瞳で、こちらをじっと見つめながら、アリア・ジェラーティは言った。
「……アイス、いる?」
「あいす、いる!」
 ノゾミではなく、ガンジが即答した。


「もう1度、会ってみたい……とは思っていたよ」
 警戒を解かぬまま、ノゾミは言った。
「もちろん助けてくれた事は感謝している。それはそれとして……あなたが一体何者なのか、調べ上げて先生に報告しないといけないから」
「女の子を調べ上げるなんて、ノゾミちゃんには無理だよ」
 アリア・ジェラーティは真顔で言った。
「女の子ナンパして、仲良くなっていろいろ聞き出すなんて……ノゾミちゃん、出来ないでしょ?」
「え……偉そうに、人の事! わかったふりするな!」
「のぞみ。あいすたべて、おちつく」
 ガンジが棒アイスを1本、差し出してくる。
 彼自身は、何本もの棒アイスを束ねた氷菓の塊を、ガツガツとかじっていた。
「……お腹、壊すよ」
「試供品なくなっちゃう。まさか、こんなに食べるなんて思わなかった」
 少しだけ困ったように言いながら、アリアが台車の蓋を開け、中身を調べている。
「……アイス屋さん、とか言ってたよね」
 ノゾミは訊いた。
「ここで、お仕事してるのかな?」
「年に1回の雪祭り、しっかり営業しないといけないから……そのついでに私も作品、出してるから」
 アリアが視線を投げた先では、氷で出来た何人もの侍が、勇ましく刀を振り立てている。触れれば本当に切れそうな、氷の日本刀。
「ほら、あれよ」
「え……と、何かな? あれは」
「新撰組。冬のイメージあるから、大好きなの」
 アリアは言った。
「京都から、どんどん北へ寒い所へ追い詰められて……五稜郭に私がいれば、土方さんの事も助けてあげられたのに。私、寒い所でなら、いくらでも強くなれるから」
 新撰組になど興味がない道元ガンジが、アリアの作品にのしのしと歩み寄る。
 そして牙を剥き、氷像の1体に齧り付こうとしている。
「これ、いちばん、うまそう……」
「……私の総司ちゃんを、食べちゃ駄目」
 冷風が吹いた。
 ガンジの巨体が、凍り付いていた。
 アリアが、可愛らしい顎に片手を当てながら、出来上がったばかりの作品を観察する。
「氷漬けのマンモスとかと一緒に飾ったら、面白そう……このガンジちゃん、持ち帰っていい?」
「いいわけないだろ。早く元に戻してよ」
 そんな事を言いながらも、ノゾミは気付いた。
 霧が、出始めている。
 冷たい霧だ。それが、ノゾミは気に入らなかった。
「誰かは知らないけど……ボクの真似でも、してるつもり?」
『真似をしておるのは貴様であろう? 作り物の生き人形よ』
 嘲弄が聞こえた。
『我らは冬の精霊……貴様の冷気など、人間どもが我らの能力を真似て作り出したものに過ぎん』
『人間でもない、精霊や妖怪でもない紛い物! このような場所で、何をしておる?』
 霧が、さらに冷たく、濃くなってゆく。
 アリア・ジェラーティも道元ガンジも、姿が見えない。はぐれてしまった。
 無論、心配ではある。が、ノゾミが心配しなければならないような2人ではない。
 となれば、あとは怒りを燃やすのみである。
 冬の精霊などと名乗る、この者たちは今、最もしてはならない事をしたのだ。
「先生は……あなたたちの真似なんて、していないよ」
 ノゾミは呟いた。
「先生の事……馬鹿にした? よね、あなたたち今……」


