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<東京怪談ノベル(シングル)>


―神の住処を侵す者―

「あー! またかよ!」
 静寂を破り、頭を掻き毟りながら手紙の内容に文句を付けているのは、私立探偵の草間武彦である。
「……状況はお察ししますが……もう少しお静かに。近所迷惑になりますよ」
 苦笑いを浮かべながら、半ば彼のアシスタント役として定着しつつある海原みなもが『どうどう』と云う感じで草間を宥めに掛かる。
「怒鳴りたくもなるさ……読んでみろ、これは既に探偵の領分じゃねぇぞ」
「どれどれ……『我らが神域を汚す不届き者、人里に送り返したく所望す』……って、何ですかコレ?」
「送り主の名は書かれていない……が、その紋章は霊験あらたかなので有名な山中の社に刻まれてるモンだ。ったく、何で悪霊だの神様だの、人外ばっかりに好かれるんだろうなぁ……俺って奴は」
 その様子を見て『嫌なら丁重にお断りすれば良いじゃないですか』と、至極当然の回答をするみなもに対し、草間は『相手が神様と分かってて、そんな真似してみろよ。どんなバチが当たるか分からんぜ』と答えながら、吸い殻の中から比較的長いものを選んで口に咥え、点火する。どうやら、煙草を切らしているらしい。彼の苛立ちが顕著なのは、恐らくそれも手伝っての事であろう。
「要するに、不法投棄の現場を押さえて犯人を確保して罰を与えたけど、その犯人を山から下ろす手段が無いので手伝え、と。こういう事だろ。ンなモン、自力で下山させりゃいいだろうに」
「まあまあ……依頼である以上は報酬も出るのでしょうし、ここは素直に受けておきましょうよ。何せ神様からの依頼ですから」
 魑魅魍魎の類は嫌なんだよ……と、苦い表情を作る草間をみなもが宥め、二人は問題の山へと向かう事になった。

