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<東京怪談ノベル(シングル)>


金色に染まる魔法

 今日のティレイラの仕事は、師匠と仰ぐ女性の魔法薬屋兼、自宅の留守番であった。
 帰るのは遅くなるから泊まりでお願いね、と言われ現在23時過ぎ。
 柱時計の重い時報を耳に留め顔を上げたティレイラは、そこでふぅと息を吐き、軽く伸びをする。
 店内の掃除や細々な事をこなしているうちに、気づけば遅い時間になってしまった。主はいないのだからそろそろ店の電気を落として、住宅の方に戻ろうと彼女は思った。
「んー、この勢いでお風呂の準備してサッパリしちゃおうかな」
 ティレイラはそんな独り言を漏らしつつ、掃除のために身につけていたエプロンを外して纏めていた髪も解き、風呂の準備を始めた。食事や風呂は自由に使って良いと師に言われているので、その行動にも躊躇いは無い。
 猫足のクラシカルな浴槽に湯を張りつつ、今日の入浴剤はどれにしようかと乙女心に花を咲かせて残りの時間を過ごしていた。
 ちゃぷん、と湯の跳ねる音がする。
 一日の疲れを洗い流した後は、泡に包まれながら良い香りのする湯に身を沈めるだけだ。
「ふ〜……今日もお疲れ様、私」
 私って働き者よね? と後付しつつ、目の前に浮かぶ泡を手のひらですくい、ふぅっと息を吹きかける。小さな泡が彼女の吐息でふわりと飛び、水面に落ちる直前で弾けた。
 その様子を目の前で楽しんでいた直後、ガシャーンという音が背後から聞こえたような気がしてティレイラは顔を上げた。この場でなく、少し距離のある先。店横にある倉庫かららしき音であった。
「……嫌な予感」
 ティレイラは眉根を寄せつつ、湯船から立ち上がった。そしてそばに置いてあったバスタオルである程度の水滴を拭き、それを体に巻き付け倉庫へと足を運んだ。
 音を立てないようにゆっくりと出入口のドアを開き、積み上げられた在庫の箱に体を貼り付けつつ、様子を伺う。
 大きな木箱が二組ずつ並べられた先に、小さな灯りが見えた。ランプのようなオレンジ色の灯りだ。
 そのすぐそばでゴソゴソと音がする。
 目を凝らしてよく見れば、少女の姿をした魔族が革の袋に魔法道具を詰め込んでいた。
 泥棒である。
「こらーっ! やめなさい!」
 ティレイラはそう言いながら身を乗り出した。
 バスタオル一枚の姿であったが、戻って服を着ている時間はない。
 彼女の声にビクリと体を震わせた魔族の少女は、猫の目のような瞳孔を動かし、ティレイラを見る。
「……なんだ、小物じゃないか」
「なんですって!? 見てなさい、今すぐ捕まえちゃいますよ!」
 少女はそうティレイラを鼻で笑った後、裏口から逃げようと踵を返す。
 ティレイラは彼女に遅れを取るまいとその場で背中に翼を生やし、たん、と床を蹴った。翼と同時に尻尾も出るのでそれも手伝い跳躍が増す。
「うわ……っ」
「ふふん、ほーら、油断するとこうなっちゃうんですよ!」
 まさに体当たりと言った動きであったが、ティレイラは少女の体を拘束することに成功した。
 あっさりと捕まってくれた相手に気を良くした彼女は、自慢気にそう言って笑う。
「くそーっ、離せ離せ!」
「人のものを盗もうとした罰ですよ! 魔族にもそういうルールあるでしょう?」
「うるさい、そういう御託は飢えを知らない奴らが決まって言うもんだ!」
 足をばたつかせながら少女はそう言った。
 その言葉に心の揺らぎを感じたティレイラは、腕の力を僅かに緩めてしまう。
「……おい、今だ!」
 隙を見落とさなかった少女が声を荒らげた。
 口元に笑みを浮かべて、右手を上げる。
 すると、背後に影が生まれティレイラの背中にそれが軽々と飛び乗ってきた。