 冬の精霊、などという大層な相手ではない。
 冷気をいくらかは操る力を持つ、氷属性の下等な邪妖精であろう。
 そう判断しつつアリアは、黒い大きな瞳をじっと凝らした。
 霧の向こうで……この雪祭りの会場全域で、出展予定のなかった作品が、いつの間にかずいぶんと増えている。
 謎めいたオブジェと化した、人間たち。
 いくつもの人体が、瞬間冷凍され、粉砕され、無数の破片が何だかよくわからぬ形に組み立てられているのだ。
 アリアの作品も含め、様々な雪細工・氷細工を楽しんでくれていた人々である。
「誰だか知らないけど、そう……こういう事するのね、貴方たち」
『我らを知らぬとは、冬妖怪としてはモグリの類よなあ小娘』
 邪妖精たちが、笑い、喚いている。
『下等な氷属性の小娘が! 貴様ごときが、我らと対等に口をきこうなどと』
 霧の中に、彼らの姿が、うっすらと見え始めていた。醜い怪物、としか言いようのない姿がだ。
 ウェンディゴの眷族、であろうか。
 無論あれほど強力な魔物ではないが、いささか数が多い。
 何者かに召喚され、集められたのであろう。すなわち、召喚者がどこかにいる。
 召喚された邪妖精の群れが、雪祭りの見物客たちに襲いかかっている。
 人々の悲鳴と、怪物たちの笑い声が、交錯しながら響き渡る。
『さあさあ人間ども、凍らせてくれる! 打ち砕いてくれる!』
「させない……」
 その様を、大きな黒い瞳で見据えながら、アリアは呟いた。
 毛皮の帽子から溢れ出した青い髪が、さらさらと冷風に舞う。
 冷気の嵐が吹きすさび、霧を吹き飛ばしていた。
 醜悪な邪妖精たちも、襲われ逃げ惑う見物客たちも、巨大な氷の中で静止している。皆、凍り付いていた。
 アリアの、即席の作品と化していた。
 人間たちは、いずれ解凍し元に戻してやるとして。邪妖精の方は、どうするのか。
 あまり出来の良い作品ではない、とアリアは評価せざるを得なかった。
「ガンジちゃんの方が、ずっといい……」
『ひっ……ま、まさか……』
 邪妖精が1匹、完全には凍り付かず怯えている。
『我らを、凍らせるほどの冷気……まさか……まさか、貴女様は……』
「氷の女王の血筋……らしいけど、私はよく知らない。どうでもいいから」
 それだけを言いながら、アリアは視線を向けた。
 凍りかけていた怪物が、完全に凍り付いた。
 それを確認しつつアリアは、コートの中から携帯電話を取り出した。
「もしもし……ディテクターちゃん? ちょっと後始末、お願いしたいんだけど」


 凍り付いていた道元ガンジは、動けるようになっていた。
 氷が溶けた、と言うよりも、時間で解除される凍結魔法であったようだ。
「あー、びっくりした……おお?」
 冷たい霧で満たされた周囲を、ガンジはきょろきょろと見回した。
 醜い怪物たちに、取り囲まれている。思わず親近感を覚えてしまうほど、醜悪な怪物たち。
『貴様は……我らに近しい存在よなあ』
『良かろう、仲間に加えてやる。我らのために働くのだぞ』
「なかま」
 ガンジは、にっこりと牙を剥いた。
 仲間が増えた。青霧ノゾミとアリア・ジェラーティに、紹介出来る。
 そのアリアとノゾミは、どこにいるのか。
 ガンジはもう1度、見回した。
 そうしながら、太い左腕を振るう。
 ハンマーのような裏拳が、何かを粉砕した。
 背後から襲いかかって来た、怪物の1匹。挽肉の如く潰れ砕け、ぶちまけられている。
『ちいっ……下等な獣の如く、勘の鋭い奴!』
『作り物の怪物が! 大人しく騙されたまま死んでおれば、幸せなものを!』
 怪物たちがカギ爪を振り立て、様々な方向から襲いかかって来る。
「……のぞみ、どこ? ありあ、どこにいる」
 見回しながら、ガンジは無造作に両腕を振り回した。
 隕石のような拳が、鉄板のような平手が、怪物たちを打ち砕き、破裂させる。
「おまえら……のぞみとありあ、どこ?」
『貴様の仲間は2匹とも今頃、凍り付き砕け散っておるわ!』
 怪物たちの叫びに合わせ、冷風が吹きすさんだ。
『貴様も同じようにしてくれる、死ね!』
 ガンジの全身で、迷彩柄のコートとズボンが凍り付いた。
 凍り付いた布地が砕け、ぼろぼろと剥がれ落ちる。
 その下から、温かそうな獣毛が盛り上がって来る。
「このコートよぉ……高かったんだぜオイごるぁああああ!」
 筋骨たくましい体格はそのままに、まるで熊のような狼と化したガンジが、怪物の群れに襲いかかる。
 悲鳴と共に冷気が吹きすさぶ。が、巨大な狼の獣毛に、僅かな霜が付着するだけだ。
 ノゾミやアリアの冷気に比べれば、こんなものは冷気とも呼べない。
 白く鋭く力強い牙を剥き、ガンジは吼えた。
「損害賠償なんてぇケチな事ぁ言わねえ、ただ死にやがれ!」