***

「こっから先は車じゃ無理だぁ。悪いけんど、歩いて行ってくれ」
 列車を乗り継ぎ、最後の駅からタクシーで小一時間。挙句に途中からは林道になる為、車両の進入は無理と来た。交通費だけでも多額の出費を強いられ、次第に薄くなる財布を見ながら、草間は運転手から領収書を受け取っていた。
「帰りもあるんだよなぁ……報酬は現金で願いたいもんだな。じゃなきゃ帰れないぞ」
「ホント、随分山奥まで来ましたねぇ。家はおろか、人の姿も見えませんよ」
「こんな処で迷いでもしたら、洒落にならねぇ。おい嬢ちゃん、地図は大丈夫だろうな?」
「一応、スマホの電波は届いてますね。GPSも使えるみたいですから、迷う事は無いと思いますよ」
 人里離れた山奥の風景と、近代文明の粋を集めたハイテク機器のミスマッチに、草間は思わず苦笑いを漏らした。こんな地の果てに、アンテナ立てるメリットがあんのかなぁ……等と、下らぬ事を考えながら。
 そしてコートの襟を立て、風を凌ぎながら林道に足を踏み入れる草間を、みなもは必死に追いかけた。先程の台詞ではないが、此処で迷っては洒落にならない。それにみなもの財布の中身だけでは、タクシーに乗る事も出来ないからである。
(それにしても……こんな綺麗な山にゴミを捨てるなんて、マナーも何もあったもんじゃ無いじゃない)
 事の経緯を最初から整理しながら、みなもは静かに怒っていた。この山だけではない、大通りの中央分離帯を見るだけでも、ゴミの山が出来ている程だ。酷くなると、畑の隅に大型家電の残骸が落ちているのを見掛ける事もある。これは神様じゃなくても怒りりたくなるよね、と。そして今回の依頼の元となった産廃業者に一言文句を言ってやろう、みなもはそう考えていた。
「草間さん、何でわざわざ山奥まで来てゴミを捨てるんでしょうね?」
「そりゃー、アレだ。産業廃棄物と来たら、処理するだけでかなりの金が掛かるんだぜ。だから企業は、モグリの業者に処分を依頼するのさ。そして業者は一番楽な手段……そう、不法投棄を選ぶって訳さ。産廃を正当な手段で処分するだけの賃金は貰えないからな」
「理不尽で、自分勝手で、どうしようもないですね。見習いたくないです、そんな大人は」
「……嬢ちゃんが怒っても仕方なかろう。モラルって奴は、一朝一夕に修正できるような簡単な物じゃない」
 今度は憤慨するみなもを、草間が宥めている。その様は事務所で見られた光景の真逆を映し出すようで、滑稽であった。
「しかし……俺たちゃ一体、何処まで進めばいいんだ? 社の場所は分かっているが、まさか自分ちの庭先で仕置きをするほど神様も酔狂じゃあるまい」
「それはそうですけど……ああ、犬並みの嗅覚があればなぁ。人間の匂いとか、嗅ぎ分けられるかも知れないのに」
 と、みなもがポツリと漏らしたその刹那。彼女の体全体を激しい痛みが走り抜けた。
「なッ……あ! い、痛い……く、草間さん! 助……け……」
「!! おい、譲ちゃん! しっかりしろ、どうした!」
 激痛に身を伏せるみなもを、必死に介抱しようとする草間だったが、結局どうにもならなかった。みなもの身体は徐々に鋭い毛並みに覆われ、四つん這いになった格好から四肢が収縮し、口許からは鋭い牙が覗く。衣類は変化しないのでそのまま身に絡む形で残されたが、その様はペットの犬に無理矢理衣服を纏わせたそれに酷似していた。そして痛みが治まってから我が身を見ると、何と狼に変身しているではないか。
(……確かに、犬並みの嗅覚があればと所望はしたけど……手段がストレートすぎはしませんか? 神様)
 声帯の構造が変わってしまったので人語は操れなくなったが、その中身はみなも本人。精悍な狼の姿を持ちながら、飼い慣らされた犬のように草間の周りをクルクルと駆け回るその姿は、何とも言えぬ違和感を醸し出していた。
「成る程、今の嬢ちゃんの発言に対する答えがコレ、って訳か。しかし、後で元に戻るんだろうな?」
 その問いに、返答は無かった。だが、みなもを変身させたのが神の仕業である事に間違いは無かった。そしてそれにより、確かに感覚は鋭くなったが、草間とのコミュニケーションに問題があるばかりでなく、元の姿に戻れる保証もない。そんな状況に置かれ、みなもは『またか』と溜息をつく事しか出来なかった。
 差し当たり、四足で歩くには邪魔になる衣服は草間が預かる事となり、狼となったみなもの嗅覚を利用した結果、賊の発見は呆気なく完了した。
「この野郎ども……いい大人が下らねぇ真似してんじゃねぇよ! ゴミの始末ぐらいテメェでやれと、依頼主に突っ返すぐらいの気概を持ちやがれ!」
 草間の拳骨が、二人いた賊の頭部に一発ずつ炸裂する。そしてまた徒歩で下山するに至る訳だが、此処でハタと草間が立ち止まる。
「おい神様! 此処まで来るのにエライ金掛かってんだぞ、その分ぐらいは礼をしてくれたって良いんじゃねぇか?」
 尤もな指摘である。依頼として請けた仕事なのだから、謝礼があって然るべき。しかも此処まで出向くのに、しっかりと実費が掛かっているのだから、放置は出来ない。
 と、その時。みなもが鼻をヒクヒクさせ、草間を匂いの元へと導いた。そこには、高価なキノコや山菜が山のように群生していた。本来ならば有り得ない生え方ではあったが。
「……これを売って、金にしろってか……回りくどい礼の仕方をしやがるぜ」
 そう言いつつも、草間はそれらを報酬と理解し、丁重に摘み取って下山して行った。

 ……そして下山途中、突然元の姿に戻ってしまったみなもの悲鳴が山中に木霊したというのは、また別の話である。

<了>