「ひゃっ!?」
 冷えた手足を素肌で感じた彼女は、その場で震え上がる。と同時に腕の拘束を解いてしまい、少女がするりと体を抜けだした。
「あっ、こら、待ちなさい!」
「アンタは自分の心配したらどうだ?」
「え……、っ!?」
 ベタリ、と背中に何かが張り付く感触が全身に広がった。
 ティレイラはまた体が震えて、自分を抱き込む。
「あははっ、こいつチョロいね、姐さん!」
 背後で楽しそうに笑う声。
 少女とは別の存在が、ティレイラの背中に飛び乗った正体であった。外見的には少女とはさほど変わりがないが、猫のような耳と長い尻尾を持ち、獣に近い姿をしている。
 振り返りながらその姿を確認していると、背中に貼り付けられた何かがじわりと広がっていくのを感じてティレイラは青ざめた。
「な、何これ…!?」
 腕を回して取ろうとするが、翼を出している状態なので微妙に届かない。
 そうやってもがく姿を、二人の小さな盗賊はクスクスと笑いながら見ていた。
「それはちょっと特別な魔法道具でね。魔力に反応して金属に変わるんだ」
「金になったら、お前を売ってやるからなーっ」
 卑下た笑みと言葉が投げかけられた。
 冗談じゃない、とティレイラは再びもがくが、やはり背中に手が届かずに苦戦する。
「く、くぅ……っ」
 肌を這う金属の感触に、ぞわりとする。
「ほらほら、頑張らないと金の像になっちゃうよ?」
 少女が楽しげに言った。
 獣の少女のほうは尻尾をゆらゆらと揺らしながらティレイラの背後に再び回りこみ、魔法道具が広がる様子を興味深げに眺めていた。
「……も〜っ、どうして毎回、こんな目にあっちゃうのよ〜っ」
 そう言うティレイラは涙目であった。
 届かない手。
 ピキピキと音を立てて固まっていく自分の体。
 それでも彼女は必死で足掻いて、魔法道具を取り外そうとしていた。
「もう、少し……っ」
 あと数センチ。
 その距離で、ティレイラの動きは止まってしまった。
「あ〜あ、惜しい〜!」
 そう言うのは少女だ。
 その場に腰を下ろし頬杖をついての見学スタイルで、表情を歪ませつつ笑う姿はやはり異形の者のそれを思わせる。
「姐さん、姐さん! こいつ像になったほうが綺麗だね!」
「体に物凄い魔力を秘めてる何よりの証拠だなぁ。持ち帰ってあっちでオークションに出すのも良さそうだ」
「大儲け、大儲け!」
 ティレイラを囲み、そんな会話が飛び交う。
 何を勝手なことを、と言いたかったが、すでに言葉すら作れない状態であったティレイラはそのまま光沢を放つ金の像になるしかなかった。
 足の先から、尻尾や翼、頭の角、そして髪の先まで。
 美しい曲線を描きながら、その魔法は彼女の全身を包み込んでしまう。
(……お姉さま……)
 自分の師である女性を心で呼びつつ、ティレイラはそこで完全に動かなくなってしまった。
 トラブルを避けられない体質は魔力によるものなのか、彼女の持ち合わせる性なのかは計り知れない。
 今はただ、この魔法道具の効力が出来るだけ早く切れて元の体に戻れることを願うだけだ。
「うーん、いい造形美だね」
「なぁなぁ、触ってもいいか、姐さん?」
「優しく丁寧に、な?」
 元々盗品であったが、使ってみた感覚が上々であった少女は、とても満足気に笑いながらそう言った。
 獣人の少女が興奮気味に問いかけてくる。
 このようにして触るんだ、と見本を見せつつ少女はその問いに答えてやっていた。
 曲線美を指の腹でゆっくりとなぞるように滑らせ、その感触に彼女たちは体が痺れるような快感を得て身震いする。
「もう暫くだけこの場で堪能するか」
 そんな事を言いながら、盗賊の少女たちは自分が満足するまで、像になったティレイラの体を触り続けているのであった。