 冬の精霊、などと名乗った怪物たちが、氷の矢に貫かれて凍り付き、砕け、キラキラと飛散してゆく。
「汚らしいものを、綺麗なダイヤモンド・ダストに変えてあげる……」
 たおやかな五指で、氷のナイフをくるくると操りながら、ノゾミは言い放った。
「ボクの力は、そのためにある……先生は、そう言っていた」
 言葉と共に、そのナイフが横薙ぎに一閃する。
 立ちこめる冷気の霧もろとも、怪物たちが真っ二つに裂け、凍結しながらキラキラと砕け散った。
「おう、おうおう! 白兵戦もだいぶサマになってきたじゃねえかあノゾミよう」
 筋骨たくましい狼男が、そんな事を言いながら場に飛び込んで来た。
 毛むくじゃらの剛腕で捕えた怪物6、7体を、まとめて地面に叩き付けて粉砕しながらだ。
「けどまだまだだな。おめえの戦いは綺麗過ぎてパワフルさが足りねえ、筋トレやれ筋トレ! プロテイン飲め! イチゴミルク味の美味しいのあんから」
「……その姿に、なっちゃったのか」
 ノゾミは苦笑した。
「ガンジが本気を出すほどの相手でも、ないだろうに」
「俺も最近キレやすくってよォ、カルシウム足りてねえんだわ。イチゴミルクがぶがぶ飲まねえと」
「イチゴミルクバーの試供品……さっき全部食べちゃったじゃないの」
 アリア・ジェラーティが相変わらず気配なく、いつの間にか近くにいた。
 そして、まじまじとガンジを観察している。
「ふかふかで温かそう……それなら1ヶ月くらい凍ってても平気よね? 氷漬けのサーベルタイガーと一緒に飾ってあげる」
「そ、そいつぁ勘弁してくれ! 実は今めちゃめちゃ寒いんだからよぉ!」
「寒い時こそアイス、いる?」
「……悪ぃ、アイスはもういいわ。温けえ肉まんとかねえの? 腹減ったよー」
「あれ食べる?」
 アリアが指差した先では、1人の男が尻餅をついていた。
 見た目はどうという事のない、小太りの中年男。ただ、微弱な超能力のようなものは感じられる。
 召喚士の類であろう。見物客に紛れ込み、怪物たちを操っていたようだ。
「な……何だ、何なのだ貴様らは……」
 怯え、震える。それ以外、する事のなくなってしまった、無様な中年男。
「こんな者どもがいるなどと聞いてはいない……騙された、私は嵌められた……」
 美しいダイヤモンドダストに変えてやるしかない、とノゾミが思いかけたその時。
「挽肉にして……今、肉まん作ってあげるね」
 アリアが、すっと片手を上げる。
 彼女の作品が、動き出した。
 新撰組の氷像たちが、中年男に襲いかかる。
 氷で出来た近藤勇が、土方歳三や沖田総司が、吉村貫一郎に永倉新八、斉藤一が、泣き叫ぶ中年男を氷の日本刀で切り刻む。
 その様を見つめ、アリアが思案をしている。
「小麦粉がない……ねえガンジちゃん、衣のない肉まんでいい?」
「それ肉まんじゃねえよ……」
 げんなりと、ガンジは呻いた。


「近々、虚無の境界が召喚実験を行う……という情報は掴んでいたんだがな」
 雪祭りの会場を見渡しながら、ディテクターは言った。
 会場のあちこちではIO2の工作員が、惨たらしいオブジェにされた人々や邪妖精の死骸などを、手際良く片付けている。
「……結局、後手に回って犠牲者が出た。俺もディテクターなどという大層な名前、返上しないといかんな」
「1人でいろんな事やり過ぎじゃないの? ディテクターちゃんは」
 慰めるでもなく、アリアは言った。
「虚無の境界の内輪もめ調べて、ノゾミちゃんたちの研究施設も調べて、その上あんな雑魚みたいな召喚士まで追いかけ回して……ディテクターちゃん、無理し過ぎだと思う」
「へえ……ボクたちの施設、調べてるんだ」
 ノゾミが、いくらか剣呑な声を発した。
 ガンジはと言うと、ディテクターが差し入れてくれた肉まんやコンビニ弁当などを、がつがつと幸せそうに食らっている。
「何か、いけないものでも見つかった?」
「そう殺気立つな。今は、お前たちと事を構えるつもりはない」
 ディテクターは、微かに笑ったようだ。
「落ち着いて、雪祭りでも見て回ってきたらどうだ」
「人が少なくなったから、ゆっくり見れるね」
 アリアが言った。
 彼女とガンジと3人で、雪祭りを楽しむ。悪くはない。だが。
(先生と一緒に、見たいな……)
 こんな時でもノゾミは、そんな事を考えてしまうのだった。